第91話 異常事態が通常運転

 翌日。

 トラスティ家の広間にいたフィオナの口から、間の抜けた声が出た。

 

「明後日!?」

 

「あれ? フィオナは知らんかったか?」

 

 修が少し遅い朝食を頬張りながら首を傾げた。

 現在、テーブルを囲んでいるのは修、フィオナ、リル。

 アリーとココと和泉は愛奈&マリカと遊んでいる。

 

「き、聞いてませんよ!!」

 

「ついでに卓也も同じ日な」

 

「……なんですって?」

 

 リルの眉根が吊り上がる。

 今、三人が話しているのは誕生日のこと。

 

「俺らって誕生日が優斗と卓也、俺と和泉で被ってんだよ。俺とかは二週間後だし、今まで誕生日祝うなら互いの誕生日の中間ってことで一週間後。あいつらのことだから、本当の誕生日とかどうでもいいんじゃね?」

 

「……あのバカ」

 

「本当にもう、自分のことに関しては興味ないといいますか……」

 

 テキトーにも程がある。

 フィオナとリルが頬を膨らませた。

 

「どうしますか? 帰ったら説教でもします?」

 

「あたしはビンタくらいしてもいいと思うわ」

 

「帰ってくるのもいつになるか分からないですし。というか、おそらく誕生日を終えた後でしょうね」

 

「仕事だから帰ってこいとも言えないし……」

 

 少しばかり落ち込む二人。

 

「だったら会いに行けばいいじゃん」

 

 すると困っているフィオナとリルに修が平然と言った。

 

「えっ? でも仕事でイエラートに行ってるんですよ」

 

「婚約者が会いに行ったらいけない、なんてことないだろ」

 

 そんな規約、聞いたことがない。

 邪魔になるかも、と考えているかもしれないがこの二人が邪魔になるわけもなし。

 むしろ相手のテンションが上がるから良いことだろう。

 

「ついでにお前ら、帰り際にでも旅行してきたらいいじゃん」

 

 たまにはゆっくりデートでもすればいいんじゃなかろうか。

 

「あたしはそれでもいいんだけど……」

 

 リルはちら、とフィオナを見る。

 

「私はまーちゃんがいますし」

 

 連れて行くにしても問題が起こること間違いなし。

 優斗と三人で一緒にいる時ならいいが、優斗と出会う前に起きてしまったら不味い。

 結局は彼がどうにかしてくれるかもしれないが、娘に余計な心配や不安をさせたくない。

 なればこそ、リライトでゆっくりとしたほうがいいのではないだろうか。

 

「……ん~、まあ、だったら」

 

 修は彼女の不安を察すると、和泉に肩車されているマリカに、

 

「マリカ! たまにはパパとママを二人っきりにしてやってもいいか? マリカからパパへの誕生日プレゼントだ!」

 

「あいっ!」

 

 問いかけると返事一つ、マリカが大きく頷いた。

 修は笑みを零す。

 

「つーわけで、マリカは俺らが面倒見てやんよ」

 

「いいんですか?」

 

「何だかんだでフィオナと優斗は一番頑張ってるからな。俺らからの誕生日プレゼントだ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 朝食を終えた優斗とクリスが与太話。

 

「昨日、あれこれ二つ名のことについて言ってた卓也だけどさ、実は卓也も二つ名を持ってるんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

 驚いているクリスに優斗は笑う。

 

「『一限なる護り手』。これが二つ名だよ」

 

「意味はどのような?」

 

「唯一人を護る……って意味だったはず。とりあえずリルを護る人だって思えばいいかな」

 

「なんか格好良い二つ名です」

 

 微妙に卓也に似合っていない気がしないでもない。

 

「リステルのパーティー会場で堂々と言い放ったことが原因だしね、格好良いのは当然だよ。リステルとリライトの一部じゃ結構、この二つ名は有名みたい」

 

 特にリステルだと、二人をモチーフにした恋愛小説を出版する話もある。

 タイトルは確か『瑠璃色の君』だったか、そのような感じだったはずだ。

 

「しかし、珍しいこともあるものですね。シュウとユウトに続いてタクヤもですか」

 

「なんか異世界組に二つ名を付けようって運動が、僕らのことを知ってる貴族であるらしいよ」

 

「ということはイズミも?」

 

 問いに優斗は頷く。

 

「異なる叡智」

 

 つまり異世界組の四人は、

 

「全員を二つ名で呼ぶとリライトの勇者、大魔法士、一限なる護り手、異なる叡智――って感じ」

 

「……ある意味、異常事態ですね」

 

 四人全員に二つ名など。

 

「僕ら、セットで考えられてるしね。修だけならまだしも僕も二つ名を得ちゃったし。さらに卓也がリライト・リステルの王族貴族の前で堂々と宣言かまして、和泉はミエスタから認められた技師だから。仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない」

 

 後者二人は半ば冗談みたいに付けられた二つ名だけれども。

 歴として存在する。

 

「とはいえ、我が国は良い意味でアホばっかりです」

 

 こんなくだらないことを考えているなんて。

 

「平和な証拠だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスがルミカに呼ばれ、席を離れる。

 代わって優斗の所には卓也と厨二病コンビがやって来ていた。

 

「というか、刹那と朋子って同級生なのか?」

 

 ふとした疑問。

 なのだが、刹那と朋子の表情が険しくなる。

 刹那がどうするか、と視線で朋子に合図を送ると朋子は頷いた。

 何か事情がある関係らしい。

 

「同級生だがオレと朋子は兄妹だ」

 

「年子ってこと?」

 

 優斗の問いに朋子が首を振る。

 

「私と刹那は父親だけが一緒なの」

 

 彼女の発言の隠れた意味に優斗も卓也も気付く。

 

「あっ、そういうこと」

 

「私を産んだ母が幼い頃に亡くなって、刹那の家に引き取られたの」

 

「へぇ~」

 

 卓也が相槌を打ってテーブルに備えられているお菓子に手を伸ばす。

 優斗も同様にお菓子を口にした。

 

「おっ、美味いな」

 

「確かにね」

 

「このケーキの作り方は是非とも、教えてもらいたいものだ」

 

「お菓子にまで拘るの? 今でも作れるのに」

 

「美味いものはちゃんと作りたくなってくるんだよ」

 

 満足げに頬張る二人。

 一方で刹那と朋子は拍子抜けしたような表情。

 

「……それだけか?」

 

「何が?」

 

 優斗が首を捻る。

 正直、刹那の問いの意味が理解できてない。

 

「もっと憐憫や奇異な目をされると思っていた」

 

 今まではずっとそうだった。

 だから彼らもきっと、同じような視線を送ってくるのだと思っていた。

 すると優斗と卓也は思わず顔を見合わせ、笑い始める。

 刹那と朋子には何が何だか分からない。

 

「な、何が可笑しいの?」

 

「いやいや、そっかそっか。普通はそういう目でお前ら見ることになるんだろうな」

 

「なんていうか慣れって怖いね」

 

「本当だ」

 

 ケラケラと笑う。

 

「で、でも私達、すっごく変なのよ。そういうのって普通の人には異端でしょう?」

 

「変だからどうした? オレと優斗もちょっと特殊な家庭事情で、そういう話に耐性があるんだよ」

 

 刹那と朋子の家庭事情が可哀想だとすれば、優斗の場合は絶句だし卓也の場合は悲惨だ。

 生きてきた人生が論外すぎる。

 

「別に気にすることでもないんじゃないかな。ここじゃ前の世界とかどうでもいいし」

 

 むしろ余計なことがないから気分はすっきりする。

 

「お前らは年子の兄妹、以上。他に何かあるか?」

 

「……ない、のか?」

 

「そう……なの?」

 

 あまりにも通常運転の優斗と卓也に呆けた二人。

 

「当たり前だろ。むしろ兄妹で厨二病ってことのほうが驚きだ」

 

 卓也の平然とした返答に刹那と朋子が少しだけ嬉しそうな顔になる。

 

「あっ、そうだ。結局、刹那達はどういう設定になったの?」

 

 優斗も彼らの昔の家庭事情より厨二病がどう変化したのかが気になる。

 

「設定? いや、違うな。俺と朋子は事実だ」

 

 吹っ切れたのか、右手で前髪を弄る刹那。

 けれど優斗は軽く流す。

 

「はいはい。それで、どうなったの?」

 

 相手にされなくてちょっとだけムスっとするが、刹那と朋子は素直に答える。

 

「俺はイエラートが望んだ異世界人。闇の精霊と心を交わすことのできる希有な存在。元の世界では“零機関”に狙われていたが、奴らを撒く意味でも俺はセリアールへと渡ることを求めた」

 

「私はイエラートを守るために堕天使ルシファー様より遣わされた異世界人」

 

 二人の設定に優斗がほっとする。

 

「どっちもシンプルになったね」

 

 昨日とは大きな違いだ。

 

「でもさ、卓也は朋子の堕天使ルシファーを許したの?」

 

「朋子がその一線は譲らなかった。まあ、異世界人ってこと知ってれば理解してくれるだろ。別の世界の精霊みたいなものだと説明すればな。この二人がアホなのは何一つ説明をしてこなかったところもあるから」

 

「ああ、そうかも」

 

 優斗が納得して頷いていると、近付いてくる足音が四人の耳に届く。

 

「ユート、料理教えて」

 

 ミルがやって来た。

 

「分かったよ。ただ、今日は卓也がいるから卓也に教えてもらおうか」

 

 そして優斗は刹那と朋子の肩を叩く。

 

「ついでに二人も料理やろうね。簡単なやつを教えたら、自分達でも食べたいときに食べれるでしょ」

 

「……家庭科の授業みたいだ」

 

「そうね」

 

 なんとなく中学校を思い出す二人。

 すると優斗が面白げに笑みを浮かべた。

 

「はい、卓也先生。今日のお昼ご飯は何ですか?」

 

 茶化す優斗。

 それに卓也も乗った。

 

「では皆さん、本日の調理実習は牛丼でも作りましょうか」

 

 あまりにも自然な流れのやり取りに、思わず刹那と朋子も小さく笑った。

 

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