第90話  君達の変化、彼女の終わりと始まり

 現在、優斗を除いたリライト二人とルミカ、正樹にハーレム二人は厨二病コンビの設定をどうにかセリアール準拠にできないか、当人達を交えて話し合っている。

 

「まずお前らは『異世界人』っていう特殊設定をガチで得てるんだから、余計な設定を付け加えるなよ。特に元々の世界の単語は駄目だ。こっちでは天使の代わりに精霊がいると考えとけ。大天使が大精霊で天使長みたいのが精霊の主――パラケルスス。神様は龍神だからな。しかも実在する」

 

「注意点として龍神や精霊を貶すことは駄目ですよ。普通の国ならば顔を顰めたり嫌悪感を表わすぐらいでしょうが、この国は宗教国として成り立っていますから本当に危ないです。龍神に選ばれし――という語句を使うのも禁止にしましょう」

 

 卓也とクリスが細かく教える。

 間違っても否定してはいけない。

 

「……なるほど」

 

「分かったわ」

 

 思いの外、従順な刹那と朋子にほっとする卓也。

 しっかりとセリアールのことを伝えれば、明日には準拠した設定を持ってくるだろう。

 矛盾があったらツッコミを入れるが。

 

「あとな、この世界だと死ぬほど努力すれば『特別』になれるってことをオレは知ってる。正樹さんみたいに勇者として召喚されたわけじゃないのに、馬鹿みたいな生き方をした末に歴史上で二人目の『大魔法士』になった奴を知ってる」

 

 ありえないことをやってのけた友人を卓也は目の前で見ている。

 

「本当に笑えるぞ。世界で一人しか契約できないパラケルススと契約して、独自詠唱の神話魔法を操る人間が親友だっていうのは」

 

 あいつの場合は修に対する負けず嫌いに加えて“一人で生き抜く力――大人に立ち向かうための力”を得るためだった。

 どんなことがあってもいいように、と。

 でも刹那達は違ってほしい。

 

「いいか。セリアールは頑張れば妄想を叶えられる世界だってことを忘れるんじゃないぞ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 一方。

 

「…………」

 

「…………」

 

 現在、優斗は非常に小難しい顔をしていた。

 目の前にいるのは正樹ハーレム三人衆の一人。

 名前は確かミルだったはずだ。

 蜂蜜色の長い髪を背あたりで纏め、顔はやはりというか……可愛い。

 各々のパーツが適所に配置されており、柔らかそうな唇などは惹き込まれそうになるだろう。

 あくまで一般的な人の感性からすれば、だが。

 優斗より年齢が二つほど下であどけなさが残っているが、それが余計に愛らしさを引き立てていた。

 ハーレムの一員なだけはある。

 けれど優斗は彼女に対し異性としての興味は当然の如く一切ない。

 むしろ心の中で嘆息した。

 

 ――これ、ニアっていう娘と同じパターン?

 

 ミルとは前回も今回も、一度も話していない。

 正樹が文字を教えている間、実は喋らずとも連絡係のために彼女は優斗達と一緒にいた。

 一言も口にしないミルと行動を共にしていたのだが、先ほど戦いのための練習が終わったあと、彼女は優斗の肩をおっかなびっくり叩いた。

 すぐに距離を空けて曲がり角から小さく手招きする。

 優斗は意味が分からなかったが、卓也達に断りを入れて一応ついて行く。

 そして空いていた一室で向き合っていた。

 

「何か用ですか?」

 

「敬語、使わなくていい。わたし、年下」

 

 ぶつ切りしたような喋り方。

 特徴的だったが、気にするほどでもない。

 

「……分かったよ。用件は?」

 

 剣を持っていないので斬りかかってくることはないが、魔法を使われた場合の対処だけは考えておく。

 

「教えて」

 

「……おしえて?」

 

 けれど優斗の予想は杞憂に終わった。

 

「何を?」

 

「料理、教えて」

 

 思わず耳を疑った。

 予想外の単語が聞こえる。

 

「……はい?」

 

「料理、教えて」

 

「教えてって……何の料理?」

 

「マサキの世界の料理」

 

「どうしてまた?」

 

 唐突すぎる。

 いきなりすぎて意味不明だった。

 

「マサキ、貴方と会ってから言ってた。カレー、おでん、お寿司、食べたいって」

 

「……あ~、なるほど。僕と話したから一緒に向こうの料理も思い出しちゃったのか」

 

「でもわたし、どういうのか分からない。だから、教えて」

 

 真っ直ぐ優斗に視線を送るミル。

 けれど微妙に身体が震えていた。

 

「僕のこと、嫌いじゃないの?」

 

「違う。前はマサキ、連れて行かれると思った。けど連れて行かないならいい」

 

「もしかして大魔法士が怖い?」

 

「違う。男の人、マサキ以外苦手」

 

「……頑張って話しかけてきたんだ」

 

 色々とあった人生なのだろう。

 正樹だけが大丈夫なのは、きっと彼が彼女を助けたから。

 そして今、ミルが頑張っている理由は……。

 

 ――僕ってこういうのに弱いんだよな。

 

 誰かのために努力するっていうのに。

 応援したくなる。

 自分でも卓也ほどではないにしろ世話焼きな性格だと自覚しているし、何よりもニアと違って彼女からは表立って敵意を向けられたこともない。

 睨まれたことだって、先ほど誤解は解けている。

 つまり目の前にいるのは頑張ろうとしている少女だ。

 

「分かった。協力するよ」

 

 ミルの頼みを快諾した優斗。

 男が苦手だというのに、小さく彼女が笑んだ。

 

「ユート、ありがとう」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 王城の厨房の一つを借りる。

 食材も使うので金を払おうとしたが、丁重に断られた。

 礼儀として渡しておきたかったので少々困ったが、

 

「……まあ、無駄な出費が無くなったからいいか」

 

 頭の中を切り替え、時計に目をやる。

 夕食まではあと、一時間半。

 作り始めるにはちょうどいいだろう。

 

「本当は卓也が教えるのが一番なんだけど、今は向こうで頑張ってもらってるから今日のところは僕が教えるよ。空いた時間があったら僕と卓也でレシピをできるかぎり渡してあげる」

 

 ミルが頷いた。

 食材の準備は終えてある。

 あとは作るだけ。

 

「というわけで早速始めたいんだけど……」

 

 厨房に立つ二人。

 距離はおおよそ五メートル。

 

「遠い」

 

 さっきはこのぐらいでも良かったが、いざ料理を教えるとなるとせめて二メートルぐらいまでは近寄って欲しい。

 

「ミル、もうちょっと頑張れない?」

 

「……無理」

 

「そこをなんとか。正樹さんの為と思って」

 

 名前を出してみる。

 少し効果があった。

 

「やってみる」

 

 にじり寄るように歩を進め、どうにか三メートルまで近付いた。

 

「……限界」

 

「分かったよ」

 

 やたら広い厨房で助かった。

 まな板を使うべき場所も端同士を使えばギリギリいける。

 材料を分けてミルの前に置いた。

 

「じゃあ、始めようか」

 

「うん」

 

 二人とも包丁を持つ。

 

「まずはタマネギ、にんにく、しょうがをみじん切りにします」

 

 優斗が軽やかに食材を細かくしていく。

 ミルも横目で確認しながら同じように動いた。

 

「鍋に油をひいてバターと刻んだ野菜を入れ、中火で二十分ぐらい炒めて。そのあとは弱火で十分くらい炒めるよ。焦がさないように気を付けてね」

 

「わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

「続いてはフライパンにバターと油、小麦粉を入れる。きつね色になったらスパイスを全体になじませて」

 

 ミルがパラパラと黄色い粉を振りかけながら混ぜる。

 

「それが終わったら別のフライパンでじゃがいも、人参、鶏肉をコショウで炒めようか」

 

 言われた通り、器用にフライパンを扱う。

 どうやらかなり料理上手のようで、優斗も教える立場として本当に楽だ。

 

「具材を鍋に入れて、水とブイヨンを加える。好みで果実系を入れるのもいいけど、今はやめておこうか。正樹さんの好みが分からないし」

 

 なので余計な手間を加えない。

 

「あとは中火で煮込んで完成」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 変に疑われるのも嫌なのでミルを先に皆と合流させ、優斗は遅れて食事をする場所へと向かった。

 すでに他の面々は席に座っていて、あとは料理を待つのみ。

 卓也が優斗に声を掛ける。

 

「遅かったな」

 

「協力してたからね」

 

「何をだ?」

 

「見てからのお楽しみってところだよ」

 

 悪戯をするような笑みを浮かべる。

 そして一同に訊いた。

 

「今日の夕飯の一つに、料理人に無理言って異世界の料理を作ったけど食べたい人いる?」

 

 挙手を求める。

 すると何人も手を挙げた。

 

「えっと……卓也、クリス、ルミカ、正樹さん、ミル、刹那に朋子の七人だね」

 

 指を折って数える。

 

「ちょっと待ってて。すぐに――」

 

「マ、マサキ! あんな奴が作った料理なんて食えたもんじゃないぞ!」

 

 突然響いた大声。

 前回会ったときにケンカを売ってきたニアが猛り、もう一人が頷いた。

 

「だ、だいじょうぶだよ。優斗くんなら」

 

 正樹が二人を宥める。

 優斗は彼女達を無視して料理を取りに行った。

 

「すぐに持ってきますね」

 

 何をやっても文句を付けられるのだから、相手にするだけ無駄だというのは身に染みて理解している。

 しばらくして、ユウトは岡持ちのようなものをワゴンに乗せてやって来た。

 

「では、どうぞ御笑味あれ」

 

 前面の蓋を開ける。

 香ばしい匂いが広がっていき、挙手した各々の前に皿が置かれていく。

 刹那や朋子、正樹は嬉しそうに顔を綻ばせ、ルミカはどんな味がするのかと期待に胸を膨らませていた。

 

「カレーライスですか。美味しいので自分は好きですね」

 

 クリスの頬が緩む。

 

「知ってるんですか、クリス君は?」

 

「ええ。幾度となく口にしていますよ」

 

 結婚式以降、ちょくちょく卓也に作って貰っている。

 しかもクリスが気に入った料理はクレアが習っているので最近はよく食べていた。

 

「ルミカさんも、まずは一口いかがですか?」

 

「はいっ!」

 

 興味津々でスプーンを手に取り、ルミカはカレーを口に入れる。

 

「……あっ、ちょっと辛いけど美味しい」

 

「彼らがいた国ではかなり一般的な料理なのですよ」

 

 ルミカは二口、三口とカレーを食べる。

 どうやら気に入ってもらえたようだ。

 優斗は同じくスプーンを口に運んでいる正樹に尋ねる。

 

「味は問題ありませんか?」

 

「すっごく美味しいよ!」

 

 満面の笑みを浮かべる正樹。

 好評のようで優斗がほっ、とした。

 ミルに笑いかける。

 

「よかったね」

 

「うん」

 

 ミルもちまちまとカレーを食べながら首肯。

 

「……? どういうこと?」

 

「マサキさんのやつはミルが作ったんですよ」

 

「ホントに!?」

 

 かなり驚いた様子の正樹。

 

「ええ、僕は指導しただけです」

 

 手は一切出していない。

 

「ミルはやっぱり料理上手だなぁ」

 

 正樹は身体ごと彼女に向けると、

 

「美味しいよ、ミル」

 

 誰もが見惚れるような表情を浮かべた。

 

「マサキの口に合ったのなら、よかった」

 

 ミルは満足げに一度、二度と頷く。

 もちろん刹那や朋子も久方ぶりの味に満足しているようで、

 

「……ふっ。カレーが美味いというのは、どの世界でも共通のようだな。零機関すらも太刀打ちできない絶対の真理だ」

 

「羅刹、よかったわね。貴女の好物のカレーよ」

 

 もの凄い勢いでカレーをかき込んでいく。

 卓也が呆れたように額に手を当てた。

 

「刹那は格好良くキメてるつもりだろうが、内容がアホくさい。朋子は羅刹ってのに入れ替わったらおかわりさせないから」

 

「……なにっ!?」

 

「ず、ずるいわ!!」

 

「ずるくない」

 

 食事の時ぐらいは落ち着けと言いたい。

 すぐ近くではルミカが小さく声を漏らして笑っている。

 

「セツナ君もトモコちゃんも、タクヤ君達にかかれば可愛い年下ですね」

 

 今日一日だけで、ずいぶんと取っつきやすくなった。

 印象が本当に変わった。

 

「ルミカ達には未知の生命体に映ったろうからな」

 

 一皮……いや、三皮か四皮くらい剥けば年相応の部分は見られる。

 

「未知? 当然だ。なぜなら俺は――」

 

「刹那はカレーおかわりしないんだな」

 

「……十四歳だからな」

 

「どんだけカレー好きなんだよ、お前らは」

 

 卓也とルミカの笑い声が響く。

 そして和やかな会話をしている隣では、

 

「ユウト、タクヤのよりもコクがありません。手間を抜きましたね」

 

「いつから美食家になったのさ」

 

 優斗とクリスが冗談を言い合っていた。

 

「嘘ですよ。ユウトのカレーも十分に美味しいです」

 

「そう言ってくれるのはありがたいけど、確かに卓也のよりは劣るからね」

 

 教えてもらった料理なのに、なぜか味が落ちる。

 やはり腕が違うのだろう。

 

「自分としてはたこ焼きがないのは残念でしたが」

 

「……たこ焼き? なに、卓也が作ったの?」

 

「はい。先日頂きまして、今では一番のお気に入りです」

 

 愛らしい丸さ、表面の焼き具合と中のふんわりとした感触にタコが素晴らしくマッチングする。

 神が作ったとさえ思える料理だ。

 

「貴族がB級グルメ大好きって違和感あるね」

 

 ブルジョワなイメージが崩壊する。

 

「買い食いに連れ回している張本人達が何を言うのですか。素材良ければ皆美味しい、というわけではないと教えたのは貴方達ですよ」

 

「ははっ、確かに」

 

 クリスの反論に、思わず優斗も苦笑するしかなかった。

 

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