第100話 広げる世界

 翌日。

 四台の馬車があった。

 イエラート組も見送りに来ている。

 

「優斗くん達はどこに行くの?」

 

「僕とフィオナは適当に旅行ですかね。ついでにどこかでショートソードを調達しようかと」

 

「自分達はリライトへと戻ります」

 

「あたし達はリステル。お兄様もお姉様もタクヤと会いたいってうるさいのよ」

 

 各々が別々の方向に向かう。

 

「……リル。今から緊張でやばい」

 

「大丈夫よ。新しい義弟に興味津々なだけ」

 

「……全員が王族だぞ」

 

「あたしが婚約者だし、どうしようもないわね」

 

 回避できるわけもない。

 優斗も正樹へ同じように言葉を返す。

 

「正樹さんはどちらへ?」

 

「とりあえずは、一旦フィンドに戻ろうと思ってるよ。聖剣も普通の剣になっちゃったし」

 

「そうですか」

 

 優斗はニアへと視線を向ける。

 

「分かってるね?」

 

「ああ」

 

 素直に頷く。

 

「あれ? 二人とも、仲良くなったの?」

 

「まあ、そんなところです」

 

「そうなんだ。よかったよ」

 

 相性が悪いと思っていたから、正樹も安堵する。

 今度は刹那達が優斗達に話しかけた。

 

「優先、卓先、クリ先」

 

「来てくれてありがとう」

 

「本当に助かりました」

 

 三人が頭を下げた。

 

「こっちも楽しかったよ」

 

「偶には遊びに来てやるよ」

 

「旅行先には良さそうですからね」

 

 気にするな、とばかりに手を振って笑う三人。

 そして優斗は窘めるように、

 

「ちゃんとルミカの言うこと、聞くんだよ? さっき、ルミカの家が後見になったってイエラート王から伝えられたから」

 

「分かっている」

 

「大丈夫よ」

 

 大きく頷く刹那と朋子。

 

「……微妙にまだ、心配なんだよな」

 

「タクヤ、信じてあげましょう。それに何か悪さしたら、大魔法士が飛んでくるのですから」

 

 異世界人の先輩として、颯爽と。

 

「まあ、優斗のお仕置きは怖いからな。一度味わえば二度としないだろ」

 

「……優先、何するんだ?」

 

 怖いと言われる中身が知りたい。

 

「とりあえずトラウマにするよ」

 

 にやりと優斗が笑った。

 “なる”じゃなくて“する”というのが本当に彼らしい。

 

「……絶対悪さしないわ」

 

「それがいい」

 

 おそらくは卓也の想像通りで、彼らの想像以上のお仕置きだろうから。

 

「そろそろ出るわよ!」

 

 リルの呼ぶ声が聞こえる。

 

「それじゃ、またね」

 

「ルミカ、頼んだぞ。刹那と朋子は頑張れよ」

 

「ファイトです」

 

 三人は踵を返し、正樹達にも挨拶してからそれぞれ、馬車に乗る。

 そしてイエラートを出発した。

 

「なんというか凄まじい方々でしたね」

 

 ルミカが笑う。

 

「優斗先輩一人だけが笑えないレベルだけど、あの二人もよくよく考えれば凄いわよね」

 

「卓先、優先に隠れてるだけで実は王族の婚約者だからな」

 

 三人でくすくすと笑う。

 するとミルが話しかけてきた。

 

「克也、トモコ、ルミカ」

 

 別れの挨拶だろう、と三人は思った。

 

「ミル、助けてくれてありがとう」

 

「ううん。トモコ、あんまり怪我なくてよかった」

 

「ミルちゃん、あの時みたいに無理をしたら駄目ですよ」

 

「大丈夫。あの時は無理する前に、克也が助けてくれた」

 

 するとルミカがからかうように、

 

「そうですよね。セツナ君、ミルちゃんの前ではカツヤ君なんですよね」

 

「そ、それは言うな!」

 

「……? どうして?」

 

 ミルが首を捻る。

 

「あ~、それはだな……」

 

 一人だけの前で克也というのは、ちょっと恥ずかしい。

 

「……まあ、何でもない」

 

 とはいえ後悔していないのだから。

 我慢すればいいだけの話だ。

 

「じゃあ、ボク達もそろそろ行こうか」

 

 正樹の号令でニアとジュリアは歩き始める。

 刹那も朋子もルミカも。

 最後に全員で別れの挨拶をしようとした。

 

「マサキ」

 

 けれど一人だけ動かなかった。

 ミルだけが、その場に留まる。

 

「どうしたの?」

 

 笑みを浮かべて問いかける正樹。

 

「…………」

 

 ミルは僅かな時間、その笑顔を目に焼き付けた。

 

 ――忘れないように……しよう。

 

 この笑顔を見られないのはちょっと辛いな、とは思う。

 

 ――でも、決めたから。

 

 縋っている自分とお別れするために。

 何も変わらない“世界”を変えるために。

 

「あのね」

 

 ミルは決意したのだから。

 

「ここで、さよなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり別れを切り出され、正樹が動揺する。

 

「さ、さよならって……どういうこと!?」

 

「わたし、イエラートに残る」

 

「どうして!?」

 

 突然のことに正樹は意味が分からない。

 

「ボクのこと、嫌いになった?」

 

「ううん、わたしはマサキが好き。それは今も、変わらない」

 

 ずっと変わっていかない。

 

「この好きは、男の子に対する好きじゃない。でもいつかマサキのこと、男の子として好きになるかもしれない」

 

 でも“好き”の意味が変わる理由はある。

 

「だって“わたしの世界”に男の子、マサキしかいないから」

 

 彼一人だけ。

 

「もし好きになってしまったら、わたしはきっと、独占したいって思う」

 

 フィオナのように。

 リルのように。

 独占欲が沸くだろう。

 

「マサキの周りに女の子がいるから、わたしは嫉妬すると思うし、叫くと思う」

 

 周りに女の子がいることを許せない。

 

「たくさん、問題を起こす」

 

 だから。

 

「わたしはマサキの側に、いていい女じゃない」

 

 これ以上、一緒にはいられない。

 

「それが……理由の一つ」

 

 自分は彼の周りにいる女として相応しくない。

 問題を起こすであろう自分は彼の“王道”の側にはいられない。

 

「もう一つは」

 

 自分の今の生き方。

 

「マサキに縋ってること」

 

 この生き方をやめるため。

 

「マサキに縋るのも、終わり」

 

「す、縋ってなんか――」

 

「ううん。縋ってた」

 

 ミルは首を横に振る。

 

「料理作ってる理由だって、本当は居場所、作るため」

 

 正樹のため、という体の良い理由で。

 自分の居場所を作っていた。

 

「そうでもしないと、マサキの側にいれないから」

 

 他の何にも役に立たない自分は、そうでなければ仲間としていられないと思っていた。

 

「でも、違う」

 

 気付いた。

 

「仲間って……そうじゃない」

 

 打算的な関係じゃない。

 

「ユート達を見てて、分かった」

 

 仲間というのは、

 

「助け合うのが、仲間。信頼し合うのが……仲間」

 

 ならば自分がしていることは何だ?

 

「わたしはマサキの側で、楽をしようとしてただけ。それを仲間だって、思ってた」

 

 一方的な寄り掛かり。

 これの何が“仲間”だ。

 

「このままじゃ、一生一緒」

 

 寄って、寄りかかって、縋ってるだけ。

 盲目的で生きているのならば、何も自身に変化はない。

 

「でも」

 

 ここにいて、少しだけ変われた。

 

「わたし、イエラートで、結構がんばった」

 

 切っ掛けは優斗に話しかけたこと。

 正樹しか知らない自分が、初めて知らない男の子に話しかけた。

 たぶん、それが良かった。

 優斗も卓也も世話焼きで。

 自分が男が苦手だということを把握した上で、接してくれた。

 ちゃんと話せるようにと、考慮してくれた。

 だから頑張れた。

 

「マサキ以外にも、男の子と話せた。ちょっとずつ、話せるようになった」

 

 料理を教えてもらいながら、ピンチを助けながら、助けてもらいながら。

 怖がる前に、話せるようになった。

 

「今は克也とユートとタクヤなら、マサキぐらい話せる」

 

 まだ異世界人という括りがあるけれど。

 

「少し、変われた気がした」

 

 こんな自分でも。

 

「だからわたしは、もっと自分の世界を広げたい」

 

 たくさんの普通を知っていかないといけない。

 

「でないと私は一生、マサキに寄りついているだけだから」

 

 このタイミングを逃したら、きっとそうなる。

 

「マサキに愛してない女の子を、一生背負わせるなんて……させたくない」

 

 恋じゃないけれど。

 好きな人だ。

 大好きな人だ。

 そんな彼に重荷を背負わせたくない。

 

「……ミル」

 

 正樹も止めることは出来なかった。

 歪であろうとも『仲間』だったからこそ。

 彼女がどういう想いで話を切り出したのか分かる。

 頑張って“変わろう”としているのが理解できる。

 

「ありがとう、マサキ」

 

 ミルの瞳が潤む。

 出会ってから今までのことを思い出した。

 思わず涙が零れそうになって、

 

「……っ」

 

 けれど堪える。

 笑っている顔を――笑顔を覚えていてほしいから。

 ぐっと顔を上げ、真っ直ぐ正樹に微笑む。

 

「ありがとう、一緒にいてくれて」

 

 縋っていたとしても楽しい日々だった。

 

「ありがとう。わたしを助けてくれて」

 

 辛い日々から救ってくれて、本当に嬉しかった。

 

「ありがとう。マサキがいたから、わたしは男の人とちょっとでも話せるように、なった」

 

 怖いだけじゃなくなった。

 

「わたし、変わってく」

 

 これからもっと。

 

「男の人が苦手なの克服して、何も知らないから勉強も頑張って、たくさん……変わってく」

 

「……だいじょうぶ。ミルなら出来るよ」

 

 正樹が優しく頷いた。

 

「恋だって、できるくらいに変わる。次に会ったとき、マサキをびっくりさせてみせる」

 

 思わぬミルの言葉に、正樹も笑みを零す。

 

「期待してる」

 

「うん」

 

「ボクの方こそ、ありがとう。妹が出来たみたいで本当に楽しかった」

 

 他にも色々と言いたいことはあるけれど。

 永遠の別れじゃないから。

 次に会った時でいい。

 

「だからここで、さよなら」

 

 ミルが右手を差し出した。

 正樹も頷き、同じように右手を出して……握手をする。

 

「ばいばい、マサキ」

 

「またね、ミル」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 正樹達を乗せた馬車が遠ざかり……見えなくなる。

 

「よく頑張りましたね、ミルちゃん」

 

「……うん」

 

 ルミカが優しく、ミルの頭を撫でる。

 

「これからどうするかは決めていますか?」

 

「……ううん」

 

 小さく首を横に振る。

 

「なら、これも何かの縁です。私の家に来ませんか? セツナ君もトモコちゃんもこの世界に慣れるため、後見であるうちで暮らします。一緒にどうですか? 部屋はたくさん余ってますから」

 

「いいの?」

 

「もちろんです。それに学院にも通えるよう考慮します。フィンドの勇者パーティの一員だったのなら、特待生で迎え入れられるかもしれませんよ」

 

 どちらにしろ学院に通うことだけは、どうにかしてルミカがねじ込む。

 

「……ありがとう、ルミカ」

 

 素直に甘えさせてもらう。

 

「じゃあ、ミルもこれからは一緒なのね」

 

 朋子の表情が少し和らぐ。

 

「これからよろしく、ミル」

 

「うん。こっちもよろしく、トモコ」

 

「ミルはきっと、私の初めての友達よ。一緒にいれて嬉しいわ」

 

「それを言うなら……わたしも。トモコ、初めての友達」

 

 正樹もニアも、ジュリアも。

 友達ではなかった。

 だからこそ初めての“友達”という単語が、お互いに少々こそばゆい。

 これも少しは世界が広がったこと、という実感がある。

 

「……ミル」

 

 最後に、克也が名を呼ぶ。

 ミルは彼の姿を見て、小さく笑おうとした。

 

「…………っ」

 

 けれど無理で、唇を真横に結んだ。

 

「わたし、どう……だった?」

 

「俺には真似できない、尊敬できる行いだと思う」

 

「……うん」

 

 返事が思わず震えてしまう。

 駄目だった。

 克也の顔を見てしまったら。

 留めていたものが全て、出てしまう。

 

「……克也」

 

「なんだ?」

 

「……もう……いい、よね?」

 

 頑張ってお別れをしたから。

 笑顔で見送れたから。

 溢れるものを全て、吐き出してもいいだろうか。

 

「当たり前だろう」

 

 克也もそれを分かったから、大きく頷いた。

 

「自分のために、フィンドの勇者のために頑張ったんだ。大切な人間との別離を後に涙して何が悪い」

 

 悲しいのは当然のことだ。

 

「誰にも文句は言わせない。だから今は存分に泣けばいい」

 

「……うん」

 

「俺はミルに胸を貸すことはできないし、ただ言葉を掛けることしかできない。だから伝えよう」

 

 想いを全て、言葉に込めよう。

 世界が否定をしても、克也だけは絶対的に認める。

 

「お前は凄いよ、ミル。心からそう思う」

 

 ただ、誠実な気持ちだけを届ける。

 

「……っ!」

 

 そして、だからこそミルの心にしっかりと届いた。

 

「…………克……也……」

 

 もう、限界だった。

 涙がボロボロと零れる。

 

「……っ」

 

 ミルは一歩、二歩と彼に近付く。

 触れるか触れないかの場所に立った。

 

「……ミル?」

 

 思わず後ずさろうとする克也。

 しかし、ミルが服の裾を掴んだ。

 

「これも……一歩、だよ」

 

 まだ、身体は震える。

 声も怖さで揺らめき、悲しさで途切れる。

 それでも、

 

「ちょっとだけで、いい」

 

 広げる世界の第一歩として。

 盲目だからこそ大丈夫なのではなく。

 助けてくれたからこそ大丈夫なのでもなく。

 “克也だからこそ大丈夫”なのだと思いたいから。

 勇気を出す。

 

「ちょっとだけ、胸、貸して」

 

 そして、この感情を吐き出せる“大丈夫”を少しの間でいいから、わたしに下さい。

 

 

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