第99話 だからこそ次は

 皆のところに戻る途中で、フィオナが訊いてきた。

 

「どうしてフィンドの勇者には言わないんですか?」

 

「8割方、僕の言ったことが合っている……とは思うんだけどね。正樹さんは聡いから気付く。僕の隠したことに」

 

 優斗がジュリアを疑っていることに。

 

「あと、別にいる心配な子って誰なんですか?」

 

「ミルだよ」

 

「あの子ですか?」

 

 確かにいろいろとありそうな娘ではあったが。

 

「さっき、あんまり喋らないで考え事してたみたいだし……ちょっと心配だね」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「…………」

 

 先日と同じテラスで椅子に座り、ミルは思いに耽る。

 優斗に、卓也に、フィオナに、リルに教えてもらったことに対して。

 そして自分の感情に対して。

 

「……恋」

 

 この気持ちは恋なのだろうか。

 

「……仲間」

 

 自分は本当に彼らの仲間なのだろうか。

 

「……順番」

 

 そしてこの気持ちは、どういう順番で得たものなのか。

 

「………………」

 

 自分は竹内正樹のことを、どう思っているのか。

 何分も、何十分も考えて、何度も気持ちを整理して。

 

 

 ミルは一つの答えを得た。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「戻ったよ」

 

 卓也が視線を向けると、優斗がフィオナを引き連れて戻ってきた。

 

「どうだった?」

 

「まあ、上々ってところ」

 

「なら問題ないか」

 

 卓也は簡単に頷いた。

 優斗が上々と言うのなら、事実そうなのだろう。

 

「さっきニアを呼びに行ったときにミルがいなかったけど、どこにいるか分かる?」

 

「いや、こっちには来てない」

 

「そっか」

 

 彼女の様子からして、もしかしたら思い悩んでいるのかもしれない。

 優斗は少し考える。

 彼女が悩んでいるのであれば、おそらくは“彼”がどうにかするだろうから、自分の出番ではないだろう。

 

「行かなくてもいいはずだけど……」

 

 それでも心配であることは間違いない。

 すると、

 

「優斗、大丈夫だろ」

 

 卓也が声を掛けた。

 

「ミルが思い悩んでるなら、たぶん出会う」

 

 それが誰を指しているのか。

 何を言いたいのか。

 思わず優斗も笑ってしまった。

 

「やっぱり、卓也もそう思うんだ」

 

「さすがにな」

 

 否定できないほど、彼らは“そう”なのだろうと思う。

 

「僕らはあくまで疑問を与えた存在だからね」

 

「ああ、だから解決するのはミル自身と別の奴の役目だ」

 

 自分達じゃ役に立てない。

 解決させられない。

 

「オレはあいつらが出会ったのってかなり重要なことだと思うんだ」

 

「そうだね」

 

 彼女の疑問を解決するにあたって適任の“別の奴”がいる。

 

「ミルの存在はあいつにとって唯一。言うなら“特別”だ。オレはそれがあいつに良い影響を与えたって思う。だったら、次はあいつがミルに良い影響を与える番だと思うんだよ」

 

 卓也の言葉に優斗も頷く。

 

「正樹さんじゃ駄目だし、僕でも卓也でも駄目。彼女と同じ目線で、同じ位置で、同じ立場で話せるのはあの子だけだからね」

 

 優斗にとってはフィオナが。

 卓也にとってはリルが良い影響を与え合った。

 もちろん彼らにとって、この出会いが優斗達と同じように一生のものになるかどうかは分からない。

 けれどもイエラートにいる時だけは思ってしまう。

 きっとあの二人が出会ったのは特別なのだろう、と。

 

「頑張ってほしいね」

 

「大丈夫だろ。あいつがイエラートで一番頑張ったことは、ミルのことだからな」

 

 図らずも彼が前に進む背中を押したのはミル。

 だからこそ、今度は彼の番だと。

 ミルの背中を押すのは彼の番なのだと。

 やっぱり思ってしまう。

 

 

        ◇      ◇

 

 

「………………分かった」

 

 ミルは結論を得た。

 

「……逆だ」

 

 恋だから盲目的になったんじゃない。

 盲目的だから、恋だと思った。

 

「好きだけど……」

 

 正樹が好きだ。

 でも異性の好きじゃない。

 フィオナのように、リルのように思えない。

 

「仲間だけど……」

 

 側にいたい。

 でも違う。

 いて欲しい理由が違う。

 

「…………あっ……」

 

 なればこそ、と。

 気付いてしまった。

 

「……っ!」

 

 心が乱れる。

 けれど、認めないといけない。

 

 ――縋ってた。

 

 竹内正樹に。

 

「…………ぁぁ……」

 

 助けてくれた人だから。

 救ってくれた人だから。

 

「…………あっ……ぁぁ……」

 

 彼の優しさに甘えて。

 女の子を拒否できないところにつけ込んで。

 だから、逃さないように必死に居場所を作ろうとして。

『仲間』である理由を確保しようとしていた。

 

「……ぅぁぁ……っ!」

 

 駄目だ。

 駄目だ。

 駄目だ。

 そんなのは駄目だ。

 

「……マサ……キを……」

 

 不幸にしてしまう。

 

「――っ!!」

 

 思わず頭を掻き毟った。

 その時、

 

「……だ、大丈夫か?」

 

 声が掛けられた。

 ミルが顔を上げる。

 そこにいたのは、

 

「…………克……也……?」

 

 一つ年下の男の子。

 

「近付かないから安心しろ」

 

 距離を取って、ミルが怖がらないように配慮しながら克也は尋ねる。

 

「何かあったか?」

 

 できる限り落ち着けようとしてくれる克也の声音。

 思わず、涙が溢れてきた。

 

「わたしは……ちっぽけなわたしの世界に閉じこもってた」

 

 顔をぐしゃぐしゃにしながら、ミルは言葉を続ける。

 

「……でも、それはとても……酷いこと」

 

 正樹のことを思いやっていない。

 

「……自分、勝手」

 

 何が“好き”だ。

 ふざけるな。

 

「マサキを……無意識に、追い詰めてるだけ」

 

 相手のことを考えているようで、自分のことしか考えていない。

 

「本当に酷い……女」

 

 顔を伏せる。

 自己嫌悪した。

 どうしようもないくらいに自分は駄目なんだと、自覚する。

 

「……ミル」

 

 声を掛けようとして、何と話していいか分からない。

 けれど今、彼女を励まさなければ駄目な気がする。

 男が苦手なのに、頑張って自分と話している女の子を。

 立ち直らせないといけない気がする。

 

「――ッ!」

 

 決断した。

 今の自分は“刹那”ではなく“克也”だ。

 これからやるのは、本当に恥ずかしい。

 

「ミルっ!」

 

 けれど恥ずかしさなんてゴミ箱に放り投げる。

 それでも励ましたいから、頑張るんだ。

 

「いいか、よく聞け!」

 

 克也は意を決したように、椅子の上に立つ。

 そして両手を広げた。

 

「世界は広い!」

 

 突然の大声に、伏せていたミルの顔が思わず上がる。

 

「俺は優先達に出会い、そう思った!」

 

 “世界”というものの広さを実感した。

 

「小さな世界に閉じ籠もっているのもいいとは思う。でも――」

 

 前の世界から解き放たれた自分にも言い聞かせるよう、声高に叫ぶ。

 

 

「せっかく自由を得たのならば、謳歌しないと人生じゃないっ!!」

 

 

 もう、イエラートの一室に閉じこもってるだけの自分ではいたくない。

 

「人間、いろいろとあるものだ! 後悔がない人生なんてない!」

 

 正しく在りたくても、後悔することはある。

 

「今回だってそうだ。優先がいたからこそ大丈夫だった。けれど昨日の出来事はどうしようもないくらいに後悔だ!」

 

 忘れてはいけない出来事。

 

「だから俺はこれから変わる! もっと強くなり、もっと大いなることを知っていき、勇者も大魔法士も凌駕してみせる!!」

 

 まるで大言壮語。

 夢物語にしか思えない克也の言動。

 

「……む、ムリ」

 

 ミルは思わず、否定してしまった。

 だが、克也は意に介さない。

 

「ふっ、無理なものか。誰に言っている」

 

 ここにいるのは異世界人であり、イエラートの守護者。

 そして、

 

「俺は虚無の意を持つ者、零雅院刹那だからな!!」

 

 夜空に木霊する、克也の叫び。

 ミルはどうしようもなく呆け、

 

「バカ、なの?」

 

 不躾なことを訊いてしまった。

 しかし克也は大きく笑みを浮かべる。

 

「ああ、馬鹿だ。だが、こうでなければ“オレ”じゃない」

 

 両手を高く掲げ、わざとらしくポーズを取った。

 しかし、いつものような“刹那”じゃない。

 “刹那”っぽく見せてくれる克也だ。

 だからミルは平気で話すことができる。

 だからこそ、

 

「なに、それ」

 

 破顔できた。

 

「克也、ばか?」

 

 小さく笑う。

 我が意を得た、とばかりに克也は頷いた。

 

「笑ったな」

 

 指摘すると、ミルが驚いた表情をする。

 先ほどまでの陰鬱な気分が、今は無かった。

 

「せっかく可愛いんだ。笑っていなければ世界にとって大いなる損失だろう」

 

 またしても馬鹿げたことを言う克也。

 けれど夜にも関わらず、彼が首筋まで真っ赤なのが見える。

 必死にミルを励まそうとしてくれているのが、彼女にも丸わかり。

 

「ほんとに……克也、ばか」

 

 頭の悪い自分のために。

 自分勝手な自分のために。

 精一杯、励ましてくれてるなんて。

 

「ばか」

 

「な、何度も言い過ぎだろう!?」

 

 せっかく頑張ったというのに。

 思わずツッコミを入れる克也にミルは笑う。

 

「うん、うそ」

 

 本当は違う。

 

「ありがとう、克也」

 

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