第98話 貴方の物語

 そして数十分後。

 優斗と彼女は王城の中にある一室で相対していた。

 平然とした表情の優斗と、不機嫌な表情の彼女。

 

「貴様、何がしたいッ!」

 

「用があるから連れ出したに決まってるだろう」

 

「ふざけるな!」

 

 いきなり優斗如きに連れ出され、彼女――ニアは怒鳴る。

 

「猛るな。確認したいことがある」

 

「お前と話すことはない!」

 

 聞く耳など持たないといった様子のニア。

 だから優斗はまず、

 

「正樹のことだとしてもか?」

 

「貴様はどうせマサキを侮辱するつもりだろうが!」

 

「違う。正樹の根幹に関わる問題を訊きに来たんだ」

 

 思わぬ言葉に、ニアの猛りが止まる。

 

「……根……幹?」

 

「そうだ。だから問うぞ、ニア・グランドール」

 

 優斗は一呼吸置き、

 

「“いつから”正樹はああなった?」

 

 そして、

 

「お前は“いつから”そんな風になった?」

 

 真っ直ぐに問いかけた。

 だがニアは眉根を潜めるだけ。

 

「……何のことだ?」

 

 意味が分からなすぎる。

 優斗はようやく彼女が興味を持ったからこそ話し始める。

 

「今回の一件で、さすがに疑問に思った」

 

 正樹が『勇者』というのは分かるが、度が過ぎている。

 “そういうもの”では済まされないものがあった。

 

「正樹が王道の勇者である、という見立ては合っているはずだ。僕も仲間も同じ感想を抱いた」

 

「当然だろう。マサキは『フィンドの勇者』だからな」

 

「だけど、王道の勇者にしてはあり得ないほどに正樹は間違えすぎている」

 

「な――ッ!」

 

「何が言いたいか分かるか?」

 

 優斗は極めて冷静な口調で突きつける。

 

「竹内正樹はおかしい」

 

 正常じゃない。

 

「ば、馬鹿を言うな!」

 

 思わずニアが全力で反論しようとする。

 

「落ち着け。“そういう意味”じゃない」

 

「……なっ……じゃあ、どういう意味だ!?」

 

 今のは正樹を貶しているようにしか思えない。

 けれど優斗は落ち着いて言葉を続ける。

 

「いいか? 王道というのは間違えようがない。己自身と仲間の力で順当に正当に評価され続けていくのが王道だ」

 

 全ての物語の基本であり、中央に位置する。

 

「つまり正樹がフォルトレスと戦うなんてことはあり得ない。ましてや不用意に復活させて評価を落とすなんてことは絶対にないはずなんだ」

 

 なのに、今回はあった。

 優斗がどうにかしなければいけなかった。

 

「なぜそうなってしまったのか。それが今から問いかけることだ」

 

 優斗が一番、訊きたいこと。

 

「まず前提として言うぞ。僕らがいた国は戦いもなく、勇者もいない。そして竹内正樹は一般人だ」

 

 優斗達のようにオタク文化に明るいわけでもなく、刹那達のように厨二病というわけでもない。

 

「ならば、どうしてあそこまで『勇者』であることに拘る?」

 

「それは正樹がフィンドの勇者だから――」

 

「正樹は僕らの世界で一般人だと言っただろう。勇者なんてものは実在しない。空想のものだと思っている側の人間だ」

 

 ということは、だ。

 

「つまり正樹の“今までの生き方”と“今の生き方”が矛盾している」

 

「……どういう……ことだ?」

 

 怒鳴ることなどできない。

 優斗が突きつけているのは、ニアが反論する範囲外の話。

 正樹を肯定している上での否定。

 だからこそ素直に耳に入っていく。

 

「彼の存在はまさしく王道だ。優しく、強く、正しく、格好良い。追い込む必要もなく勇者でいれるはずだ」

 

 意識する必要もない。

 

「もちろん勇者として“在りたい”と思うのは間違っていない」

 

 勇者として召喚された以上、そう思っているのならば理解できる。

 

「だが勇者として“在らねばならない”というのは、なぜだ?」

 

 ここがおかしい。

 

「どうして『勇者という概念』に脅迫されるが如く追われている?」

 

 必要性がない。

 そうでなくても、勇者として在れるのに。

 

「それが竹内正樹の王道が狂った原因だと僕は見ている」

 

 敵わない相手を呼び込む。

 王道の外側にいる存在すらも。

 

「そしてお前もだ、ニア・グランドール」

 

「……私?」

 

「前回は正樹が王道の勇者だからこそ、盲信していると思っていた。矛盾して支離滅裂でも問題ないと考えてたが……」

 

 でも、違った。

 

「今回で分かった。そういうレベルじゃない」

 

 二回目だからこそ疑問が生まれる。

 

「明らかに変なんだ。フィンドの勇者パーティの中で僕の力を一番見ているのはお前だ、ニア・グランドール。なら正樹が僕に勝てないことは、理屈でも感情でも否定できないほどに理解していないとおかしい」

 

 魔物の洞窟で、ジャルとの戦いで優斗の異常性を見ているニア。

 

「にも関わらず、お前は今回も僕に幾度となく猛った」

 

 正樹は『最強』だと言い放った。

 

「お前の正樹に対する肯定は理屈も感情も抜いた“何か”が働いているとしか思えない」

 

 外因がある。

 

「だからその疑問、矛盾を問いかけているんだ」

 

「……なぜ私に訊く」

 

「初めからそうだったわけじゃないはずだ。だったら最初の仲間であるお前なら、分かるだろう?」

 

 一番長くいるニアだからこそ。

 

「正樹が『勇者』という概念に追われる原因と、付随してお前がそこまでおかしくなった『理由』がどこかにある」

 

 絶対に。

 

「話せ。出会ってから現在に至るまでの全てを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優斗に言われるがまま、ニアは二時間ほど喋り通した。

 

「……そして、今に至る。これで終わりだ」

 

 出会ってから今までのことを、全て話した。

 

「…………」

 

 優斗は要点を抜き出した紙を見詰め、ペンを何度かノックしながら結論付ける。

 

「クリスタニア、だな」

 

 ある国の名前を口にした。

 

「正樹の王道が狂った原因はそこだ」

 

 そしてニアが話してくれたことを思い返す。

 

「クリスタニアで正樹が勇者としての自覚を得た、と言ったな」

 

「ああ。あの時からマサキは『フィンドの勇者』としての自分を明らかに自覚した」

 

「違う。自覚じゃない。そこで脅迫概念が植え付けられた」

 

 それは彼女達の旅の流れを見ても、分かる。

 

「お前達は二人で旅をしている時、何度も人助けをしている。だからこそおかしい」

 

 クリスタニアでの出来事。

 領地問題があったとは正樹からも聞いていた。

 そして今回、詳しく聞いてさらに理解した。

 

「その時だって誰かを助けられず、死なせているわけでもない。見事に、いつものように王道の如く解決した」

 

 ならば、と。

 優斗は続ける。

 

「クリスタニアで自覚を得る必然性がない。別の要因が働いている」

 

 理由ある自覚じゃない。

 理由なき自覚だ。

 だからこそ外因がある。

 

「魔法か、魔法科学か、それとも呪いか。どれかは分からないが、それが正樹の運命をねじ曲げた。そしてお前にも影響を及ぼした……ということだろう。断定はできないが、正樹と一緒にいる時間が長いほど、盲目に。そして盲信していくのかもしれない」

 

「……そんなもの、聞いたことがない」

 

「僕もないが、あり得ないことじゃない」

 

 否定はできない。

 

「緊急で向かう必要は無い。正樹の王道が一番狂うのは、おそらく僕と一緒にいる時だ。それが偶然なのか故意なのかは分からないがな」

 

 優斗と一緒にいる時、フィンドの勇者の王道は異常な道へと変わっている。

 

「けれど早めにクリスタニアへ行け。そして正樹を救え」

 

 解放しろ。

『勇者』の呪縛に囚われている『フィンドの勇者』を。

 

「救うのは正樹の仲間であるお前の役目だ」

 

 ニアがやらなければならない。

 

「…………なぜだ」

 

「何がだ?」

 

「なぜ、そこまで正樹に関わろうとする。お前には関係ないはずだ」

 

 同郷の人間だとしても、まだ会って数回の人間にこれほど言うような奴ではない。

 ニアにだってこれぐらいは理解できる。

 

「……そうだな。確かに正樹は仲間じゃない」

 

 優斗は頷いて断言する。

 仲間なんてものにはなれないし、なるつもりもない。

 

「けれど、同じ『異世界人』としての友だと思ってる」

 

「……友?」

 

「ああ。そして彼が四人で召喚された僕らと違い、たった一人で寂しさと闘ってきたことも知ってる」

 

 自分と会ったときの喜びようは今でも覚えている。

 

 

『よかった。ボクと同じようにセリアールに召喚された人がいるんだ』

 

 

 本気で安堵して、嬉しがって、笑みを零していた。

 それを思い返して、優斗は柔らかい笑みを浮かべる。

 

「だから――何度でも助けるよ」

 

 友人だから。

 

「これまでも。そしてこれからも」

 

 どれほど迷惑を被ろうとも。

 

「“宮川優斗”という、彼と同じ異世界人の『名』に賭けて」

 

 助けていく。

 

「正樹が頑張っているのは、分かるから」

 

 必死に闘っているのを知っているから。

 

「……ミヤガワ」

 

「だから君も頑張れ、ニア」

 

 何が原因だろうと負けるな。

 

「正樹を正しく、王道の勇者に戻してみせろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてニアが出て行ったあと、優斗はまた真面目な表情に戻る。

 まだ結論は出ていないし、確定できなかったからこそ伝えていないことがあった。

 

「クリスタニア、か」

 

 優斗が先ほど口にした国。

 

「一人、いたな」

 

 正樹の仲間に。

 

「僕の考えで合ってるのなら、お前は絶対におかしい」

 

 ニアのように正樹を全肯定せず、ミルのように正樹を否定もできない。

 睨みはすれど、いるだけの少女。

 だからこそ変だ。

 最大の“おかしさ”を持っている存在。

 

「ジュリア=ウィグ=ノーレアル」

 

 こいつなのか。

 

「お前が正樹を狂わせた元凶なのか?」

 

 優斗の呟きは部屋の中で霧散する。

 

「……まあ、この先は考えても仕方ないかな」

 

 自分の出番の範疇じゃない。

 と、ドアをノックする音が聞こえた。

 

「ん? どうぞ」

 

「入ります」

 

 フィオナが部屋の中に入ってきた。

 

「もしかして、近くにいた?」

 

「隣の部屋にいましたよ」

 

 近付いていき、颯爽とフィオナは優斗の脇腹を抓る。

 

「……なんで抓るの?」

 

「また、ああやって優しい言葉をかけて……」

 

 壁越しからでも聞こえた。

 

「はいはい。何も起こらないから」

 

 あり得ない。

 ニアは確実に正樹の仲間なのだから。

 

「でもね、さっき思ったんだ」

 

 フィオナの手を外しながら、優斗は馳せる。

 

「何をですか?」

 

「フィオナに出会えて良かったなって」

 

 優しく彼女を引き寄せる。

 

「僕が狂わず物語を歩めてるのは、仲間と君のおかげだよ」

 

 本当に感謝してる。

 

「会えなかったことを考えるだけで……正直、ぞっとする。僕と修は一歩踏み外しただけで、危うい存在だから」

 

 間違えることなんてできない。

 けれどフィオナは小さく笑った。

 

「大丈夫ですよ」

 

 彼の背に手を回す。

 

「優斗さんは大丈夫です」

 

 絶対に問題ない。

 

「なぜなら、私達だけじゃないからです」

 

 彼はちょっとだけ勘違いしている。

 

「王様も、副長も、お父様も、お母様も、まーちゃんもあーちゃんもいます」

 

 異世界にいた時とは違う。

 

「大人が正しい道を示し、私達が支え、幼き者達が背を見ているんです」

 

 頼れる大人がいて、大切な仲間がいて、可愛い娘も妹もいる。

 

「前も右も左も後ろも、全部埋まってます。踏み外しようがありません」

 

「……大変だなぁ、僕も」

 

 苦笑する。

 

「それが優斗さんがセリアールにやって来てから、築いてきた物語です」

 

 一年もの時間を掛けて、歩いてきた。

 

「だから心配しないでください」

 

「……うん。ありがとう」

 

「そして、だからこそ言わせてください」

 

 フィオナは少しだけ身体を離し、優斗と視線を合わせる。

 

「会えなかったことなんて考えなくていいです」

 

 必要ない。

 

「優斗さんが異世界人だから、私は貴方と出会えた」

 

 運命の出会いをした。

 

「でも、異世界人じゃなくても絶対に出会ってみせます」

 

 “if”なんていらない。

 隣を歩めない人生なんて認めない。

 

「出会わない運命があるのならば、そんな運命をねじ伏せてみせます」

 

 彼がやっているように。

 自分もそれだけは、絶対にねじ伏せる。

 

「私の相手は優斗さんしかいません」

 

 他の誰も考えられない。

 

「だから」

 

 ちゃんと言葉にして伝えたい。

 今日、この日にどうか届けたい。

 

「私は貴方が生まれてくれたことに感謝します」

 

 ありがとう。

 

「私の最愛の人が今、目の前にいることに感謝します」

 

 心から、そう言わせてほしい。

 

「優斗さん」

 

 口唇を軽く触れさせる。

 そして微笑む。

 

「お誕生日、おめでとうございます」

 

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