第70話 可能性

 優斗からの駄目出しにキリアが食い付く。

 

「ど、どういうことよ!?」

 

 噛みつくキリアに優斗はばっさりと言い放つ。

 

「自分の実力を把握できてない。二人で協力すれば簡単に倒せるのに一人で倒そうとするから時間が掛かる」

 

「だって一人で倒せるもの!」

 

 キリアが憤慨する。

 

「これは討伐の依頼じゃないよ。護衛の依頼なんだから一人で倒すことに固執するんじゃなくて、いかに護衛対象を守れるのかが重要なんだよ」

 

 続いて優斗はラスターを見て、

 

「ラスターも多対一に慣れてない。このままで高いランクの魔物に遭遇したら不味いね」

 

「そうか」

 

 優斗の進言にレイナは腕を組み、考えを纏めるかのように右手の人差し指で何度か己の腕を叩く。

 

「…………ふむ。ならば、だ」

 

 結論付いたのかレイナは頷きながら、

 

「次の休憩からお前らの特訓を入れようと思う。付け焼き刃にはなるが、やらないよりはマシだろう」

 

「だね。彼らの為にもなるだろうし」

 

 上から目線で話すレイナと優斗。

 それが気に食わなくて、キリアは反論する。

 

「わたしはわたしより弱い人を認めない!」

 

 声を張り、やらなくていいと否定した。

 けれど、

 

「ならば相手をしてやろう。掛かってこい」

 

 レイナは剣を突きつけた。

 

「手加減はしてやる」

 

 挑発するように笑う。

 すると女版ラスターと評したように、彼女はすぐに沸騰した。

 

「い、言ったわね!」

 

 レイナの言葉に憤慨し、キリアは距離を取った。

 

「求めるは――」

 

 だが甘い。

 詠唱を終える前にキリアが取った距離くらい、レイナには簡単に潰せる。

 予想外の早さにショートソードを取り出す隙さえもない。

 

「――っ!」

 

 トン、と。

 怪我などさせないような動きで首筋に剣を当てた。

 

「どうした? 終わりか?」

 

 電光石火の早技。

 これだけで叶わないと思わせるには十分だ。

 自分が先手を打とうとしたのに、動きを見てから反応した彼女の圧倒的な速さ。

 悔しそうに表情を歪めるキリア。

 

「納得したか?」

 

「……したわ」

 

「次の休憩からは特訓だ。いいな?」

 

「……分かったわよ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 そして二回目の休憩。

 ラスターに対して優斗とレイナが攻めかかる。

 

「どうした! 二人掛かりでラスターを攻めているということは、どうしてそうなる!?」

 

「キ、キリア! 早く援護してくれ!」

 

「わ、分かってるわよ!」

 

 一人離れた場所にいるキリアが焦ったように構えを取り直す。

 

「ラスターもこれぐらいで気圧されない。一対一の時ならラスターの方が押し込める程度しかやってないよ」

 

「く、くっそ!!」

 

 気合いを入れてラスターが押し返す。

 うん、とレイナが頷いた。

 

「そうだ。もっと広い視点を持て」

 

「キリアさんはいつまで僕とレイナさんの二人掛かりをさせてるつもり?」

 

「うるっさいわよ!」

 

 火の中級魔法を向けるキリア。

 

「違う! 威力を求めるな! 私とユウトなら目に見える炎球をラスターに当てさせることだって出来るぞ!」

 

「……っ!」

 

 レイナの怒鳴り声に慌ててキリアが魔法をキャンセルする。

 代わりに選んだのは風の中級魔法。

 

「うん。威力は弱くても速度が速くて4属性で最も視認しにくくて、さらにラスターから引き離すことの出来る風の魔法は正解だよ」

 

 優斗は一歩下がる。

 

「ラスター、今だぞ。さらに押してこい」

 

「はいっ!」

 

 ラスターの剣技が勢いを増す。

 

「キリアさんは僕をラスターに近付けさせない。詠唱破棄が出来るなら使う」

 

「このっ!」

 

 水の初級魔法を優斗に向ける。

 

「そうそう。それでいいよ」

 

 優斗が水球をかわす。

 けれど次の瞬間、火の初級魔法をラスターに向けて放つ。

 

「ラ、ラスター君! 魔法が向かった!」

 

「なっ!?」

 

 振り向いてしまったラスター。

 

「気を抜くな、馬鹿者!」

 

 レイナの拳骨がラスターの頭頂部から突き刺さる。

 

「いっっっっ!?」

 

 思わずラスターが蹲る。

 

「はい、終了」

 

 戦闘不能とみなして優斗が終わりを宣言した。

 

「ラスター。せっかくキリアが教えてくれたのだ。気配でかわせ」

 

「今のはラスターが悪い」

 

 さっそくレイナと優斗から駄目出しが入る。

 

「マジか……」

 

 頭をさすりながらラスターが立ち上がった。

 

「しかしキリアは悪くないな。一回駄目出しをされたら、二回目には正解を持ってくる」

 

「この分なら、付け焼き刃でもどうにかなりそうだね」

 

 さすがは1年のトップ2人だ。

 しかし先の戦いでレイナには少し気になった点がある。

 

「キリアは精霊術は使わないのか?」

 

「貴方達は精霊術を知らないだろうけど、あんまり使いどころがないのよ」

 

 と言うので、レイナは優斗に確認する。

 

「そうなのか?」

 

「キリアさんが詠唱破棄できるのがどれくらいあるのか知らないけど、初級で詠唱破棄できないのがあったら、精霊術のほうが使い勝手良いと思うけど」

 

「らしいぞ」

 

 レイナは聞き終えるとキリアに話を振る。

 

「……えっ?」

 

「初級レベルの精霊術は使えるのだろう?」

 

「そ、それはまあ……」

 

 頷くキリアに対し優斗は笑みを浮かべて、

 

「だったら使い分けたほうがいいね」

 

 精霊術を理解しているかのように口を利く。

 思わずキリアが首を捻った。

 

「何で知ったようなこと言うのよ」

 

「ユウトも精霊術を使うからな。知ったような、ではなく知っている」

 

「使えるの?」

 

 キリアが胡乱げな視線を優斗に向けると、

 

「一応ね」

 

 軽い調子で優斗が返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、キリアとしては優斗を下に見ている。

 上から目線で話されるのにムカついて、次の休憩は優斗に勝負を挑んだ。

 

「あたしと勝負しなさい!」

 

「……僕?」

 

「よく考えたら、貴方にどうして指導を受けているような形なのかが納得できないわ。まだ生徒会長には負けたから納得もできるけど、貴方には負けてすらいないんだから」

 

 仁王立ちでやる気満々のキリア。

 優斗と和泉、レイナは目を合わせると笑った。

 

「分かったよ」

 

「しかし優斗と普通にやっても勝負にならないだろう」

 

 和泉が事実をさらっと言った。

 キリアの眉が上がる。

 

「じゃあ、僕に一撃でも与えられたらキリアさんの勝ち……ってことで」

 

 続いた優斗の言葉で、キリアの眉はさらに鋭角になった。

 そして爆発する。

 

「な、ななん、なんですってっ!?」

 

 キッと睨み付けるキリア。

 

「舐めてるの!?」

 

 吠える彼女に対して、レイナが淡々と、

 

「キリア。それは実際に当ててから言う台詞だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリアが一撃で決めようとした火の中級魔法は、簡単に優斗のショートソードに斬られた。

 続けて放つ魔法も同様だ。

 レイナとラスターはその様子を眺めていた。

 

「あいつ、さくさく魔法を斬っていきますね」

 

「本気を出したら地の上級魔法以外、斬る男だぞ。本気を出さずともキリアの魔法ぐらい、全部斬れて当然だ」

 

「剣が無かったところで手でもいけますからね、あいつ」

 

「私も剣では中級魔法まで出来るが、さすがに手は無理だな」

 

「レイナ先輩も化け物じみてきましたね」

 

「バカ言うな。あれと同じカテゴリーにまだ入れるわけではない」

 

「っていうか、レイナ先輩がそれほど言う奴に勝てる要素ないですよね」

 

「今は表向きの実力で相手をしてやっているがな。それでも地味にキリアは実力が届いていないぞ」

 

「スタイルは似てますし、上位存在みたいなもんですか?」

 

「ああ。なんだかんだで魔法メイン。不得手がなくて精霊術まで使えるというのはユウトに似ているがな。その全部の項目でユウトが上回っているのだから、厳しいにも程がある」

 

 全く魔法が通じなくて、自棄になったキリアがショートソードを抜いて優斗へと向かっていく。

 

「でも、なんか違和感ありません? 普段のあいつなら何もしないで過ごすような気がするんですが。オレの時だってギリギリまで何もしなかったでしょう?」

 

「このままいけば、お前らがどこかで大怪我するのは誰でも分かる。特にお前とキリアは似たタイプだからな。相手の実力を見ただけでは把握できないタイプであり、直情的で苛立つ相手にはすぐに勝負を挑む性質だ。普段はあれこれ言う奴じゃないが、さすがに護衛任務でお前らみたいな奴は一番危ないから口を出したんだろう。自分だけが死ぬならまだしも、依頼主すらも巻き込むからな」

 

 優斗へと振るったショートソードは容易に弾かれ、逆に首筋にショートソードを突きつけられた。

 

「終わったようだ」

 

 レイナとラスターは優斗達のところへと向かっていく。

 そしてキリアにレイナは声を掛けた。

 

「自分の実力は理解できたか?」

 

「…………っ!」

 

 思わずレイナを睨むキリア。

 だが、理解は出来ているようだ。

 

「できたのなら重畳。上には上がいることを知れて良かったな」

 

「つ、次はあの人とやるわ!」

 

 キリアが周囲を警戒している和泉を指差した。

 

「あいつは技術者の類いだぞ。そんなのに勝って嬉しいか? ただ、勝てるかどうかは謎だが」

 

 トリッキーな戦法を好む彼も能力は低いとて侮れるわけではない。

 けれどキリアは戦士ではない、と聞いて勝負すること諦めた。

 それぐらいの矜持は持っている。

 

「自分が一番と思っているのは悪いことじゃない。だが、その鼻がへし折られた時にどうする?」

 

 レイナが問いかける。

 選択次第で大きく成長できるか否か、分かる。

 

「自分は一番なのだと盲信して現実から逃避するか? それとも何クソと思って努力するか? 決めるのはお前だ」

 

 生徒会長の言い草にカチンときたキリアは言い放つ。

 

「次は……絶対に勝つわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに道を進んでいくと木々の間から魔物が現れる。

 動きの遅い魔物ではあるが微妙に馬車の通るルートと被るため、念のために馬車を止めて優斗達は出て行った。

 

「サイクロス――Bランクの魔物がいるね」

 

「B……ランク!?」

 

「強敵じゃないか!」

 

 キリアとラスターは緊張の面持ちで身構える。

 しかし優斗と和泉、レイナは余裕を持って魔物を観察していた。

 

「この間、こいつとサイクロプスのコンボでボッキボキに骨を折られたんだよね」

 

「ココの時だったか?」

 

 和泉がそういえば、と思い出す。

 レイナもその時の話を思い返し、

 

「大変だったと言っていたな。とはいえ、その過程がユウトの場合は笑えないがな」

 

「無駄に制約つけられる森なんてもう行きたくないよ」

 

 談笑とも言うべきやり取りにラスターとキリアは信じられない、とばかりの面持ちになった。

 

「Bランクだぞ!」

 

「バカじゃないの!? 何を余裕かましてんのよ!!」

 

 後輩二人に怒られる。

 

「ごめんごめん。でも、動きが速い相手でもないからさ」

 

 優斗が軽い調子で謝ると、ズシンと音を立てながら魔物が向かってきた。

 動きは遅いため、ゆったりと準備が出来る。

 

「二人はサイクロスをどうやって倒せばいいと思う?」

 

 これも特訓の一環とばかりに優斗が訊いてきた。

 何を考えてるんだこいつは、と思いながらも二人は答える。

 

「オレとレイナ先輩で牽制して魔法を当てる」

 

「不正解」

 

「魔法で牽制してラスター君達が斬りかかる」

 

「不正解。二人とも考えてみて。こっちの人数は五人。しかも相手は動きが遅いんだよ? 無駄に近付く必要はないと思わない?」

 

 優斗は笑って和泉に合図する。

 

「つまり正解はこうだ」

 

 和泉が答えを引き継ぐ。

 拳銃から弾丸が発射され、サイクロスの身体半分が地面に埋没する。

 そして笑みを携えながら構えた。

 

「全員で魔法を使ってフルボッコということだ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 三回目の休憩に入る。

 最初の五分は特訓をして、後は休憩。

 優斗とレイナは和泉と一緒に周囲を見張っている。

 ラスターとキリアはぐったりとしていた。

 

「……ねえ、ラスター君」

 

「どうした?」

 

「あの人って……結局どれくらい強いの?」

 

 先ほど勝負を挑みはしたが、実力の全容は分からなかった。

 

「あの人って……ミヤガワか? とりあえずオレじゃ話にならないだろう」

 

「……それってわたしも話にならないってことなんですけど」

 

「かもしれないな」

 

 小さくラスターが笑う。

 

「闘技大会、やっぱりあの人も凄かった?」

 

「正直、オレだけが足を引っ張っていた」

 

 これは紛れもない事実だ。

 

「ラスター君が?」

 

「ああ」

 

「でもラスター君、一年の中じゃ男子でトップじゃない」

 

 自分と同等の一年。

 競り合っている彼が足を引っ張っているとは到底考えられない。

 

「各学年のトップクラスがチームメートの戦いだ。そしてオレ達の代は不作の一年って呼ばれてるらしい」

 

「何それ!?」

 

「仕方ないだろう。オレたちから見れば上の年代は強いのが勢揃いだ」

 

 だからこそ不作の一年と称される。

 キリアは絶対の意思を灯すと、宣言する。

 

「わたし、絶対に負けない!」

 

「オレもだ」

 

「頑張って、絶対あの二人の鼻を明かすわよ」

 

「当然だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とは言うものの、一朝一夕でどうこうなるわけもない。

 休憩するたびに挑んではやられる、というパターン。

 結局、一度も傷を付けられずに今日のキャンプポイントまでたどり着いた。

 幾つかの隊商とあいさつをかわしながらキャンプポイントを指揮している人に教えられたテントに向かう。

 そして優斗達は食事にする。

 依頼人――ガルゴさんの奥さんが食事を準備すると言ったのだが、仮にも依頼人であるのだし優斗が代わって用意した。

 

「……これ、何?」

 

 見たこともない料理が出てきてキリアが二の足を踏む。

 

「僕と和泉の故郷の料理でね。カレーライスって言うんだよ」

 

 久方ぶりの味に和泉が感動する。

 

「スパイスから作れるとは知らなかった」

 

「卓也に教えて貰ったんだよ」

 

 レイナは優斗達の料理に慣れているためか、恐れることなく口にした。

 

「ふむ。美味いな」

 

 満足げにレイナは頷くと、そのままかき込む。

 ガルゴさん夫妻もレイナの様子を見てカレーライスを口にする。

 

「……おおっ、美味い」

 

「あらあら、美味しいわね」

 

「辛かったら仰ってください。辛さを抑える方法もありますから」

 

 意外に好評だったカレーはあっという間になくなり、優斗と和泉とガルゴ夫妻はゆっくりとくつろいでいる。

 レイナは一年二人を連れて稽古。

 

「それにしても君達は優秀な学生だね。Bランクの魔物すらも下級生に教える術にしてしまうとは」

 

「この通りの魔物は下級の魔物以外は総じて動きが遅いのが多いらしいので、五人もいれば魔法だけでどうにかなりますから」

 

「謙遜はしなくていい。君達くらいの年代なら取り乱したりするようなものだよ。今まで護衛を依頼した中には逃げ出してしまった者もいるくらいなのだから」

 

「僕達は慣れてますので」

 

 優斗がさらっと言うと、

 

「そうなの?」

 

 奥さんが軽く驚いた。

 優斗は笑みを浮かべる。

 

「これでもギルドランクBですから。ああいった魔物に出会う機会は多いんですよ」

 

「若いのに凄いのね」

 

「ありがとうございます」

 

 感謝の意を述べる。

 

「じゃあ、君達は黒竜という魔物を知っているかい?」

 

「リステルにいた魔物ですよね」

 

「ほう。だったら話は早い」

 

 ガルゴは馬車の荷台を指し示す。

 

「今回の運搬物はね。それの翼なんだ」

 

「えっ?」

 

 思わぬところで思わぬ名前を聞いた。

 けれど、優斗はふと疑問に思う。

 

 ――黒竜って欠片も残さないくらいに消したはずだけど……。

 

 偽物? と少しだけ疑う。

 

 ――とりあえず、戦闘を思い返してみるか。

 

 記憶の底から引っ張り出す。

 あの時はレイナが足を切り裂き、和泉が落とし穴に落として、修が……。

 

 ――右翼を切り落としてたね。

 

 それが残っていたのだろう。

 

「しかし、なぜミエスタに運ぶんだ?」

 

 和泉が逆に問いかける。

 そこに“理由”があるとは思うが、何なのだろうか。

 

「ミエスタに運ぶのは、加工技術がミエスタにしかないからだよ」

 

「……ふむ。やはり飛び抜けているんだな」

 

 和泉が感心したように頷いた。

 

「けど凄いわよね。30年、リステルで悪名を轟かせた黒竜を倒しちゃう人達がいるんだから」

 

「……あはは、そうですよね」

 

「……確かにな」

 

 奥さんの言うことに優斗と和泉は乾いた笑いしか出てこない。

 倒した四人のうち、三人がここにいるのだから。

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