第71話 新たな道
朝から出発し、目的地に対して最後の休憩。
「求めるは水連、型無き烈波っ!」
「あああああぁぁぁぁっっ!!」
魔法で優斗は遠ざかり、レイナは乾坤一擲の斬撃で飛ばされた。
「凄い成長だな」
「驚きだね」
体制を立て直しながら二人は笑う。
一晩寝たら、昨日の特訓の整合性でも取れたのだろうか。
よりスムーズに戦闘を行うことが出来ていた。
「どうだ!」
「昨日とは違うわよ!」
息を切らせながら勝ち誇った顔をするラスターとキリア。
昨日は手も足も出なかったが、今日は押し返せた。
先ほど現れた魔物相手にもラスターとキリアの二人だけで倒せている。
「ラスター君! このままたたみ込むわよ!」
「分かっている!」
勢いそのままに倒そうとする。
けれど、すぐに気付いた。
優斗とレイナが邪悪な笑みを浮かべたことに。
「ならば」
「レベル2だね」
「さらに頑張る必要があるな」
「ファイトだよ」
気合いとか思い入れで威力が上がるとかではなく、物理的に二人のスピードが上がった。
「なっ!?」
「うそっ!?」
二人の動きを止めようとするが遅い。
ラスターは剣を弾かれ、キリアは唯一放った初級魔法を切り裂かれる。
そして同時に首筋に剣を突きつけられた。
「……参りました」
「……参ったわ」
悔しそうに顔が歪む二人。
優斗とレイナは笑って剣を収める。
「いや、まさか1日でこれほどになるとは思っていなかった」
「これなら今後、大抵の魔物は大丈夫でしょ」
「貴方達に勝てないと意味ないのよ!」
キリアが吠える。
しかしレイナは彼女にデコピンをし、
「一日で勝てるようになるわけがないだろう。今後も精進しろ」
「うぅ~っ!」
思わずキリアが地団駄を踏んだ。
◇ ◇
お昼頃。
特訓が終わったあとは魔物に出会うこともなく、無事ミエスタにたどり着く。
ガルゴさん夫妻と別れて、まずはギルドへと向かう。
そして依頼料を受け取った。
ラスター達も同じように今日はこっちで泊まってから、明日にリライトへと戻るらしい。
五人は揃って散策をする。
その中で一番目を輝かせていたのが和泉だ。
「優斗……」
「なに?」
「……俺は今、猛烈に感動している」
「よかったね」
和泉が先頭に立って、興味のある店に片っ端から入っていく。
レイナも和泉の隣でずっと話を聞いている。
二人の姿を見て、ラスターとキリアが優斗を呼び寄せた。
「あの人達って仲よさそうだけど……付き合ってるの?」
「それは僕が一番訊きたい」
「……どういうことだ?」
「謎なんだよ、あの二人」
優斗が評したことをラスターも少し考える。
「なんとなく貴様の言いたいことは分かる」
ラスターも同じように思ったのか、素直に頷かれた。
続いてキリアが訊いてくる。
「羨ましい?」
「何が?」
「ああやって女の子が側にいるってこと。貴方みたいな男の子から見たら羨ましいでしょ?」
からかってくるキリア。
しかし残念ながら優斗には相手がいる。
「キリア、こいつは学院で一番の超絶美少女であるフィオナ先輩の婚約者だぞ」
「フィオナ先輩って……あれよね。ラスター君が一時期、熱を上げてた」
「そうだ」
頷くラスターに対し、呆けたようにキリアは優斗を見る。
「貴方、見かけによらず凄いわね」
「……褒められてるのか分からないけど、とりあえずありがとう」
こそこそ話していると、意気揚々と和泉が出入り口に向かう。
「優斗! 次に行く!」
「はいはい」
優斗達は和泉に率いられて次の店を目指す。
だが歩いている途中、駆け足で誰かを捜し回っているような兵士の姿が見えた。
「何かあったのかしら?」
キリアが首を捻る。
と、同時にこっちへと視線が向いた。
「……まさか」
優斗が顔をしかめる。
自分達の姿を視認した途端、真っ直ぐに近付いてくる兵士達。
嫌な予感しかしない。
「少々、よろしいでしょうか?」
すると優斗の予感通り、兵士達は優斗の前で止まった。
「えっ?」
「なんだ?」
ラスターとキリアがビックリする。
レイナは和泉を引き止めた。
兵士は胸元に右拳を当てる。
「ユウト=フィーア=ミヤガワ様であられますか?」
やっぱり。
この単語しか優斗の胸中には思い浮かばなかった。
「ミエスタ女王が是非とも貴方様とお会いしたいと申しております。不躾ではございますが、登城をお願いできないでしょうか?」
兵士の言葉にラスターとキリアは優斗を見る。
特にキリアは唖然としていた。
優斗は佇まいを正すと、
「今日の私は学生としてここに来ています。登城を願うと言うのなら、リライトを通してからお願いします」
毅然とした態度で断った。
「し、しかし」
「リライトを通さずして無断で私と接触を図るというのは、いささか問題があると思いますが」
優斗の言い分に思わず言葉が詰まる兵士。
「それでは失礼いたします」
頭を下げて、その場を離れる。
突然の出来事に優斗の態度。
やり取りを見ていたのに、キリアの頭の中はこんがらがる。
とりあえず訊いてみる。
「貴方、何者?」
「リライトの貴族。子爵の家系なんだよ」
「それがどうしてミエスタの女王様に呼ばれるの?」
「ちょっとした縁があってね」
優斗は平然とした様子で答える。
だから平民のキリアにとっては、そういうこともあるのね……ぐらいで終わった。
ただ、登城を拒否したのはしこりとして残ったが。
再び店を巡って、そして目に付いたカフェで遅めの昼食を取ろうとする。
カフェのテラスに全員で腰掛けた。
注文をして、しばらく談笑しながら待っていると料理――ではなく30代くらいの女性が現れる。
「相席、よろしいかしら?」
空いている時間帯なはずだが、気付けば席が埋まっている。
ラスターは状況を見て頷いた。
「どうぞどう――」
「申し訳ありませんが、他を当たって頂けるとありがたいです」
優斗が真剣な顔をして止める。
ラスターは驚き、和泉は我関せず、レイナは優斗と同様に真面目な表情になる。
キリアは優斗に反論した。
「ちょ、ちょっと貴方! 何を言ってるのよ! 席が空いてないんだから仕方ないじゃない!」
キリアが女性を促す。
女性はキリアに感謝しながら席に座り、
「お久しぶりですわね」
優斗に声を掛けた。
完全に状況を把握できていないのはラスターとキリアだけ。
「……女王ともあろう御方が、このような場所に来ることもないと思いますが」
優斗の言葉に思わずラスターとキリアが女性――ミエスタ女王を見た。
女王は小さく笑みを零す。
「貴方ほどの方が我が国へといらっしゃっているのですから、来てくれないと言うのなら向かうだけではなくて?」
軽やかな声音で告げて、挑むような視線で優斗を見据える。
「そうですわね? 大魔法士――ユウト=フィーア=ミヤガワ様」
女王が告げた名称。
キリアだけが理解しきれていない。
キョロキョロと見回すが、誰も驚いていない。
けれど優斗と女王はキリアを無視しながら続ける。
「その名称を使っているのはミラージュ聖国の方々です」
「では『契約者』のユウト様とお呼びした方がよろしいかしら?」
「私は今、学生として来ているのです。それに私の存在はできる限り秘匿されているということをご存じでは?」
「これは申し訳ないわ。わたくしとしたことが」
優斗は空々しく言う女王を軽く睨みながら用件を訊く。
「ご用件は?」
「こちらとしては歓待をしたいだけですわ」
「では、この場にて終わりですね」
「王城で一晩、泊まってくれるとありがたいのだけれど。もちろん、御友人も一緒に泊まってくれて構いませんことよ」
「こちらの利点は? そちらは私がミエスタに来て、さらに歓待を受けたという事実を得たいのでしょうが、このままではミエスタの利点だけになるでしょう?」
いきなり小難しい話に変わった。
ラスターもキリアの仲間入りとなる。
「後々、リライト王に書状を送ることにしましょうか?」
「何をですか?」
「リライトに対するミエスタの技術提供と留学生制度。独占技術というわけではないけれど、それでもミエスタがトップに君臨している技術を分け与えるというのはリライトにとっても利点ではなくて?」
「一介の学生に決めろと?」
冗談も良いところだ。
「貴方がリライト王の信頼を得ていることは知っているつもりですわよ」
「私にそれほどの価値があるとお思いですか?」
「歴史上で二人目の『大魔法士』を歓待することに対して、価値がないとでも? 数ある国の中で『契約者』として知られてからというもの、貴方を歓待した国はミラージュ聖国しかない。ユウト様が二番目に歓待を受けたのがミエスタというのは価値あることだと思いますわよ」
「……。まあ、そんなことはどうでもいいです」
優斗は話を変える。
「どうやって、私がこの国に来たことを知ったのですか?」
「これは本当に偶然ですわ。闘技大会で貴方のことを見た兵士からの連絡で、この国に来ていることを知りましたの」
「迂闊に他国へ行けない事情を作らないでいただきたいですね」
「申し訳ありませんわ」
またも白々しい女王。
優斗は一つ息を吐き、
「色々と言ってきましたが、これでも私が断ったらどのようにするのですか?」
「実力行使……とさせていただくわ」
ミエスタ女王が合図すると、十数人がテラスへと向かってくる。
「できるとでも?」
「やれば分かりますわね」
優斗と女王の視線が貫き合う。
「…………」
「…………」
二人の様子にレイナと和泉は戦闘準備。
ラスターとキリアはどうしたらいいか分からず、呆然としていた。
けれど少しして、
「…………くくっ」
「ふふっ」
優斗と女王から笑い声が漏れた。
二人しておかしそうに笑い声をあげる。
「ホント、勘弁してくださいよ。こっちは真面目に否定してるのに調子に乗ってどんどん言ってくるんですから」
「ごめんなさい」
冷ややかな雰囲気が一気になくなった。
「さっきの話ってどこまでが本当なんですか?」
「技術提供も留学生制度も成立まであと少しってところかしら。近いうちに出来るわよ」
「そんな国家間のやり取りを持ち出さないでくれますかね」
「ついつい言っちゃったのよ」
「つい、で言わないでください」
「別に隠すことでもないわ」
和やかに談笑する二人。
レイナはとりあえず尋ねる。
「知り合いなのか?」
「まあね」
先ほどの優斗の言葉は真実だったと言っている。
だが、キリアとしては訳の分からない単語の応酬だった。
「あの……」
キリアが優斗に声を掛ける。
「……『大魔法士』って何?」
「ミエスタ女王の冗談だよ」
優斗が目で女王に合図を送る。
どうやら彼女は優斗のことを全員が知っていると思っていたらしく、失態に気付く。
「ええ。ユウト君が乗ってくれるから、ついついあること無いこと言ってしまったのよ」
「そ、そうなのですか」
女王も同意してきて、キリアがスゴスゴと引き下がる。
「あっ、でも王城に泊まって貰うっていうのは冗談じゃないわよ」
「だから学生だと言ってるじゃないですか」
施しを受ける立場じゃない。
「それでもリライトの貴族であるユウト君がいることを知ったんだし、宿屋に泊まらせたら失態よ」
「引く気……あります?」
「ないわよ」
女王が即答した。
「リライト王には何て言うんですか?」
「別に歓待ってわけじゃないから大丈夫だと思うわ。問題になりそうなら技術提供に色を付けてあげるわよ。だったら文句も出ないし。さらに無理矢理に泊めたって言えばユウト君に被害はないでしょ」
いけしゃあしゃあと言ってのける女王。
優斗は盛大にため息をついた。
「……はあ。分かりました。泊まらせて頂きますから、そろそろ王城に戻ってもらっていいですか?」
「あら、冷たいわ。久々に会ったというのに」
「ミエスタの女王を目の前にして、後輩二人が緊張しっぱなしなんですよ。特に他国の王族なんて出会える機会ないんですから」
肩肘張って、ピシっと座っている。
こんな後輩じゃないだけに、ちょっと可哀想に思える。
「それは申し訳ないわね」
女王は笑って立ち上がり、
「登城はいつでもいいわよ。夕食前に来てくれれば、振る舞ってあげるわ」
「考えておきます」
「娘も貴方を待ってるわよ」
「あの話は却下ですからね」
「さすがにユウト君が殺される状況は作らないわよ」
「ご理解頂けて幸いです」
女王は優雅に手を振りながら優斗達から去って行く。
完全に姿が見えなくなったところでキリアが優斗を問い詰める。
「ちょ、ちょっと! 女王様に対して馴れ馴れしすぎない!?」
「慇懃に接したら怒るんだよ、あの人」
「だ、だからって……」
リライトの一貴族があのような態度で間違いが起こったりしたら大変だ。
「まあ、宿代が浮いたってことでいいじゃない」
優斗が笑って言う。
けれどラスターとキリアは笑えない。
レイナと和泉は精神的にタフだからいいとしても、後輩二人は一生出来ないような体験なのだから、今から緊張で心臓が高鳴った。
◇ ◇
食事も済み、優斗と和泉は連れ立ってトイレに向かった。
用を足したあと、少しだけ二人で話す。
「女王とはどういう関係なんだ?」
「他国から婚姻の書状が送られてきたのは知ってるよね?」
「ああ」
「直接リライトに来た人達もいたんだけど、そのうちの一つ」
クリス達の結婚式も終わり、のんびりしながらマリカを連れて散歩をしていた時だった。
「偶然会っちゃってさ。それで六歳くらいの娘を見せて『妾にどうですか?』って」
当時は笑えなかったが、今思えば笑える出会い方だ。
「まあ、バッサリとその話は切り捨てたんだけど、おばさんだからなのかな。色々と雑談することになってさ。最終的に巡り巡って『嫁に殺されるので勘弁を』って言ったら笑って帰って行った」
「大変だな」
「そうだよ」
おかげで今回の出来事も発生してしまった。
「しかし、先ほどの件は本当なのか?」
「技術提供? それとも留学生?」
「どちらもだ」
「本当なんじゃないかな。あそこで嘘を言う必要はないから」
「……そうか」
和泉の表情が真面目になる。
「気になる?」
「興味がない、と言えば嘘になる」
魔法科学に興味がある者にとっては。
「先ほどから見て回ったが、どれもリライト以上の技術だ。いくつも感銘を受けた」
加工技術、魔法技術、全てがリライトより上だった。
「技術を手っ取り早く習得したいと思うのなら、留学という手段が一番なんだろう。技術提供と言っても、俺のところまで降りてくるにはやはりタイムラグは生まれるだろうからな」
「かもね」
「リライトにはいたいが、素晴らしい技術を得たいという感情はどうしようもない」
和泉ならば能力的にも“立場的”にもリライトの協力を得て留学はできるだろう。
けれど、留学をしようと思うのならば。
そうすれば仲間とは離れ離れになる。
「……優斗」
「ん?」
「相反する気持ちがある、というのは厳しいものだな」
技術提供も留学も詳しい話は分からない。
けれど普通に考えたら、二者択一になってしまう。
リライトに残り、ミエスタの技術が広まるまで待つか。
それともミエスタに留学して、最速で技術を得るのか。
「決めるのは和泉だよ」
「分かっている」
「僕は和泉の決めたことに対して、どうこう言うつもりはない」
「それも分かっている」
「ただ……」
二人の視線が合う。
「どんな決断をしても応援するよ」
告げる優斗に対して和泉は笑う。
「当然、分かっている」
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