第170話 小話⑭:過去と現在のお伽噺
捲っていた本を閉じる。
優斗は大きく一度、息を吸って……吐いた。
同時、年輩の女性が部屋に入ってくる。
「あら? もう終わったのかしら」
「ええ。一通りの確認は終わりました」
笑みを浮かべる優斗に対して年輩の女性――ミント・ブロームはお茶の準備を開始する。
手際よくティーカップを優斗の前に並べ、香りの良い紅茶を入れた。
「ありがとうございます、ミントさん」
感謝の意を述べ、優斗は紅茶を口に付ける。
近くの椅子にミントも座り、同じように飲み始めた。
「見つかったのかしら? 『始まりの勇者』に対する情報が」
「ほんの僅か、ですけどね」
山のように積み重なった本を見て、優斗は頷く。
これだけの膨大な量があっても、残滓とも言うべき情報は僅かしかなかった。
「けれどおかげで一つ、おそらくという程度の推論が出来ました」
正しいか正しくないかは分からない。
けれど過去を知り、思い浮かぶ節はある。
「聞かせてもらえるかしら?」
ミントが興味深そうな表情になった。
優斗も頷く。
「僕が異世界人だということは、前に会った時にお伝えしたと思います。先代が女性だということも」
「ええ、本当に驚いたわ」
ここらへんは前に会った時、伝えている。
優斗は本の山から別に分けている数冊の本を手に取り、該当のページをミントに見せる。
「この文献では女性となっていますが、おそらくはこの人物がマティスの夫だと思います」
ほんの僅か、数行しか書かれていないこと。
けれど大事なことが書かれている。
「ああ、この人ね。先代の側には摩訶不思議な術を使う人がいたのよね。紙に命を吹き込んで使役するってあったわ」
「ええ。セリアールでは存在しない術です。ですが……僕がいた世界には、このような術が文献として存在します」
魔法でも精霊術でもない、第三の術。
この世界では分からず、おそらくは優斗達がいた人間にしか分からない情報。
「大昔の物語なので正しいか正しくないかは分かりませんが、この文章で一つ思い浮かぶ言葉」
優斗はふと、ある一つの術が思い浮かんだ。
神秘的であり、自分達がいた世界にある魔法の如きもの。
「式神」
呪力を用いて、紙を生物のように使役する術。
「なので僕がいた国で1000年前、どんな人物や出来事があったのかを思い浮かべたんです」
西暦1000年過ぎ。
一体、その時にどんな人達がいて、どんな歴史になっていたのか。
「そして一つの可能性を思い浮かべました」
もしかしたら、という程度だが。
それでも可能性として繋げるには、最も正統な可能性。
「僕達の世界にも伝聞として、魔法のようなものがあります。もちろんこの世界とは体系が違いますが、まあ……僕としては摩訶不思議という点では似たようなものだと思います」
これが何の結果をもたらしたのか。
今となってはすでに分からない。
ただ“魔法陣が飛散した”という話から鑑みるに、偶然ではなく何かしらの力が働いたと見るべきだ。
では、その力とは何なのだろうか。
「1000年前、とある有名な人物がいました。今尚、名を出せば誰でも分かるほどの人物が」
歴史上、最も有名な人間のうちの一人。
興味がない人だろうと分かる、歴史に名だたる有名人。
「たぶん、彼はその一族の出なんです」
最初は当人かとも考えたが、おそらくは違う。
されど彼の一族に属する者ならば、可能性はある。
優斗は本を閉じて、机の上に置く。
「僕達がいた世界でも、この世界でも歴史に名を残さなかった存在」
両の世界でも偉大な人物がいた故に、消えていった存在。
「彼が『始まりの勇者』なのではないかと思います」
推論を言い終わると、優斗は再び紅茶を口にする。
「名は解らず、あくまで想像でしかないんですけどね」
くすっと笑う優斗。
けれどミントは満足したように頷いた。
「そうでもないわ。実に面白い話だったもの」
自分が追い求めた夢と同じ場所にいる存在。
相並ぶ両雄。
悪くないどころか素晴らしい物語だ。
と、ミントはある物を取り出しては優斗に渡す。
「そうそう。これ、読んでくれる?」
渡されたのは本。
表紙に描かれているのは、
「ミントさん。これって……」
一人の男と一人の老婆。
題名は――『大魔法士と夢を追いかけた老婆』。
「貴方の物語。新しい絵本よ」
彼が大魔法士であると発表された際、出版しようと思っている絵本だ。
内容は優斗とミントが出会った時のこと。
「少々、恥ずかしいですね」
自分が絵本になるというのは、何ともむず痒い何かがある。
ミントが優斗の様子にくすくすと笑った。
「それでも、貴方が描いた物語よ」
夢を叶えてくれた。
追いかけたことが間違いではないと教えてくれた。
「あと、もう一つ見せたいものがあるの」
そう言ってミントはもう一つ、同じサイズの本を渡す。
「これは?」
「私の孫――ライネの中にある、もう一つのお伽噺よ」
ミントが描いている時、孫が言ってくれた。
自分もやってみたい、と。
大魔法士様を描きたい、と。
「私が描いたのは、夢を追い続けた老婆に出会った――夢」
そして大魔法士に出会ったことによって、叶った夢。
「あの子が描いたのは、少女の嘘を真実に変えた優しい存在」
同じ話でも、視点が変われば題名も事柄も変わっていく。
ミントはライネの絵本を優しい表情で見詰める。
「私は年寄りだから、この先どこまでユウト君の物語を見ていられるか分からない。もちろん当分の間、死ぬ気はないけどね」
まだまだ頑張って生きていくつもりではあるが、どこまでやっていけるかは分からない。
近いうちに倒れる可能性だってゼロではない。
「でも、私に何があっても代わりにあの子が描き続けてくれる。私が夢見たお伽噺を」
孫が言ってくれた。
自分が見続ける夢を継ぐ、と。
「またずいぶん、格好良く描かれてますね」
何枚かページを捲る優斗は苦笑する。
何というか、拙いながらも美化されているのが良く分かった。
「あの子の中の大魔法士様がそうなのよ」
格好良くて、優しくて、強い。
それがライネの中にある大魔法士。
「まだまだ乱雑で、構成だって適当。だけど――」
読めば分かる。
見れば理解できる。
「――この絵本には貴方への想いが込められているわ」
嘘を本当にしてくれた人に。
柔らかく笑って頼み事を頷いてくれた人に贈る、ライネが描いた絵本。
優斗は一度だけ視線をミントに送ると、再び絵本に視線を戻す。
「実は……僕はあの時、迷ってたんです」
「なにをかしら?」
「大魔法士であることを言うべきか言わざるべきか、ですよ」
“夢”や“憧れ”を持ってもらえるような存在ではないと思っていたから。
「でも、こういうのを見ると……言ってよかったって思います」
自分のやったことが絵本になる。
自分の起こした出来事がいずれ、お伽噺になる。
“そうなってもいい”のだと、教えて貰えるようで嬉しかった。
「いずれ、『始まりの勇者』の名も世界に轟くでしょう」
内田修が己の実力を魅せて、大魔法士と同じように世界へ知られることだろう。
「今度は歴史に忘れさせやしない」
名が在るから残す必要がないのではない。
後世の為に必要なものだから。
優斗はミントを真っ直ぐに見据える。
「その一つを貴女に託してもいいですか?」
忘れさせない術の一つを、彼女にも頼みたい。
「相並ぶ僕らが、正しく相並んでいくために」
決して交じることなく、戦わないでいたことの証明を。
「いずれまた現れる僕らのような存在に、道を示すために」
迷わず、正しく進む為の道を。
「僕と……僕の親友の物語を貴女には描いてほしい」
最強と無敵が紡ぐ、誰もが夢見る話。
「大魔法士と始まりの勇者のお伽噺を」
優斗は柔らかい表情で問いかける。
「お願いできますか?」
「ええ、もちろんよ」
ミントは優斗の頼み事に心底、嬉しそうな表情を浮かべる。
そして丁寧に頭を下げた。
「私が大魔法士様の頼み事を断るわけがありません」
一番のファンだと自負がある。
一生を賭けて追いかけた夢だという自信がある。
そんな相手が頼んでくれたのだ。
自分がやってきたことを認めて、さらにお願いしてくれたのだ。
嬉しくないわけがない。
「老い先短くとも、我が生涯を賭して成し遂げると誓います」
絶対に描いてみせる。
彼らの絵本を。
自分と……もしかしたら、自分の孫で。
後世に継がれていく、強くて優しい二人のお伽噺を。
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