第171話 話袋:興味対象は強さのみ(一人例外)

 

 

 優斗達が大事をやった翌日――日曜日。

 キリアとロイスは二人でギルドへと向かっていた。

 というのも、春香が騎士達に暇を出したのが理由だ。

 

「どうして鎧じゃ駄目なんだ?」

 

「あんな黒々しい鎧と一緒に歩きたくないわ」

 

「……召喚陣が無くなっても結構凄い鎧なんだけどなぁ」

 

 というわけでキリアはもちろんのこと、ロイスも私服で歩いている。

 

「で、何の依頼を受けるつもりなんだ?」

 

「先輩いないし、とりあえずはDランクの魔物討伐がベストかしら」

 

 ロイスもいるのだから、これをやるには何も問題ない。

 

「俺とキリアだし、Cランクでも大丈夫じゃないか?」

 

 一応は一国の騎士だし、もう一人は大魔法士の弟子。

 Cランクの討伐でもいいはずだ。

 だがキリアは首を横に振る。

 

「駄目駄目。あとでどんな説教受けるか分かったもんじゃないわ」

 

「師匠さん、そんなに怖いのか?」

 

 挑むことが大好きな彼女が簡単に拒否するなんて、驚きに値する。

 話では何度か聞いているが、そこまで師匠に恐怖するものだろうか。

 

「わたしが素直になってるってだけで察しなさいよ」

 

 キリアに言われて、ロイスは察してみる。

 

「……相当怖いんだな」

 

「そういうこと」

 

 まずは言葉でボコボコにされ、次に物理的にボコボコにされる。

 あげく魔物の力量とかキリア当人の状況に対する観察力を事細かにレポート提出しなければならない。

 後者はまだいいが、前者が本当に嫌だ。

 

「おっ、へっぽこキリアじゃねーか。それに隣にいるの、ロイスだろ?」

 

 と、その時だった。

 数日前と同じ言葉を発する、同じ人物が目の前に現れた。

 ちらりとキリアの隣を見て優斗ではないことを確認している。

 だからこそ、また強気で来たのだろうが、

 

「貴方も懲りないわね。何でからんでくるのかしら」

 

 キリアは大きく溜息を吐く。

 ロイスの名前も出したことから小等学校の時に一緒だったのだろうが、なぜ絡んでくるのか意味が分からない。

 

「前もあったのか?」

 

「先輩と歩いてる時にね。うるさいって一喝したら、どっか行っちゃったけど」

 

 正直、馬鹿にするためだけに声を掛けてくる男は何がしたいのだろうか。

 時間の無駄にしか思えない。

 

「相変わらずいちゃいちゃして、ロイスと仲が良いんだな。お前ら、夫婦なんじゃねえの?」

 

 ニタニタと、若干下卑た表情になる男。

 けれどロイスとキリアはきょとんとして、

 

「いちゃついてるか?」

 

「いちゃついてるって……普通、こんな感じじゃないの?」

 

 隣を歩いていたので、とりあえずキリアは右手をロイスの肘に置き、腕を組んでみる。

 そして身体をピッタリと寄せてみた。

 

「まあ、これぐらいやったらいちゃついてるだろうな」

 

「そうよね」

 

 これがいちゃついてる、という範疇なはず。

 なのでさっきまでの自分達はいちゃついていない。

 

「この人の言葉で思い出したけど、小等学校の頃ってどうしてか男女で一緒にいると『夫婦』とか『恋人』とかって言われて、からかわれることが多いわよね」

 

 なんか当時のことを思い出した。

 

「俺らもよく言われたよなぁ」

 

「ロイスは自慢げだったけどね」

 

「あの時のキリアは可愛かったし」

 

「言ってなさい」

 

 左手をロイスの額に持って行ってピシッ、と軽くデコピンする。

 そして男に振り向き、

 

「お望み通りにいちゃついてあげたわよ。で、他に何の用?」

 

 煽ってるようにしか思えない言葉を吐いた。

 

「え……? いや、えっと……」

 

「もしかして、あれでからかってるつもりだったの?」

 

「うぐっ」

 

 もしやと思い問い掛けると動揺した様子だ。

 

「もう結婚できる歳なのに、そんなのでからかえる訳がないでしょ」

 

 馬鹿らしいし、阿保らしい。

 小等学生レベルだ。

 

「まあ、毎度最初にへっぽこキリアって言ってくるだけで御察しって感じよね」

 

 こちとら相手を腹立たせることが最上級に上手い先輩がいる。

 というか、的確に相手をイラっとさせる最悪な奴が師匠なのだ。

 しかも自分のことも普通に苛立たせてくる。

 この程度だと堪忍袋の緒が短いキリアとて余裕綽々だ。

 

「それで、さっきも言ったけど何の用?」

 

 再び問い掛ける。

 すると男は僅かに考える仕草を見せたあと、

 

「お、お前、リライト魔法学院にいるんだろ?」

 

「前に会った時、制服着てたじゃない。だったらそうに決まってるわよ」

 

 当たり前だとばかりに返すと、男が嫌な笑みになる。

 

「リライト魔法学院のレベルも落ちたもんだな。へっぽこキリアがが入れるなんてな」

 

 さらには隣にも目を向け、

 

「ロイス、お前もだ。この歳までお守りだなんて、ガキの続きのつもりか?」

 

 仕返しとばかりに言ってきた。

 けれどキリアは眉根を潜める。

 

「貴方、よっぽど凄腕なのかしら?」

 

「はんっ。お前らは知らないだろうが、ここのギルドにはランクSの大物が来てる。オレはこれからギルド登録をしたあと、その大物に弟子入りするつもりだ。オレの強さなら問題ないだろうからな」

 

 すっごく自慢っぽく言っている。

 けれど中身が曖昧すぎてよく分からない。

 

「ねえ、ロイス。どれくらい強いか分かった?」

 

「いや~、無理だって。魔法をどのレベルで使えるかも言わなかったし」

 

「そうよね。雰囲気も普通だし、新しく買ったのかどうか知らないけど剣の握りも鞘もピカピカなんだもの。見た目でも分からないわ」

 

 キリアもロイスも持っている武器は年期が入っている。

 これで鍛錬の程度は目に見えて分かるし、そうではないとしても今は雰囲気でもある程度察せるぐらいの観察力をキリアは持っていた。

 

「先輩みたいな変身能力あったら、さすがにお手上げなんだけどね」

 

「ミヤガワさん、変身するのか……」


「人間の域を軽く超えていくわよ、あの人」

 

 とはいえ、あんな人物がそうそういるわけもない。

 なので目の前にいる男は、どう高く見積もっても学生でも下のレベルなはず。

 と、その時だった。

 

「フィオーレ君か」

 

 歩いている40前後の男性に声を掛けられた。

 

「これからギル……いや、デートか?」

 

 キリアとロイスの様子を見て、言葉を変える。

 腕を組んでいるのでそうかもしれない。

 けれどキリアは首を振った。

 

「ギルドで合ってるわ」

 

 親しげに話してくる男性に答えるキリア。

 

「討伐依頼を受けようと思って」

 

「そうか。だったら私の依頼を手伝わないか? これからCランクの魔物討伐の依頼を受けに行くんだよ」

 

 もちろん隣の彼も一緒に、と声を掛ける男性。

 

「面白そうだけど、いいのかしら……」

 

「ん? 歯切れが悪い……と、そうか。フィオーレ君が気になっていることなら大丈夫だ。私ならば問題ないとミヤガワ君からお墨付きを貰っているよ」

 

「あっ、確かにそうよね」

 

 教育の第一人者。

 それがこの男性だ。

 自分の師匠が問題ないと信用足る人物。

 

「キリア、この方は?」

 

 軽く肘で問い掛けるロイス。

 キリアに言ったのだが、男性が笑みを零して答えてくれた。

 

「私は6将魔法士、ガイスト・アークスと言う」

 

 名を聞き、ロイスが一瞬呆ける。

 

「……えっ? ええっ!? あの『教育者』ガイスト!?」

 

 やはり有名なのか、正体を知らせると大層驚きの声が上がった。

 ガイストが恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「むぅ。その名は照れるな」

 

「良い歳したおじさんが恥ずかしがらないでよ」

 

 図体もでかいのだから、気持ち悪いことこの上ない。

 

「ちなみにさっき、この男が言ってた人よ」

 

 完全に蚊帳の外になった男をちらりと見るキリア。

 ガイストも視線を追い、呆然としている人物を確認すると、

 

「何かあったのか?」

 

「気にしないでいいわ。どうでもいいことだし」

 

 というかキリア自身もよく分かってない。

 なので相手にするだけ面倒だ。

 しかし男はキリアが知らないと思って自慢したら、まさかの知り合いということに困惑しっぱなしだ。

 

「お、おまえ、どうして――」

 

「わたしが師事してる人と6将魔法士が懇意の間柄なのよ。だから目も掛けて貰ってるってわけ。貴方みたいに一方通行の間柄じゃないわ」

 

 グサっと突き刺さるようなことを言うキリア。

 一方で、ガイストもロイスに名を尋ねていた。

 

「そういえば、君は?」

 

「クラインドール八騎士が一人――“黒の騎士”ロイス・シュルトと言います」

 

 また出てきた爆弾発言に男は絶句していたが、ガイストが感嘆の言葉を漏らす。

 

「おおっ。あの著名な八騎士の一人なのか。クラインドールの勇者も今、ここにいるのだったな?」

 

「はい。従者として一緒に諸国を巡っているところです」

 

 素直に頷くロイス。

 するとガイストが二人を呼び寄せた。

 

「昨日は大変だったと耳に届いている」

 

「そっちにも話が言ってるの?」

 

「事情が事情だ。一都市を救うとなれば、少しでも力量のある者に声を掛けるのは当然だろう? 近衛騎士からギルドに話が入ったのだ」

 

「とはいえ、ミヤガワさん達がさらっと解決してしまいましたからね」

 

「いつも通りの先輩達よね」

 

 二人も春香から事の次第は聞き及んでいる。

 主要メンバーが異世界の三勇者と大魔法士。

 どこの国の誰だろうと絶対に喧嘩を売ってはいけない面子だ。

 

「依頼を受けるのだから、ギルドへ歩きながら話そう。私ももう少し内容を知っておきたい」

 

「分かったわ」

 

「了解です」

 

 ガイストに促され、三人は歩き出す。

 けれど男にはどうしても、キリアの立場が理解できない。

 

「な、なんで、どうしてへっぽこキリアが……」

 

 6将魔法士とも平然と会話しているのだろうか。

 どうしたって光景がおかしい。

 けれどガイストが耳聡く聞いた。

 

「フィオーレ君、どういうことだ?」

 

「昔のあだ名よ、昔のあだ名。へっぽこだったのよ」

 

 事実なだけにキリアも平気で受け答えする。

 本当に何ともなしの様子なのでガイストも表情を柔らかくした。

 

「そうか。今となっては片鱗も見えないな」

 

「先輩もビックリしてたわ」

 

 まさしく努力の賜物だろう、今のキリアと昔のキリアが結びつかないのは。

 けれど未だに過去の彼女と話しているつもりなのが一人。

 

「お、お前、この人に媚売って弟子入りでもするつもりか!? へっぽこキリアが弟子になれると思ってるのか!?」

 

「はあ? どうしてわたしが6将魔法士に弟子入りしないといけないのよ。心底どうでもいいわ」

 

 冗談抜きで言う。

 キリアにとっては『6将魔法士の弟子』など何一つ魅力がない。

 ロイスとガイストが苦笑した。

 

「それを言えるのは世の中でキリアだけだと思う」

 

「私も初めて言われたよ」

 

 とはいえ相性という点でも実力という点でも、宮川優斗こそがキリアにとって唯一の師匠だというのは誰もが頷くところ。

 生意気な彼女を御することが出来て、尚且つ望むことを性差顧みずに指導する。

 誰にだって出来ることじゃない。

 

「しかし努力していない者が努力している者を笑うのは、気分が良いことではないな」

 

 ガイストが僅かに眉根を潜めた。

 男の存在はよく分からないが、あまり好ましくない。

 

「そうなの?」

 

「姿を見れば分かる」

 

 強さはなく、キリアよりも弱い。

 彼女の頑張っている姿を応援している者としては、どうにも納得いかない。

 

「そういえば6将魔法士って、普段の先輩の姿を見ただけで実力を看破してたのよね」

 

 キリアが思い出したかのように呟いた。

 平々凡々としている優斗を見ただけで勝てないと思えるとは、凄まじい洞察力だと思う。

 

「これでも育てることを生き甲斐としているのでな。たくさんの人々と会い、たくさんの人々と触れ合ったからこその観察眼だ。ミヤガワ君も似たようなことが出来ると思うぞ」

 

 優斗の場合は見抜かなければ終わる、という状況だったからこそ得た能力だが差はないだろう。

 

「ミヤガワ君が気配を察しろ、と指導しているだろう?」

 

「ええ」

 

「その先にあるものが“これ”なんだよ」

 

 相手から感じる雰囲気や気配、生物としての本能さえも利用した観察眼。

 それが高いレベルで統合されて、ようやくガイストや優斗のような察し方が出来る。

 

「しかしフィオーレ君の応対も決して好ましいものとは言えないな。無用な敵を作ることが多いだろう?」

 

「やってくる敵はぶっ飛ばすだけよ」

 

 フン、と鼻を鳴らすキリア。

 思わずガイストが額に手を当てた。

 

「……ミヤガワ君も苦労するわけだ」

 

 優斗が基本説教の理由がよく分かる。

 諭そうとしても耳を貸さない。

 強敵が現れたら目を輝かせる。

 しかも、とりあえず挑もうとする。

 猪突猛進馬鹿と優斗が断言する理由の一つだ。

 

「さて、彼のことはどうする?」

 

「興味ないわ」

 

 強くないのであれば、殊更に。

 全くもって眼中にない。

 ぶった切るように告げて、男の存在を無視して歩き出す。

 引っ張られるようにロイスも強制的に歩くことになるのだが、

 

「……キリア。なんか可哀想だ、彼が」

 

 やばいくらいに呆けている。

 馬鹿にしているからこそなのか、キャラが違いすぎるキリアを受け止められてないのか、本当に呆然としている。

 まあ、昔のイメージで話し掛けてきているので、しょうがないとも言えるだろう。

 

「わたしが最初から強さの上下を考えないで接する人なんてロイスだけよ。他は総じて論外」

 

 優斗だって誰だって、最初は強さで興味を持つ持たないだった。

 幼なじみのロイスだけ別枠だ。

 

「6将魔法士、早く行きましょうよ。依頼、楽しそうだし」

 

 嬉しそうに歩くキリアと、呆れているロイス。

 ガイストは哀れすぎる男性に目を配り、

 

「まあ、その、なんだ……。まずは頑張るところから始めてはどうか? そうすれば真っ当に相手をしてくれるかもしれないぞ」

 

 エールとも何とも言えない言葉を残し、二人の後を追いかけた。

 

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