第172話 話袋:続・興味対象は強さのみ(ルーカス哀れ)
「ガイストさん、お疲れ様です」
ギルドに戻ってくると、弟子の一人であるルーカスがいた。
ガイストは軽く挨拶をして、ふと思い付く。
「これからフィオーレ君達と魔物の討伐に行くが、お前も行くか?」
弟子の気持ちはガイストもよく知っている。
今日、デートかとも思った二人はどうやら幼なじみなだけらしい。
ならば、と弟子の気持ちを考えて誘ってみた。
そして師匠の提案は正解らしい。
「はいっ!」
輝かんばかりの笑顔でルーカスが頷いた。
「これでわたし達も受付オーケーね」
同時に彼が待ち望んでいる少女の声と足音が聞こえた。
ルーカスは満面の表情で振り向き、
「ああっ、キリアさん! 今日も輝かんばかり……の……」
美辞麗句を述べようとしたのだが……ルーカスが固まった。
そこにいるのはキリアと、彼女と腕を組んでいるロイス。
気にしていないのか何なのか、先程からずっと腕を組みっぱなし。
さすがに受付ぐらいは腕組みをやめると思っていたので、地味にガイストも予想外だった。
ロイスはちょいちょい、とキリアに合図を送る。
「キリア。この方は?」
「6将魔法士の弟子。ルーカスよ」
彼女の説明にロイスは丁寧に腰を折る。
「初めまして。ロイス・シュルトです」
にっこりと笑いながら挨拶をすると、僅かにルーカスの身体が震え始める。
カタカタ、という震えから段々と大きくなっていき、最終的にはガタガタと。
しかも上下に震えてるもんだから気色悪い。
「えっ、ちょっと大丈夫なの?」
いきなりの豹変に珍しくキリアが心配そうな声を掛けた。
途端、ルーカスの震えが止まってぱぁっと明るくなる。
けれど再び二人の様子を見て、ショックを受けたような表情になった。
「……何なの?」
「ルーカスさん、どうかされたんですか?」
百面相みたいになってる。
原因が自分達だと思っていないのも、この二人の性質の悪さだろう。
しかしルーカスは頑張った。
死ぬほど動揺しながらも問い掛ける。
「キ、キキ、キリアさんは強い男性に興味があるのではないのですか!?」
「別に男でも女でもどっちでもいいわ。強ければ」
「と、ということは彼は強いのですか!?」
凄く親しげだ。
とんでもなく羨ましさと恨めしさがある。
彼女が、腕を組んでいるということは、とてつもない強さを持った少年なのだろうか。
「ロイスだけは別よ」
けれどルーカスの希望を粉砕するようなことをキリアが平然と言う。
というか、言葉の使い方が悪い。
とりあえずガイストが気を遣って会話に参加した。
「……その、なんだフィオーレ君。もうちょっと言葉を選んだほうがいい」
「どういうこと?」
本気で意味が分からないキリア。
「今の感じだと、だな。えー……シュルト君は君にとって特別だという風に聞こえる」
「だって特別だもの」
ルーカスの顎が外れそうなことを普通に口にする。
ガイストがちょっと慌てた。
「そ、そうではなくて、君達は幼なじみだろう?」
「もちろんよ。幼なじみだし、ずっと守ってくれた人だし、特別なのは当たり前じゃない」
やっと望む言葉を引き出せた。
ルーカスが魂の抜けた表情から現実に帰ってくる。
「……幼なじみ?」
「ええ。幼なじみなのよ」
頷いたキリアにルーカスは都合の良い解釈をする。
「あ、ああっ、なるほど! 幼なじみなんですか!」
きっと二人は兄弟のように育ったのだろう。
だから気軽に腕も組める。
そうだ、そういうことだと納得した。
しかしキリアとロイスは頭上に疑問符が浮かぶ。
「……どうしたのかしら?」
「もしかしたら先刻戦い終わって、毒の後遺症とかがあったのかもしれない」
「なるほど。だからおかしかったのね」
至極真面目な顔でとっぱずれたことを言う。
ガイストはキリアとロイスを見て、溜息を吐いた。
――この二人……天然なのか。
特にキリアは今まで気付かなかった。
優斗といる時は普通だっただけに。
◇ ◇
四人で歩いている最中、キリアがサンドイッチを買ってきた。
胃もたれせず、空腹を感じないほどに満たせる丁度良い食べ物。
ガイストとルーカスは先刻、食べたばかりなので、キリアはロイスと自分の分を持ってくる。
そして先頭を歩きながら二人は食べ始める。
「あっ、美味い」
ロイスが口にしたのはハムサンド。
定番中の定番だ。
キリアは自分のを食べる前にロイスのハムサンドに目を付けると、
「ちょっとちょうだい」
「はいよ」
口前に差し出されたハムサンドを遠慮せずにキリアは一口、食べる。
「――っ!?」
「……なんと」
声にならない悲鳴を上げたルーカスと、やり取りに驚いたガイスト。
この二人、いま……同じ箇所を食べていた。
「キリアのはどうだ?」
「はい」
「サンキュ」
けれど、まだ終わらない。
今度はキリアが手にあるツナサンドをロイスの口前に差し出した。
もちろんのこと、彼はバクリと食べる。
「これも美味いな」
「そうでしょ。先輩と見つけたのよ、このお店」
キリアも遠慮なく、ロイスが食べたところからサンドイッチを頬張る。
同時にガイストの隣からとんでもない音が聞こえてきた。
「……ルーカス。歯ぎしりが凄まじいことになっている」
「ガイストさん……。私はとてつもなく羨ましいんです」
素直に、全力で羨ましいと思う。
自分がロイスの立場であったのならば、幸せのあまり天国へ旅立っているだろう。
「素朴な欲望に忠実なのは良いことだとは思うが……」
素直だということは、評価出来ることだ。
「キリア、ツナが付いてる」
だが甘い。
さらに展開が激変する。
ロイスが彼女の唇の端に付いているツナを指で取り、口に含んだ。
「「 あっ 」」
思わずガイストとルーカスから声が漏れる。
しかしキリアはムスっとした表情になって、ロイスを睨む。
「ったく、いつまでも子供扱いしないでよ」
「だったら食べかす付けるなって」
「うっさいわね。もう二年生だし、普段はきちっとしてるからいいのよ」
「俺の前でもきちっとしといてもらいたいもんだな」
「ロイス相手にどうやって気を張れっていうの?」
「それもそうか」
暢気なやり取りをしながら歩く二人。
ガイストは隣を歩く弟子を見て、
「……ルーカス。血涙が出ているぞ」
「私は羨ましすぎて嫉妬してるんです」
◇ ◇
周りに草などない、土と岩しか存在しない場所。
「でかいわね」
「でかいな」
遠くに見えるのは巨大なゴリラ。
体長は10メートルサイズ。
今回の討伐対象はこの魔物だ。
「まずは私がやります!!」
チラチラっとキリアを見ながらルーカスが宣言する。
どうやら自身の実力をちょっとでも彼女に見て貰いたいようだ。
だが、
「わたしも戦いたいんだけど」
「俺も出来ればやりたいです」
ルーカスのことなど全く考えないのがこの二人。
「……あー、三人で戦ってみてはどうかな? 私はそういうつもりで連れてきたんだが」
ガイストが提案をする。
「とはいえ、君達三人が揃えば余裕に勝ててしまうだろう。だから条件を加えさせて貰う」
「条件?」
問いかけるキリアにガイストは大きく頷いた。
「遠距離からの先制不意打ちはなし。一撃も喰らわないこと。全員が無傷で討伐を終えることを条件とする」
「出来なかったら?」
「フィオーレ君は今日のことをミヤガワ君に報告させてもらう」
「……絶対に怪我できないわね」
ガイストのことだ。
事細かに伝えるだろう。
条件付きの討伐だったということも、それをこなせなかったということも。
ということは、出来なかったら待っているのは優斗の説教。
しかも尋常じゃないぐらいのものが待っているはず。
「ロイスもルーカスも怪我なんてしたら、ただじゃおかないわよ」
「……お前といるとミヤガワさんのイメージが崩れてくな」
「はいっ! 任せてくださいキリアさん!」
呆れ顔のロイスと至極真面目に頷くルーカス。
三人同時に駆けだした。
「あの魔物、遠距離攻撃とかあるのかしら?」
「見た目はなさそうだな。魔法とかも使えなさそうだ」
「聞いた限り、腕力の攻撃だけです!」
「ということは近付くのは得策じゃないってわけね」
要するに中距離、遠距離からの攻撃がベスト……だと三人は考えていたが、
「気を抜くな!!」
ガイストの声が轟いたと同時、魔物が手短にある1メートルサイズの岩を手に取り、ぶん投げる。
反射的に避けて、左右に散らばる三人。
相当なスピードが出ていたが、何とか怪我することなく避けきった。
「物理的な遠距離攻撃できるのね」
「さすがに驚いた」
「ガイストさんに感謝しなければ」
「……いいわね、ルーカスは。わたしだったら説教決定よ」
本当、優斗がこの場にいなくてよかった。
「むしろ接近戦のほうがいいかしら」
魔物は手当たり次第、岩をかき集めている。
おそらく、こっちが動き始めたら投擲するだろう。
うかうか詠唱も出来ない状態で睨み合うくらいなら、飛び込んでいったほうがいい。
「行くわ」
キリアはショートソードを抜くと、弾けるように突っ込んでいった。
次いでロイスとルーカスが追いかける。
案の定、岩を投げてくるが投げる仕草は当然、分かり易い。
狙いも単純だ。
細かく左右に動きながら最短コースを突っ切る。
「炎舞」
そして詠唱でも何でもない、どこにでもある言葉をキリアは呟いた。
けれど意味はある。
言葉によってイメージを喚起し、精霊に意思を伝える為の手段。
声にしたからこそ、簡単に沸き上がる『やりたいこと』を間違いなく精霊に伝える為の簡単な術。
キリアが手にしているショートソードが赤みを帯びていき、僅かに火が吹き出た。
「求めるは黒王、失せし原質」
背後ではロイスが闇の上級魔法を唱え、剣に加えた。
さらにキリアの前へと出る。
投げ込まれてくる岩を前にして、ロイスは剣を撫でるように振った。
瞬間、岩が消失する。
「なにそれ!? ちょっと卑怯じゃないの!?」
「簡易的でも聖剣にしてるキリアに言われたくない!!」
キリアがしていることは、加護とは言い難くとも間違いなく精霊の恩恵を受けているもの。
正直、どっちがおかしいかと言えばキリアのほうがおかしい。
そして同時に、期待を以てルーカスを見る。
「……すみません。魔法剣もキリアさんの技も無理です」
キリアは意味分からないが、ロイスは技術レベルが高すぎる。
特に上級魔法による魔法剣などトップレベルの戦士でも難しいものだ。
「とはいえ……いきます!」
ルーカスが手を前にやったと同時、キリアとロイスは左右に広がる。
そして魔物の注意を向けた瞬間にルーカスは詠唱を開始した。
「求めるは滞永、冷酷なる氷牙!」
翳した手から生まれる、氷の上級魔法。
巨大な氷の槍が魔物に撃ち込まれる。
頑強な体躯と体毛に覆われているものの、ある程度のダメージが通った。
突き刺さった胸元から血が出ている。
さらには左右からキリアとロイスが斬りつけた。
ロイスの剣は左腕を切り裂いたが、キリアの剣は途中で止まる。
「やっぱり……堅いわねっ!」
止まったショートソードが火を以て魔物を焼くが、それでも威力的には厳しい。
「ロイス!」
キリアが名を呼ぶだけで彼は察する。
魔物の背後を通り、止まっているキリアのショートソードへ叩き付けるように、自らの剣で薙ぐ。
押され、ショートソードが右腕を切り裂いた。
同時にバックステップしながら風の初級魔法を撃ち込み、僅かな距離を生み出す。
そして紡ぐ。
「求めるは風切――」
「求めるは火帝――」
キリアは右手を前に出し、ロイスは左手を前に出した。
背を合わせながら、二人は上級魔法を叩き込む。
「――神の息吹っ!!」
「――豪炎の破壊っ!!」
豪風と豪炎が魔物に襲いかかり、絶命へと誘う。
完全に倒しきったことを確認すると、キリア達は気を抜いた。
「まっ、こんなものかしら」
「怪我はしてないぞ」
「私もです」
とりあえずガイストの課題はこれでクリアだ。
「ただ、キリアも強くなってるな」
「当然でしょ。ロイスも予想通りに強かったわ」
笑みを浮かべる二人だが、先程の二人からすると違和感がある。
ルーカスがキリアにアピールするよりも前に、とりあえず訊いてみた。
「互いの実力を……知らなかったのですか?」
「だって一緒に戦ったことないもの」
「キリアが頑張ってる姿を最後に見たの、二年前ですし」
先日にオリジナルの魔法を使った姿を見ても、戦っている姿は見ていない。
「息が合っているように見えたんですが」
「ロイスだし」
「キリアですから」
これだけで十分。
信頼するに足りる。
「でも本当に強くなったよ。昔は弱くて泣きじゃくるキリアをよく、おんぶして帰ったのにな」
「そうだけど……なに、おんぶして帰りたいの?」
からかうようなロイスに対して、乗っかったキリア。
彼の背後に回って、首を絞めるように抱きつく。
「――――ッッ!?」
今日、何度目になるか分からないルーカスの声にならない悲鳴があがる。
「ほらほら、ちゃんとおんぶしないと締め落とすわよ?」
「あっ、この……バカ! 本当に落とす気か!?」
「だったらおんぶしなさいよ」
ぐっと体重を掛けるキリア。
しょうがないのでロイスは彼女の太ももに手を回し、ぐっと持ち上げた。
「……昔と今でおんぶの仕方の違いは何なんだ?」
「ロイスがしたいって言ったんじゃない」
「言ってない!!」
顔を寄せ合い、幼なじみならではの言い合いをする二人。
ガイストも近付いて三人を労おうとしたら、まさかの展開になっていて弟子が心配になる。
「……ルーカス、大丈夫か?」
「ガイストさん。幼なじみとは……こんなにも素晴らしいものなのですか?」
歯ぎしりと血涙のコンボで想像を絶する表情のルーカス。
ガイストも申し訳なくなった。
「正直、すまなかった」
弟子のアシストどころか、心に深い傷を負わせてしまった。
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