第173話 小話⑮:和泉とレイナの何気ない一幕……時々父親

和泉とレイナの何気ない一幕……時々父親

 

 

 

 

 

 

 

 レアルードを救った数日後。

 コンコン、と部屋をノックする音が聞こえてレイナは返事をする。

 

「はい?」

 

「私だ」

 

 名乗ってはいない名乗り。

 とはいえ、レイナが分からない訳がない声だった。

 急いで扉を開けにいく。

 そう、そこに立っているのは、

 

「団長、どうされましたか?」

 

 彼女の父であり、近衛騎士団長である――ロキアス=ヴァイ=アクライト。

 幾ら近衛騎士とはいえ、新人である彼女の部屋に団長が来ることなど稀だった。

 

「レイナは明日、休みだったな?」

 

「はい」

 

 基本的にレイナの仕事は学院内におけるアリーの身辺警護だ。

 なので休みも学院の土日と重なる。

 

「私も休みでな。一緒に鍛錬でもどうか、と思って訊きに来た」

 

 偶に被った休みぐらい、父と娘として一緒に過ごそう……という提案。

 けれどレイナは申し訳なさそうな表情になり、

 

「え、えっと、その……すみませんが、明日は先約がありますので」

 

「そうなのか?」

 

 問い掛ける父にレイナは若干、顔を赤くする。

 

「明日は……その……」

 

 彼女にしては珍しく、視線が落ち着かない。

 どう伝えようかとうろうろと右に左に泳いでいた。

 その態度だけで父親の第六感が働く。

 

「も、もしやイズミと?」

 

「は、はい。デ、デート……なのです」

 

 嬉しそうで、恥ずかしそうで、けれど僅かに自慢げな娘の声。

 大国リライトの近衛騎士団長であるロキアスの表情が、未だかつて誰も見たことがないほどに崩れた。

 

 

 

 

       ◇      ◇

 

 

 

 

 翌朝、レイナは集合場所で和泉を待っていた。

 そして待ちながらも手鏡を見ながら前髪をちょいちょい、と弄る。

 

「……何か変な気がする」

 

 けれどどうにも違う感じだ。

 レイナは難しい表情で、さらに前髪を触る。

 今までは特に興味もなかった。

 髪の毛などある程度、整っていれば問題ない。

 そう思っていた。

 けれど今の自分はどうだろうか。

 今まで持ってもいなかった手鏡を持ち、前髪と格闘している。

 もちろん理由なんて一つだ。

 これから会う人に、良く見て貰いたい。

 ただ、それだけ。

 

「むぅ」

 

 また、何度か弄くり……ようやく納得出来た。

 

「よしっ」

 

 満足げに頷く。

 そしてちょうど、彼女の耳に馴染みの良い足音が背後から聞こえてきた。

 同時にピシリ、と身体が固まる。

 

「すまん。少し待たせたな」

 

 恋人の声だ。

 緊張しながらレイナは振り向く。

 

「い、いや、そんなことはない。待っていない」

 

「毎度律儀に15分前集合しているお前が、そう言ったところで信用性がない」

 

 和泉が僅かに呆れた様子になる。

 今現在、時刻は集合時間の8分前。

 どうしたって待ったはずだ。

 

「いつも言ってるだろう。せめて5分前にしてくれ」

 

「わ、私は大丈夫だ!」

 

「俺が大丈夫じゃない。お前はもっと自分の容姿を自覚しろ」

 

 膝丈のフレアスカートに白いブラウス。

 女子にしては背が高い部類ではあるが、それ故に立ち姿は凛としていて麗しい。

 彼女のことを知らない男達ならば、群がること必須だ。

 

「……はぁ。まさか、こういったことで俺が説教する側に回るとは思わなかった」

 

 自他共に認めるマイペースである和泉が、レイナの挙動一つで狼狽えるとは今まで誰も思わなかっただろう。

 というかレイナ自身、無頓着すぎるのもいけないと和泉は考える。

 

「まあ、いい。いずれ実害があれば分かるだろう」

 

 和泉は軽く頭を掻くと、切り替えるように話題を振った。

 

「行くぞ。今日は色々と見て回るんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩きながらレイナは、ちらりと和泉を見る。

 いつもながらの仏頂面ではあるが、服装はちゃんとしているし、髪型も……。

 

「ん?」

 

 いつもとちょっと、違う。

 基本的には寝癖を直しただけのナチュラルな感じが和泉の髪型だが、今日は整っているように思える。

 もう一度様子をうかがうと、ばっちりと目が合った。

 

「どうかしたか?」

 

「和泉の髪型が……なんというか、整っているような気がしたんだ」

 

「それで合ってる。ここに来る前にトラスティ家に寄ったんだが、優斗とフィオナに揃って駄目出しを喰らった。『どうして服装に気を遣って、髪の毛に気を遣わないんだ』とな」

 

 和泉とて、一般的な常識ぐらいは把握している。

 なのでデートでは彼なりにおしゃれを考えていた。

 というかレイナと付き合った後にタンスをクリスに見せると、即行で買い出しに連れて行かれた。

 

 『いくらレイナさんとはいえ、エスコートすべき立場であるイズミが貧相な服装では彼女が可哀想です!!』

 

 とのこと。

 興味はないしセンスもないので、クリスが選びに選んだ服――計20着以上を状況別に講義を受けてきちんと着ていた。

 アクセサリーも卓也と一緒に買い物に行って買ったりしている。

 選んだシルバーアクセを卓也に見せたら、

 

 『それを選んだ理由は?』

 

 『魔法具として使えそうだった』

 

 『アホか!!』

 

 などと、説教を受けながら。

 今回の件も同様だ。

 強制的に座らされ、フィオナが家から持ってきたワックスで弄り、優斗が変な部分を鋏で僅かばかり切って整えてある。

 

 『これでいいでしょ』

 

 『そうですね』

 

 出来に満足した優斗達に見送られ、今に至るというわけだ。

 

「俺自身は髪型を見てはいないが優斗達がやってくれたからな。大丈夫だとは思うんだが、どうだ?」

 

「も、問題ない。いつもより……その、爽やかだと……思う」

 

「お前に納得して貰えるなら嬉しい限りだ」

 

 さすがは優斗とフィオナだ。

 

「とはいえ、そう答えてもらえるなら今度から髪の毛にも注意しておこう」

 

「いや、あれだぞ!? 和泉が面倒なら私は別に気になどしない!」

 

「そういうわけにもいかないだろう。連れて歩く男が野暮ったいなら、文句を言うことも必要だ」

 

 恋人とはそういうものだとココが教えてくれた。

 というかデートを重ねるにつれて、レイナが段々としおらしくなってきている。

 最初は『年上だから』と言っていたのに、気付けば和泉がリードすることが普通になっていた。

 

「とりあえず武器屋についたな」

 

 最初の目的地の店に入る。

 別に買うものなどないが、ウィンドウショッピングというやつだ。

 二人は様々な武具を見ながらあれこれと話す。

 

「しかしあれだな。槍や弓などもあるが、どれもイマイチだ」

 

「和泉は技師の下にいるから、色々な武具を見ているのだろう?」

 

「ああ。だからこそ、リライトの流通がミエスタより遅れているのがよく分かる」

 

「しかし前よりはマシになっただろう?」

 

「確かに」

 

 僅かばかりではあるが、ミエスタの型落ち品もリライトに入るようになっている。

 これもミエスタ女王が多少なりとも、融通を利かせてくれてることが理由だ。

 リライトも大国である以上、小国よりは良い武具が揃ってはいるのだが、やはりミエスタには負ける。

 

「和泉は今、技師と何をしているんだ?」

 

「武器関連では曼珠沙華を量産できないか、と試しているところだ」

 

「私の剣を?」

 

「ああ。正直言って、曼珠沙華は色々と詰め込んでいる。剣としては上物だ」

 

「そうだな。間違いない」

 

「要するに、だ。量産性のある武器として劣化コピー出来ないか考えている」

 

 和泉の手によって独自発展した名剣――曼珠沙華。

 セリアールの魔法科学以外の知識も詰め込まれているのだから、ミエスタから来た技師が目を付けるのも間違いない。

 

「ただ、武具だけに目を向けるわけにもいかない。カメラの件もあるしな」

 

 目下、一番頑張らなければならないのはカメラだ。

 地味に二つの国が協力し合って作っているもの。

 大げさに言えばリライト、ミエスタの両国間プロジェクトだ。

 

「現状はどうなっているのだ?」

 

「7割がた完成している、といったところか。とりあえずは写真館をリライト、ミエスタに作り様子を見てみる。あと一応は開発者として特許を貰えるらしい。そうすれば俺にも利益が入る」

 

「どれくらいだ?」

 

「販売数によって上下するが……王様とミエスタ女王、優斗の概算だといずれ億には余裕で届くと言われてる。両国で先行販売したあと、全世界に展開する予定だからな」

 

「お、億!?」

 

 とんでもない数字を言われた。

 レイナは予想外過ぎて目を見開く。

 

「何をそんなに驚く。それにフィオナも同様に金が入っていく。あいつが大精霊を呼び出せるからこそ、出来たことだ」

 

「い、いや、しかし……そんなにお金が入るのか」

 

 正直、想像以上だった。

 和泉がやっていることは。

 

「もちろん、これには向こうの打算も入ってるだろう。優斗とアリーが極悪に笑いながら話してたぞ」

 

 利益率の数字を弾きながら、実に楽しそうに。

 もちろんミエスタ女王も分かっていて、やり取りをしている。

 

「それに生きている限り、金は必要だ。お前だって養えない男と一緒にいるのは嫌だろう?」

 

「わ、私が稼ぐから大丈夫だ!」

 

 なぜか胸を張るレイナ。

 和泉が頬を掻いた。

 

「……俺はヒモになるつもりはないんだが」

 

 

 

 

       ◇      ◇

 

 

 

 

 武器屋を出て、二人は並んで歩く。

 と、同時にレイナは和泉の右手に注意を向ける。

 

 ――きょ、今日は私からだ。

 

 心の中で一つ、気合いを入れる。

 今までにも何度か、手を繋いだ。

 しかしどれもが和泉からやってくれたこと。

 なのでレイナは今日、自分からやると決めていた。

 

 ――よし、今……はまだ早い。も、もっとタイミングを計って、今っ! …………は、ちょっと違う。

 

 前後に揺れる和泉の手を全力で気にするレイナ。

 というか、これだけ注意を向けていたら和泉が気付かないわけもなかった。

 

「…………」

 

 どうするべきか、と和泉も思う。

 

 ――手を繋ぎたいのは分かるんだが……どうするべきか。妙に意気込んでいるし、待ったほうがいいんだろうか?

 

 そうしたほうがいいような気がする。

 少しだけ手の揺れを抑え、手を繋ぎやすいようにした。

 

「…………あっ」

 

 レイナの視線が今まで以上に和泉の右手に注がれ、そして、

 

「――っ!」

 

 勢い一発、手を握った。

 

「~~~~~~っ!!」

 

 恥ずかしさでぎゅっと目を瞑る。

 絶対に離すまいと、まるで握りつぶすかのような頑張りよう。

 

「……レイナ」

 

「な、なな、なんだ!? 私達はこ、恋人同士だ! 何も問題ない!」

 

「いや、お前から手を繋いでくれたことは素直に嬉しいし、成長したなと感慨深い」

 

 恥ずかしさを押しのけて頑張ってくれている。

 そこは嬉しさが生まれる。

 

「ただ男としては言いたくないんだが……折れる」

 

「な、何が!?」

 

「右手だ」

 

 メキリ、と手の甲から音が鳴っている気がする。

 あと少しでも力が加わればポキっといきそうな感じだ。

 

「えっ? あっ、その、すまない!」

 

 レイナは目を開けて、状況を確認。

 そして慌てて手を広げようとして……出来なかった。

 和泉もしっかりと彼女の手を握っている為だ。

 

「別に手を離す必要はない」

 

「だ、だが……痛かっただろう?」

 

 恥ずかしさと緊張で思いっきり握ってしまった。

 鍛えているのだから、痛いはずだ。

 

「お前の気持ちが入っているんだから、気にするな。嬉しい限りだ」

 

「……和泉」

 

 ほわっとした気持ちにレイナはなる。

 繋いだ手を自分のところへと持ってきて、左手で和泉の手をさすった。

 

「……お前は優しいな」

 

「そうか?」

 

「ああ、私に合わせてくれるだけで本当に嬉しい」

 

 たぶん自分は優斗やラグ以上にヘタレだ。

 未だに手を繋ぐだけで緊張する。

 なかなか次へと進めないことに苛立たせたりもするのではないか、と心配になる。

 

「ユウトやフィオナは照れながらも色々しているし、タクヤやリル、クリス達も同様だ。私達だけ未だにこんな感じだというのは……少々申し訳ない」

 

「気にする必要はない。この間『慣れてくれ』と言って、お前は慣れようとしてくれている。ちゃんと頑張っているお前に対して、無理をしろと言うつもりもない」

 

 頑張る範疇と無理をする範疇は違う。

 無理だけはさせたくない。

 

「俺達には俺達の速度がある。周りがそうだからといって、焦る必要は皆無だ」

 

 そして表情を崩す。

 仏頂面の和泉が珍しく浮かべる、柔らかい表情。

 思わずレイナが見惚れた。

 

「……笑った、のか?」

 

「そうか? 自分では分からん」

 

 感情が表情に出にくい性質ではある。

 ただ、出ないというわけではない。

 なのでレイナがそう言うならばそうなのだろう。

 

「まあ、悪いことではないだろう?」

 

「そうなのだが、あまり、その……他の女子の前では笑うな」

 

 珍しいことをレイナが言う。

 少しだけ、握る手が強くなった。

 

「何故だ? 俺が笑ったところで誰かがどうなるわけでもない」

 

「そ、そんなことは分からない! お、お前みたいな男が偶に見せるギャップというやつに女子は弱いと雑誌に書いてあったぞ!?」

 

 和泉と付き合うようになってから買うようになった雑誌に、そんなことが記事として載っていた。

 優斗のようなギャップ……というか人格入れ替えに惚れ直すのはフィオナぐらいだろうが、和泉のは万人受けだ。

 ふとした拍子に見せる普段と違う表情に、グラっと来てしまうらしい。

 特に変人と名高い和泉が服装から髪型までちゃんとしているからこそ、余計にそう感じる。

 

「……レイナに言われるのは甚だ納得がいかないんだが」

 

 和泉の心中ではギャップ萌えの塊が何を言う、といったところだ。

 普段の凛とした姿と違い、今の彼女は非常に可愛らしい。

 

「だ、駄目だからな! 絶対に駄目だぞ!」

 

 念を押すレイナに和泉は『やっぱり、こっちの方が卑怯だろう』と思う。

 だから思わず笑ってしまった。

 さらに破顔した表情になる。

 

「分かったから、少し落ち着け」

 

「落ち着けるか! 今だってほら、もっと分かり易く笑ったのだぞ! 普段と違う柔らかい表情の和泉を私以外の女子が見たら、どうなるか分からないじゃないか!!」

 

 もしかしたら惚れた腫れたになるかもしれない。

 けれど和泉としては、その状況設定がまず間違っている。

 

「どうなるも何も基本的にお前、次いでうちらの面子しか見ることの出来ない表情を、どうやって他の奴らが見るんだ?」

 

「……えっ?」

 

「だってそうだろう。俺が表情を崩す状況など限られてる」

 

「しかし……だな。例えば私に向けた笑顔を見たとしたら――」

 

「恋人に向けた笑顔に惚れるなど、ほとんど皆無だぞ。しかも俺のギャップ云々でってことは、まず俺らのことを知っているということだ。あれだけのことをやらかした俺とお前の間に割り込もうという根性、普通の女子は持ってない」

 

「な、ならば、あったとしたら?」

 

「だとしても意味がないし興味もない。俺がお前以外を見るというのは、無理に近い」

 

 どうしたって相性的な問題もある。

 感情の問題もある。

 視界範囲外の人物をどうしろというのだ。

 

「見ることはない……のか?」

 

 レイナがおっかなびっくり尋ねる。

 

「どうして疑問系なんだ? 当たり前だ」

 

 自分みたいな男を好いてくれた女性。

 大切な人がいるというのに、他に目を向ける余裕など存在しない。

 

「そうか……」

 

 レイナは噛みしめるように頷く。

 

「……そうか」

 

 次第に嬉しそうな表情に変わった。

 そして心の中で、最大限の気合いを入れる。

 

「和泉」

 

「どうした?」

 

 聞き返した和泉の頬に、レイナは軽く踵を上げて顔を飛び込ませる。

 彼の柔らかな頬の感触が口唇に広がった。

 

「……ふぅ」

 

 踵を下ろす。

 そして彼の表情を見てみた。

 また珍しいことに頬に手を当て、固まっている。

 

「い、和泉? その、迷惑だったか?」

 

 どうにも嬉しい感情が溢れてしまったので、やってみてしまった。

 けれど失敗だっただろうか。

 

「い、いや、別に迷惑じゃないんだが……」

 

 どもった和泉はちらりと周囲に視線を巡らせる。

 幾つか好気なものが届いてきていた。

 

「ここ、街中だぞ」

 

 まさかこんな場所で、レイナが大胆なことをするとは思ってもいなかった。

 想定外にもほどがあったので、固まるのも仕方ないだろう。

 けれどレイナも言われて気付く。

 

「~~~~っ!!」

 

 いつも以上にドカン、と顔が赤くなった。

 

 

 

 

       ◇      ◇

 

 

 

 

 レイナはデートが終わり、自室に戻ると今日のことを振り返る。

 

「や、やってしまった……」

 

 顔が火照る。

 衆人環視の前で頬にキスをしたなんて、正直許容量オーバーだ。

 

「今ならフィオナの言うことも分かるな」

 

 気持ちが溢れてやってしまう、とはああいうことなのだろう。

 考える前に身体が動いた。

 周囲を見る落ち着く前に、気持ちに素直になってしまう。

 

「……しかし…………破廉恥だ」

 

 ベッドに座ると、バタバタと足を動かす。

 照れくさくて恥ずかしくて、それでいて嬉しい。

 どうにも落ち着けない。

 と、その時だった。

 ドアがノックされる。

 

「はい?」

 

「私だ」

 

 昨日と同様、父が尋ねてきた。

 慌てて顔の火照りを抑えて、ドアを開ける

 

「どうされましたか?」

 

 何か用でもあるのだろうか。

 不思議な面持ちでレイナが尋ねると、父はあちこちに視線を動かすと訊いてきた。

 

「今日はその……どうだった」

 

「どう、とは?」

 

「イズミとのデートだ。楽しかったか?」

 

 言われた瞬間、今日の思い出が蘇る。

 ぽん、と赤くなった。

 

「は、はい。楽しかった……です」

 

「そうか……」

 

 父は何とも言えない表情になった。

 まだ嫁いだわけではないのに、何となく嫁を送る父親みたいな感じになっている。

 

「彼は良い男か?」

 

「……はい。彼以上の人を私は知りません」

 

「そうか」

 

 やっぱり、という表情になる。

 まあ、自分の娘が認めた男ならそうだろう、という自負もあった。

 

「母さんが……今度、会ってみたいと言っている」

 

「母上が?」

 

「ああ。お前がプロポーズした男が、どういう奴なのだろうかと気になってしょうがないらしい」

 

「プ、プロ……ポーズ!? い、いえ、あれは、その、そうですが……そうではないというか……」

 

 狼狽えるレイナだが、将来のことを見据えた会話もナチュラルにやっている。

 今日だって、さらっと話した。

 今更否定をしたところで誰も信じたりはしない。

 なので大きく息を吸って気持ちを整えると、レイナは頷く。

 

「わ、分かりました。機会があれば実家に伺います」

 

「ああ。母さんも喜ぶだろう」

 

 父は大きく頷いて、踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――のだが。

 

「……エル。質問がある」

 

 翌日、執務室へと書類を届けに来た副長に団長は声を掛けた。

 

「どうされました、団長」

 

「娘を取られた父とは、どこまでやっていいものだ?」

 

「良識的な父親ならば素直に祝福するだけでしょう」

 

 身も蓋もないことを言われた。

 

「……一発殴らせろ、とか鍛錬と称したしごきは駄目なのか?」

 

 古き時代の娘を持つ父親とは、こういう感じなはずだ。

 けれど副長は呆れ顔。

 

「イズミどころかレイナや奥方と不仲になる可能性、やり過ぎてユウト様達を怒らせる可能性を鑑みてはいかがでしょうか?」

 

 やってしまえば“ない”とは言い切れない。

 

「一人、除け者にされるのは辛いでしょうね。イズミもあれで律儀ですから、例えば義理の両親を連れて旅行を行こうと言ってくれた際、スケジュールを考慮されるのは奥方のみ。団長は合わなければ仕方ない、また今度ということで――」

 

 ズラズラと絶望的なことを述べ始める副長。

 それでトドメを刺されたのか、団長は素直に項垂れた。

 

「……もういい。レイナが望んだ男なのだから、普通に祝おう」

 

「ええ。それが良いかと思われます」

 

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