第174話 話袋:イエラート組~助けた人物が論外故に&厨二と純真

 

 

 ~~助けた人物が論外故に~~

 

 

 

 

 

 イエラートにも優斗達が為したこと――レアルードを救った、という事件が耳に入った。

 もちろん、誰が事件を起こし、誰が被害者となり、誰が解決したのかということも。

 

「そう。ジュリアが……」

 

 ルミカの家、エレノア邸で刹那達は事の次第を聞いた。

 かつての仲間が起こしたことを耳にしたミルは、そう呟く。

 

「ミルちゃん、大丈夫ですか?」

 

 ルミカが心配そうな表情になった。

 けれどミルは首を縦に振る。

 

「別に。いつも、命令されてたから、好きじゃない」

 

 正直に言って正樹以外とは仲が良かったとはいえない。

 その中でもとりわけ、ジュリアとは相性が悪かった。

 好き嫌いで言うのならば確実に嫌いと言える存在だった。

 

「都市を救ったとは聞いているが、何をやったんだ?」

 

 刹那がルミカに詳細を尋ねる。

 

「何でも万を超える魔物に囲まれた都市から、住民及びフィンドの勇者を全て助けたようですね。一部ではレアルードの奇跡と呼ばれているそうです」

 

「奇跡というか無茶苦茶だな」

 

 亡くなった者がいない、ということがさらに拍車を掛ける。

 

「魔物を一瞬で全滅させたようですよ、ユウト君とリライトの勇者が」

 

 出てきた名前に刹那、朋子、ミルは顔を見合わせた。

 

「優先か」

 

「優斗先輩なのね」

 

「ユート……」

 

 そして馬鹿げた存在の名を口にして、

 

「「「 ありえる 」」」

 

 三人同時に納得した。

 出来るか出来ないかで問えば、確実に出来る人物だ。

 

「フォルトレスを余裕で倒すぐらいだから、優先にとっては簡単な事だろうな」

 

「妄想の存在よね、本当に」

 

「やっぱり、ユート強い」

 

 それぞれが納得した時だった。

 来訪者の知らせが届く。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「久しぶり。ミル、刹那くん、朋子ちゃん、ルミカ」

 

 軽い調子で現れたのは、つい先日の被害者――フィンドの勇者、竹内正樹。

 

「……マサキ?」

 

 どうしてここに来たのだろうか。

 ミルが首を捻った。

 

「どうしたの?」

 

「ニアの提案でね。こっちに来てみたんだ」

 

 そう言って正樹は背にいるニアを引っ張り出して、ミルの前に立たせる。

 どうして彼女を自分の前に立たせたのか、さらに首を捻るミル。

 

「ひ、久しぶりだ」

 

「うん」

 

 変にニアが緊張していた。

 ジュリアと比べれば問題ない関係だった……と、ミルは思ってる。

 かといって、決して仲の良い間柄ではない。

 何か言いたいことがあるのだろうか。

 

「ま、正樹が大変だったことは知ってるか?」

 

「うん。今、聞いた」

 

 そして彼が大変だったからこそ、優斗が助けに行ったことも。

 

「えっと……あれだ。心配じゃ……なかったか?」

 

「助けたの、ユート。だったらマサキ、だいじょうぶ」

 

 自分みたいな男性恐怖症の世間知らずですらも、優しくしてくれた人だ。

 ならば正樹が危ないと知れば、何をやったって無事に助けてくれる。

 ニアも聞いておいて何だが、頷かされてしまった。

 

「……まあ、あれか。ミヤガワが助けたなら、万が一にも正樹が死ぬなんてことはないな」

 

 けれど、それこそ今までの彼女と違うところ。

 どうしたってミルには違和感になる。

 

「ニア、変わった?」

 

 何だろうか。

 今までは絶対にない言葉だったはずだ。

 どうせ『正樹の活躍の場がなくなった』とか『余計なことをした』と騒ぎ立てていたはず。

 なのに今の彼女は平然と頷いた。

 優斗が正樹を助けたことを納得している。

 

「柔らかく、なった気がする」

 

 雰囲気がちょっと違う。

 変な堅さみたいなものが見えない。

 

「どうして、来たの?」

 

 尋ねてみる。

 けれどニアは何故か狼狽えるだけで何も言わない。

 正樹が苦笑して助け船を出した。

 

「ニアがね。ミルが心配してるだろうから、安心させてやろうって」

 

 伝えられたのは予想外の台詞。

 ミルは変に恥ずかしそうなニアを見て、僅かに表情を崩した。

 

「やっぱり、変わった」

 

 自分のことなんてどうでもよかった人だった。

 正樹以外、眼中に入れていない女性だった。

 

「前のニア、気持ち悪かった」

 

 突きつけられた事実にニアは若干落ち込む。

 そこまで自分は変だったのかと、ヘコんでいた。

 

「ばっさり言うなぁ、ミルは。けどね、それも理由があったことなんだよ」

 

 正樹がさらに笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 存在改変の神話魔法を受けていたことを話す正樹。

 だからこそニアも変だった、と聞いて思わず四人も納得した。

 

「今の正樹はたぶん、最低でも世界十指には入るはず」

 

 大魔法士にリライトの勇者、そして6将魔法士に各国騎士及び兵士団のトップ。

 この面子とも良い勝負を出来るはずだ。

 おそらく魔法を除いたならば、確実に上位だとニアは断言できる。

 

「何でそんなに強くなったの?」

 

 朋子が問い掛けると、ニアが何があったのかを答えた。

 

「正樹が“存在改変”の神話魔法を受けていた、と言っただろう。それで、その中に才能の上限を引き上げるものがあったんだ」

 

「えっと、つまり?」

 

「ミヤガワ曰く、正樹ほどの男が有益に使えないわけがない。というわけで上げられた才能による実力を存分に発揮できる」

 

 ニアの説明に今度は刹那が呆けた。

 

「……フィンドの勇者も無茶苦茶だな。世間一般のRPGだと、確実に主人公だぞ」

 

 イケメン、実力者、勇者、異世界人。

 どれだけ要素を持てば気が済むのだろうか。

 

「神話魔法を使えれば、おそらくは世界五指以内だと思うんだけど、それはしょうがない」

 

 見合った魔法があれば絶対に正樹は使えるはず。

 なので神話魔法の言霊を探す、というのも一興かもしれない。

 そうニアが考えたが、正樹は一言、

 

「神話魔法も使えるよ」

 

 単純明快に伝えた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「マサキ、すごい」

 

 唯一ミルだけが軽く手を叩いておめでとう、と言った。

 しかし突然すぎる発表に呆然とするニア、刹那、朋子、ルミカ。

 

「「「「 はぁっ!? 」」」」

 

 何を爆弾発言かましてくれるのだろうか、この勇者は。

 

「えっ!? な、ちょ、正樹、どういうことだ!?」

 

 特にニアが狼狽えた。

 聞いてないし、知らないし、見てない。

 自分達は神話魔法の言霊なんてどこからも得てない。

 けれど正樹はのほほんと、

 

「なんか修くんがボクが使える神話魔法を見繕ってくれてね、三つ使えるようになったんだ」

 

 試しに詠んでみれば、問題無く詠めた。

 なので正樹は今、神話魔法を三つ使える。

 

「そんな服を選ぶみたいに……」

 

 ルミカが額に手を当てた。

 ちゃちゃっと見繕って、はい詠唱……とか、何だそれは。

 

「やっぱり勇者だし、一撃必殺は必須だよねって話してたらそうなったんだよ。あっ、でも優斗くんみたいに国破壊レベルの神話魔法とか無理だから。一番強いのでも直径一キロぐらいを消滅させるやつみたいだし」

 

 平然と彼は話しているが、それは優斗と修がぶっ飛びすぎてるだけだ。

 十分、正樹もおかしい。

 

「ミヤガワが強いと言ってたが……これほどなのか」

 

 ニアはもっと優斗の言葉の意味を真摯に受け止めるべきだった、と後悔する。

 大魔法士――宮川優斗が強いと認めた。

 しかも、ただ強いわけではない。

 毎度のように『正樹ほどの男が』とか言っていた。

 それがどの“レベル”であるのかを計り損ねていた。

 刹那と朋子は同じ異世界人なのに、あまりにも違いすぎる人達に乾いた笑いしか出てこない。

 

「優先とリライトの勇者とフィンドの勇者。この三人が揃ってたとか……敵が可哀想で泣けてくるな」

 

「チートレベルが違いすぎるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~~厨二と純真~~

 

 

 

 

 

 

 一応は保護者的な立場として、ルミカが学院での近況を尋ねる。

 

「慣れてきましたか?」

 

 三人に問い掛けると、唯一刹那だけが微妙な表情になった。

 

「以前よりはクラスに馴染めているとは思うんだが……時折、とんでもない視線を貰うときがある。別に何かをやっているわけではないのにな」

 

 変人という括りには入れられているだろう。

 時折は前髪をふさっとあげて『フッ。零機関もここまでは来られないらしいな』などとぶつぶつ呟くので、当然だ。

 だからといって話を聞かないわけではないし、会話が通じてないわけでもない。

 おかしなことだって起こしてない。

 なのに若干顔が引き攣りそうな視線を向けられる。

 特定の男子陣に。

 

「あれ、克也知らないの? クラスメートから血涙流すぐらいの殺意を向けられてるのに」

 

 すると朋子が気付いてなかったのか、という感じで言ってきた。

 

「……な、何でだ?」

 

「ミルちゃんファンクラブですね」

 

 どうやらルミカも状況は知っていたようで苦笑している。

 ミルがこてん、と首を傾げた。

 

「……なに、それ?」

 

「高等学院一年の中ではトップレベルの可憐な容姿に純真無垢な性格。さらにはフィンドの勇者パーティの一員だったということで、ミルちゃんは人気が高いんです」

 

 勇者の元仲間で可愛い。

 それだけで注目の対象にはなるだろう。

 

「ほら、ミルって克也にだけは触れるでしょう? だから克也って嫉妬対象になってるのよ」

 

 多少ばかり男とも喋れるようになったミル。

 もちろん刹那のクラスメートの男共もそれは理解している。

 転入してきた当初――刹那のクラスに遊びに来ていた頃と比べれば、随分と変わったのだから。

 けれど、イエラートにおいて唯一例外の特別が中等学院三年にいる。

 しかも二人は周囲を気にせず中高一貫の学院で触ったり何だったりしているのだから、御察しの通りになる。

 

「克也とミル、所構わずベタベタしてるから」

 

「妙な言い方をするな朋子! タオルを受け取ったり飲み物を渡したりしてるだけだ!」

 

「いや、だから普通の男はそれだって無理なのよ」

 

 触れないし、近寄れない。

 そりゃ彼女を好ましく思っている輩がいれば睨み付けたりするだろう。

 

「そういえば、今現在だとミルちゃんってセツナ君にどれくらい触れるんですか?」

 

 すると話を変えるように、ルミカがちょっとした疑問を呈した。

 

「どれくらい、って?」

 

「ミルちゃんはここにいて、少しは男性と喋れるようになりましたよね?」

 

「うん」

 

「もしかしたら、セツナ君への触り方レベルも上がってるかもしれません」

 

 若干面白がっている顔になるルミカ。

 意図が分かり、朋子の表情も変化する。

 

「ミル、ちょっと試してみましょうか」

 

「うん」

 

 素直に首を縦に振ったミル。

 けれど妹の表情を見て、兄が大きく慌てた。

 

「う、頷くなミル! この二人、絶対にからかうつもりだぞ!」

 

「……そうなの?」

 

「もう遅いわ、お兄ちゃん」

 

 語尾に音符マークがついてそうなほどに楽しそうだ。

 がくり、と刹那の顔が項垂れる。

 

「……果てしなく妹がうざい」

 

「諦めてくださいね、セツナ君」

 

 ポン、とルミカが肩を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、まずは手を握る」

 

 朋子の音頭でミルは動く。

 一つ目は余裕でクリア。

 

「腕を触る」

 

 今度は刹那の右腕に触れ、

 

「腕を組む」

 

 左腕を彼に絡ませる。

 

「抱きつく」

 

 ひょいっと左腕をあげ、横から抱きつく。

 刹那の身体が石のように固まった。

 

「ほっぺにチュー」

 

 ちょっとだけ逡巡するミル。

 けれど回している手を刹那の左肩に掛けて、ぐっと身体を持ち上げた。

 瞬間、刹那の耐えられる限度を超える。

 

「だあ~っ! ちょっと待て!! これはやり過ぎだ!!」

 

 右手でミルの身体を押さえつける。

 いくらなんでも、これ以上はキツい。

 

「問題なさそうでしたね」

 

「ええ」

 

 しかしルミカと朋子はニタニタと笑うのみ。

 

「ミル。口唇にチュー」

 

 次いで最後の指令。

 

「…………」

 

「…………」

 

 抱きついているので超至近距離の二人。

 ミルの上目遣いと刹那の瞳がかち合った。

 そしてミルはついっと下へ視線を向ける。

 彼の唇が視界に映った。

 

「――っ!」

 

 瞬間、凄まじい勢いでミルが離れた。

 男嫌いが発動したかのような機敏な動き。

 けれど違う。

 胸に手を当て、跳ね上がった鼓動を自覚するミル。

 

「ま、“まだ”無理」

 

 嫌とか嫌じゃない、ではない。

 心臓が破裂しそうなくらいに早い鼓動を打っていて、落ち着けない。

 

「じゃあ、今やったことを想像で克也以外にやってみて」

 

 今、かなりのところまで出来た。

 だとしたら、想像ぐらいではどうにかなるかもしれない。

 そう朋子は思ったものだが、

 

「……手を握る、も無理。マサキでも、無理」

 

 ブンブン、と首を振って即座に否定するミル。

 ルミカが苦笑した。

 

「セツナ君は本当に特別ですよね」

 

 ここまで彼女が取り乱したり何だったりするのは刹那だけだろう。

 とはいえ正樹ですら無理だとは朋子達も思っていなかった。

 

「これは本当に義姉候補だわ」

 

「そうですね」

 

「……どういうこと?」

 

 くすくすと笑い合う朋子とルミカ。

 意味が分からずきょとん、とするミル。

 けれど一人だけ、微動だにしない少年がいる。

 

「……克也?」

 

 ミルが気付き、呼びかけてみるが反応はない。

 朋子も近付いて、顔の前でひらひらっと手を振ってみる。

 しかし身体どころか瞳すら動かない。

 呆れたように朋子が額に手を当てた。

 

「お兄ちゃんのほうが許容量オーバーね。魂が抜けてるわ」

 

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