第169話 first brave:ささやかな安寧

 

 後処理は副長が「お任せを」とのことだったので、詳細を教えてノーレアル一族を引き渡し、優斗達はリライトへと戻ることにした。

 正樹は副長と一緒に動こうとしていたのだが、まずは身体を休めろと言われてしまい、一緒に連れてくる。

 もちろん帰りも白竜に連れて帰ってもらっているのだが。

 

『これほど人に感謝をされたのは初めての経験だ』

 

「まあ、そうだろうな。だけど白竜は綺麗だし、魔物なのに怖くないからこそだよ。あそこにいた魔物達って、だいたい厳つかったし」

 

「何と言えばいいかは分からないが、一括りにするのが可哀想だ」

 

 卓也とレイナが当然とばかりに頷く。

 どちらかと言えば、魔物の部類に入れたくないぐらいだ。

 高貴さが漂っているとも言えばいいだろうか。

 一方で、春香と優斗も神殿でのやり取りを話していた。

 

「でさぁ、修センパイが剣を振ったら書棚まで粉砕しちゃってね。紙が綺麗に舞ったんだよ」

 

 話の種は修のやったこと。

 紙が舞う中での戦いは、確かに絵になっていた。

 優斗も納得する。

 

「まあ、さすがは……………ん?」

 

 と、あることに気付いた。

 嫌な予感が生まれる。

 

「……ねぇ、修。それって始まりの勇者の文献なんじゃないの?」

 

「へっ?」

 

 いきなり話を振られて、素っ頓狂な声を出す修。

 

「色々なものも混ざってるとは思うけど、おそらくそうだよね?」

 

 ノーレアルの一族がアジトにしてそうな場所に、書棚。

 膨大な本の数。

 十中八九、それなはず。

 

「……えっと……たぶん?」

 

 言われて修も可能性に気付いたのか、冷や汗を垂らす。

 むしろ、それで合ってる気しかしてこない。

 

「ドアホ」

 

 一言、優斗が突きつけた。

 そして説教が始まる。

 ニアは彼らを見て、きょとんとする。

 

「ミヤガワはどうして説教をしてるんだ?」

 

「……あはは。貴重な『始まりの勇者』が書かれてるであろう本を、修くんが斬っちゃったからかな」

 

 正樹が乾いた笑いを浮かべた。

 けれど優斗の説教対象は修だけに留まらず、

 

「それにクソジジイ」

 

 ついでに精霊の主も呼び出した。

 ふよふよと浮かんでいる好々爺を睨み付ける優斗。

 

「マティスが異世界人を召喚したこと、知ってたよね?」

 

『そういえば、そんなこともあったの』

 

 飄々と、どうでもいいように語る精霊の主。

 

「……クソジジイ。説教の時間だ」

 

 優斗の目が据わった。

 だがパラケルススは綽々と、

 

『儂はもう帰るとするかの』

 

 言うが早く姿が薄くなっていく。

 

「おいこら、待てっ!」

 

 優斗は叫ぶがパラケルススは聞く耳持たず、姿を消した。

 

「……ったく、これだから精霊ってやつは」

 

 ぶつくさを文句を言う。

 人間と同じ尺度で考えてはいけないが、それでも文句を言いたくなる。

 すると様子を見ていた春香が感想を口にした。

 

「なんか軽い感じ? 興味なさそうだったね」

 

「当たり。精霊って人の世に興味がないんだよ」

 

 人間型ではあるが、人間ではない。

 だから勘違いしそうになる。

 

「特にクソジジイはマティスのことは大好きなんだけどね。異世界召喚とか論外な事をかまされても、世界の均衡が崩れなければどうでもいいんだ」

 

 世界の構造を担っている精霊。

 だからこそ、その均衡さえ崩れなければ何があろうと関係ない。

 

「……はぁ。まあ、終わったからいいけどさ」

 

 釈然としないがしょうがない。

 諦めるとしよう。

 そう考えた優斗だったが、ふと引っ張られる感触があった。

 

「……シルフ?」

 

 振り向くと、器用に風を使って優斗の服を引っ張った風の大精霊が、申し訳なさそうに佇んでいた。

 召喚したわけではないので、おそらくは優斗とパラケルススとのやり取りを見ていた彼女が姿を現したのだろう。

 とりあえず魔力のパスを繋げると、シルフの意思が伝わってくる。

 

『…………っ』

 

 どうやらシルフも大精霊なので知っていた。

 こんなに大事なことだは分からなかった。

 本当にごめんなさい、と謝られた。

 

「シルフは大丈夫だよ。いつも助けてくれてありがとう」

 

 優斗は優しい表情になると、感触はないが彼女の頭を撫でるように手を動かす。

 

『……っ!』

 

 ぱぁっと晴れやかな顔になるシルフ。

 そして何度も嬉しそうに頷き、消えていった。

 

「お前ってシルフと仲良いよな」

 

 修が素直に述べる。

 ぶっちゃけて精霊で一番、優斗に頼られている感があるのが風の大精霊だ。

 

「一番相性が良いし、斬るも吹き飛ばすも防ぐも何でもありだからね。性格も素直だし使役しやすいんだよ」

 

 他の精霊だとこうはいかない。

 次いで春香も疑問。

 

「逆に一番扱いづらいのは?」

 

「イフリート」

 

「どうして?」

 

「まず色々なところが燃える。それに好戦的すぎ。頑張ってくれるのはありがたいんだけど、やり過ぎないように逐一チェックしないといけないから、広々とした荒野か岩場ぐらいでしか使いようがないんだよね」

 

 変に燃やす心配がなければ、あれはあれで使役しやすい精霊だとは思うのだが、いかんせん戦う場所が場所なだけに無理。

 

「シルフは違うんか?」

 

「彼女は状況を見て威力調整もしてくれるし、僕も最大限の能力を引き出してあげられる。基本的にシルフを召喚してるのは、そういう理由なんだ」

 

 とにかく気楽、これに尽きる。

 と、ついでに精霊関係でやろうとしていたことを思い出す。

 

「あっ、そうそう。正樹さん、剣を貸して」

 

 優斗が声を掛ける。

 

「剣?」

 

 いきなりのことに首を捻る正樹だが、素直に剣を手渡す。

 優斗はしげしげと剣を見詰めると、一つ頷いた。

 

「アグリア」

 

 そして光の大精霊を召喚すると剣を浮かべる。

 

「お願いね」

 

 アグリアはこくり、と頷くと剣に手を翳した。

 翳した手からは光が生まれ、加護が加えられていく。

 

「こんなものかな」

 

 一定の加護を加えると、優斗は光の大精霊に感謝の意を表した。

 

「はい、正樹さん」

 

 正樹に手渡しで返す。

 彼の表情がもう……呆れたとも何とも言えない表情になった。

 

「ありがとう。でも、もう驚かないよ」

 

「それは残念。せっかく驚かそうと思ったのに」

 

 悪戯が見つかったかのような優斗。

 けれど、ニアが二人のやり取りを見て気付いたことがある。

 

「……ミヤガワ。イエラートの時、出来たのか?」

 

「出来たよ。契約者だったし」

 

「……どうしてやってくれなかった?」

 

「僕の忠告を無視して、あんな化け物を復活させたんだよ。やると思う?」

 

 今にして思えば誘導されたのだろうが、それでも絶対の意思で断ってくれれば良かったはず。

 なので、当時の優斗だと絶対にやらない。

 今でもその考えは変わらない。

 正樹も素直に頷いた。

 

「だよね。忠告を無視してフォルトレスを復活させちゃったわけだし、優斗くんならやらないよ」

 

 絶対的に自分に非があった。

 優斗が甘ったるいのは仲間だけで、友達には優しくも厳しい。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 リライトへと戻ると優斗は早速、王様と話をする。

 

「始まりの勇者、か」

 

「ええ。大魔法士と同等、無敵の意を持つ幻の二つ名です」

 

 今回の事件の経緯、終焉、そして分かったこと。

 全てを王様へと伝える。

 

「すみません。友達を助けに行ったのに、余計な話を持ってきて」

 

「いや、問題はない」

 

 王様は首を横に振る。

 

「シュウが『リライトの勇者』だけというには……少々、足らない気がしていた」

 

 勝利の女神に愛された“内田修”の才能。

 歴代と明らかにかけ離れ過ぎている力。

 大魔法士が同等と評した勇者。

 

「どこかに……きっとシュウに相応しい二つ名が存在する。そう思っていた」

 

 ただの勇者という枠では収まらない。

 収まりきれない修の実力。

 

「ようやく見つかったのだな」

 

 けれど見合うものが見つかった。

 無敵の少年が『無敵』を名乗れる二つ名を。

 

「……あいつは『リライトの勇者』ですよ。これまでも、そしてこれからも」

 

 優斗が王様の言葉を聞いて、思わず伝える。

 無敵の意を持つ二つ名を得たとしても、変わらない。

 

「どうか、否定だけはしないでください」

 

 あくまで『始まりの勇者』は優斗と共に歩く二つ名。

 修の根っこにあるのは――この国の勇者であるということ。

 

「分かっている」

 

 王様も頷いた。

 彼が根幹としているものを否定などするものか。

 

「しかし我が王の時に、これほどの状況になろうとはな」

 

 幻の二つ名と伝説の二つ名。

 そして龍神の赤子。

 まとめてこの国にいるなど、驚きを通り越して呆れる。

 優斗が僅かに表情を崩した。

 

「歴史に名を馳せる王として、未来へ継がれますよ」

 

「気楽に言ってくれるな、ユウト」

 

「王様だからこそ、気楽に言えるんです」

 

 おそらくは稀代の王。

 歴史あるリライトの中でも飛び抜けて有能と呼ぶに値する存在。

 

「マリカが懐くことができ、僕が尊敬を示すことができ、修にアイアンクローかまして説教して手懐けることが出来るのは王様だけですから」

 

 危なっかしい爆弾のような三人を、間違えれば災厄となるかもしれない三人を、こうして扱えるのは目の前にいる王だけだろう。

 王様を優斗の言葉に笑い、

 

「あまり褒めるな。むず痒い」

 

「事実です」

 

 優斗も笑った。

 

「この後、少しリライトを離れます。レアルード以外にも『始まりの勇者』について、文献が残っているかもしれない場所に向かいます」

 

「ほう、どこだ?」

 

「クライストークへ。大魔法士を追いかけた人達なら、何かしら持っているかもしれません」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「そうですか。『始まりの勇者』が分かったのですわね」

 

 アリーと修は皆が集まっている広間で、今日のことを話していた。

 

「まあな。つーわけで『始まりの勇者』だって名乗ったよ」

 

「確かに修様には必要な二つ名です」

 

 その意が“無敵”であるのならば、間違いなく彼のものだ。

 

「しかしながら、修様が斬ったという本を修復するには骨が折れそうですわ」

 

 話を聞く限り優斗の予想とアリーの予想は同じ。

『始まりの勇者』について、何かしら書かれているものが絶対にある。

 しかし、だ。

 

「魅せるにしても倒すにしても、もっと方法があったと思います」

 

 ジト目で修を見るアリー。

 どうして軽く剣を振って書棚を破壊するのだろうか。

 

「……ごめんなさい」

 

 珍しく修が素直に謝った。

 というか、勢いに圧されて考える前に頭が下がる。

 

「分かればよろしい」

 

 アリーはふっ、と表情を崩す。

 と、彼らの視界で春香が動き回り始めた。

 いや、ただ単純に逃げ回っている。

 

「なんか春香は大変そうだな」

 

「従者なしで一都市を救いに行けば、心配するでしょうね」

 

 特に青と赤の騎士は春香大好きなのだし。

 そんな三人はぐるぐるとソファーを周回するように動く。

 

「だ、だから言ってるじゃん! 急いでたんだってばっ!」

 

「それでも子猫ちゃんを守るために俺達はいるんだぞ!」

 

「ハルカ、往生際が悪い」

 

「タイムアタックなのに、どうして君達を待たないといけないんだよ! 待ってたら助けられないかもしれないのに!」

 

「子猫ちゃんを守ることこそ八騎士の使命だ!」

 

「そういうこと」

 

「バグキャラが二人もいたから大丈夫だってばっ!」

 

 というかブルーノとワインの二人、あれこれ言って春香に触りたいだけなのではないだろうか。

 会話の内容とは裏腹に追いかけっこしているのが、微妙に変だった。

 

 

 

 

 

 

 また別の場所では、

 

「そうか。頑張ったな」

 

「ああ。一番動き回った」

 

 和泉とレイナも修達と同じように話している。

 

「怪我はしなかったか?」

 

「問題ない。私が相手をしたのは基本的に雑魚だったから心配は無用だ」

 

 ほとんどが一撃で倒せる魔物を相手にしていた。

 だから問題なかったのだが、

 

「それとこれとは話が別だ。心配はする」

 

「……なぜだ?」

 

 レイナが不思議そうに首を捻る。

 自分が大丈夫だと言った以上、無用なはず。

 けれど和泉も首を捻られたことに若干、驚きの様相を呈す。

 

「お前、分からないのか?」

 

「何がだ? 私が大丈夫と言った以上、和泉に心配を掛けることはない。それぐらい、お前なら当然の如く理解しているだろう?」

 

 さらに不思議そうな表情になるレイナ。

 けれど和泉は大きく溜息を吐き、

 

「……やっぱり分かっていないか」

 

 参った、とばかりに頭を掻いた。

 そして僅かに真面目な表情をさせて、彼女を真っ直ぐに見る。

 

「いいか、レイナ」

 

「何だ?」

 

「確かにお前のことは信頼しているし、よく分かっている」

 

 彼女の強さも性格も十二分に把握している。

 

「なら――」

 

「だが恋人だから心配をしてしまうんだ」

 

 和泉から告げられた、何の飾り気もない言葉。

 レイナは頭の中で彼の言ったことを反芻し、

 

「………………恋……人……」

 

 意味を咀嚼した瞬間、

 

「――っ!!」

 

 まるで湯気が出そうなくらい、顔を真っ赤にした。

 いつもキリっとしていて、こと戦いにおいては滑らかな彼女の動きが、今はカクカクとロボットのようになっている。

 

「わ、わた……和泉……こ、ここここ、こ、ここ、恋……び……と……」

 

 今までのレイナを知っている者であれば「誰だこいつは?」となりそうなくらい、狼狽していた。

 これで付き合って2ヶ月弱だというのだから、ある意味で性質が悪い。

 

「レイナ、理解できたか?」

 

「……っ!!」

 

 こくこく、と全力で何度も頷く。

 とにかく分かった。

 凄く理解できた。

 確かに恋人ならば心配しても仕方ない。

 

「あと、もう少し慣れてくれ。俺も初めてだから、どうしていいか分からん」

 

 毎度毎度、こういうことを言う度に狼狽えられてしまっては、和泉もどうすべきか判断しづらい。

 もちろんレイナも自身で分かっているのか、真っ赤な顔で必死に首を縦に振った。

 

「ど、努力する!」

 

「頼む」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 別の部屋ではリルも頭を悩ませていた。

 

「……あんた、事の凄さを分かってないの?」

 

「何がだ?」

 

 そう、彼女が頭を悩ませているのは、大層なことをやったのにのんびりとしている婚約者だ。

 彼は椅子に座っていて、足の間に愛奈を入れて上から抱きしめるようにぐだっとしている。

 

「……まあ、卓也はそうよね」

 

 破格の二人がいるからこそ、自分は大げさなことはやっていないと思っている。

 それこそが大きな勘違いだ。

 

「あんたは大魔法士とリライトの勇者が名指しで指名したのよ。あの二人が唯一、頼りにした人なの」

 

「仕方ないだろ。あの状況だったら治療魔法を使える奴、たくさんいたほうがいいだろうし」

 

「……あのね。しかも、近衛騎士達が反論しなかったのも拍車を掛けてるわ。あんたのことを『連れて行って問題ない』と思われてるんだもの。いい? 民を守るべき存在が大丈夫だと信じたのよ」

 

 修と優斗は論外だからいい。

 けれど、卓也だけは別だ。

 こと戦いにおいては異世界人という括りでしかない。

 

「つまりね、一皮捲ったら卓也もヤバい位置にいるってことよ」

 

 攻撃という点ではなく、守りという点で彼は相当の位置にいる。

 少なくとも近衛騎士が大丈夫だと思えるほどに。

 

「ああ、もう。またお兄様とお姉様……どころかお父様もお母様もはしゃぐわね」

 

 自分の親兄弟が知れば「さすが」だの「良い男だ」だのと褒め殺しだろう。

 彼らは卓也の良さを知っているだけに、絶対に言う。

 けれど当の本人は、

 

「牽制になるからいいと思うけどな」

 

 リルの想定外のことをさらっと言った。

 

「牽制って……何のこと?」

 

「未だにお前を狙っていそうな奴に、だよ。異世界人ってだけで事足りるとは思うけど、箔があるに越したことはない」

 

 優斗ではないが、僅かでも可能性があるのならば潰すのみだ。

 卓也は自分の婚約者を過小評価はしない。

 彼女もアリーと同じく、美姫と呼ばれた女性なのだから。

 

「……卓也」

 

「オレはいつ、どんな状況だろうとお前を誰かに渡す気は無い。だから今回の出来事が有益になるなら使うまでだよ」

 

 隠すつもりもないし、必要となるなら堂々と宣言する覚悟もある。

 あの二人がそうならば、自分だって変わらない。

 優先順位を間違えるつもりはない。

 ただ、言うだけ言うと少し照れたのか卓也は愛奈の髪の毛を弄くった。

 妹の髪が器用に三つ編みにされていく。

 すると、

 

「リルねえ、たくやおにーちゃんすごいの?」

 

 愛奈がきょとん、とした様子で尋ねてきた。

 内容は難しかっただろうが、凄いということぐらいは理解できた。

 だからリルは優しく笑って頷く。

 

「実はね。とっても凄いのよ、卓也お兄ちゃんは」

 

 

       ◇      ◇

 

 

「忙しないですね、ユウトは」

 

「しょうがないですよ。誰にでも出来ることではありませんから」

 

 クリスとフィオナは暢気にお昼寝しているマリカを視界に入れながら、苦笑し合った。

 その場にはキリアとフェイルもいて、

 

「だからって、ちゃっちゃとクライストークに行くなんてビックリじゃないの?」

 

「確かにな。少しはゆっくりしても良いとは思うのだが」

 

 行動範囲が広すぎる。

 あっちこっちと動き回りすぎだ。

 けれどフィオナは苦笑したまま、

 

「シュウさんだと調べ方が下手でしょうし、やっぱり優斗さんが適任なんです」

 

 たぶん、修ならば一時間も調べたら飽きるだろう。

 自分のことなのに。

 

「フィオナ殿は落ち着いているな」

 

 フェイルは彼女の態度に感心する。

 まだ若いながら、やはり龍神の母ということだけはあった。

 

「いえ、さすがに最初は落ち着いていられませんでした。けれど最近はよくあるので、もう慣れました。優斗さんが大魔法士である以上、避けられないことだと理解させられましたから」

 

 リライトきっての問題児の一人が旦那なのだ。

 致し方ないことではある。

 

「だからキリアさんも大変ですよ。私達は慣れていますが、弟子であるキリアさんもいずれは問答無用で巻き込まれるでしょうし」

 

「もう諦めてるわよ。あの先輩が師匠なんだし」

 

「それもそうですね」

 

 肩をすくめたキリアに、フィオナはくすくすと笑う。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 来賓用の客室で、正樹とニアは今後のことを話す。

 

「これからどうしようか、ニア」

 

「とりあえず、フィンドには報告しないといけないんじゃないか?」

 

「いやいや、そういうことじゃなくてさ。どの国に行く? ってこと」

 

 やるべきことをやったらどこに行こうか、という話。

 

「ミルがいなくなって、ジュリアもいなくなった。また君とボクの二人旅になるけど……どこに行きたい?」

 

 少しくらいはゆっくりしたって罰は当たらないと思う。

 ニアは少し悩む仕草をしたあと、

 

「……それなら、まずはイエラートに寄らないか?」

 

「イエラートに?」

 

 正直、正樹にとって予想外の答えだった。

 まさかあの国の名前を彼女が出すとは思わなかった。

 

「ああ。ミルにも話は届くだろうし、心配するだろうからな。安心させてやりたい」

 

 これまた予想外な台詞だ。

 正樹が不思議そうに首を傾げようとすると、扉がノックされる。

 来客らしい。

 

「どうぞ」

 

 正樹が声を掛ける。

 

「失礼しますわ」

 

「入るぞ」

 

 するとリライトの王女と勇者が中に入ってきた。

 反射的にニアが座っている椅子から立ち上がり、床へ片膝を着く。

 

「こ、この度はフィンドの勇者を助ける為の助力をいただき、まことにありがとうございました!」

 

「あら? そんなに堅苦しくなくてもよろしいのに」

 

 微笑を浮かべる王女と、妙に堅いニア。

 どういうことなのか意味が分からない正樹は、困惑した表情。

 とりあえず修がアリーに声を掛ける。

 

「しゃあないだろ。こいつ、さっきの威厳たっぷりアリーしか会ってないんだし」

 

 ニアは王女としてのアリーしか会っていないので、こういう態度も頷けた。

 

「えっと……修くん、こちらの方は?」

 

「うちの王女」

 

 告げた瞬間、正樹も若干血の気が引いた。

 ニアと同じように片膝をつく。

 

「し、失礼な態度、真に申し訳ありません」

 

 大国の王女がさらっとやって来るなど、予想つくわけがない。

 けれどアリーは二人の態度を見て、何度か頷く。

 

「もう魔法陣の影響はないようですわね」

 

「「 えっ? 」」

 

 思わぬ言葉に二人が疑問の声をあげた。

 アリーがどういうことか、説明する。

 

「ユウトさんから聞いた話では、影響が残っていれば『マサキをどうするつもりだ!?』みたいに怒鳴られる、ということでしたので。ユウトさんがクライストークに行っている間に確認をお願いされましたわ」

 

 リライトの宝石と呼ばれるアリーだったら十分だろうと、さらっと頼まれた。

 

「わ、私はアリシア王女にそんなこと言いません!」

 

「でもお前、リルに言ったんじゃねぇのか?」

 

 修の指摘にニアが怪訝な表情になる。

 

「……リル?」

 

「卓也の婚約者で、リステルの王女様なんだけど覚えてねぇか? イエラートで色々と言われたっつってたぞ」

 

 話が通じなくて大変だった、ということも。

 正樹は誰だか思い出したのか、

 

「ニア、あれだよ。フォルトレスを優斗くんが倒したあと、フィオナさんとクレアさんと一緒に来てた人。ショートカットの美人だよ」

 

「えっと、確かあの時にいたのはミヤガワの嫁と…………。あっ」

 

 ニアは必死に昔の記憶を思い出し……そして青ざめた。

 確かに色々と言った。

 何をどう言ったのかは覚えていないが、文句っぽいことを言ったのは覚えている。

 

「ど、どうしよう正樹!? 王女に暴言とか罪にならないか!?」

 

「それは……えっと…………どうなのかな?」

 

 人によっては不味いだろう。

 というか、不敬罪とみなされる。

 正樹が確認を取ってみると、修が何ともないように言った。

 

「大丈夫だろ。あん時は魔法陣の影響下にあったわけだしな。リルも短気だけど、別に根に持つ奴でもないし、卓也がめんどくさがって取りなすよ」

 

 魔法陣の能力の一つとして盲信させる、というものがあった。

 優斗の強さを目の当たりにして尚、正樹のほうが強いと言わせた効力。

 であれば、しょうがないとも言える。

 

「あっ、そっか。だから違和感があったんだ」

 

 すると正樹が納得したように手をぽん、と打った。

 

「あん? 何がだ?」

 

「ニアがね、仲間だったミルのところに行こうって言うからさ。珍しくて不思議がってたんだけど、魔法陣の効力がなくなれば、不思議じゃないなと思って」

 

 正直、仲が良い二人ではない。

 というか、今にして思えばよく一緒のパーティでやっていたと思う。

 けれど魔法陣の影響下にあったニアと、入った日が浅く影響の少なかったミルであれば、その齟齬も当然というものだ。

 

「本来は仲間思いで、素敵な娘なんだね」

 

 正樹の台詞にニアの顔がポン、と赤くなる。

 

「……天然ジゴロなんか?」

 

「かもしれませんが……修様が言えることではありませんわ」

 

 彼女の隣にいる少年だって正樹と同系統だ。

 修の感想にアリーがツッコミを入れる。

 すると正樹が二人の仲が良い様子を見て爆弾を放り込んだ。

 

「修くん達って仲が良いみたいだけど、恋人同士?」

 

「んなっ!?」

 

「あら、そう見えます?」

 

 さらっと投げられた言葉に修は狼狽し、アリーは嬉しそうな表情……というより、ニタリと笑った。

 

「これでも修様、情熱的な台詞を告げて下さいましたわ。『俺はお前の勇者だ』と。無敵の意を持つ『始まりの勇者』であろうとも、わたくしの勇者であることは変わらないって」

 

「い、いや、確かにそう言ったけどよ! で、でも、なんつーか、あれ、あれだ!」

 

「どれですか?」

 

「だから、その……あれだよ!」

 

「わたくし、頭が悪いので言ってくださらないと分かりませんわ」

 

「嘘つけ! 俺はお前と優斗以上に頭良い奴を知らねぇよ!」

 

 いきなりコントのようなことを始める二人。

 むしろ修がしどろもどろで、アリーがニヤニヤしてるなど珍しい光景だ。

 ニアが肘で正樹をつつき、

 

「なあ、正樹の言ったことで合ってるんじゃないか?」

 

「かもしれないね」

 

 なんというか、微笑ましいやり取りだ。

 

「実際、今回の出来事で修様は無敵の意を持つ二つ名を得ました。今後、これは証明されていくことですから仕方ありませんが……それでもわたくし、もう一度ぐらい修様から聞きたいですわ。あの時の言葉を」

 

 さらに意地悪い笑みになるアリー。

 とはいえ、修は言えないだろうと予想していた。

 目の前にはフィンドの勇者と従者。

 二人だけの時ならばまだしも、こういう展開に弱い修は他人の前では絶対に言えない……と、アリーは思っていた。

 

「――っ!!」

 

 けれど修も恥ずかしさが頂点を突破し、プツンと何かが切れたように宣言した。

 

「俺は一生、お前の勇者だ!! 文句あるか!?」

 

 先程のニア以上に顔を真っ赤にした修が、ヤケクソ気味に言い放つ。

 まさかアリーも言ってくれるとは露にも思わず、顔が赤みを帯びて熱くなってくる。

 

「……い、いえ。ありませんわ」

 

 顔を伏せ、ちらりと修を見てみる。

 同じ行動をしていたのか、彼も下を見ながらもちらりと自分を見た。

 

「――っ!」

 

「――っ!」

 

 同時に顔を背け、一歩離れる。

 当然、そんな二人のやり取りを見ていた正樹とニアは可愛らしい様子に笑みを零し、

 

「恋愛小説みたいだ。ミヤガワに教えたら面白いことになりそうだな」

 

「確かに。優斗くんが戻ってきたら、教えてあげようか」

 

 

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