第13話 変わる理由

「けれど、あのフィオナが少しでも顔を赤くさせる日が来るなんてね。本当に不思議なものだわ」

 

 母親の自分でさえ想像できなかったことだ。

 

「そう……でしょうか?」

 

「ええ。しかも普通に話せるようになるなんて、驚きを通り越してもいいくらいね」

 

 ずっとフィオナの母だったからこそ、娘がこの数ヶ月で変わっていく様がよく理解できる。

 親でさえ、あまり表情の変化というものを見たことがない。なのに今はコロコロと変わっていく。

 

「その、それは変……ということでしょうか?」

 

 フィオナが若干、不安そうに訊いてきた。だからエリスは力強く首を横に振る。

 

「そんなこと言わないわ」

 

 確かに普通から考えれば、娘の変わりようは違和感が生まれるだろう。けれどエリスは一切、そのようなことは思わない。

 

「ただ、良い出会いがあったと思うだけよ」

 

 

 

 けれど翌日の朝、フィオナは教室で母の言葉を重く捉えていた。

 

「確かに変……ですよね」

 

 思えば、自分の変わりようはおかしいと思う。

 今までのフィオナ=アイン=トラスティは、基本的に誰も意に介さなかった。

 貴族故にパーティーに参加することもあるが、歳の近い男性に声を掛けられたところで、冷たい反応を返すだけ。喋りたい、など露ほども考えたことがない。

 なのに彼らと出会った後の自分はどうだろうか。優斗とお喋りしたいと思って頑張ろうとしたり、今ではかなり普通に話せるようになっている。

 切っ掛けがない、とは言わない。友達が出来たという最大の切っ掛けがある。

 けれど、それだけで変わるものだろうか?

 十六年間、ずっと変わらなかった自分が、たったそれだけのことで変わってしまうのは、逆に違和感になる。しかし一人で考えたところで答えが出ない、というのもフィオナは分かっている。

 だから友達に相談しようと思った。

 

「あの、アリーさん」

 

 フィオナは席について本を読んでいた王女様に話し掛ける。

 

「どうされました?」

 

「私、変でしょうか?」

 

「……はい?」

 

 想像を超えたフィオナの第一声にアリーの顔がこてん、と斜めに傾く。

 

「フィ、フィオナさん? 今のはどういう意味でしょうか?」

 

 いきなりのことで、アリーも上手い返答が思い浮かばない。なのでとりあえず、どうしてそんなことを訊いてきたのかを聞き返す。

 

「その……ですね。母から変わったと言われたんです」

 

「ええ。確かにフィオナさんは変わりましたわ」

 

 これはアリーにも分かることだ。三ヶ月と少しの付き合いではあるが、最初のフィオナと今のフィオナが違うということは、よく理解できる。

 

「だけど私の変わりようは変ではないか、と思いまして。なのでアリーさんに相談しようかと」

 

 フィオナの真っ直ぐな言葉。するとアリーは両手を顔に当てて、緩みそうになる頬を頑張って抑えた。


 ――こ、これは『お友達の相談』というものではないでしょうか!?


 今まで友達がいなかった自分が、ついに『友達からの相談』というもの受けたことに、アリーのテンションがガタ上がりする。

 そして嬉しさを内心で噛み締めながら、アリーはフィオナの相談の内容を再確認する。

 

「フィオナさんは自分の変わりようが変ではないか、と。そう思っているのですわね?」

 

「はい」

 

 首肯するフィオナ。対してアリーは言葉を選びながら、

 

「けれどそれは、当然というものではないですか? わたくし達は初めてお友達が出来ましたわ。ということは、内面に変化が出ても当然だと思うのですが」

 

「そうでしょうか?」

 

 フィオナは自分の変化が誰よりも大きい、ということを理解している。だからこそ他の面々以上の変化が起こった自分が違和感に映る。

 

「アリーさんもココさんもクリスさんも、皆さんは性格がほとんど変わっていません。これほど変わっているのは私だけで、それは普通と違うということではないでしょうか?」

 

「……なるほど。ですがわたくしとて変わっていないわけではありませんし、フィオナさんが目に見えて分かる範囲で顕著というだけだと思いますわ」

 

「だけど……」

 

 どうにもアリーの話ではいまいち、納得できないフィオナ。

 自分自身の変化を上手く理解できていないのであれば、それも仕方ないことではあるとアリーは考える。

 だから、

 

「でしたら、こう考えてみましょう。フィオナさんと一番一緒にいた人なら、貴女が変わっていった理由も分かるのではないでしょうか?」

 

 そしてアリーは視線を一人の男の子へと向ける。彼女に最も影響を与えた人物など、分かりやすいほどに分かりきっている。

 彼こそ誰よりも彼女と一緒にいて、一番近くで変化を見てきた人だ。

 

「ということで彼に相談してみる、というのはいかがでしょうか?」

 


 

 

 一方、優斗は机に突っ伏したまま微動だにしない。非常に疲れているようだった。修が遅ればせながら登校すると、彼の異変に気付いて声を掛ける。

 

「どうしたんだよ?」

 

「……登校してる最中、いきなりラッセルに因縁付けられたんだよ。『不正行為をするなんて、君は何を考えているんだ!?』ってね」

 

 優斗が一人で学院へ向かう通学路を歩いている最中、いきなり言われた。内心で盛大に疑問を浮かべたのだが、ラッセルは「然るべき処分をしてもらう」とか「早く将来の妻を救わねば」とか、半ばどころではない言い掛かりを取り巻きと言いながら、優斗の前から去って行った。

 今、教室にいない理由も先生か誰かに話を持って行っているからだろう。けれど修には理解できない。

 

「何だそりゃ?」

 

「僕だって知るわけないよ。彼の中で、そういう解釈になったんじゃないの?」

 

「いやいや、お前とラッセルの戦いのどこに不正入る要素があるんだよ。もしかしてラッセルの奴、すげー馬鹿なんじゃねぇか?」

 

「……かもしれない。どうにも自分の世界に入るっていうか、妄想を現実として見る性質があるっぽい」

 

 フィオナの容姿は自分に相応しい、彼女は将来の妻だ、などと平然と言ってのける点からも分かることだ。加えて自分の想像通りにいかなければ、相手に問題があると思う都合の良い精神をしているらしい。

 

「……まあ、考えるのやめようぜ。あいつの顔が浮かぶと、なんかムカつく」

 

「そうだね。僕も余計に疲れる」

 

 二人して共通の見解が生まれたので、無理矢理に話題を切り替える。

 

「それはそれとしてよ。なんかフィオナ、悩んでねーか?」

 

 修が視線を向ける先には難しい表情をしているフィオナと、真剣な表情をしながらも嬉しさを抑え切れていないアリーの姿がある。

 

「表情が険しいし、そうみたいだね」

 

「何やったんだよ」

 

 優斗が原因だということを前提で話を進めようとする修。優斗は親友の頭をポコっと叩く。

 

「何もやってないって」

 

 昨日から口調を変えたとはいえ、それが彼女の悩みになるとは思えない。

 

「だけどアリーのところに行ったんだから、大丈夫じゃないの?」

 

 と言いつつも、優斗はフィオナ達のことを見たまま。そこでアリーと視線が合う。

 

「どうしたんだろ?」

 

 首を捻る優斗だが、少ししてフィオナが自分達のところへ歩いてきた。

 

「優斗さん。今日の放課後、授業はやめてもよろしいでしょうか?」

 

「……? まあ、それは構わないけどアリーと遊びに行くの?」

 

「いえ、優斗さんに相談に乗って欲しいことがあるんです」


 

 

 

 放課後になり、優斗とフィオナは教室を出て行く。

 二人が去ったあとの教室も続々と生徒が帰っていき、残っているクラスメートの数も少なくなってきた時、

 

「ミヤガワ君はいるか?」

 

 教室の扉を堂々と開けて、生徒会長――レイナが用件を口にした。残っていた少数のクラスメートは顔を見合わせるが、その中に和泉とクリスがあった。

 優斗の行動を把握していた二人は、レイナにいないことを伝える。

 

「彼なら用事があるとかで、つい先ほど帰られましたよ」

 

「そうか。ありがとう」

 

 優斗がいないと分かるや、踵を返して教室を後にしようとする。が、嫌な予感がした和泉が呼び止めた。

 

「ちょっと待て、生徒会長」

 

 彼女は昨日の闘技大会のとき、優斗と決勝で戦うはずだったことはさすがに覚えている。

 だからこそ感じた嫌な予感だった。

 

「どうして優斗を探している?」

 

「決まっているだろう。決勝があのような形になってしまった以上、再戦の申し入れをしに来た」

 

 やっぱり、と和泉は心の中で呟いた。そして優斗の性格を考える。


 ──再戦はないな。


 すぐに結論が出た。和泉は彼女に余計な手間を取らせるのも悪いと思ったので、

 

「あいつは面倒ごとが嫌いだから、生徒会長との再戦を絶対にやることはない。それに勝てない勝負はするものじゃないだろう」

 

 端的に事実を述べた和泉の発言だった……が、見事にレイナの琴線に触れる。

 

「戦ってもいないのに、決めつけられるのは――」

 

「いや、決めつけているわけじゃない」

 

 ただの事実であり、それ以外の何でもない。勝負をしたいと言うのであれば、しっかりと理解して然るべきだ。

 

「生徒会長は優斗と“勝負”をしたいんだろう?」

 

「……ああ、そうだ」

 

「なら生徒会長は、あの魔物を一人で倒せるのか?」

 

 和泉からの単純明快な質問。レイナは少し口唇を噛み締めると、首を横に振った。

 

「それは……無理だ」

 

「倒せない以上、圧倒的に実力で負けている。勝負になるわけがない」

 

 なんでこんな単純なことが分からないのだろうか。子供でも分かる図式だ。

 

「しかし私は──ッ!」

 

「生徒会長は優斗と戦える場所に立っていない」

 

 “勝負”という範疇に入っていない。

 

「あの時だって全力というわけじゃない。だとすれば、生徒会長を相手にする際に優斗は手加減する」

 

 レイナがカルマという魔物よりも格下である以上、どうしたって全力て相手取るわけにはいかない。

 

「殺さないように手加減せざるを得ないからな」

 

 そして仮に戦ったとしよう。その時に優斗から加減されていることが分かれば、真面目を絵に描いたような堅物っぽいレイナが納得するとは思えない。

 

「生徒会長の矜持は自身が軽んじられることを許すのか?」

 

「……言いたいことはわかった」

 

 レイナは和泉の意見に頭を下げる。

 

「至極真っ当な意見を、どうもありがとう」

 

 きっと和泉の言うことは正しくて、真実なのだろうと思う。けれど言われた内容に対して感情が納得するかどうかは別物だ。

 

「だが、そこまで言われる筋合いはない。私は騎士を目指す者の端くれとして、彼と戦いたいと思っただけだ」

 

 ただ、それだけ。だから彼の言葉は初対面で交わす範疇を超えている。直球で感想を言わせてもらうのであれば、失礼としか表現することができない。

 

「そうか。まあ、俺の好みはツンデレ美少女だ。生真面目堅物女に好かれようとは思わない」

 

 和泉は半ば挑発とも思えるような言動を返した。眉間に皺を寄せたレイナは、苛立たしげに教室を去ろうとする。

 けれど和泉はレイナに最後の一声を掛ける。

 

「ちゃんと忠告はした。断られても文句は言うな」

 

 確実に聞こえていたとは思うが、レイナは何も反応しないまま教室を去って行く。

 

「珍しいですね」

 

 すると和泉の様子を見てクリスが一言、感想を述べた。

 

「何がだ?」

 

「イズミさんが真面目に誰かと話す、というのは滅多に見ない光景です」

 

「いつも不真面目ということか?」

 

「それはもう。だからこそレイナ様と真面目に話している姿は貴重でしたよ」

 

「そうか」

 


 

 

 優斗達が学院を出て歩いていると、後ろから声を掛けられた。

 

「ミヤガワ君!」

 

 自分の名前を呼ばれて優斗は振り返る。

 

「レイナ様?」

 

 ハテナマークを頭に浮かべる。なぜ生徒会長が自分を呼び止めるのか一切分からなったが、レイナは呼び止めた優斗の前に立つと、即座に自分の要望を伝えた。

 

「ミヤガワ君、勝負をしてくれ!」

 

「……? それは昨日の続き、ということでしょうか?」

 

「そうだ」

 

 目を爛々とさせているレイナ。初めて会った時に好戦的と評したのだが、もしかしたら戦闘狂の間違えだったかもしれない。

 優斗はレイナへの評価を改めると、頭を下げる。

 

「申し訳ありませんがお断りします」

 

「なぜだ!?」

 

「やる理由がありません」

 

 優斗は丁重にレイナのお願いを拒否する。けれど彼女は優斗の返答を簡単に納得できなかった。

 

「理由がない、だと……。では君はなぜ、闘技大会に出た!?」

 

 あの場に立っていた以上、少しは戦いを好むものだと思っていた。だが、

 

「じゃんけんで負けたから闘技大会に出たんですよ」

 

 優斗が言った瞬間、呆気な表情を浮かべた。

 

「……それだけ?」

 

「あの大会に関して言えば、それだけです」

 

「そう……なのか」

 

 レイナの表情があまりにも呆気に取られすぎていて、優斗も少しだけ申し訳ないと思う。

 

「僕も戦うことが嫌いなわけではないですけど、必要以上のことをやるのは労力を使いますし」

 

 つまるところ、大会が終わっているのにレイナと勝負するのは面倒。さらに優斗にとってはフィオナの相談の方が戦うことより大事だ。

 

「なのですみませんが、戦いたいのなら他を当たってくれると嬉しいのですが」

 

 優斗がやんわりと戦う意思がないことを伝える。するとレイナが自嘲するように笑った。

 

「……やはりトヨダの言ったとおりになったな」

 

「和泉が何かレイナ様に無礼なことを?」

 

「いや、君が決勝の続きはしない、と言っていた。私としては、そんなことはないと思ったのだが……奴の言った通りになった。ただ、それだけのことだ」

 

 レイナが優斗の友人の話を取り合わなかっただけ。

 

「まあ、笑える話だな」

 

 はっはっは、とレイナは全く面白くなさそうに笑い声を出す。けれど優斗は感嘆の声を上げた。

 

「へぇ~、珍しいこともあるもんだね」

 

「珍しい?」

 

 レイナが不気味な笑いをやめて、不思議そうに問い掛ける。優斗は笑みを零しながら肯定した。

 

「和泉と話してあいつを変人と思わないなんて、かなり意外で珍しいですよ」

 

「なんだ? トヨダの行動がミヤガワ君にとって意外だったのか?」

 

「ええ。和泉がレイナ様に『手間を取らせないように』なんて考えたのが意外です。あいつ、どうでもいい人物は放っておくタイプですから」

 

 別にレイナの目的ぐらいなら、優斗に害があるとも思わなかっただろう。普段の和泉なら「勝手にしろ」で終わらせているはずだ。

 

「……まさか惚れたのかな?」

 

 呟いた優斗にレイナが鼻で笑った。

 

「それこそ、まさかだ。奴は自分で好みは『つんでれ美少女?』とか言っていたぞ。私のような堅物で生真面目な女は好みじゃないとな」

 

 レイナが不機嫌そうに和泉の言葉を再現する。けれど優斗は聞いた瞬間から吹き出し、笑いが止まらなくなった。

 

「どうしたのだ?」

 

 レイナが困った表情をしていたが、優斗のお腹が痛くてそれどころではない。。


 ──和泉もよく言うよ。


 何が好みはツンデレ美女だ。

 

「いや、実は和泉の好みなんですけど」

 

 優斗はくつくつと抑えきれない笑い声を漏らしながら、なんとなくこれは伝えたほうが今後“とっても面白くなる”という確信があった。

 

「逆ですよ。好みが堅物生真面目な女の子。嫌いなのがツンデレです」

 

 優斗が一息に言うと、今日一番の呆けた表情をしたレイナがいた。

 


       ◇      ◇


 

 生徒会長の襲来を退けて、優斗達はカフェへと入っていく。優斗は先にフィオナを座らせると、二人分のアイスコーヒーを持って席に着く。

 そして喉を潤しながら、彼女が話し出すのをゆっくりと待つ。

 

「えっと……ですね」

 

 時間にして数分ぐらいだろうか。三分の一ほどアイスコーヒーを飲んだフィオナは、ゆっくりと優斗に話し始める。

 

「私は元々、本当に無口だったんです」

 

「そうだね。僕との授業は話さないと仕方ないけど、最初は普通に話すのも四苦八苦したよね」

 

 当時のままであれば未だに雑談なんて不可能だったろうし、こうやって一緒にカフェに来ることもなかっただろう。

 けれどフィオナは首を横に振る。

 

「……いえ、そうではないんです。優斗さんが知っている私より本当はもっと酷いんですよ」

 

 そして彼女は優斗達と出会う前のことを語り出す。

 

「例えばパーティーに出て話し掛けられても、冷たくあしらうだけです。誰かと話す、ということに興味を持っていませんでした」

 

 話す必要すらない、とさえフィオナは思っていた。

 

「それにお父様やお母様から育てられたのに、どうして話すことが苦手だったのか。今でも自分で理解できていません」

 

 父や母は生まれながらの個性、ということで特に気にした様子はなかった。自分も自身の性格には特に何かを思ったことはなかった。

 だからだろう。友達が出来て、周りを見るようになって“世界”が広がったからこそ、生まれる感情がある。

 

「少し、不安に思ってしまうんです。どうして優斗さん達と友達になったからといって、お喋りしたくなったのか。無口だった自分がこんなにも簡単に変わったのか、理由が分からないから」

 

 フィオナは思っていたこと、考えていたことを全て伝える。優斗は聞き終えるとアイスコーヒーを一口飲んで、どう話をするべきか考えを纏める。

 そして、

 

「ねえ、フィオナ。その『どうして』って言葉は考える必要があるのかな?」

 

 彼女の不安を解決する為に言葉を届ける。

 

「僕は『運命の出会い』っていうものが、あると思ってるんだ」

 

 言いながら優斗は昔を思い出し、彼らと出会った日々に顔を綻ばせる。

 

「出会うべくして出会った人達がいる。だから変われた。それでいいと思わない?」

 

 懐かしさと実感を伴った言葉。だからこそフィオナも気付く。

 

「それは……優斗さんにとっての、シュウさん達のことでしょうか?」

 

「うん」

 

 優斗は素直に頷く。自分にとって修達と出会ったことは、どうしようもなく『運命』だと思っているからこそ、否定する要素は一切ない。

 

「そして特別っていうのは二通りあると思うんだ。出会った瞬間から特別であることと、積み重ねて特別に変わること」

 

 どちらも特別であることに代わりはないけれど、それでも『運命の出会い』と称することが出来る特別は一つ。

 

「僕にとって、修達の出会いは前者だった」

 

 あの三人との出会ったことは、優斗にとってそれほどの意味を持つものだった。

 

「特別な相手だから、特別な相手の言葉だから、どうしてか心に響く。そこに理由も理屈も必要ないって思うよ」

 

 そして優斗は言っている意味を間違えないように付け加える。

 

「別にフィオナのご両親が君にとって特別じゃない、と言ってるわけじゃないのは理解してくれてる?」

 

「はい」

 

 変わるために出会った特別がある。それを間違ってほしくない、ということはフィオナも分かっている。

 

「じゃあ、質問。特別な人が届けてくれたものを享受して変わっていく。それはおかしいこと?」

 

「いえ、そうは思いません」

 

 フィオナは自分が思っていた以上に、簡単に否定の言葉を口にすることができた。

 

「だとしたら、今のフィオナであることを悩む理由はない。今の自分が嫌いじゃないなら、喜ぶべきことだと僕は思う」

 

 優斗は自分の反応を見て柔らかく微笑んでくれる。いつも通り優しい彼の優しい反応。

 なのにフィオナは彼の表情を見て、不意に苦しくて悲しい感覚に襲われた。


 ――優斗さん?


 伝えたいことを伝え終えたからか、飲み物に手を伸ばそうとしている少年のことをフィオナは注視する。

 彼が語ったことは実体験だろう。だからこそフィオナには言葉以上に伝わってくるものがあった。

 しかし届けてくれた言葉を正しく捉えるのであれば、


 ――優斗さんも昔と今で性格が違う……ということですよね。


 今の彼の性格は『昔の宮川優斗』とは違うということになる。そしてそれは、あの時に説明を濁した彼の過去に関わるはずだ。  

「……っ」

 

 何があったのか、今はまだ分からない。優斗は話す必要がないと思っているかもしれない。

 けれどフィオナは理解したい、と思った。少しずつでいいから、目の前にいる男の子のことをもっと知りたい、と。

 だからだろうか。

 

「そういえば、今度はお父様が優斗さんとお話したいらしいんですけど、今日は大丈夫ですか?」

 

 フィオナは以前よりも簡単に、彼を誘う言葉を声にすることが出来た。優斗はアイスコーヒーを一口飲むと、笑みのまま頷いてくれる。

 

「僕は問題ないよ」

 

「でしたら今日もご招待させていただきますね」

 

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