第109話 自慢範囲は超えている
翌日、優斗とフィオナが街中を歩いていると、ウィルが視界の範囲に現れる。
ただし迂闊に近寄ることはせず、なんというか……色々と見せつけてきた。
「ウィル様~!!」
「おいおい、ぼくは一人しかいないんだから」
まずは女の子にモテモテの姿。
そしてウィルがちらり、とフィオナを見た。
「優斗さんはウィルみたいになったら、どうなるか分かってますよね?」
「殺されるじゃ済まないことぐらい理解してるつもり」
「分かっていればいいんです」
ただ残念なことに、興味なし。
さらに続いて、
「ウィル。女に現を抜かして鍛錬を怠るようなことはしていないだろうな」
コーラルの騎士がウィルに話しかけてきた。
どうやら実力も認められているらしい。
「騎士様、安心してください。ちゃんと修練は積んでます」
「ならばいい。お前には期待している」
騎士は笑みを零して、その場を立ち去る。
そしてまた、ウィルがちらりとフィオナを見た。
「優斗さん、知ってますか? あれが正しい騎士と学生の姿なんですよ」
「副長のこと?」
「そうですよ」
「あれ、僕だけじゃなくてフィオナも同じ扱いだからね」
「……失念してました」
だが残念なことに、また興味なし。
その後も、優斗とフィオナが歩き回る場所で何かしらアクションを起こすウィル。
どうやらフィオナに自分の格好良いところを見せて、昨日の発言を撤回させるつもりなのだろうが……。
何一つ微動だにしないフィオナ。
ウィルもそれに気付いたのだろう。
彼女の反応の判断が付かず、ようやく近付いては、
「フィオナ、どうだい? ぼくは格好いいだろう?」
誇らしく言ってきた。
「女の子に囲まれ、騎士様からも期待をかけられている」
普通ならば格好良いと思うはず。
この自分の姿を見れば。
「まあ、ぼくが格好いいのは当たり前だろうけどさ」
髪をかき上げる。
周囲の女性が沸いた。
けれどフィオナは半眼になって、
「……格好いい? どこがですか?」
本気で首を捻った。
「ああ、いや、一般的にウィルは格好いいのでしょうね。それぐらいは理解してあげられます」
周りにいるたくさんの女性が黄色い悲鳴をあげている。
なので一般論であれば頷ける。
「ただ、何と言ってあげればいいのでしょうね……」
フィオナは少し思い悩んで、優斗を見た。
思わず手をポンと叩き、
「恋愛という観点において、優斗さん以外は塵芥と一緒です。だからウィルを格好いいと思うことは永遠にありません」
旦那様と同じ事を言った……のだが。
いかんせん、破壊力が違う。
「ち、ちち、ち、塵芥!? このぼくが!?」
思わずウィルが膝を着いた。
「……フィオナ。なんていうか君から聞くと、どぎつい言葉に思える」
「えっ? で、でも、優斗さんだって言ってるじゃないですか」
同じように言ったのだから、問題ないはず。
「それは僕だから似合う言葉であって、フィオナから出てくると……うん、なんていうか男性の心を抉ってる」
「だとしても私、ウィルに何一つ興味なんてありませんから」
当然だ。
どうやっても興味が持てない。
しかも見せつけてくることが、自分の格好良さアピールだけに余計だ。
「……ウィル君がもの凄くヘコんでる」
トドメとばかりに告げられた言葉に、さらにダメージを受けていた。
周りの女性陣があれかれ言ってウィルを励ます。
格好いい、男前、強い、素敵、などなど。
大体の常套文句を言ってもらったところで、少しだけ表情が明るくなった。
「だ、だよね。そうさ、ぼくは格好いいんだ」
周りのフォローによって気合いを入れて復活するウィル。
しかし、
「フィ、フィオナ? た、例えばでいいんだけど……婚約者の格好良いところって?」
思わず聞いてしまった。
間髪入れずにフィオナが答える。
「私だけに届けてくれる優しいところとか最高ですし、ちょっと疲れたことがあったら頭を撫でてくれる表情とか愛に満ち溢れてますし、真剣な表情の優斗さんとかもう格好良さ最強です。格好良すぎて毎回惚れ直します。それにさりげなく私のこと独占したいなって思ってくれてるところとかもう、嬉しすぎます。あとは私より手が大きいんですけど、この手も私の手にフィットして、手を握ってるだけで幸せになれます。でも腕を組んでいる時のちょっと照れた表情とか未だに可愛い、と実感しますね。あと、ふと考え事をしている時の優斗さんって凄くクールでとても知的なんです。ああ、でも、この優斗さんを全て見れるのは私――つまり婚約者の特権なので、他の誰であろうと見せてあげません。つまり優斗さんの格好良さ全てを知っているのは私だけということなので、ウィルに言ったとしても優斗さんの格好良さの万分の一も伝わらないのは百も承知なのですが……僅かぐらい伝わりましたか? まあ、僅かしか伝えるつもりもありませんが」
一瞬にして並べられた言葉の数々。
ただ、
「……か、格好良さ関係なかったような……」
格好良さの説明というよりは惚気にしか思えなかった。
「今の言葉を鑑みるに、顔は僕のほうが上なんじゃ?」
「何を言っているんですか? 私の100点は優斗さんです。つまり私にとってはウィルの顔がどれほど良かろうが、まず優斗さんと差異があるので論外ですよ」
「だったら実力――」
「それのどこが格好良いに繋がるんですか? まあ、優斗さんは強くて格好良いですけど」
「女性が集まるということは、それだけぼくが魅力的なわけで――」
「周りに女性が集まってくるなど私にとっては唾棄すべきことですね。それが格好良さなど論外です。優斗さんの魅力なんて私だけが知っていればいいですし、周りに伝わってしまったら余計な不安しかありません。ちなみに先ほどの説明で全て伝わってしまっていたら、どうにかして記憶を消してあげます」
……論理的に間違っているのはフィオナのはずだ。
というより、実力のどこが格好いいに繋がるか分からないと言っているのに、優斗の場合は格好いいなど、特別視も大概なものがある。
「……い、いや、やっぱりぼくの強さを見るべきさ、フィオナ。君が見てないのは強さだけだ。だってぼくは顔だけじゃなくて――」
その時だった。
「ロスタっ!!」
通りに響く大声だった。
声がした方向を見てみれば、ウィルと同い年くらいの少年が剣を抜いて構えていた。
思わず優斗が呆れる。
「……なにこれ? どういうこと?」
謀ったかのようなタイミングだ。
が、ウィルの方は驚いている。
どうやら、この出来事は本当に偶然のことらしい。
ただ、どうしてこうなっているのか、ウィルはすぐに合点がいったのか、
「イース、そんなに怒鳴らなくても聞こえているさ」
髪の毛を掻き上げながら答えた。
それで色めく周囲の女性陣の反応に、少年がさらに怒鳴る。
「お前……っ! お前がっ!!」
少年は女性陣の一人に目を向ける。
その行動で、何となく優斗は予想が付いた。
フィオナの耳に口を寄せ、ひそひそと話す。
「これって、もしかしなくてもさ……」
「……でしょうね。痴情のもつれ、ということでしょう」
「こういう現場、初めて見たよ」
「私達の周りでは存在しない光景ですからね」
二人がこそこそ話している間にもウィルと少年のやり取りは進む。
どうやら話を聞く限り、ウィルが少年の惚れている女の子をチョロまかしたらしい。
「いいかい、イース。彼女がぼくのところに来たんだ。ぼくに罪があるとしたら、格好いいことさ」
「――ッ!!」
憤怒の表情に変わった少年がウィルに斬りかかる。
ウィルを対応するべく剣を抜いたが、
「はい、ストップ」
いつの間にか優斗が割って入った。
優斗は右手で剣を握っているウィルの手の甲を、左手で少年が握っている剣の手の甲を叩き、二人の握りが甘くなった瞬間、さらに柄の底を叩く。
「敵意ならいいけど――」
そしてウィルと少年が優斗の存在に気付いた時には、すでに両方の剣を奪っていた。
「殺気まで出し始めたら駄目だよ」
窘めるような口調で話す優斗。
少年は完全にウィルを殺す気で斬りかかっていた。
「ここは街中、人がいるところだ。敵対していることに文句は言わないけど、場所は考えようね。やるなら人がいない路地裏で闇討ちでもなんでもやればいい」
優斗は少年の行動原理には肯定する。
場所のことだって、ああは言ったけれど優斗が別段気にするわけもない。
むしろぞんぶんにやったほうがいい。
なぜ優斗が止めているのかといえば、どうにも加減ができなさそうな状態で、終わった後に少年自体が後悔しそうだったために言っているまでだ。
しかし少年はウィルから視線を逸らさず、
「求め――」
詠唱を告げようとした瞬間、優斗は剣を両方とも離すと己の右手で少年の右腕を取り、背へと捻り上げながら左手で首根っこを掴み、地面に身体を叩き付けるよう押さえ込む。
「考えろと言ったのが分からなかったか?」
魔法を使うのはいいが、ウィルが避けたらどうする。
彼の背後には闘いには無縁そうな女の子ばかり。
彼が懸想しているであろう少女もいる。
どうせだったら完全にぶち当てるまで追い詰めてから使え、と言いたい。
「だってこいつは……っ!!」
けれど反論しようとする少年の目から涙が零れ始めた。
優斗は思わぬ展開に少し慌てる。
「ああ、もう。男なんだから泣かない。話は聞いてあげるから、ちょっとあっち行こうね」
◇ ◇
優斗は「何でこんなことになったんだろ?」と疑問を持ちながらも、少年から話を聞く。
別に付き合っていたわけではなく、互いに良い雰囲気なだけだったらしい。
「じゃあ、逆に考えよう。付き合った後にそうなったらもっと苦しかったと思うよ。だから付き合う前にそういう子だって分かって良かった。そう思うことはできないかな?」
肩を叩きながら、少年を慰める。
「確かにウィル君は格好良いよ。でもね、彼女は彼の顔と貴族という血筋、そういうのに目が眩んじゃったわけだよね?」
優斗の問いかけに少年が頷く。
「だったら、そういう子なんだと思って割り切ったほうがいいと思うよ」
この国は一夫多妻なだけに、むしろ少年の態度のほうが変だろう。
ただ、ウィルの態度が態度なだけに少年も怒ったのだと優斗は考えた。
「君は好きになったら、その子を大事にしたいんだよね? 他の女性に目を向けることもせず」
こくん、と少年が頷いた。
「それなら、もっと君に似合う子がこれから現れる。顔じゃなくて、血筋じゃない。君自身の心をちゃんと見てくれる人が」
自分のような人間にも現れたのだから。
きっと、少年にも現れる、と。
そう思う。
◇ ◇
少し離れた場所で少年を慰めている優斗を視界に入れながら、フィオナは呆然としているウィルに尋ねた。
「どうしましたか?」
従兄は地面に落ちている剣を見詰めながら微動だにしない。
「……見えなかった」
「ウィル?」
首を捻ったフィオナにウィルは独白するように言葉を続ける。
「剣を奪われた瞬間も、あいつを押さえつけたところも」
地にある剣を拾いながらウィルはフィオナを見る。
「あの人はぼくよりも上だ」
格段の実力差がある。
「ならばなぜ、そのことを自慢しないのさ?」
己が自慢しようとしていた『力』よりも、確実に彼の『力』のほうが格上。
ウィルにだって容易に分かるほどの実力差。
なのに、彼は一言も自慢していない。
どうしてなのか、分からなかった。
「自慢するようなことではないから、でしょうね」
「なんでさ?」
「優斗さんは大げさに力を隠したりはしていませんが、無駄に見せたりしません。もちろん時と場合と仲間と私と脅しに関しては遠慮なく力を使いますけど、自分の自慢の為に見せたりはしません」
ウィルとは違う。
「優斗さんの場合、別に女の子に騒がれるためにある『力』ではありませんから」
「……で、でも、男だったら騒がれたいものさ!」
女性にきゃーきゃー言われてナンボだと思う。
「優斗さんに普通を当てはめないで下さい。あの人、特級に変ですから」
「……変?」
「リライトの恋愛観であろうと優斗さんは全力で間違ってる人です」
正しさなんて何一つない。
「でなければ、私を婚約者になんて出来ません」
人生で恋愛対象は互いに、ただ一人。
優斗はフィオナだけいればいい。
フィオナは優斗だけいればいい。
互いにおかしいからこそ、互いを“運命の相手”だと分かっている。
「…………」
フィオナの言葉に、ウィルが少し言葉を失う。
すると、優斗が少年を引き連れて戻ってきた。
少年はウィルに謝り、最後に少女に目をやって、去って行く。
「優斗さん、説得したんですか?」
「いや、少し話しただけだよ」
これからどうするのかは、彼次第。
「まあ、問題はないと思うけどね。良い物件だし」
「そうなんですか?」
興味はないけれど、とりあえず訊くフィオナ。
「初対面である僕の言うことを素直に聞き入れるっていうのは中々出来ないよ。素直で誠実で、心が綺麗な子なんだろうね」
優斗みたいな汚れ系からすれば、ちょっと羨ましい心を持っていた。
「それで、ウィル君はどうしたの?」
さっきから優斗を見ている。
「……あの」
すると、恐る恐る声を掛けてきた。
「なに?」
「その……女の子にモテたい、って思ったこと……ない?」
「ない」
優斗が即答した。
「ど、どうしてさ?」
「モテてどうするの?」
さらに問うたことに対して、優斗は疑問を返す。
「……はっ?」
ウィルは思わず声を漏らした。
「どうする? って、えっ、いや、ちょっと待った。女の子にモテるって……嬉しいことさ!」
「そんなこと言われても……。というか興味のない女の子に好かれて嬉しいものなの?」
本気で優斗には理解できない。
「残念ながら僕はフィオナ以外、論外。むしろ好かれてしまったらフィオナに睨まれるし、怒られるし、余計な火種でしかないよ」
優斗の発言を聞いてウィルは「あれ?」と思う。
さっきのフィオナの時と同じだ。
自分が正しいはずなのに、なぜかこの二人にだけは通用しない。
「女の子に自慢とかしたくない……?」
「ん~……。仲間にはさすがに自慢したりすることあるけど、それ以外の人達にする必要性がないし、意味がない」
利点を見出せない。
「むしろ女の子にきゃーきゃー言われてフィオナに嫌われでもしたら、僕は泣く」
本気で。
「ウィル君と違ってね、愛の広さが狭いんだ」
というよりも、周りにがっちりと壁がある。
唯一突破したのはフィオナのみ。
彼女以外、突破できない。
だから、
「僕はフィオナに注げるだけの広さしか持ってない」
「で、でもそれなら、これから――」
「これから? あるわけがない。フィオナ=アイン=トラスティだけに恋して愛していくのは僕の誇りであり、誓いだよ」
何人たりとも揺るがすことなどできない。
「ぶっちゃけ、僕も君と変わらないとは思うけどね。君はたくさんの女の子にきゃーきゃー言われたい。でも僕はフィオナにだけきゃーきゃー言ってもらえればいい。違いなんて、それだけだよ」
考えの相違があるだけ。
「あと、僕の力は優しい『名』に包まれているから大丈夫なだけで、その『名』が無かったら恐怖しか与えない。迂闊に自慢できるような力じゃないんだよ」
二つ名とセットであるからこそ自慢できるもの。
だから二つ名がなければ、自慢になるわけもない。
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