第155話 見えづらいもの

 

 

 

「そういえば、それって魔物を召喚できるんだっけか?」

 

 春香の背にある大剣を指差す卓也。

 

「うん。剣も魔物も名前はニヴルムって言うんだ。代々、クラインドールの勇者が扱う剣なんだよ」

 

「へぇ~、強そうな名前だな」

 

「すっごく強いよ。それに綺麗な魔物なんだ」

 

 愛着があるのだろう。

 ニコニコしながら話す春香。

 

「というより、貴女が大剣を振り回せるっていうのが不思議よね」

 

 筋力は貧弱だし、へっぴり腰。

 なのに大剣は簡単に振り回せるのが驚きだ。

 

「ぼくが持つと軽くなってくれるから。でないとこんなの、一回も振れないよ」

 

 もちろん振れるだけだ。

 剣技なんて分からないし、知らない。

 すると、

 

「小説など、勇者というのは強くなるにあたって何かしらの過去があるものだが、実際はどうなのだ?」

 

 ラスターがいきなり無神経なことを訊いてきた。

 

「……デリカシーないな、おい」

 

 卓也が額に手を当て、嘆息する。

 

「ラスター。勇者の基準は過去でも強さでもなくて“魂”なんだよ」

 

「たましい?」

 

 聞き返すラスターに卓也は頷く。

 

「一番重要なのは“純粋な魂”。過去とか実力とかで勇者判断するなら、優斗は生い立ちも実力も勇者になっておかしくはなさそうだけど……あいつが勇者って言われて、お前ら納得できるか?」

 

「するわけないわ」

 

「ありえん」

 

 キリアも一緒に断言した。

 優斗が勇者など、絶対にない。

 ……酷い話だが。

 

「そういうことだよ。だから大切なのは魂なんだ。まあ、うちの勇者は事情持ちだから当てはまってるけど……他の異世界人勇者は違うし、春香も違うんじゃないか?」

 

「ぼく、普通に暮らして普通に過ごしてたよ」

 

 特別なことなんて何もない。

 どこにでもいるような女子高生だった。

 

「だ、駄目だったかな?」

 

 やっぱり勇者というのは特別性がないといけないのだろうか。

 なんとなく否定されているような気分になって、不安げな表情を浮かべる春香。

 

「いいや、別にいいんだよ。何の変哲もないって、良いことだとオレは思うよ。それは勇者だって変わらない」

 

 ポンポン、と軽く春香の頭を叩く。

 それだけで不安そうな表情が一蹴された。

 キリアが感嘆しながらラスターに言う。

 

「いい、ラスター君。あれが考慮した優しさよ」

 

「なぜ俺に言う?」

 

「同じことをしても、タクヤ先輩のほうが温かいもの。考え無しのラスター君だとこうはいかないわ」

 

 考え無しだからこそフラグを立てるラスターと、優しさを以て安心させるために頭を撫でた卓也。

 やってあげたほうがいい、と思ったからこその行動。

 中身が完全に違う。

 

「だからなぜ、俺に言う?」

 

「わたしってラスター君と連むこと多いから、いつか誰かに因縁付けられそうな気がするのよね」

 

 そういう可能性も多分にある。

 しかしラスターは首を捻った。

 

「何のことだ?」

 

「分からないからラスター君なのよ」

 

 朴念仁というか無頓着。

 和泉と卓也が頷きながら、

 

「若干、修と似ているところがある」

 

「それってマジで残念なところだよな」

 

「……よく分からんが、貶されてると思っていいのか?」

 

 ラスターが難しい顔をしたので、皆で笑う。

 春香が面白がって、肩をバンバンと叩いた。

 と、その時だ。

 

「あれ? ハルカ、そこの袖の部分……」

 

 ラスターを叩いている袖をキリアが手に取る。

 春香は手に取られた部分を見て、叫んだ

 

「あーっ! せっかくの制服なのに!」

 

 微妙に破けている。

 今後も着るかどうかは分からないが、それでも破けているのは何となくイヤだった。

 

「キ、キリア。ソーイングセットとか……」

 

「わたしが持ってるとでも思ってるの?」

 

「だよね」

 

 昨日今日の付き合いだが、そんなキャラじゃない。

 すると卓也がポケットから小さな小箱を取り出し、

 

「オレが持ってるから、ちょっと動くなよ」

 

 流れるような動きで針に糸を通し、瞬く間に服を縫い始める。

 春香が少々、唖然とした。

 

「料理といい、裁縫といい、卓也センパイって女子力高いよね」

 

「俺らのお母さんだから当然だ」

 

 なぜか和泉が胸を張った。

 

「その溢れ出る母性でぼくにも優しくしてくれるし」

 

「母性言うな」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 優斗と修がパーティー会場で着替えながら、春香……というか勇者と呼ばれる人物達について話していた。

 

「勇者っつっても、やっぱ三者三様で別れるもんだな。俺と全然似てねーし」

 

「よくもまあ、これだけタイプが別れたと思うけどね」

 

 修も春香も……そして正樹も。

 全員が全員、似通っていない。

 

「言うなれば“望道”と“王道”と“常道”かな」

 

 袖に手を通しながら優斗が面白いことを宣った。

 

「何だその厨二発言?」

 

「わざとなんだから、ツッコミは無しで」

 

「じゃあ、言うなよ」

 

「そう思ったんだから仕方ないよ」

 

 くすくすと二人は笑う。

 

「俺と……あと正樹だったか。話を聞く限りだと、俺らはいいんだけどよ。あいつは普通だ」

 

 戦ってみて分かった。

 彼女自身には、それほどの力はない。

 戦闘技能に長けてなく、一般の異世界人より魔力量が多いだけの少女だ。

 

「だろうね」

 

 優斗も同じ感想だったのか、頷いた。

 

「俺らはいつでも一緒にいられるわけじゃねーから、今日ぐらいは目一杯楽しませてやろーぜ。まあ、あいつはいつでも元気みたいだけどな」

 

「元気いっぱいな春香を、もっと楽しませてやろうね」

 

 言って、優斗はふと思い出す。

 

「……そういえば、どうなってるかな」

 

 修以外で一番最初に出会った異世界人の勇者。

 “王道の勇者”である竹内正樹。

 何かしらが原因で存在が狂い始めているのだが、一体どうなっただろうか。

 

「前に会ってから、そろそろ三ヶ月。もう解決しててもいいと思うけど……」

 

 とはいえ、そうなったらそうなったでリライトに来そうだ。

 苦笑する。

 

「まさか若手の異世界人勇者が勢揃いとかになったら笑えないよね」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 王城の一室、試着室でよりどりみどりのドレスを選ぶアリー。

 

「ドレスも赤と青は駄目、と」

 

「ご、ごめんねアリシア様。駄目っていうか……イヤ」

 

「いえ、大丈夫ですわ。たくさんありますから」

 

 アリーは赤色と青色のドレスを下げさせると、他にも用意していたドレスを手にとっては春香に当て、違うと呟きながら別のドレスへと次々変えていく。

 

「これってアリシア様のドレスなの?」

 

「いえ、貸し出し用にあるものですわ」

 

 そう言われて、春香は思わず彼女のスタイルを見る。

 確かに彼女のものだったら、自分は入らなそうだ。

 

「というか、何を食べたらそんなにウエスト細くなるの?」

 

 胸はバーンで腰はキュッとしている。

 どこのネタキャラだと春香は思う。

 

「何を食べたらと言われても……あまり気にしたことはないのですわ。修様達と動くことも多いですし、買い食いとかもしますから」

 

 食事に気を遣ったことはない。

 屋台やら何やらで色々と食べ回ってもいる。

 が、ここ一年で運動も三倍以上に増えたので、あまり体重の増減を感じたことはない。

 

「それで……このスタイルか」

 

 なんとも腹立つ言動をしたアリーに向かって、春香は一言告げる。

 

「あれだね。全人類の敵だよね、アリシア様って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場にて。

 

「この娘が愛奈ちゃん?」

 

「そうだ」

 

 和泉に連れられて愛奈が春香の前に立つ。

 

「愛奈、このお姉ちゃんに挨拶できるか?」

 

 促すと妹はこくん、と頷く。

 

「えっと……あいなです。6さいなの。あと学校にかよってるの」

 

「ぼくは春香。愛奈ちゃんと同じ日本人だよ」

 

 満面の笑みで愛奈と大げさに握手する。

 

「そうなの?」

 

「そうなのだ!」

 

 腰に手を当てて、仁王立ちをしながら笑う春香。

 普段ならば似合ってるだろうが、薄緑色のドレスを着ている今では若干違和感があった。

 そこにもう一組、今度は親娘がやってくる。

 

「楽しそうですね」

 

「あうっ」

 

 白くお揃いのドレスを身につけて、フィオナとマリカが顔を出す。

 

「うわ~、フィオナさん綺麗」

 

 春香が感嘆の声を漏らす。

 アリーにも引けを取っていない。

 これが優斗の恋人だか婚約者だか奥さん? だというのだから、本当にビックリした。

 

「そっちの子も可愛い……っていうかフィオナさん、その子は?」

 

「娘のマリカです」

 

「あいっ」

 

 似たような笑顔を浮かべる二人。

 確かに凄く親子だ。

 顔立ちは本当にフィオナに近いし、ところどころ優斗っぽいところも散見してみられる。

 ただ、春香の感想としては一つ。

 

「……優斗センパイ、超絶勝ち組じゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その近くでは、ブルーノがココと……クレアに声を掛けていた。

 

「またです?」

 

「可愛い子猫ちゃんがいるのなら、声を掛けなければ失礼というものだろう」

 

「昨日、ユウに頭をメキメキやられてたのに、よくやると思います」

 

 とはいえ誘い文句が『お茶をしよう』だけなのは、春香を思ってのことなのだろう。

 どちらにしても、声を掛けているだけで残念だが。

 

「そっちの子猫ちゃんも清楚で可愛らしい。是非とも一緒にお茶を――」

 

「さすがに人妻はまずいと思いますよ」

 

「私の婚姻相手が可愛いのは分かるが、手を出すのはやめてもらおうか」

 

 キメた表情で誘うブルーノに対し、彼女達のパートナーが近付く。

 

「ラグっ!」

 

「クリス様!」

 

 歓喜の表情でココとクレアが婚約者と旦那に駆け寄る。

 特にココは久しぶりなだけに、喜びもひとしお。

 

「ラグ、もう来れるようになったんです?」

 

 確か、そろそろ行けそうだという手紙を貰っていた。

 ということは、これからは彼もこっちに永住……というように思ったのだが、

 

「……すまん」

 

 酷く暗い顔をしてラグが首を横に振った。

 

「どうしたんです?」

 

「マゴスが……」

 

「彼が何をしたんです?」

 

 そんなに大きなことをやったのだろうか。

 

「春なのに……焼き芋を」

 

「……えっと、どうしてそれで?」

 

 もの凄い暗い表情をしているのだろうか。

 

「火を…………重要書類でやったんだ」

 

「書類……って、書類です!?」

 

 ココが呆れを通り越して心底驚く。

 どうしてそうなってしまったのだろうか。

 

「……私のミスだということは分かっている。マゴスを一日四時間、しかも二日も働かせてしまった私が原因だ。暴走しても仕方がない」

 

 あの弟に対して、なんとも無理をさせてしまった。

 

「マゴスも悪気があったわけではないし、あの弟がかなり必死に土下座をしていたのだからな。甘いとは分かっているが、責めるには難しいものがあった」

 

 あれでも弟なのだし。

 

「だが……私の気力も書類と共に燃え尽きたよ」

 

 一刻も早くココに会いたいが為だったのに、残念だという気持ちでやる気が起きなくなってしまった。

 

「だからココに会い、英気を養おうとしている」

 

 燃えてしまった書類を再び作り、今度こそリライトへと来る為に。

 

「ラグ、頑張り屋さんです」

 

 ココは文句を言うこともせず、自分の為に頑張ってくれるラグの頭を精一杯背伸びして撫でる。

 

「おおっ、これぞまさしく癒しの極み」

 

 一瞬にして切れ長のラグの眦が垂れた。

 一方でクリスもクレアに、

 

「いいですか? 彼のように誰彼構わずに声を掛ける男性もいます。そういう時は、毅然とした態度で断らなければなりませんよ?」

 

「大丈夫です。わたくしはクリス様しか見えていません」

 

「分かっていますよ。しかし、おっとりしているだけに夫として心配になってしまいます。イズミに何か作ってもらうことにしましょう」

 

 なんかイチャイチャし始めた。

 しかも発端の人物を放って置いて、だ。

 

「………………」

 

 がん無視されて、どうしていいか戸惑っているブルーノのところに修がやって来て、肩を叩いた。

 

「涙ふけよ」

 

「まだ泣いていない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……抜けていいですか?」

 

「駄目だ」

 

 また別の場所では、ラスターがレイナに許可を取ろうとして、却下されていた。

 

「か、勘弁してくださいレイナ先輩! 明らかにここの空気だけおかしいですよ!」

 

「確かにそうよね」

 

 一緒にいるリルも頷いた。

 

「気持ちは分かるが、私とて困惑している。お前だけ逃げるなど許さない」

 

 レイナとラスター、そしてリルの視線の先では、

 

「やはりわたくしとしては、一緒に買い物を行って、その隙に手を繋ぐ……というのを推しますわ」

 

「でも、ハルカは手強い。容易に触らせてもくれない」

 

「それはこれから、親友の立場としての自分を強調していく以外、ないですわ」

 

 なぜか親友攻略法をアリーとワインが考えていた。

 明らかに空気がここだけ変だ。

 

「ラスターが駄目なら、あたしが抜け――」

 

「却下だ」

 

「……逃げたいわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしてだろうな」

 

 目の前にドレスを着たキリアがいる。

 彼女の姿を見て、ロイスが大きく溜息をついた。

 

「どうしたの?」

 

「何がよ?」

 

 優斗とキリアが首を捻る。

 一体、ロイスはどうしたのだろうか。

 

「昔のキリアだったら可愛かったのに、今のキリアだと馬子にも衣装だよ」

 

「……なんですって?」

 

 淡いピンクのドレスを身に纏うキリアは、確かに見た目とはマッチしている。

 昔はそれで大いに納得できた。

 本当に相応しいと思えた。

 だが、今は違う。

 

「可愛らしい服装で綺麗な顔立ちをしているのに、何でドSなんだ。性格を知ってるから違和感しかない」

 

「先輩に言いなさいよ。SなわたしをドSに改造したの先輩なんだから」

 

 今の性格になったのはロイスがいなくなってからだが、明らかに酷くなったのは優斗が絡んでからだ。

 というよりキリアが優斗の弟子になった以上、優斗成分を吸収していったが為に、一層酷くなったというのが事実。

 

「ミ、ミヤガワさん、頼みますよ!」

 

「ちょっと待とうか二人共。今、明らかに会話がおかしかったから」

 

 

 

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