第154話 楽しさと、嬉しさと、寂しさと、辛さと
「クラインドールから来たハルカ・スズキだよ。今日一日限りだけど、よろしく!」
自己紹介をすると、先生に促されて席に座る。
そして隣の女の子を見て、にっこりと笑った。
「キリア、よろしくね」
「はいはい。今日はロイスの代わりにお守りしてあげるわよ」
仕方なさそうだが、まんざらでも無いキリアが釣られるように笑みを零した。
まだ周りが少し様子見をしている頃、ラスターが近付いてきた。
そして今回の話の顛末を聞く。
「なるほど。ミヤガワの知り合いというわけだな」
「っていうか、同じ国から来てるんだよ」
「そうなのか」
確かに見た目が似通っている。
ラスターが頷きながら納得した。
「今日は主にわたしとラスター君でフォローするから」
「お願いね、二人共」
「任せてくれ」
そして最初の授業は、学院でも基本となる魔法学……なのだが、
「…………」
「…………案外、根性据わってると思うべきなのかしら」
教科書がない春香の為に、席をくっ付けているキリアが呟いた。
隣では教科書を見ようとしながら、船を漕いでいる春香がいる。
板書をしている先生の隙を見て、キリアは思い切り寝そうになっている勇者の額にデコピンをかました。
「……っ!」
衝撃で春香がビクッとした。
そして隣を見て、半笑い。
「……ハルカ。何を寝そうになってるの?」
「じゅ、授業って眠くなるし」
「一日だけなんだから頑張りなさい」
師匠譲りの凍った笑みを浮かべるキリア。
妙な迫力があって、春香は半笑いを引き攣らせながら頷かざるをえなかった。
「……はい」
さらには実技で、
「ハルカ、大丈夫か?」
「う、うん。平気だよ」
キリアにやられた春香がラスターに助け起こされる。
「貴女、運動神経良いわけじゃないのね」
魔法ではなく剣での模擬戦。
相手が勇者ということで、挑むの大好きっ子キリアが戦ってみたのだが、まさか勝てるとは思わなかった。
というか、まるで素人の女の子とやっているみたいだった。
剣を振り回したことなどない感じがする。
まあ、海で足が吊って溺れた時点でお察しかもしれない。
けれど負けん気はあったのか、
「チ、チートが足りないんだよ!」
「どういう意味よ?」
そして昼休み。
その頃には持ち前の元気の良さを発揮してクラスメートと仲良くなっていたのだが、断りを入れて先輩集団と待ち合わせ。
「豊田和泉。よろしく頼む」
「佐々木卓也だ」
残りの異世界人先輩も顔を出し、挨拶をかわす。
「うわっ、うわ~。こんなにたくさんいるんだ、リライトって」
感動している春香。
けれど、さらに衝撃を受ける事になる。
彼女の前に展開されている弁当の中身。
「あれ? おにぎり、エビフライ、卵焼きに……ミートボール!? すごい! 日本のお弁当だ!」
慣れ親しんだ食べ物が眼前にある。
「卓也に感謝しろよ? お前の為に作ってくれたんだからよ」
修が説明する。
昨日、春香の事を話で聞いた卓也が朝早くから作ってくれた。
よく気が回ると本当に思う。
「卓也センパイ、ありがとう!」
「たくさん食えよ」
「うんっ!」
他のメンバーとも挨拶をかわし、春香がもの凄い勢いで弁当を食べている。
卓也は満足げに頷き、他の連中も微笑ましく彼女の姿を見ていた。
「そういえば今日の夜、春香が来たから簡易的なパーティーを開くと聞いたが」
小耳に挟んだ、といった感じで和泉が口にした。
優斗とアリーが頷く。
「最初は簡略的だろうと普通のパーティーになるはずだったんだけどね、春香が『気楽にやってほしいな~、なんて。いや、その、いっつも堅苦しいから、リライトでは気楽なパーティーをしたいというか……』とか言うもんだから」
「わたくしが『でしたらハルカさんを理解していただける人達でやりましょうか?』と提案したのですわ」
時折、パーティーを開いてくれる国もある。
リライトでも同様のことをしようとしていたのだが、堅苦しいのが嫌いと春香が言うのでそうなった。
「だってさ、息詰まりそうなんだよ。修センパイ達なら分かるよね?」
「確かにだるい」
「そうだ」
一も二もなく修と和泉が頷く。
「僕も気持ちは分かるかな」
「オレは全力で理解できるよ」
パーティー参加が一番多い優斗と、王族と一生涯の付き合いが出来てしまった卓也も頷く。
「貴族ってどうしてパーティーとか好きなのかな?」
疑問を呈する春香。
対して優斗が、
「今まで知らなかった、もしくは狙っている貴族との縁を作るには絶好の場所だから。それに優位な立場にいた場合、周りの貴族に自分の立場を誇示できる。僕らが参加した場合だと、稀少な存在だから余計に鬱陶しい連中が群れてくるんだよね」
「……優斗センパイ。そんなマジな解答は期待してなかったんだけど」
そして午後の授業。
三年の“とあるクラス”との合同になった授業。
三対三のチーム戦をすることになったのだが、
「……やばいわね」
「……やばいな」
「そんなにやばいの?」
キリア、ラスターの表情が強張り、春香はきょとんとしていた。
彼女達の前にいる三人は本当にヤバい。
どれくらいかと言えば、どうしていいか何一つ分からないぐらいに不味い。
「……なんで勢揃いなのよ」
あそこのメンバーは基本、適当にチームを振り分ける。
さっきじゃんけんしていたのだって知っていた。
だけど、だけどだ。
それでどうしてこんな振り分けになった。
春香と組んだ以上は勝つ気でいたし、勝ちたいと思っている。
良い思い出になってくれればと考えてた。
なのに、あれが相手とかふざけないでほしい。
「どれくらい凄いの?」
「わたしが全力で向かったところで、フルボッコにされてボッコボコにされて余裕でいなされるぐらいよ」
相手は化け物と全力チートと優秀者。
キリアは全員とやったことがあるが、笑えない。
「常識外二人と欠点無き基本。どうしたら勝てるのかしら」
余裕綽々で話している相手チームを見て、キリアはどうにか勝てないか模索する。
春香も春香で提案してみた。
「向こうの得意パターンを外すっていうのは? 基本だよね?」
「多少の上下はあれど、全員がオールラウンダー。しかも器用貧乏ってわけじゃなくて、どれもハイレベル。わたし程度の剣技だと太刀打ちできないわ。あくまで“今の状況”だったら、魔法ぐらいは同等だけど……使うべき時を全員が分かってるだけに、撃ち負けること必至ね」
勝っているものは一つもない。
チームワークでさえ、アイコンタクト一つせずコンビネーションを取ってくる連中だ。
「……仕方ないわ」
勝つ可能性を何一つ見出せない。
ならば出来ることは唯一、これだけ。
「腹立つけど、勝つ作戦が思い浮かばない。玉砕覚悟で戦うわよ」
キリア達が半ばヤケクソ気味で彼らの前に立つ。
「おっ? 作戦は決まったのかよ」
「言うのがおかしいかもしれないけど、頑張って」
「精一杯、実力を出して下さい」
三年の先輩――修、優斗、クリスが声を掛ける。
そして全員で木刀を構えた。
「行くぜ」
「行くよ」
「行きます」
宣言して、優斗達が飛び込んだ。
狙いは中央にいる春香。
「ラスター君っ!」
キリアとラスターが春香を守るように中央を固めた。
しかし二人が動いたのを見るや、優斗と修が左右へ弾けるように広がった。
反射的にキリアは自分の横へと動いた修に火の初級魔法を放つ。
けれど修はかわすと同時、木刀を引いた。
距離が空いているのにも関わらず、意味不明な行動。
キリアはコンマ数秒、訝しんだ。
けれどラスターの叫び声が聞こえる。
「ハルカ、キリア!! 頭を下げろ!!」
修の手から木刀が飛んできた。
振り投げたのだ。
ラスターは春香の頭を強引に下げ、キリアも無理矢理に身体を沈める。
同時、クリスが一直線に剣を振りかぶって突っ込んできた。
「求めるは風切――」
春香が詠唱する。
キリアとラスターは彼女の動きを察し、クリスの木刀を受け止める。
零距離からの上級魔法。
かわせる間もない……はずだった。
「良い判断ではありますが……」
グン、と力を入れるクリス。
木刀を防いでいるキリアとラスターは力を抜けば春香に当たる為、一層力を入れ直す。
だが、
「――神の息吹!!」
春香の詠唱が終わった瞬間、せめぎ合っている木刀を利用してクリスがジャンプし、キリア達の上空へと飛んだ。
無人の前方へと上級魔法が放たれる。
飛び越え、背後へ立とうとするクリスに対して、キリアは反射的に最速である風の初級魔法を放とうとし――
「はい、残念」
「良かったとは思うけどな」
「判断が光る勝負でしたね」
音無く近付いていた優斗がラスターの首筋に、修はキリアの首筋、そしてクリスは春香の首筋に木刀を添えた。
これで勝負あり。
「……ちょっと待って。どうしてシュウ先輩が木刀持ってるの? さっき投げてきたわよね?」
「優斗も同じように投げた。あとは分かるよな?」
「……くそ。そういうことなのね。あれはシュウ先輩の行動じゃなくて、先輩の行動を察してラスター君が叫んだわけか」
さらには、しゃがんだ瞬間にクリスの突撃が目に入ったから気付かなかった。
「ラスターもね、もうちょっと周囲に気を配らないと。キリアだけで僕と修とクリスの状況を察するとか無理だから」
「貴様達が速すぎるんだ!」
始まって終わるまで10秒も掛かっていない。
その間に行われた攻防を考えるに、彼らの動きが速すぎるだけだ。
「ハルカさんはあのタイミングで上級魔法を詠唱するとは、さすがですね。少々驚かされました」
「当たると思ったんだけどな~」
「せめて一歩下がって詠唱をしたのであれば、また状況は変わったと思いますよ」
とはいえ、あの状況下で慌てることもなく詠唱を始めたというのは、やはり勇者だからこそなのだろう。
「うぅ、だけどやっぱり大剣で守護獣を召喚できなかったのは辛いなぁ。ぼく、剣とかさっぱりだし」
彼女が普段持っている大剣。
召喚の陣が存在していて、協力な魔物を呼び出すことができる。
だが、残念ながら今は授業。
「それを召喚してしまえば、授業どころではなくなってしまいますよ」
苦笑するクリスに春香は吠える。
「だけど負けたくなかったんだよ!」
――放課後。
色々と準備のある優斗達は相手が出来ないので、卓也、和泉、キリア、ラスターが春香と一緒に放課後をブラブラしていた。
「センパイ達って、普段は何してるの?」
「色々だよ。修が受けた依頼の手伝いをしたり、買い食いで過ごしたり、遊んだり、あとは各々事情がある時は個人個人で動く。優斗は色々とあるから、あいつだけは別で動くことが多いけどな」
「なんとなく分かるかも。優斗センパイはそうっぽい」
色々とやってそうだ。
「じゃあ、キリア達は?」
「わたしはギルドの依頼を受けたり、特訓したり、先輩の訓練を受けたりしてるわ。時々、友人と一緒に遊んで骨休めする日もあるけどね」
「あれ? そうなんだ。なんかロイス君に聞いた話だと、女っ気も何もかも無くした訓練中毒っていう話だったけど」
「先輩に禁止されてるの。酷使するのはいいけど、限度を超えすぎたことは駄目だって」
優斗のように間違った方向に行ってしまうかもしれないから、と。
厳禁になっている。
「へ~、偉いね。言いつけはちゃんと守ってるんだ?」
「守らなかったら後が怖いのよ。周りから師弟っぽいって呼ばれるようになったぐらいからは特に」
「何で?」
「……知りたいの?」
乾いた笑みを浮かべるキリア。
それだけでもう、大変そうなのが分かる。
「な、なんかいいや。怖そうだし」
若干冷や汗を流しながら春香は話題を変える。
「それで、今日は買い食いとかするんだよね?」
「オレらが最初にやったのが買い食いだから。まあ、色々と食べて楽しめればいいと思ってさ」
「ふむふむ。そっかそっか」
商店街に入ったので、春香は周りを見回す。
確かに食べ物の屋台みたいなのもたくさんあった。
「今日は春香が後輩になった記念日だしな。奢ってやるよ」
「キリアとラスターにも奢ってやる」
そう卓也と和泉が言うと、後輩三人が喜んだ。
イカ焼きを頬張りながらベンチに座る五人。
「でも、あれだね。和泉センパイも卓也センパイも彼女がいるんだよね? 近衛騎士のレイナさんと……えっと、さっきいたリル先輩?」
「ああ」
「オレの場合は彼女っていうか婚約者だな」
「どっちだとしても勝ち組じゃん」
近衛騎士に王女。
しかも美人。
「ぼくも普通の出会いをして、普通に恋愛してみたいなぁ」
「オレらは碌な出会いをしてないんだけど」
「えっ? そうなの?」
問いかければ二人共頷いた。
「俺は最初から口喧嘩をした。思えば、よくあれから今の関係になったと思う」
「オレの婚約者は超絶上から目線だったんだよ。あの時はマジで酷い王女だと思ってた」
振り返ると、とんでもない状況だった。
レイナも最初は和泉のことが気にくわなかっただろうし、リルは家来のような扱いをしていた。
「でも、ぼくよりマシだと思うんだけど。貴族連中に結婚を前面に押し出されて言われるし」
「ハルカの年齢だと結婚適齢期だ。それも仕方ないことだとは思うぞ」
ラスターが理由は分かる、といった感じで教える。
すると春香がビックリしたような表情になった。
「……マジなの?」
「知らなかったのか?」
「だってこの世界の常識なんて旅してる途中ぐらいでしか仕入れられないし、パーティメンバーが……あれだし」
「大変なんだな」
ラスターが可哀想に思って春香の頭を撫でた。
「もし気になっていることがあれば、何でも聞いてくれていいぞ。俺はちゃんと教えるから」
「うん、ありがと」
春香の表情がぱあっと明るくなる。
その光景に卓也達がなるほど、と頷いて小声で話す。
「あれがラスターのフラグ建築能力なんだろ?」
「そうなのよ。あれで落ちちゃう女の子が何人もいるのよね」
「というより、気安く人に触れるというのは凄いものだ」
「何も考えてないから出来ることだと思うわ」
「まるでギャルゲーの主人公にしか思えん」
和泉が最後にしょうもない感想を述べる。
すると春香にも聞こえていたのか、大声で反論した。
「ぼ、ぼくはそんな簡単に落ちないよ!」
「どうだか」
からかうような声音で卓也が言う。
「ぼくはちゃんと初恋だって終わってるし、非現実少女じゃないんだからね!」
「ほう。それは詳しく聞きたいものだ。今日日、僕っ娘という絶滅危惧種に近い少女である春香がどのような初恋をしたのか、興味がある」
今度は和泉がからかった。
「僕っ娘って言うなぁ!」
「なぜだ? それはお前にとってのストロングポイント。萌えの一種。元気印の僕っ娘など『ありがとうございます』と頭を下げるべき存在だろう」
何ともテンプレを突いていて素晴らしい。
さらには意外性として腐女子というのも盲点だ。
「い、和泉センパイが怖い」
「通常通りだよ。気にしないでくれ」
「……ははっ。これが和泉センパイの普通なんだ」
通常運転の和泉に春香が乾いた笑い声をあげる。
変人っぷりが本当に凄い。
優斗と修も変な人達だとは思うが、さらに突き抜けている。
「でも、さ」
その時だった。
春香がぽつり、と呟いた。
「こういうのっていいね」
「何がだ?」
卓也が首を捻る。
「こうやって日本で暮らしてた時のネタを使って、馬鹿騒ぎ出来るのってさ。すっごく嬉しいんだよ」
春香は笑みを浮かべて、うん、と頷く。
「今までぼく、一人だったし」
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