第226話 話袋:なんてことない一日&イエラート組:夏祭り
※なんてことない一日
トラスティ邸の広間で、愛奈とマリカが遊んでいた。
優斗がほのぼのと二人のやり取りを眺め、ココは時折遊びに参加する。
そんな時だった。
突然、ドアが凄い勢いで開き、
「悪い子はいねが~!!」
「いねが~!!」
仰々しい格好をした馬鹿二人が入ってきた。
「……はっ?」
「……なんです、あれ?」
ぽかん、としたのは優斗とココ。
なぜいきなり、こんな怖い仮面を着けた連中が入ってきたのだろうか。
というか、
――なぜ、なまはげ?
優斗が目を丸くする。
妙に服装が気合い入っているだけあって、確かに怖い。
おかげで愛娘がとてもビックリしていた。
「……ぱ…………ぱぱ~~っ!!」
手に持っていた積み木を放り投げて、一目散に優斗へ飛び込んだ。
そしてぎゅ~っと抱きつき、なまはげ二人を指差す。
「こあ~~いっ!」
「えっと……うん、怖い怖いね~」
吃驚仰天しているマリカの頭を撫でながら、優斗は開いた口が塞がらない。
こんな馬鹿なことをするのは、うちの馬鹿共しかいない。
「……何してるの?」
一応、問い掛けてみる。
けれど二人はポーズを取り、
「悪い子はいねが~!!」
「いねが~!!」
同じ言葉を繰り返した。
再び唖然とした優斗とココ、ビックリしているマリカ。
けれど愛奈だけは興味津々に二人の馬鹿を見ていた。
「わるいこだと、どうなるの?」
きょとん、とした様子でなまはげに尋ねる。
馬鹿二人は顔を見合わせると、ココに狙いを付けた。
「悪い子は、こうだ~!」
「んだ~!」
素早い動きでココに近付き、腕を取って足を掴む。
そして、思いっきり胴上げした。
「ちょっ、シュウ、ズミさん! わたし、スカートです!」
ロングスカートの制服ではあるが、それでもスカート。
うっかりと見られてしまったら淑女としてはいたたまれない。
だが、
「ウサギのバックプリントに興味はねぇだ~」
「ねぇだ~」
気にせずなまはげ達は胴上げを続ける。
というかココはそれ以上に看過できないことを聞いた。
「ええっ!? なっ、っていうか今日は違います!」
「ただの勘だ~」
「むしろ時々履いてるって暴露ってる馬鹿がいるだ~」
「は、はめられたんです!?」
何のコントだろうか。
優斗はしがみついているマリカの背をポンポンしながら、呆れた様子を隠しきれない。
隠すつもりもない。
一方、愛奈はなまはげの厳つさより胴上げの楽しさに目を輝かせる。
「わるいこじゃないと、だめなの?」
良い意味なのか悪い意味なのかは分からないが、とりあえず剛胆である愛奈。
なまはげにも物怖じせずに尋ねる。
馬鹿二人はココをキャッチし、再び顔を見合わせる。
そして、
「良い子でもやるだ~」
「やるだ~」
ココを地面に下ろすと、今度は愛奈を捕まえて胴上げを始めた。
「……妹の期待に負けるなよ」
優斗が呆れを通り越して、呆れ果てる。
胴上げされて喜んでいる愛奈は可愛いものの、あんな風になるなまはげは、確実になまはげとは呼べない。
「だけど、なまはげって確か……」
悪事があれば釈明して、酒を振る舞わなければいけないはずだ。
優斗は顎に手を当て考えると、マリカを抱っこしながら少し広間から離れる。
そして酒瓶を何本か持ってきた。
ちょうど愛奈の胴上げも終わったところらしく、楽しかったと満足している。
というわけで、
「へい、そこのバカコンビ」
振り向いたなまはげに優斗は酒瓶を突きつける。
「なまはげの格好したら酒飲まないと駄目だよ」
満面の笑みを浮かべる。
もちろん度数は高い。
修と和泉も一瓶飲み干せば、容易に潰せる。
「うちの娘ちゃんをとってもビックリさせたんだから、覚悟は出来てるよね?」
つまり飲み干すまでは終わらせない。
完全に酔い潰す。
親バカを炸裂させた優斗の前では、似非なまはげなど恐るるに足らず。
というわけで次の日、完全に二日酔いとなった修と和泉がグロッキーな様子で仲間に発見された。
※夏祭り:イエラート組
イエラートの首都では大々的なお祭りがあった。
克也は目の前にある光景と自分が着ている服装をしげしげと見詰めて、あらためて驚きを表す。
「まさか浴衣があるとは」
ルミカによれば、セリアールに異世界人から伝わっているものは多いらしい。
祭りも出店がたくさん出ていて日本のものと変わらないし、浴衣もそうだ。
「そうなってくると『知識チート』とかは中学生の俺だと難しいだろうな」
よくあるものだと、現代日本に住んでいたからこそ得ている知識を使って、内政や技術革新を起こす。
けれどセリアールとて、魔法科学というものがある。
加えて内政だって克也的には何か問題があるのか? と首を捻るほどに普通だ。
というか自分達が使っている科学技術だって『どうやって使うのか』は分かっても『どうやって作っているのか』を全て把握しているとは言い難い。
携帯などが良い例だろう。
つまるところ、ただの中学生でしかなかった克也には知識チートなど出来ない。
「フっ、しかし俺には隠された力がある!」
そう、精霊術。
一般的な異世界人のチートとは別種。
ある意味で格別したもの。
これは結構、心にグッとくるチートだ。
そして克也は前髪をファサっと上げながら『刹那』になろうとした……その時、
「克也」
聞き慣れた声が後ろから届いた。
なので克也はすぐに刹那をやめる。
そして振り向き、
「……っ」
彼女を視界に入れた瞬間、少し声を失った。
今、克也の視界にいるのはミル・ガーレンという少女。
一つ年上の彼女は黄色い浴衣に身を包み、いつもはゴムで纏めている蜂蜜色の髪の毛を今は赤いリボンで纏めている。
普段から可愛らしい女の子だとは思っていたが、今日の姿は一段と破壊力が凄かった。
「……変?」
ミルが克也の様子を見て、少し不安そうに自分の身なりを確認する。
なので首を振って否定した。
「いや、普段と違う格好だから驚いただけだ」
一つ深呼吸をして高鳴った心臓を落ち着ける。
そしてミルの背後を確認した。
「朋子とルミ先はどうした?」
「あとで、合流。トモコが射的、やりたいって」
「……何を考えてるんだ、あいつは」
今回、待ち合わせ形式を取ったのは朋子の提案だ。
なのに提案者が来ないとは、どういうことだろうか。
「まあ、気にしても仕方ない。俺達も祭りを楽しもう」
「うん」
一方。
彼らから離れた場所ではうねうねと動く物体が一つと、物体を必死に宥める女性の姿があった。
「ト、トモコちゃん。駄目ですよ浴衣姿で悶えたら。さすがに変すぎますから」
「だってだって、あんなにお決まりなやり取りをするなんて思わないわ! なに、どこの恋愛小説!?」
浴衣姿を見て声を失うとか、どこまで“分かっている”のだろうか、自分の兄は。
確かにミルの姿は朋子から見ても可愛かった。
だから克也の行動は心から『イヤッホウ!!』と叫びたいぐらいに完璧だった。
◇ ◇
お祭りということで、人が普段よりもたくさん密集して歩いている。
ということは、
「ミル、大丈夫か?」
「た、たぶん」
すぐ近くに男性がいることになる。
いくらか話せるようになったとはいえ、すぐ近くで見知らぬ男性がすれ違う状況が多発するのは、彼女的にかなり厳しい。
しかも時折、二人の真ん中を通り過ぎる男性もいるのだから不安も増す。
なのでミルは考えた。
どうすれば少しでも安心できるか、と。
「……あっ」
そして発見する。
現状において最良の方法を。
「克也。ちょっと、腕借りる」
彼の左腕を取り、右腕をぎゅっと絡めた。
こうすれば自分の意識は克也に向く。
しかも右半分はベッタリなので、気を付けるのは左側だけでいい。
真ん中を通る輩は絶対にいないだろう。
完璧だ、とミルは自画自賛する。
「……ミ、ミル? いきなりどうした?」
「こうすれば、だいじょうぶ」
安心感が違う。
自分達の間に隙間はないので、通ろうとする人もいない。
「だめ?」
「……あ~、その、よく理由は分からないが、これでミルが大丈夫なら駄目じゃない」
「じゃあ、こうする」
「分かった」
一方。
「来たわ、来たわよルミカ! あの二人の無自覚天然ラブ! 何よあれ、もうまさしく恋人みたいじゃない! だけど恋人じゃなくて、しかも自分達が周りにいるカップルと同じことをしてることにも気付いてない!! あー、もう、鼻血出そうになるわ!!」
「ト、トモコちゃん。女の子なんですから、はしたないですよ」
周囲からの奇異な視線をものともせずに朋子ははしゃぐ。
なのでルミカは少々、居心地が悪かった。
◇ ◇
二人で歩いていると、懐かしいものが克也の目に止まる。
「凄いな。綿あめまでちゃんとあるぞ」
こっちの世界で出来たのか、それとも異世界人が教えたのかは分からないが驚きだ。
けれどミルは首を捻る。
「わたあめ?」
「食べたことないか?」
「うん」
「だったら買うとしよう」
屋台の前に行く。
だが買う際にもガッチリとホールドされている左腕。
克也は財布を取り出すのに四苦八苦しながら、どうにか綿あめを一つ買う。
そしてミルに手渡した。
彼女はまじまじと綿あめを見たあと、ぱくりと食べる。
「……ふわふわ。あと、甘くて、おいしい」
「だろう? 俺も好きなんだ。あと触ったらベタベタになるから気を付けて食べろ」
小さく笑みを零す克也。
するとミルは手に持っていた綿あめを克也の顔の前に出す。
「はい」
「……ミル? 千切って食べるから、顔の前に出さなくても大丈夫だぞ」
「でも、ベタベタにならない?」
「なるとは思うが別に構わない」
「だめ。手を洗う場所、近くにない」
そして克也の口に綿あめを近付ける。
克也も観念して、素直に綿あめを食べた。
「ん、美味いな」
「うん」
一方。
興奮が一回りしたのか、ようやく落ち着いた朋子がしみじみと考察する。
「綿あめって凄いわ。『あ~ん』だけじゃなくて、間接キスまでできるなんて……。綿あめを甘く見てたわ。甘いのは知ってたけど」
「……トモコちゃん。あんまり上手いこと言ってないですよ」
◇ ◇
とりあえず人が多すぎて朋子達と合流することは諦めた克也。
なのでミルと混雑から抜け、花火がよく見れる場所に腰を下ろす。
「打ち上げ花火、ミルは見たことあるか?」
「ううん。楽しみ」
ミルが僅かに顔を綻ばせた。
「克也」
「どうした?」
克也が優しい声音が聞き返すと、ミルは夜空を見上げながら嬉しそうに伝える。
「わたし、今、たくさん経験してる。克也達と一緒にいる、おかげ」
三人と一緒にいるから、自分は色々なことを初めて知ることができる。
「克也といること、本当に嬉しい」
何よりも彼と一緒に過ごす日々が本当に大切だ。
特別の出会いをしなかった『特別』な男の子。
正樹とも、優斗とも、卓也とも、クリスともクラスメートとも違う。
だから誰よりも近付ける。
今だってずっと腕を組める。
「……ミル」
克也が彼女の真っ直ぐな言葉に惚けていると、大きな音が響いた。
ミルと同じように夜空を見上げると、大輪の花が咲き乱れている。
「そういえば、伝えていないことがあった」
そして克也は彼女の言葉に応えるように、声を発した。
別に大声を出す必要はない。
ミルはすぐ隣にいるのだから。
「なに?」
小首をかしげて真っ直ぐに自分を見てくる彼女に、恥ずかしがってないで少しでも本心を伝えようと思う。
最初に会った時、伝えられなかった言葉を。
「……浴衣、似合ってる。可愛くて驚いた」
今も花火の光で何度も照らされる装い。
誰よりも可愛いと克也は思う。
ミルは自分の姿を見たあと、彼の言葉を噛み締めるように少し目を瞑る。
そして頭を克也の肩に乗せて、再び夜空を見上げた。
「ありがとう、克也」
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