第4話 チーム結成
無事にリライト魔法学院へと編入できた異世界四人組。一週間ほど家庭教師にはつきっきりで教えてもらえていたのも、当時は春休みだったかららしい。
クラスは三クラスあり、生徒の数は一クラス三○人ほど。異世界から来た四人をフォローするためにも、家庭教師含め全員が同じクラスに固まった。
ついでに優斗達は自己紹介で田舎から編入してきた、ということにしている。
特に問題を起こすことなく始業式を過ごし、ホームルームも終わり、
「さて、と。それじゃあ帰るとするか。長くいるとボロが出るかもしれないしな」
「だね。変に長居する必要もないと思うよ」
卓也と共に優斗も鞄を持って席を立つ。まだ異世界の常識を詳しく知っているわけでもないので、たくさん勉強することがある。
当然のことではあるが、いきなり問題を起こすわけにもいかない……のだが、
「アリー、クリス、ココ、フィオナ! お前らも一緒に帰ろうぜ!」
修が何も考えず同じクラスにいる家庭教師達を大声で呼び掛けたことに、優斗は思わず額に手を当てた。
──うわっ、やっちゃった。
そして優斗の予想通り、教室がざわざわと騒ぎ始める。
『なに、知り合い?』
『アリーって……アリシア様のことよね? 呼び捨てなんて何考えてるの?』
『公爵家になんてぞんざいな口の利き方なんだ、あいつは』
などなど、礼儀のなってない馬鹿扱いされる。しかも制服に煌びやかな装飾を施した男子が、二人のお供を引き連れて修に歩み寄ってきた。
「おい、そこの田舎者。王族や公爵家の者に対して口を慎みたまえ」
「んなこと言われても……。つーか、お前は誰だよ?」
ピクリと相手の眉が動いた。優斗が今度は手で顔を覆い、隣にいる卓也に確認を取る。
「怒るよね、あれだと」
「当たり前だろ。むしろ琴線にわざとやってるんじゃないかって疑うレベルだな」
修の空気の読まなさに優斗達は慣れている。なので、この後の展開も大体分かる。
案の定、修に歩み寄っていった男子の眉が釣り上がった。
「わ、私を知らないのか!?」
「田舎者なんだから知るわけねーだろ。お前が言ったことじゃん」
あまりに有名な貴族ではない限り、むしろ知ってるほうがおかしい。
当然といえば当然である修の返答だが、この場においては最悪な返し方だ。
「私は貴族、パリーニュ子爵の息子であるラッセルだ!」
「で、そのパリ何ちゃら子爵の息子が何の用なんだ?」
「アリシア様達に対して口を慎みたまえ、と言ったのだ。王族や貴族に対して無礼だぞ」
「そんなもんはあいつらが決めることだ。お前に言われることじゃない」
修はばっさりと切り捨てる。他人にとやかく命令されたところで聞くわけがない。
「そんじゃ帰ろうぜ」
ラッセルの横を通り抜けて歩き出す修と、大きな溜め息を吐きながら付き添う異世界組三人。
「お前らも行くぞ」
ニッ、と屈託のない笑みを修が浮かべる。アリーは少し顔を赤くし、ココは慌てた表情で、フィオナは無表情、クリスは苦笑しながら彼に従って歩き出す。
後に残ったのは……怒りに顔を歪めるラッセルと、戸惑った表情を浮かべるクラスメートだけだった。
「……俺はいつまで正座をしていればいいんだ?」
「もちろん、いつものように僕が許可したら正座やめていいよ」
「……了解」
優斗に逆らえないのか、黙って正座を続ける修。
現在、彼らはリライト公園という国の中でも一番大きい公園の中にいる。
「あの、わたくし達には害があるわけではありませんし、あのように接していただいて嬉しかったのでそろそろ勘弁していただけると」
「アリーさん、ぬるいです。修がやったことは確かにアリーさん達にとって褒められることではあります。けれどですね、その後の対応が最悪なんです。反省させるためにも正座は続行させます」
「でもリライトの勇者であるシュウ様に正座をさせるというのは、なんとも恐れ多いというか」
あれこれ取りなすアリーに対して卓也は、
「だいじょうぶだ。勇者の前に“馬鹿二号”である修だしな」
遠い目をしながら、そう言った。
「懐かしいな。後先考えずに修が不良から女の子を助け出したら案の定、翌日に不良8人に囲まれたこと」
「僕も懐かしい。修が浮き輪で流されてる子供を見つけて、ロープも何も持たずに飛び込んでいったことが今でも腹立つくらいに思い浮かぶよ」
その他、あれやこれやとエピソードを出す卓也と優斗。
「で、でもそれってシュウさんがたくさん人助けをしているってことですよね?」
ココがフォローするのだが実に見当違いだ。
「違います。あいつが何も考えずにやるから周りが大変という話です」
「事件を解決しようとするのはいいんだけど、その後が面倒なんだよ。主に優斗、次にオレが被害にあってるんだ」
「ふ、不良に囲まれたとき、とかです?」
恐る恐るココが尋ねる。
優斗が頷いた。
「ええ。あの時は修が四人、僕が三人、和泉と卓也で一人を受け持ったんです。学校にばれたら停学になるんじゃないか、などなど考えて裏路地で潰しましたけど心臓に悪いので勘弁ですね」
二度とやりたくない。
「厄介なことがある度に『もっと考えて行動しろ』と言っているのですが、あいつも懲りずに事を起こすので、何かやらかしたら正座させることにしているんです」
「まあ、修のやつは良いことやってるから怒れないしな」
卓也がどうしようもない、とばかりに両手をあげた。
「そうなんだけどね」
悪いことはしていないのだから、確かに怒ることはできない。
「で、ではイズミさんはどうなのでしょうか?」
クリスが心配そうに話しかけてきた。
修がこの扱いなら、馬鹿一号である和泉はどうなのか、と。
皆は公園の草むらで豪快に寝ている和泉に視線を向ける。
「和泉は基本的に害が無い馬鹿ですから心配しないでいいですよ。言動は頭のネジが一、二本ほどぶっ飛ぶときがありますが、ほとんど無害です」
「時折、修より酷いのをやらかすけど、その時は罵倒して蹴りでもかまして終了って感じ」
「よ、よろしいのですか?」
「いいんです。和泉のお守りはこれからクリスさんの役割ですから。前にも言いましたが普段のネジがぶっ飛んだ発言は強制的に終わらせたほうがクリスさんの身のためです」
◇ ◇
「それにしても皆さんは、仲がよろしいですわね」
アリーの言葉には実感がこもっている。
今までの話からしても、たくさんエピソードがある。
長年の付き合いなのだろうか?
「まあ、かれこれ3年ほどの付き合いになりますから」
優斗が指を折りながら答える。
「最初からみなさんは仲がよろしかったのですか?」
ココが訊くと、卓也と優斗は顔を見合わせて噴き出した。
「ど、どうしたんです!?」
「い、いやいや、オレらの出会いを思い出したら可笑しくって」
「だよね。あんな出会い方、誰が予想できるんだって話だよ」
ゲラゲラと笑う二人。
不思議そうに見つめるのは家庭教師四人組。
「オレらの出会いってさ、三年前のクラス替えのときだったんだよ」
懐かしむように卓也は語る。
「最初はお互い、クラスメートであって友達じゃなかったわけ。部活も違うし」
「ぶかつ、というのは?」
「同じ趣味、同じ運動をする人が集まって大きな大会で優勝を目指すグループ、と考えてください」
アリーの疑問に優斗が答える。
卓也が言葉を続けた。
「それで、みんながクラスに慣れてきた一ヶ月後だったかな。放課後になって部活に行こうとしてた和泉がオレのとこに来てさ、『屋上で待っている』って告げてきたんだ」
「よく知らないのが唐突にそんなこと言うもんだからさ、僕は変人ってイメージが和泉に定着したよ」
笑いながら優斗も茶々を入れる。
「もちろんオレだっていぶかしんだけど、とりあえず行ってみるかと思って屋上に行ったんだよ。そしたら先に修と優斗がいて、フェンス越しに下を見る和泉がいた。で、オレら全員が集まったときに言ったのが強烈だったんだ」
「なんて言ったんです?」
興味津々にココが尋ねる。
「オレらの世界にアニメっていう動く絵の作品があるんだけど、その中の台詞を使ったんだよ」
ああ、本当に懐かしい。
予想外すぎる台詞だった。
「『人というのは儚いものだな』って」
あの時は本気でビックリしたのを覚えている。
「和泉が台詞は国民全員が知っているような台詞なんだけど、そんなもの突然言うと思わないじゃん。当然、オレも優斗も修も大笑い。腹がよじれるほど笑って、ようやく息が整ったときに和泉がこっちを振り返って『ようこそ、同士諸君。私は君たちのことを歓迎しよう!』とか言ったんだよ」
「……なんというか……酷い、です」
ココが少しだけ引いたそぶりを見せる。
「だろ。さすがにオレらも引いたんだ。そしたら和泉、掴みを失敗したことに気付いたらしくて『あ、ちょ、そうじゃない! 俺は君たちが同属だと思ったからこういう演出をしたまでだ!』なんてあたふたし始めてさ。あいつの姿を見て、また大笑い」
ようは同じオタクの匂いを感じたので友達になろう、ということだ。
けれども和泉は演出過多で伝えてきた。
「まあ、とりあえず話してみたら似たような趣味を持ってるっていうのが分かって、オレらは仲良くなったんだ。そして一つ上の学校でも同じところ入って、相も変わらず一緒に連んでるってわけ」
懐かしい。もう三年も前の出来事になるのか。
「きっかけはイズミさん、ということですか」
クリスの言葉に優斗は頷く。
「ええ。馬鹿っぽいきっかけですが──」
あの時の自分達にとっては。
「──最高の出会い方でしたよ」
「だな。あいつがいなかったら、今のオレらはない」
和泉には本当に感謝している。
「みんなは似たようなことないのか?」
さすがに自分達レベルのはないとしても、ちょっとしたことぐらい。
と、卓也は思ったのだが……甘かった。
家庭教師の四人全員が一斉に暗くなる。
「え、と……地雷踏んだか?」
「だと思う」
特にアリーとフィオナは友達募集中とか言っていた。
ココとクリスは友達いそうな感じがするけれども、暗くなっているということは何かしらあるのだろう。
「わ、わたくしは友達……いません。王族なので恐れ多いと思われているのですわね、きっと」
「私もいないです。公爵令嬢だし、学院にいるときは基本的に無口だし、愛想がないから」
「わ、わたしもです。喋ってくれる人はいるんですけど、基本的に遠慮されてるというか……。やっぱりお父さんが公爵ですから」
「自分も公爵の子息だからでしょうか。女子とは少しばかり話すのですが、男子は突き刺さるような視線しか貰いません。愛想はよくしているつもりなのですが……」
異世界人である自分達のことを知ることができる貴族の御子息令嬢となれば、貴族の中でも高位の存在とは思っていた。
けれど全員が全員、公爵の家とは思わなかった。
でも、問題はそこじゃない。
優斗としては嘆息する。
──全員友達がいないって。
いくらなんでも作り下手すぎる。
──っていうか、だ。
はぁ、とため息をつくと、優斗は修を呼び寄せる。
「正座は終了。こっち来て」
「りょ~かい」
修はパッと立ち上がると優斗たちの近くまで寄ってくる。
「話は聞いてたよね?」
「もち」
「卓也は和泉を……っと、さすが。もう連れてきてくれたんだ」
「優斗が何を言うかは分かりきってるしな」
当たり前のように卓也が頷いた。
和泉は何もわからないだろうが空気を読んで合わせてくれるだろう。
「まずは全員、円になって」
修と卓也は納得しながら、他の面々は意味が分からずとも優斗に言われた通り円になる。
「右手を出してください」
貴族組が戸惑う。
だからまず、修が最初に手を出した。
続いてノリで和泉が修の上に手を重ねる。
「ほら、早く手を出してください」
優斗が急かす。
慌てながらアリー、フィオナ、ココ、クリスが手を重ねていく。
最後に卓也、優斗が手を重ねた。
そして視線で修に優斗が合図を送る。
「まず、お前らには最初に言っとくけど……」
修が話し始めた。
「俺はお前らと友達だと思ってた。けどさ、お前達はそうは思ってなかったんだな」
思わずアリー達が驚いて修を見る。
やっぱり友達だとは思っていなかったらしい。
だからさ、と修は続ける。
改めて言葉にして伝えないといけない。
「アリー、フィオナ、ココ、クリス。俺らと友達になってくれねぇかな」
同時に修は全員と視線を交わす。
「これはもちろん俺ら異世界組の総意だ」
優斗たちも修に続く形で頷いた。
「だから俺らが馬鹿やりそうになったとき、困ったとき、色々とあるだろうけど、その時は『異世界人』だからじゃなくて、『家庭教師』だからじゃなくて、『友達』として助けてくれねぇかな。今日、早速だけど馬鹿なことしちまったし」
ホントだよ、と優斗が疲れるように言うと全員が少しだけ笑った。
「そんで俺がやった馬鹿とは別の意味で一緒に馬鹿なことやろうぜ」
「買い食いだってなんだって付き合うよ。やったことないだろ?」
卓也が訊けば、家庭教師四人とも頷いた。
「俺らのように一緒に旅行へ行くのもありだろう」
和泉の言葉に彼女たちはさらに頷く。
「そして世の中には便利な言葉があります。『友達の友達』は『友達予備軍』だと」
優斗は言い聞かせるように全員を見た。
「修があれほど言ったんです。皆さんは僕らのこと、友達だと思ってくれますか?」
「も、もちろんですわ」
代表してアリーが答えた。
「なら、アリーさん達だけで『友達予備軍』です。僕らを介している『友達の友達』なのですから。どうせならお友達になってはどうでしょうか?」
驚いたようにアリー達は左右を見る。
ここ数日でかなり見知った顔がそこにあった。
「貴族ですから何かしら難しい問題があるかもしれません。ですが、何があっても叩き潰すから大丈夫です。主に修の力を使って」
「俺かよ!?」
「そういう時のためのリーダーだよ」
全員が小さく笑う。
「回りくどくなりましたが、要は難しいこと考えずに全員で友達になりましょう……ってことです」
優斗がまとめると、全員で頷いた。
「だが、ここまで大人数だと軍団って感じがするな」
和泉が口を挟む。
「軍団はおっかないから『チーム』でいいんじゃないか?」
「卓也、それ採用! なんかいい!」
修が全員を見回す。
「いいか、みんな。これから俺らは『チーム』で『仲間』だ! たくさん遊んで、たくさん馬鹿やって、たくさん勉強……はしたくないが、とにかく全員で楽しく過ごそう!」
修が元気よく号令をかけた。
「じゃあ」
「いくよ!」
集めていた右手を卓也と優斗が少し押し下げる。
「えっ? なにをするんですか?」
「ど、どうするんです!?」
「えっ?」
「どうするんでしょう?」
アリー、ココ、フィオナ、クリスが戸惑う。
「よっしゃ!」
「任せろ」
が、そんなの無視して次の瞬間、下から今度は修と和泉が勢いよく全員の手を上に押して弾き上げた。
これが八人にとっての結成式。
友達として。
そして、この先何十年とリライト王国を繁栄させる『仲間』が生まれた瞬間だった。
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