第262話 リライトだとしても許されないこと
商談が終わった後、控え室に戻った優斗は再び考え事をしていた。
執事の指示で昼食の準備が始まっても、リズムよく肘掛けに指を叩きながら思考を纏めている。
ずっとそうだった。
商談の最中からずっと、彼は考え事をしている仕草を隠していない。
メイドに出された紅茶で喉を潤しながら、それでもずっと考えている。
優斗のことをそこまで知らない人間は、先ほどのやり取りも含めて何かしら意味があるのだろう……ぐらいは察している。
よく理解している者は、彼が手を打ったと考える。
しかし優斗の態度に対して察しようとせず、反感を持つ者もいた。
「我々がまた負けたというのに、大魔法士様は何をなさっているのですか!?」
優斗に食って掛かるのは、シュイという青年。
「分からなかったのに、よくもそこまで人を罵ることが出来ましたね!!」
相手の要求を呑まされた。
簡単にこちらの金額を読まれ、そこを分かった上で突きつけられた。
「あそこまで言ったんです。我々に対しても謝罪するのが筋ではないでしょうか?」
原因が特定できると言っていたのに、特定できなかった。
あのような見得を切ったのだから、謝ってもいいはずだ。
だが優斗は一切反応を見せず、考え事を止めることもしない。
しびれを切らせたシュイが掴み掛かろうとした……その時だ。
「ユウト君は何について考えているんだい? まさか本当に原因についてかな?」
マルスが口を挟んだ。
シュイの言葉を無視していても、マルスの声には優斗もすぐに反応した。
「いえ、それについては〝分かっている〟ので、どうでもいいんです」
端的に述べた優斗に、マルスは納得の頷きを返す。
一方でリライト側の人間は驚愕の表情を浮かべた。
「さすがはユウト君だね」
「もちろんです。義息子としては、やっぱり敬愛する義父に出来るところを見せておかないと」
原因については、ほとんど分かっている。
というより可能性として高いものが当たったのだから、戸惑うこともない。
「だとしたら何について考えていたんだい?」
「それは――」
優斗が先ほどからずっと、考えていること。
原因が特定できているのなら、一体何なのか。
その答えを言おうとした時、叫び声が遮った。
「嘘を言わないでください! 分かっているはずがない!」
興奮したかのように荒い息で、シュイは反論する。
「違和感もおかしなところも何もなかったのに、分かるわけがありません!」
少なくともシュイには感じられなかった。
相手の不躾な態度以外、特別に何かを感じられることはなかった。
しかし優斗は違う。
「僕にとっては最初から最後まで違和感しかなかった。ただそれだけのことだ」
それは商談の時だけではない。
その前から不審な点がある。
「だったら説明してください! 分かったというのなら、今すぐに!」
シュイの怒声に対して、優斗は目を細める。
そして当たり前のように反論した。
「どうしてリライトに言わなければならないんだ?」
冷たく響いた言葉にマルスとワルドナ公爵以外は一瞬、理解が遅れた。
けれどすぐに彼が言ったことの意味を把握する。
「これで二度目だ、無能」
シュイの態度によって今回の一件、リライトは……大魔法士から見捨てられた。
優斗の言動が意味するところは、それ以外にない。
「ワルドナ公爵。覚悟しているのなら、僕が何か言うのも無粋なはずだ」
「はい。ドロニスが動かなかった時点で、理解しています」
もしかして、という淡い期待はすでに崩れ去った。
シュイが優斗に詰め寄った時、ドロニスは見ているだけだった。
その時点でワルドナ公爵は後に何が起こるかを悟る。
「そこの二人。僕を別室に連れて行け」
室内にいる執事とメイドに優斗は声を掛ける。
この男女は優斗のことを優先的に対応する二人だ。
指示をするように声を掛けたのなら、それに対応せざるを得ない。
とはいえ本来であれば、このような勝手が許されるはずないだろう。
二人にとっては上の人間に確認を取ることが常識的な行動だ。
しかし、
「この瞬間にお前達の判断で決めろ。そうしなければ僕はこの国から去るのみだ」
真っ直ぐに二人を見据える優斗。
事実、答えられなかった場合、優斗はリヴァイアスからいなくなるだろう。
それが分からないと戸惑うことを許さない、優斗の声音。
「意味は分かるな?」
念を押すように言われて、執事とメイドは無表情ながら緊張で息を呑んだ。
そして執事は自身の判断を以て頷きを返す。
「……かしこまりました。すぐに部屋をご用意致します」
そしてすぐに部屋を出て行くと、近くの部屋に入っていった。
メイドも手伝うため、慌てて執事の後を追い掛ける。
優斗は二人の判断を見た後、立ち上がった。
次いで護衛として存在する近衛騎士二人も、追従するように優斗の背後へ控える。
「我々はユウト様の護衛を承っております。ですから――」
「――この瞬間から僕は単独だ。リライトは関係ないが、それでも護衛するのか?」
「私達が貴方様の護衛であることに変わりはない。そう考えています」
「……分かった。付いてこい」
優斗は許可を出してから歩き出す。
そして外へ通じるドアに手を掛けたところで、マルスに向かって笑みを向けた。
「それでは義父さん。僕の話し合いが終わった後で、また会いましょう」
リライト側で唯一、見捨てる対象外に声を掛けると優斗は部屋から去った。
一方で突然のことに呆然としているドロニスは、納得した表情をしているワルドナ公爵に目を向ける。
ワルドナ公爵は息子の視線を受けると、仕方なく説明を始めた。
「ユウト様が大魔法士としてリライトに利することが出来る最大の理由。それを理解しているか否か、だ」
優斗も行きの馬車で言っていた。
大魔法士がリライトに利益を与えて問題ない方法。
「大魔法士がリライトのために動いたところで、各国の不満を抑えつけられる理由は一つだけしかない。それはユウト様の意思でやっているかどうか、ということ」
ドロニスに再度、説明するようにワルドナ公爵は言葉を並べる。
「大魔法士がリライトに従属し従順であるとしたら、それはリライトに対して余計な火種しか生まない。しかしユウト様の意思で大魔法士として動き、利益を与えているのだとすれば他の国の不満は抑えられる」
優斗は普通に話していた。
特段、問題ないとばかりに。
けれど実際は違う。
「あの方がリライトに肩入れするのは、常に綱渡りなんだ」
もちろん他国に対しても巻き込まれているだけではあるが、力を貸していることも不満を解消する理由にはなっているはずだ。
「けれどシュイの言葉は、その前提を全て打ち崩すことになる」
どこの国よりも気を付けなければならないのがリライト。
世界で一番、大魔法士の恩恵を受けているのだから当然だ。
「ユウト様が今回、ここにいるのは我が王やトラスティ公爵が私を慮ったからこそだ。だが先ほど、シュイがユウト様に対して言ったことはトラスティ公爵の配慮を裏切っている」
我々を慮り、優斗にお願いをして、大魔法士は出てきた。
だというのに今日、シュイがやったことは単純に許されることではない。
「リライトに利するのは、ユウト様の意思によるものだと証明する必要がある。彼が我が王を慕っていようと、リライトの人間であろうと、そこには一線を引かなければならない。加えてトラスティ家を一度でも担いでしまえば、という考えを持たれてはならない。ユウト様を引っ張り出せば後は何とかなる。そのような甘い考えを持たれるのは最悪だ」
必ず同じことをする人間が現れる。
トラスティ家を使って、優斗に解決させようとする愚か者が。
「ユウト様が先ほど『やらなければならないこと』とは、その甘い考えの対処をすることだろう。今日の出来事はちょうどよく、大魔法士様とトラスティ家のことを甘く見たシュイがいたからだ」
優斗がワルドナ公爵に言った、やらなければならないこと。
それは知らしめることだ。
「リライトに属している大魔法士であっても、リライトに忠誠を尽くしている大魔法士ではない。それを――愚かなリライトの人間に教えなければならない」
大魔法士自身を、トラスティ家を蔑ろにしてしまえば、リライトであろうと力を貸さない。
「だからこそ、ユウト様がこの一件を――解決することはない」
リライトであろうと、都合良く使うことは許されない。
トラスティ家を担ぎ出そうと、どうにもならない。
「以上、質問はあるか?」
質問など、普通はあるはずがない。
懇切丁寧にワルドナ公爵が説明したのだから。
元々、理解している人間はすでに諦めた表情を浮かべている。
けれど分からないからこそ間違えた人間は、それでも声を荒げた。
「だ、大魔法士様が嘘を吐いている可能性だってあるでしょう!?」
「あり得ないことだね、それは」
あまりにも憐れな反論に、マルスが諭すような声音で口を挟む。
「君は私の義息子がどうして、この国に来たと思っているんだい?」
問題となった原因を突き止める。
彼の能力ならば、それが出来ると理解しているからだ。
「私はユウト君なら解決出来ると知っている。我が王も同じように理解している。だというのに、どうして大魔法士のことを知らない君が、知っている私達に反論するのかな?」
そう、シュイは何も知らない。
大魔法士がどのような人間なのか、どれほど常識から外れた存在なのかを。
「そもそも、どうして君はあれほど悪態を吐いておきながら、それでもユウト君がリライトのために解決すると思っていたんだい?」
「そ、それは……っ」
「ドロニス君もだよ。ユウト君が肩入れする際の危険性は伝えたというのに、どうして君は彼を止めなかったんだい?」
マルスはもう一人、失態を犯した青年に声を掛けた。
彼が全ての責任を負っている以上、この度の失態は全てドロニスに降り掛かる。
「優しさと甘さは違う。ワルドナ公爵は、そう言わなかったかな?」
優斗はこの一件を使って、トラスティ家に迂闊な依頼がこないようにする。
要するにドロニスの醜態を周知し、確実に貶める方向に持って行くだろう。
周囲の評価を最下層まで叩き落とし、同じ目に遭いたくないのであれば余計なことはするなと、言外に伝える。
宮川優斗であれば、最低でもこれぐらいはやってしまうはずだ。
「とはいえ、リライトとして過ぎたことを考えても仕方ない。ユウト君が解決しない以上、脅威が消え去ったわけじゃないのだから」
そう、リライトに脅威は残っている。
本来であれば解決していたことが、未だに。
だからワルドナ公爵は全員を見渡した後、話し始めた。
「我々では見つけられず、けれどユウト様だけが見つけた原因については……もう知ることは出来ないだろう」
違和感一つ抱かなかった自分達では不可能。
ワルドナ公爵は息子に視線を向ける。
「私はお前に全ての責を持て、と言った」
これまで起きたことの全ては、ドロニスの責任。
迂闊なシュイを信じ、優斗を蔑ろにしたツケを払わなければならない。
「この先、ワルドナ家は窮地に陥る。ユウト様とトラスティ公爵の気遣いを無碍にした我々を、ユウト様が許すわけがない」
リライト王からも叱責をされるだろう。
周囲から嘲笑と侮蔑をされるだろう。
「それを挽回することがお前の役目だ」
何もかも、すぐに元通りになることはない。
何年、下手したら何十年も戻らない。
「しかしながら今、考えることは違う。明日以降の商談をどうするか、だ」
後はお前がどうにかしろ、と。
ワルドナ公爵は言ってからマルスと一緒に部屋の片隅に移動した。
部屋の中の空気は最悪と言ってもいいだろう。
愚かにも大魔法士を蔑ろにして、原因を特定できる唯一の人間が場を去った。
それを引き起こした二人に対し、職場の同僚であろうと許せるはずがない。
近衛騎士達はすでに見限っているようで、仕事に忠実であろうとしている。
信頼関係などあるはずがない。
マルスは部屋の様子を遠目で眺めながら、それでもワルドナ公爵に小さな声で、
「一つだけ、ユウト君は情状酌量の余地を与えるはずだよ」
「情状酌量の余地があるとは思えませんが……」
「あの二人にではなく、ワルドナ公爵にね」
「……いえ。私はユウト様の配慮を無碍にした一人ですから」
「けれどユウト君がやらなければならないことを、理解していた一人でもある」
息子が想像以上の結果を残したら、と夢は見ただろう。
けれど大魔法士が断言したことを、完全に無視するほど愚かではない。
確率が高いのは、違わずに優斗が言ったこと。
公爵ともあろう存在が、それを意識しないわけがない。
「息子に夢を見た。けれどあまりに低い確率であることも分かっていたはずだね?」
「それは……」
「つまりワルドナ公爵は、ユウト君に必要なことをわざと引き起こした。その考えがなかったとは言わせない」
理解せずして馬鹿なことをすること。
理解している上で、馬鹿なことをさせること。
後者のほうが、優斗にとってもいいだろう。
何故なら、その後の対応が格段に楽なのだから。
マルスはワルドナ公爵の肩をポンポン、と叩く。
「私の自慢の義息子が、そのことに気付かないわけがないんだよ」
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