第261話 奇妙すぎる商談
港に寄港し、リヴァイアス王国の城へ到着する一行。
「ようこそいらっしゃいました。我々は皆様のことを歓迎致しております」
城の前で待っていたリヴァイアス王国の執事、メイド達が一斉に頭を下げてリライトを出迎える。
当たり前のような言葉を並べられて出迎えられたが、むしろ優斗にはこういった形の出迎えこそが珍しい。
「そういえば、こんな感じでお城に入るのも久々です。大抵は飛び込みで入ってしまうので」
「私の義息子であれば、もう少しちゃんとした出迎えを受けるべきだとは思うんだが……」
「まあ、来年からはそういう機会が増えることは承知していますよ」
顔を見合わせて苦笑いを浮かべる優斗とマルス。
すると周囲の人間から荷物を預かったりしていた年若い執事とメイド達が、再び優斗の前に並んで片膝を着く。
「大魔法士様にお目通り叶うこと、心より嬉しく思います」
瞬間、優斗の護衛として付いている近衛騎士二人の雰囲気が鋭さを増した。
他国において大魔法士のことを知っているのは、王と王に近しい者達だけ。
だというのに、どうして執事とメイドがそのことを知っているのだろうか。
「ユウト様のことを不必要に触れ回るのは御法度。なのに何故、お前達が知っている?」
男性の近衛騎士が強い口調で問い詰める。
すると執事は表情を動かさずに近衛騎士を見詰めた後、数秒の間を置いてうやうやしく返答した。
「我らは王に近しく、また大魔法士様に粗相をしないように、と」
優斗を最上級の客人として呼んでいる以上、知らなければ粗相をしてしまう。
だからこそリヴァイアス王も彼らに詳細を伝えているのだろう。
王に近しい者に優斗の存在を伝えていい、という言葉を上手く利用したのかもしれない。
「それならば仕方ない……ということか」
とはいえ近衛騎士としても、執事の返答に納得してしまう。
粗相がないようにするのは当然のことだからだ。
そこで優斗も執事に声を掛ける。
「ここにいる間、リライトの世話は君達がするのか?」
「その通りでございます。私とメイドの一人は、優先的にユウト様の対応をさせていただきますので、どうぞよろしくお願い致します」
「迷惑を掛けるとは思うけど、よろしく頼む」
「若輩ではありますが、精一杯おもてなしさせていただきます」
真っ直ぐに大魔法士を見詰めながら執事は伝えると、優斗は軽く微笑んで頷きを返した。
そして、ほんの僅かな間があった後、
「荷物はどうなさいますか?」
「このまま近衛騎士に任せる」
「かしこまりました」
言われた通りに従う執事。
徹頭徹尾、無表情のままなのは教育のたまものだろう。
後は淡々とした調子で城の中まで連れて行かれ、会議室の側にある部屋で優斗は一息つく。
そして商談の準備をしている人達を尻目に、ワルドナ公爵を呼んだ。
「貴方はその判断でいいのか?」
「はい。構いません」
「……分かった。決めたのであれば、これ以上は何も言わない」
ワルドナ公爵は頭を下げて、準備に戻る。
一方で優斗は残念そうな表情を浮かべた後、考える仕草を取った。
商談の準備が終わり、リライト勢は会議室へと入った。
長いテーブルの端に座った優斗は、メイドから入れられた紅茶で喉を潤しながら周囲を見回す。
すでにリヴァイアス側も何人か座っており、あとはリヴァイアス王が入ってくるのを待つだけだろう。
両国の担当者の背後には侍従が控えているので、優斗のように紅茶をお願いしている姿もちらほらと見える。
先ほどの若い執事も優斗がお茶を飲む以外に指示をしないので、リライト側の世話をせっせと焼いていた。
しかし商談の開始時間を越えてもリヴァイアス王がやってこない。
どうなっているのかと優斗が首を捻った時だった。
扉の奥から靴を慣らす音が聞こえてくる。
それは段々と近くなっていき、扉の前で足音が止まる。
そして――五秒後、勢いよく扉が開いた。
同時、リヴァイアスの王は平然と入室して席に座る。
四十は過ぎているであろう壮年の男性が行った、温和そうな顔立ちとは似合わない横暴な振る舞い。
遅れたことに対する謝罪も何もなく、それが当然だと言わんばかりだ。
「さて、それでは話を始めましょうか」
丁寧な言葉遣いであっても、リライト側の配慮がないことに幾人か目を瞬かせる。
当然、憤りを表す者もいるが、今回の全責任を負ったドロニスはぐっとこらえた。
ここ最近、目の前にいる王はずっと横暴に振る舞っているのだから。
「この度の商談を担当するドロニス=ルシャ=ワルドナと申します」
そう言って幾つかの書類を渡す。
リヴァイアス王と同席する人間は全て、同じ書類に目を通していく。
特に向こうが注意して目を通すのは金額と内訳だろう。
何がどの値段となっているのか。
それを注意深く探っている。
リライト側の人間は相手の様子をしっかりと観察し、僅かな反応でも見逃さないようにしていた。
リヴァイアス側が小さく言葉を交わした後、全員が書類をテーブルの上に置いた。
最後にリヴァイアス王も全てを確認し終えたのか、おざなりに書類を投げ出した。
ここからが商談のスタート。
お互いに言葉を重ねながら、両方にとっての妥協点を探っていく。
それが基本だ。
「是非ともこちらが提示した金額で取引をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
相手の話が聞く体勢が整ってから、ドロニスは声を発する。
長い話になると考えて気合いを入れるドロニスではあるが、一方のリヴァイアス王はリライト側を見回した後、馬鹿にする表情を浮かべた。
「まだ下げられる。そうですよね?」
長々と話す気はなく、すぐにでも午前中の商談は終わらせる。
そう言って憚らない態度だ。
「原価は落としたことでしょう。であれば、もう少し……」
淀みなく、リヴァイアス王はドロニスへ問い掛ける。
「1%……2%? いや、もうちょっとですか」
真っ直ぐにドロニスの方向を見るリヴァイアス王と、それを受け止めるドロニス。
だが表情には違いがある。
余裕の表情であるリヴァイアス王と、真顔のドロニス。
数瞬、互いの視線が絡み合い無音の空間が生まれる。
そしてほんの少し空気が揺れたと優斗だけが感じた瞬間、リヴァイアス王はあくどい笑みを浮かべた。
「あと3%は落とせる。そうですね?」
そこはデッドライン。
これ以上、下げる交渉をされるとリライト側は赤字となる。
だが3%引き下げれば、リライトの国庫に入る金はない。
それが分かっているからこそリヴァイアス王は笑みを崩さなかった。
「我々はリライトに余剰分の金額を納めるつもりはないのですよ」
雀の涙ほどの金額すら国庫に入れられないのであれば、面子は丸つぶれ。
端的に言えば負けだ。
しかし簡単に商談失敗としてしまえば、確保した在庫の処分にも困る。
他の場所に送るにしても余計な輸送費も掛かってしまう。
「3%、金額を引き下げるのなら了承の署名をしましょう」
それでも赤字にはしてやっていないのだから、感謝しろと言わんばかりのリヴァイアス王の態度。
ドロニスは的確に見抜かれた数字に対して、ぐっと唇を噛み締めて、
「……少々、お待ちを。相談した後、すぐにお伝えします」
そう言ってリライト側の人間を集めた。
集わなかったのは優斗とマルス、ワルドナ公爵だけ。
しかしマルスとワルドナ公爵は話し合いの行方を見守っている。
優斗だけが興味なさそうな感じで、真後ろに控えていたメイドに紅茶をおかわりしながら一人で考え事をしている。
「大魔法士様は話し合いに参加なさらないのですか?」
と、リヴァイアス王が声を掛けてきた。
優斗はちらりとリライト側に目をやると、
「僕が意見したとしても通らないのだから、心の底からどうでもいい」
淡々とした調子で言葉を返した優斗に、リヴァイアス王はにやりと笑う。
「なんだ、リライトではそのような扱いをされているのですか。大魔法士様であられるというのに、随分と信頼されていないのですね」
酷い物言いにマルスとワルドナ公爵が顔を顰めた。
対して優斗は嘆息すると、再度の無礼な問い掛けに対して、
「憐れな王だな、お前は。礼儀も知らず、頭も悪く、何より残念だと思う」
当たり前のように暴言を吐いた。
リライト側の人間は突然の出来事に驚きの目を向け、リヴァイアス側の人間は侍従が怒りの視線を優斗に向ける。
真正面どころか背後に立っている侍従からも、殺気を込められた視線を受ける優斗は嘲る様子を変えない。
鬱陶しい視線など、この場に来てからずっとあるからだ。
「礼儀知らずの王の侍従は、やはり常識知らずの愚か者ばかりか。愚図が揃いも揃って僕の前に顔を出しているなんて、この国は自殺願望者が随分と多いようだ」
殺気程度で大魔法士が狼狽えるはずもない。
リヴァイアス王など比較にならないほどの傲慢な態度で、言葉を突き刺していく。
「侍従の教育がなっていないな、リヴァイアス王。僕と同じ場を共有させるのなら、せめて赤子程度の知能を持った人間ぐらいは……いや、家畜のほうがまだ知能は高いのだから、家畜程度は弁えた人間を置いておけ」
倍返しでは収まらない嵐のような暴言。
この場にいる相手方を諸共非難する優斗に、リヴァイアス王は思わず声を荒げる。
「わ、私の侍従を侮辱しているのですか、貴方は!?」
「侮辱? いや、侮辱を言ったつもりは……」
と、そこでほんの少し考えた様子を見せると、何か気付いたように優斗は爽やかな表情を浮かべて、わざとらしく手を打った。
「ああ、なるほど。憐れな王の配下に人並みの知能を持った者がいると思ったことこそ間違いだった。これは申し訳ない、心から謝罪しよう」
自分の考えは間違えていた、と。
確かに侮辱してしまったと謝りながらも、辛辣さはまるで変わらない。
優斗の態度が何一つ変わっていないことに再度、射殺すような殺気が向けられる。
けれど大魔法士は場が収まったと言わんばかりに、話を元に戻した。
「この場は商談なのだから、そろそろ本筋に戻ったらどうだ?」
今はリヴァイアス王の提案を受け入れるか否か。
その相談をしていたはずだ。
だから優斗は部屋の中にいる全員にそう伝えて、再び我関せずと考え事をする。
無礼な王に対して、さらなる無礼を以て対した大魔法士。
優斗とマルス以外は一様に困惑した様子で、再び商談を再会する。
しばしの間、話していれば優斗が作り出した妙な空気は霧散した。
そして案の定、リライト側はリヴァイアス王の提案を呑んだ。
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