第260話 ある意味で不穏な始まり
どこぞの王女の名前が入っている高速船に乗った……のだが、
「おおよそ二時間くらいのクルーズだよ」
義父からそのように言われて、優斗は窓から外を眺める。
景色は海だけなので、正確な速度を把握出来るわけではないが、
――音速で吹っ飛んでるんじゃなかろうか……。
まるで海面の上を滑空するかのように。
――考えるのも面倒だから、凄いって感想だけでいいか。
色々と魔法科学を用いているのだろう。
だけどそれ以上のことは分からない。
というか興味がない。
なので優斗は窓から視線を外すと、船内にある部屋の物陰に隠れて私服から着替え始めた。
「ユウト様が乗ったことがないというのは驚きです」
今回の商談で、優斗専属の護衛として動く男性近衛騎士の一人が珍しそうに言った。
優斗は色々と体験しているので、高速船にも当然乗ったことがあると思っていた。
「僕も色々な国には行ってますけど、さすがに船旅はしたことがありませんよ」
別の大陸には三大国の一つがあるらしいが、別に興味もない。
なので乗る機会はないと言っても過言ではない。
「しかし商談をする人達の護衛というのも大変ですね。公爵二人に僕がいるから、相応に人数を掛けなければなりませんし」
優斗は話し掛けてきた男性近衛騎士と、その隣に立っている女性近衛騎士に声を掛ける。
すると二人は首を横に振って、
「むしろこのような大役、より一層頑張らせて貰います」
「私は緊張しますけど、迷惑にならないよう精一杯護衛させていただきます」
どちらも優斗と顔見知りの近衛騎士だ。
かといって緊張がなくなる、ということはない。
むしろ優斗が相手なだけに余計、緊張は高まる。
「とはいえユウト様より弱い我々が護衛というのは、違和感がありますけど」
自分達が圧倒される存在を護衛するというのは、どうにも変な感じだ。
女性の近衛騎士が申し訳なさそうに言うと、着替え終わった優斗は物陰から出てきて苦笑いを浮かべる。
「強さだけで考えるのなら、僕に護衛は必要ありませんけどね。だけど、そういうわけにもいきませんから」
危険が迫った場合は率先して殴り飛ばすだろうが、それでも護衛がいることに意味はある。
「なので二人とも、頼りにしていますよ」
大魔法士用の服装に着替えた優斗にそう言われて、二人は力強く頷きを返した。
と、ここでちょうどタイミングよくマルスとワルドナ公爵が部屋に入ってくる。
「着替え終わったんだね、ユウト君」
「はい、タイミングバッチリです」
頷きながら優斗は首にネックレスを掛けると、服の中へと仕舞う。
そこでマルスはそれが見慣れないものだと気付き、
「おや? フィオナがプレゼントしたものと、違うものを着けているなんて珍しい」
大抵、どのような状況でも装飾品であればフィオナが渡したものを好む優斗だが、今日は違った。
僅かに青みがかった宝石が付いたものを着けている。
「念には念を、といった品物です。和泉に作ってもらって、今朝アリーが渡してくれたんですよ」
マルスにはいまいち、要領が掴めない言葉ではあるが優斗のことだろう。
全く意味が無い代物ではないと理解出来た。
義親子の会話が終わったところで、ワルドナ公爵が声を掛ける。
「ユウト様。今日の流れを話そうと思うのですが、よろしいでしょうか」
「問題ありませんよ、ワルドナ公爵。行くとしましょう」
三人と近衛騎士二人は隣の部屋に移動する。
そこには大きなテーブルがあり、すでに五人ほど着席していた。
年配から青年まで、幅のある年齢層だが彼らはワルドナ公爵の部下だ。
今までの経緯もあって殊更に気合いを入れている人達でもある。
優斗も席に座ったところで、ワルドナ公爵は口を開き、
「ユウト様も来て頂いたところで――」
「――その前に一言、いいでしょうか」
と、その時だった。
ワルドナ公爵の部下の中でも若い部類に入る青年が口を挟んだ。
おそらくはドロニスと年齢はさほど変わらないだろう。
青年は一言、断ってから席を立ち、
「大魔法士様といえど、これは戦闘ではありません。現状においては不適格と言わざるを得ないと思われます」
そう言いながら青年は真っ直ぐに優斗を見て、
「邪魔だけはしない。大魔法士様には、これを確約していただきたいのです」
思わず顔を覆いたくなるほどに、間抜けな発言が最初から出てきた。
というよりリライトであろうと、このようなことを言う人間がいるのは優斗も分かっているが、それでもワルドナ公爵の部下がそれだとは考えていなかった。
「…………」
現に上司のワルドナ公爵も優斗と同意見だったのか、口をあんぐりと開けている。
「……ユウト様。どのようにされますか?」
一方、不躾な発言に反応しそうになったのは部屋の中にいる近衛騎士達だ。
その中で優斗の護衛に付いた二人が剣呑な雰囲気の醸し出していたので、優斗は右手を軽く上げて制する。
その姿は先ほどの優斗とは全く違い、一つの立場を示す行動。
「構う必要はない。僕がいる意味を分かっていないだけだ」
大魔法士としての言葉に、近衛騎士達は素直に引き下がる。
優斗はさして気にしない様子でワルドナ公爵に先を促した。
だが青年の演説は止まらない。
「国の財政の一端を担っている我々の敗北は、リライトの不利益に繋がるのです。しかも状況が変われば、職人に十分な支払いも出来ない。我が王やドロニス様に頼まれたからといって、この一件を簡単に考えてもらっては困るのですよ。理解されていますか?」
勢いよく青年から言われたこと。
これは国の商談に関わっているからこそだろう。
とはいえ、だ。
――確率的には馬鹿が一人いるかもしれないが、それにしたってピンポイントでぶち当たらなくてもいいだろうに。
どうして、こう……オチが読めるような奴が出てくるのだろう。
優斗は大げさに息を吐いた後、
「ワルドナ公爵。リライト側に飛び抜けた間抜けが参加してるとは聞いてないんだが、どういうことだ?」
上司である存在に今の不手際の意味を尋ねる。
するとワルドナ公爵は丁寧に腰を折り、
「私の指導不足です。大変、申し訳ございません」
優斗に頭を下げた。
ワルドナ公爵にとっても想定外であろうが、謝罪は必須の状況。
だから場を収めるために長たるワルドナ公爵が頭を下げたわけだが、
「ユ、ユウト様! 彼は豊かな商才を持っているのです! ですから――」
思わずドロニスが、慌てた様子で便宜を図ろうとした。
もちろん状況によっては、言うべき時だろう。
加えてドロニスが見てきた優斗であれば、すぐにでも許してくれる。
そんな気持ちもあったかもしれない。
しかし、
「――ドロニス。ユウト様は言い訳をしろと言ったか?」
頭を下げたまま、ワルドナ公爵は息子の失態も注意する。
「この場で必要なことは言い訳ではなく、ユウト様への無礼に対する謝罪のみだ」
他にはない。
それ以外は必要ないことを他の人間は理解している。
「ワルドナ公爵。彼らはまだ若い……というよりは青いな」
「反論の余地はありません」
青年にとっては国の財政を担っている自負か、もしくは優越感。
ドロニスにとっては、優しさと甘さをはき違えた自覚の無さ。
若さ故の過ちと言って間違いはない。
それを歳下の優斗に指摘されるのは、何とも違和感のあることだが。
「何を仰っているのですか!? 彼がいなくても我々だけで十分です! だというのに……っ!」
「我々だけで十分? それは私と我が王の判断に異を唱えているのか?」
優斗がここにいることを認めないということは、王様とワルドナ公爵の判断を否定していることになる。
問い詰めるようにワルドナ公爵は睨むが、青年が反論する前に別のところから声が届いた。
「違うな、ワルドナ公爵。この間抜けは異を唱えてるわけではなく、ただの過信と状況判断が出来ていないだけだ」
商才があるらしい、とは聞いた。
だが、それ以外は全く足りていないことを気付いていない。
「少々、甘やかしすぎじゃないか?」
「返す言葉もありません」
「だからワルドナ公爵には悪いが、この場では邪魔だな」
「いいえ、そのようなことはありません。私もユウト様と同意見です」
弁解のしようもない。
優斗がここにいる理由をあらかじめ、ワルドナ公爵は説明していた。
だというのに、このタイミングで反論するのは意味もなければ筋も違う。
「とはいえここで『立ち去れ』と言ったところで、どうせ言うことを聞いてくれるわけもない。だから反論して構わないか?」
優斗の言葉にワルドナ公爵は素直に頷く。
その反応を見て大魔法士は青年に向き直った。
「色々と言いたいことはあるが、手間だから一つだけだ」
本来ならば立場を弁えていないこと。
依頼したのがワルドナ公爵側である以上、優斗を否定することは上司を否定することであり、かなり不利な立場に追いやってしまうこと。
色々と言うべきことはある。
だが優斗はそのことを述べず、心底呆れた様子で青年に告げる。
「今すぐ、この場で問題の解明と今後の展望を説明しろ。誰もが納得しうる説明であれば、僕の出番は省ける」
優斗がここにいる理由は、問題解決のため。
自分から関わると言ったわけではなく、関わろうとしたわけでもない。
頼まれたからここにいるだけだ。
そして自分がいることこそ、彼らが真相を何も分かっていない証左。
つまり覆したいのなら、青年はある程度のことまで問題が解決出来る見込みがあると証明しなければならない。
「…………」
けれど青年は説明出来なかった。
それも当然といえば当然だ。
要するに青年の言い分は完全な矛盾でしかない。
「どうした? 早く説明しろ」
そして分かっているからこそ、優斗はそこを突いていく。
「僕は黙ることを許していない。『説明しろ』と言っている」
テーブルに手を置き、焦らせるように人差し指で音を鳴らすように叩く。
静寂な空間に優斗がテーブルを叩く音だけが等間隔で響いた。
「……全く。人に文句を言っておきながら、何も分かってないわけだ」
再び、大げさに息を吐いた優斗は憐れむような視線を青年に送る。
「何度も同じことがあって、何度も同じように負けている。さらに何一つ把握していないというのに、自分達だけで十分だと叫いたのか?」
「だから今回こそは――っ!!」
「今回こそは? 今まで解決出来なかった上に、取っ掛かりすら見出せていない間抜けが、どうして今回解決出来ると宣える? その根拠はどこにあるんだ?」
だから過信である、と優斗は言うわけだ。
いつものように煽っているだけではない。
「だ、だったら貴方は解決出来るとでも言うのですか!?」
「そう思ったからリライト王は僕を推し、ワルドナ公爵は納得して受け入れた」
「魔法を使えばいいというわけではないのです! 力だけでどうにでもなる場所ではありません!」
「僕をどのように捉えようと自由だが、お前が今回で解決出来る根拠は説明しろ」
怒ることもなく、淡々と諭すように。
根拠があれば彼の願う通り商談には出ない、と。
暗にそう告げる。
「ですから、それは……っ!」
「難しいことを僕は言っているか? 今まで解決出来ていないのだから、今回解決すると宣える根拠を示せと言っているだけなのに」
優斗を参加させない最低限がある。
だというのに、最低限を示せずして優斗を省けるわけがない。
「国の財政に関わり、リライトに住まう民の問題にもなりかねないと言っていた割には、随分と楽観的に考えているな」
過信は害でしかない。
根拠のない否定は論外でしかない。
だから、
「邪魔だ。無能はこの場から消え失せろ」
間抜けから無能に格下げした青年に、優斗は切り捨てるような言葉を吐いた。
そのことにいち早く反応したのはドロニスだったが、
「ちょっと待っ――」
「ドロニス。これ以上は時間の無駄になる」
発言を止めたのはワルドナ公爵。
ワルドナ公爵は息子を射止めるような鋭い視線を向けて制すると、青年に向かって告げる。
「私に追い出されるか、自分から出て行くか。どちらか選べ」
優斗にあれほど言われて、それでも場に残り刃向かうというのであれば。
相応の罰が必要になる。
そもそも、現状でさえ最大限の温情を与えられてることを一番理解しているのはワルドナ公爵だ。
「…………っ!」
だから意味も無く感情的な視線を向けた青年に対して、ワルドナ公爵は立ち上がると彼の腕を掴んで部屋の外へ連れ出した。
そのまま放り出し、再び優斗へ頭を下げる。
「多大なる迷惑を掛けてしまったこと、申し訳ありません」
「ワルドナ公爵。一度目だから僕も甘い考えで終わらせたが二度目はない」
彼がやったことではないが、それでも部下の責任は上司が取るのが筋。
優斗はそれが分かっているからこそ、ワルドナ公爵に対して注意をする。
「先に言っておくが、あの無能はやらかす。滞りなく終わらせたいのなら、今日の商談からは外しておけ」
わざわざ面倒にする必要はない。
問題の火種を見つけたのに、煙を立てる必要もない。
「だけど、そのことに異論があるのなら……」
でも、それでもだ。
彼を参加させるというのであれば、
「僕にとって、やらなければいけないことをやることになる」
◇ ◇
その後の会議は滞りなく進んだ。
そして話が全て終わると、優斗は担当の近衛騎士二人を連れて部屋を出て行く。
代わりに先ほどの青年が部屋に入れられた。
青年が入った途端、近衛騎士達のせいで重苦しく緊張感が生まれた。
当然といえば当然で、優斗を無意味に貶した人物に怒りを感じないわけがない。
その中でワルドナ公爵は淡々とした調子で彼に言葉を告げる。
「シュイ。お前を初日の商談から外す」
青年――シュイと呼ばれた人物は驚愕の表情で言い返す。
「な、何故ですか!?」
「何故、と。それを問うのかお前は」
今まで国のためにと働いた自負がある分、優斗の存在が受け入れられないのか何なのか。
どうにも頭が痛くなってきたワルドナ公爵。
この場にいる大半の人間は分かっていることだ。
優斗に反抗することが、どういうことなのかを。
そして優斗がどれほど甘い判断を下したのかを理解している。
「穏便に収めて貰った。そのことが分からないのだな」
ワルドナ公爵は一つ息を吐くと、シュイと事態を理解していない人間に対して説明する。
「我が王と私の判断に異を唱えたこと。不躾な悪態を吐いたこと。さらにはシュイの無礼によって苛立っていた近衛騎士達すら、ユウト様に抑えていただいた」
現に今、優斗がいないことで近衛騎士達の苛立ちは復活している。
大魔法士が抑えた手前、事を荒立てることはないが再び暴言を吐けば……空気はより不穏なものになるだろう。
「世界中の誰であれ、世界中の王ですら許されないことをお前はやった。私にとって、どれほどの失態であったかお前に分かるか?」
頼んだ側が頼まれた相手に対して暴言を吐く。
あり得ないと断言できるほどの不義理だと、シュイは分かっているのだろうか。
「だというのにユウト様は、お前を追い出すだけで済ませて下さった」
罰もなく、この場だけで終わらせた。
責任者であるワルドナ公爵が悪い、と。
そのことすら口にしなかった。
「私のことを慮っていただいたというのに、謝罪をするだけで感謝を述べることすら失礼になり出来なかった」
ありがとうございます。
その言葉すら言えないような事態だった。
「だからお前を商談から外す。この判断に異を唱える者はいるか?」
ワルドナ公爵はぐるりと皆を見る。
すると彼の息子だけが声を発した。
「し、しかし、此度の商談にシュイを入れることは今後のためになるかと……っ!」
「優しさとは甘さではない。その違いがお前はまだ分かっていない」
「ですが彼は私と共に成長してきた仲間です。幾らユウト様の言葉だとしても、容易に受け入れるのは反対です」
先ほどの優斗はドロニスが会った時と違い、おかしな様子だった。
不自然なまでに冷酷だった。
であれば素直に言葉を受け入れるのもどうかと思う。
「ドロニス。私の説明を聞いて尚、シュイを商談に入れると言うのだな?」
頷きを返した息子にワルドナ公爵は、少しだけ考え込む仕草をした。
何事か疑問になる部下達に対して、マルスだけは嫌な予感がして思わず声を掛けてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってくれワルドナ公爵。一体何を考えているんだ?」
マルスの問い掛けに対してワルドナ公爵は微笑みを浮かべた。
けれどその微笑みは安堵を与えるために浮かべるようなものではなく、わざわざやぶ蛇を突くような類いの代物。
そしてマルスの嫌な予感は次の瞬間、現実となる。
「いいだろう。ドロニス、今回の商談において全ての責はお前が持て。やり取りも全てお前に任せよう」
声音は威厳に溢れ、いつも通りのワルドナ公爵だった。
しかし零れた言葉はいつもと違う。
シュイを入れるのなら、全ての責任を負えとドロニスに言いつけた。
人によっては、優斗の言葉を信じて部下を信じなかったと映るだろう。
人によっては、責任ある立場から逃げたと思ってしまうだろう。
だが、少なくともマルスだけは理解してしまう。
息子と部下の成長のために、千尋の谷に突き落としたことを。
「……ち、父上。よろしいのですか?」
「私の言葉を覆すというのなら、そのための責を持て。単純な話だ」
そう言ってワルドナ公爵はマルスを伴って、少し離れた場所に立つ。
これ以降はドロニスが指揮を執れ、ということだろう。
ワルドナ公爵の判断に少なくともドロニスとシュイは色めき立ち、自分達が信頼されたと勘違いする。
一方でマルスとワルドナ公爵は小声で会話していた。
「……ワルドナ公爵。問題になって構わないというのか?」
「ユウト様があのように仰ったということは、可能性として極めて高いのは間違いないでしょう。さらには与えていただいた温情を無碍にしてしまう」
二度目はない。
そして優斗が言ったからには、起こってしまうはず。
ワルドナ公爵とて、理解していないわけがない。
宮川優斗を大魔法士たらしめている理由の一つとして、異常なまでの洞察力があることを。
「しかし問題が起こったとしても、失態をいつか覆すことこそ息子のためになると私は思っています」
加えて願っていいのであれば、失態が起きず穏便に事が収まった未来があるかもしれない。
自分の想像以上のことが起これば、それもあり得ないことでもないだろう。
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