第259話 一緒にいる理由





 八月の最終週。

 優斗は夏休み最後の他国へと向かうことになった。

 出立の朝……というよりは日も昇ってないうちから優斗はアリーやクリス、修と話してから馬車に乗る。

 いつものように見送る家族に手を振って、義父と一緒にリライトの港へと向かった。

 車中にはワルドナ公爵とドロニスが同席しているのだが、どうにも疲れた様子で、


「お二人とも、少々お疲れのようですね」


「はい。ちょっとしたトラブルがありまして。色々と修正することになったので、再計算していたものですから」


 優斗が声を掛けると、少しばかり顔色が悪いドロニスは頷きを返した。


「ユウト様が一緒に来て下さるとはいえ、我々が何も準備しないわけにはいきませんから」


 数字の再計算に見直し等、色々したのだろう。

 二人とも疲れが色濃く出ていたが、ドロニスは笑顔を浮かべ、


「ユウト様には今日の一連の流れをご説明致しましょうか?」


「いえいえ、一応ではありますが流れは確認していますよ。僕の世界で言うのなら皆様のやっていることが仲介業で、関税とかそういうので揉めているわけじゃないことも理解しています」


 違う国が相手の場合は関税の取り決めもあるらしいが、思っていた以上に単純なやり取りだ。

 大枠の取り決めがあるわけでもなく、毎度毎度やり取りをする。

 金額的にも最大で数億程度であり大層な額でもないので、そうしているのだろう。


「皆さんが問題としているのは、リライトが乗せる利益率の問題なのでしょう? うちは原価に輸送費、国の人件費や諸経費を乗せている。そして余剰分の金額を国庫に入れたいけれど、そこが雀の涙ほどか全く入れられない状況なんですよね?」


「はい。ユウト様が仰る通りなのです」


 ドロニスが頷きを返すと、優斗はさらに言葉を続ける。


「ですが僕は“そこ”を重視するつもりはありません。先日もお話しましたが、ワルドナ公爵にドロニス様がいます。僕の付け焼き刃な情報では邪魔になるだけでしょう」


 そう言ったところで驚いたのはドロニスとワルドナ公爵だ。

 一体どういうことなのか、という視線に優斗は答える。


「僕がやるのは原因の特定。それが分かれば、後は皆さんの方がよほど上手くやるでしょう」


「……ユ、ユウト様は我々を信頼して下さっているのですね」


 感激した様子のドロニスに優斗は苦笑する。


「いえいえ、単純明快な事実ですよ。というより問題は午後でしょうね。ワルドナ公爵にはご配慮いただき、ありがとうございます」


「滅相もない。大魔法士様とトラスティ公爵のバカンスを邪魔するわけにもいきませんから」


 優斗が呼び出された件については、今日の午後に話すことになっていた。

 本来は三日目だったらしいのだが、そこはワルドナ公爵が強行し初日の午後にしてくれた。


「大魔法士案件。さて、何を言い出すことやら」


 しかし話の内容は極秘。

 ワルドナ公爵にはそのような文章がリヴァイアス王国から送られていた。

 と、ここでドロニスが首を捻る。


「しかしながら、どうしてユウト様を呼び出して話をするのでしょうか? 文を送ればいいものを」


「僕と直接会ってみたいか、もしくは国を通したくないか。どちらかでしょうね」


 さらに疑問の表情を浮かべたドロニスに、優斗は自身の現状を伝える。


「リライトを通して大魔法士に出された書類の類いは全て、リライトの検閲が入ります。それで九割超が除かれるんです」


 去年の闘技大会後なんかは、パラケルススをお披露目してしまったとあって王様が死ぬほど頑張って片付けていた。


「それに僕と直接やる利点って何だと思います?」


「直接やる利点……ですか? 申し訳ありませんが、すぐには思い浮かびません」


 ドロニスが申し訳なさそうに謝ると、優斗はすぐに答えを教える。


「僕が認めたのなら、リライトでも覆せないことです」


「リライトでも……ですか!?」


 大層驚きの声をドロニスが上げた。

 マルスやワルドナ公爵は知っていたので驚きはない。

 そうなっても当然だということを二人は知っている。


「リライトであろうと、僕が決めたことに対して覆す権利は持っていないんですよ」


「で、ですがユウト様は大魔法士であれど、リライトに属する人間ですよね!?」


「言い方を変えれば属しているだけであって、従属しているわけではないんです」


 この違いは大きい。

 ただ属しているのか、それとも従属しているのか。

 そこを間違えると大きなトラブルの火種になる。


「大魔法士というのは厄介なもので、僕の命をうければ幾つかの国は従ってしまいます。それほどの権力と立場を持っています。なのに幾つもの国に介入出来てしまう僕が、たった一国に従属してしまうとなると……」


 切った言葉の先にあるものをドロニスは気付くと、はっとした表情になる。


「均衡が崩れ危ない……ということですね」


「ええ。ありとあらゆる危険性を孕んでいます」


 特にミラージュ聖国とかいう厄介極まりない国と出会っているので、机上の空論だろうとも言えなくなってしまった。


「だから僕が動くには、基本的に僕の意思が必要になるわけです。強いられたわけでも命令されたわけでもなく、僕が進んで力添えしている。それを示すしかありません」


 と、ここで優斗は少し緊張感が帯びた空気を弛緩させるように肩を竦めた。


「一応、その全てをぶっ飛ばしてお願い出来てしまうのがトラスティ家なんですけど、この人達はそもそも僕が大魔法士であることは仕方ないと思っても、僥倖だと思ってないですから」


 余計な仕事が降ってくるだけではあるが、千年ぶりの存在に対しても思えることが凄いと優斗は思う。

 義息子が大魔法士であれば、大威張りしたところで罰は当たらないというのに。


「今回の件は義父さんも仕事込みになってしまったのは嫌でしょうけど、仕方ないことですしね」


 優斗が淡々と言うと、マルスとワルドナ公爵は何故か項垂れるようにガックリした。二人の反応で優斗も失態に気付く。


「……あ~、えっと……その……ごめんなさい。知らないフリをしたほうが良かったですね」


 申し訳ないことを言ってしまったと反省する優斗に対して、意味不明な状況になったドロニスは頭に特大のハテナマークを灯す。

 その状況下において、マルスは苦笑してしまった。


「いや、ユウト君ならば気付く可能性は大いにあると思っていたよ。ワルドナ公爵も手伝っていただいたのに申し訳ない」


「いえ、ユウト様であれば仕方がないかと」


 公爵二人は観念したようにお互いを慰める。

 一方で困惑しているドロニスに対して、優斗は頭を掻いた後に理由は話し始めた。


「ドロニス様には最初に言ったと思いますが、公私混同ですよ」


「確かにユウト様は最初にお会いした時、そのように仰っていましたが……。トラスティ公爵は国防の担当です。今回の一件に関わりはないかと」


「だから義父さんがワルドナ公爵に言ってましたよね。『手伝っていただいたのに申し訳ない』と」


 つまりワルドナ公爵は今回の一件にマルスをねじ込んだ。

 一緒の仕事をしているように見せかけた。


「義父さんにとって私的な部分は旅行。だとしたら、どうして公的な部分をねじ込んだのか」


 そう言うと優斗は指を一本立てた。


「おそらく僕と同じ仕事をした、という実績作りです」


 断定した物言いではないが、優斗がちらりと視線を向ければマルスは素直に頷きを返した。


「とはいえ義父さんは仕事のために僕と共に行動するなんて、許せるはずもない行動です。言語道断だと思ってしまう」


 義父として一緒にいるのは構わない。

 けれど仕事で一緒にいるのは許せない。


「だから中身は旅行にして、外見だけ体裁を整えた」


 全く関係ない場所に自身をねじ込んで、それを仕事だと偽った。


「それを父も協力した、ということですよね? ですがどうして今、そのようなことをしなければならないのでしょうか……」


「今ではなく、ずっと先延ばしにしてきた結果でしょう。国防の長として、僕と仕事を一緒にした実績は当然のようにあったほうがいい。王様にもそう言われていたはずですよ」


 むしろ優斗としては、よくここまで粘ったものだと思う。

 というか周囲を騙してまで一緒に仕事をしたくないマルスの義父としての矜持は、義息子として本当に嬉しいものだと実感してしまう。


「加えて、ちょうどいいのでもう一つ。今回の一件はリライト国内に対しても良い示しになります。タイミング的には、そろそろリライトでも不満が生まれる可能性はありましたから」


 しかし全てを後手後手で動くわけでもない。

 面倒な火種を燻らせることもなく、火種になる前に潰すのも大切だ。


「不満とは、どのような?」


「異世界人の後見となっている家は、異世界人を囲っている。そう勘ぐる馬鹿が出てくる、ということですよ」


 これもついでに解決したんでしょう、とばかりに優斗は二人の公爵を見る。

 するとマルスもワルドナ公爵も参ったとばかりに両手を上げた。

 ドロニスは二人の行動を見て、優斗に再び尋ねる。


「そのようなこと、あり得るのですか? 少なくともワルドナ家はトラスティ家とは良好な関係を築いていると思いますし、他の公爵家も同様でしょう? 侯爵家であっても、そこまで疑うとは到底思えないのですが……」


 さすがに子爵や男爵までいけばドロニスとて疑う輩が出てくるとは思うが、異世界人の情報が開示されているのは侯爵まで。

 そしてリライトにいる高位の貴族として、そのことに疑いを持つとは思えない。


「ですが異世界人が来て一年以上経っているのに、僕とドロニス様は先日出会ったばかり。その理由を知らないからこそ、穿って見てくる可能性は僅かでも存在します」


 ほぼいない。

 けれど絶対にいないと断言は出来ない。

 可能性がほとんどなくとも完全にないと言い切っていないのであれば、それは『可能性がある』と言っても差し支えがない。


「もちろん僕が他の公爵家と繋がりが薄い理由なんて単純明快で、気を遣っていただいているだけ。特に僕なんかは他国の王族だの何だのと出会って、面倒だとか疲れたとか騒いでますからね。余計に気を遣っていただいているでしょう」


 大魔法士として動き、他国の王族と交流を持つ。

 それを喜んでやっているのならまだしも、帰ってくる度に溜め息交じりであれば誰しもが気を遣うだろう。


「だから勘ぐったところで馬鹿なんですけどね。まあ、可能性はあるからこそ、先手を打って潰しておくわけです」


「しかし先手を打つと言っても、どのようなことをなさったのでしょうか?」


 すでに終わっただろうが、マルスとワルドナ侯爵を一体何をしたのか。

 それがドロニスには分からなかった。

 しかし優斗はくつくつと笑って、


「どのようなことも何も、ドロニス様にやっていただきましたよ」


「……えっ? わ、私ですか!?」


 優斗が頷きを返す。

 さらにはマルスもワルドナ侯爵も同じように頷いた。


「今回の件、中身は義父さんが気を遣ったことで事態が動いた。ですが外から見ればどうなります?」


 そう。誰が動いて、どうなったのか。

 それを理解すれば自ずと答えは見えてくる。


「異世界人に関わっていない公爵家の長子が頼み事をして僕が動いた。そのように映りますよね?」


 手っ取り早いのはマルスが頼むこと。

 何故なら優斗がマルスの頼み事を断ることはないから。

 しかし断られる可能性がありながらも、ドロニスに動いてもらったのであれば。

 そこには何かしらの意味があるはずだ。


「今まで一度もなかった。けれど僕とドロニス様は出会い、話し、このように共に行動した。だからこそ先手になる」


 無用な疑いすらさせない、と。

 ほんの僅かに生まれるかもしれなかった可能性すら潰す。


「まあ、でも、これはついでですから気になさらないでいいと思いますよ。義父さんの本命は間違いなく僕と旅行することで、ついでに一緒に仕事した実績を持って、ついでに面倒な火種を火種になる前に潰しただけですから」


 そう言って優斗が朗らかに笑って外を見ると、海岸が視界に広がった。

 港には幾つもの船が留まっており、その中でも一際ごつく大きい船が目に付く。


「そういえばユウト君は高速船に乗るのは初めてだったね」


「はい。おそらくはあの一番大きい船がそうですよね?」


 魔法科学を用いた船。

 高速船と呼ばれている船は、とんでもないスピードを出すとは優斗も聞いている。


「これは国が所有する高速船の一つ。メロディ・オブ・アリーシア号という名前なんだよ」


「メロディ・オブ・アリーシア号……ですか」


 どこぞの王女様の名が冠された船の名前に、優斗は思わず吹き出した。

 今まで優斗が知らなかったということは、彼女も知られたくなかった代物だろう。

 リライトも幾つか高速船は持っているらしいので、わざわざこんな名前の高速船に当たるとは彼女も考えていなかったに違いない。


「なるほどなるほど。それは面白い情報を貰いました」



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