第31話 初めての隣国

 10月に入って少しした頃、トラスティ邸の庭で珍しく優斗がフィオナに指導していた。

 マリカを膝の上に乗せながら、彼が伝えているのは精霊術のこと。

 

「精霊には意思があるからね。彼らの意思を無碍にしちゃいけないんだよ」

 

「わかりました」

 

 そして精霊使役の練習をしていると、二人に家政婦長から来客の知らせが届いた。

 

「ユウトさん、お客様がいらっしゃられましたよ」

 

「僕にお客? 誰ですか?」

 

「リステル王国第4王女のリル様でございます」

 

「……えっ?」

 

 予想外な人物だった。

 何しに来たのかが全く分からない。

 フィオナと視線が合うが、彼女もよく分からないようだ。

 とりあえず家の中に入ってリルに会うと、彼女の第一声もまた驚きだった。


「あんた達って婚約どころか結婚してたのね。ユウトのいる場所を聞いてビックリしたわ」

 

「……あー、色々と理由はあるんですが正式に結婚しているわけではなくて」

 

「だってこの間、ユウトが赤ん坊を抱っこしてるとこ見た時にタクヤがあんた達の子供だって言ってたわよ。それに指輪だってしてるし」

 

 リルが指す先には優斗が抱っこしているマリカ。

 さらによくよく見れば二人が同じ指輪をしているのだから勘違いするのは当然だ。

 

「……とりあえず説明しますので」

 

 面倒ではあったがこれからもたくさん関わっていくので、できるかぎりの説明を優斗は始める。

 

 

 

 

「この子が龍神なんだ」

 

「ええ。龍神なんです」

 

 マリカの説明を聞き終えたところで、リルが思い出したように言った。

 

「って、そうだった。ユウト、あんたってタクヤ達に対してそんな喋り方じゃないでしょ」

 

「え? いや、まあ、貴女は王族ですし」

 

 しかも他国の王族なのだから口調が変わるのは当然だ。

 

「あたしにも普通にしゃべりなさい」

 

「……突然、どうされたんですか?」

 

 優斗が尋ねるとリルは少し顔を赤くしながら、

 

「あ、あたしはやたら無闇に誰でも下に見る……とか、そういうのはやめるって誓ってるじゃない」

 

「そうでしたね」

 

「だ、だったらあたしにも、その……」

 

 リルは頬をかきながら、

 

「友達みたいに接してもらいたいと思うのは……普通でしょ?」

 

 照れくさそうに言った。

 同等に扱おうと思ったら、同等に扱ってもらいたい。

 友達になってもらいたいと思うのは彼女にとって必然だった。

 

「だめ?」

 

 リルが訊くと、優斗は首を横に振った。

 

「駄目じゃない」

 

 願ってくれるなら歓迎すべきことだ。

 

「なら、友達としてお願いを聞くよ」

 

 優斗があらためて聞く体制をとると、リルは力強くお願いした。

 

「一緒にリステルに来てほしいの」

 

 そして、なぜリステルに行かなければならないのか説明を始める。

 

「やっぱりというか何というか、あたしがやったことって少し問題になってるのよね。他国の人間に王族が“誓いの言葉”を使ったことに対して、ね」

 

「そうなんだ」

 

「あの言葉は撤回できるものでもないけど、少なくともあたし本人が説明はしないと納得もしてもらえなくて」

 

 だからこそリステルに一度、戻ることになった。

 

「僕が一緒に行く理由は?」

 

「念のための護衛、っていうのが一番正しい理由だわ。僅かな可能性ではあるけれど、襲われる懸念もある。まあ、ないだろうけど」

 

「襲われる?」

 

 一体どういうことだろうか。

 

「あたし、何人か婚約者候補がいたんだけど、全員を蹴ってタクヤに誓っちゃったから。もしかしたらっていう可能性があるのよ」

 

 リルから“誓いの言葉”を得られれば、婚約者候補にとっては婚約者になれるのと同義だ。

 ということは他国のタクヤに使ったのなら、彼が逆恨みされる場合もあるかもしれない。

 もちろん、未だに婚約者の候補という枠組みからは外れていないのも事実なのだが。

 

「でもタクヤには悪いけど、当事者だし一緒に来てもらうわ。他の人達にはあたしのせいで手を煩わせるわけにもいかないから、ユウトだけにお願いしたいの」

 

「国から護衛を呼んだりギルドに頼んだりしたら?」

 

「言ったでしょ。あくまで念のためにすぎないって。ほとんど旅行みたいなものよ。それにギルドや護衛よりあんた一人のほうがよっぽど強いじゃない。黒竜を魔法一発で倒したり本気になったら世界がやばいとか言ってるんだから」

 

 優斗以上の護衛なんてほとんど存在しない。

 だから、

 

「お願いしていい?」

 

「…………へぇ」

 

 リルの言葉に感嘆した優斗の態度。

 すると、ぶっきらぼうにリルが訊いた。

 

「何よ?」

 

「本当に変わったね」

 

 瞬間、リルの顔が赤くなった。

 

「ち、誓ったって言ったじゃない!」

 

「分かった分かった」

 

 苦笑する。

 

「護衛ってことはフィオナとマリカはお留守番だね」

 

「あ、ちょっと待って。この子が龍神なのよね?」

 

 危ないことになるから二人は残そうと思っていたのだが、リルからストップが掛かる。

 

「そうだけど」

 

「だったら一緒に来てもらってもいい?」

 

「どういうこと?」

 

 連れて行く利点が今のところ、優斗には分からない。

 というか勝手に他国へ連れ出す理由が見当たらない。

 

「龍神の赤子がリライトにいるというのは教えてもらっているけれど、リステルの者で実際に見たのはいないのよ。情報が本当なのか問われたところで、真実だと言い切れる者もいないの」

 

「つまり?」

 

「リライトが龍神の赤子がいる、と嘯いて信者の方々を呼び寄せようとしているのかもしれない。そう勘繰る馬鹿も出てくるかもしれないわ」

 

「先にそれを潰しておきたいと?」

 

 優斗が問い掛けるとリルは頷いた。

 

「ええ。参観の時にアリーのお父様に話をしていて、機会があればと言っていたの。今回はちょうどいい機会になると思って」

 

 話した場所が場所なので龍神の赤ん坊の正体までは知らされていなかったが、マリカだというのは驚きだった。

 

「マリカを連れて行くことによって何かしらの利益があるってことなのかな?」

 

「より強固な信頼関係。正直な話、あたしがやったことも好転させればリライトとの関係強化に繋がるし、さらに龍神の赤ちゃんを来させられるほどリライトとリステルの関係が素晴らしいものだと知らせることもできるわね」

 

 両国の関係性を国内にも国外にも示すことができる。

 

「仲が良いところを国内外に知らせたところで、デメリットはないわ」

 

 と、リルは軽い口調で、

 

「家族旅行だと思って来たらいいじゃない」

 

「……う~ん。もう一度訊くけど、危険はないんだよね?」

 

「ないわよ。あったとしても10%もないわ」

 

 リルの断言に優斗は内容を吟味し、

 

「了解。王様も了承してるみたいだし、連絡とかは任せるよ」

 

 優斗の返答にリルもほっとした調子で笑った。

 

「ありがと。すぐにでもアリーのお父様に話を通しておくわね」

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