第32話 トラブルなんてないほうがいい

 高速馬車に揺られながら一行はリステルへと向かう。

 

「すごく速いね」

 

「飛行機に乗ってる気分になるな」

 

 優斗と卓也が唖然とする。

 少なくとも馬車に乗っているとは思えない。

 

「しかも初めて他国に行くね」

 

「そうだな。こんなことで行くとは思ってなかったけど」

 

 優斗はともかく、卓也としては巻き込まれた感で一杯だ。

 

「何よ、文句あるの?」

 

 リルがぶしつけに訊く。

 

「微妙に大事になりそうなことを軽々とやるなよ」

 

「仕方ないじゃない。ああするのが一番だと思ったんだから」

 

「だからって一生に一度しか使えない言葉を使うな」

 

「なんですって!?」

 

 広くはない馬車の中で卓也とリルが口ゲンカを始めようとする。

 その時だった。

 

「たー! りー!」

 

 マリカが大きな声で遮った。

 

「……今のなに?」

 

 マリカの言葉の意味がわからず、リルが優斗とフィオナに問いかける。

 

「おそらく卓也の『たー』にリルの『りー』だと思うけど」

 

「そうですね。そういう意味でしょう」

 

 二人が代弁する。

 

「マリカがケンカするなってさ」

 

 ねっ、と優斗がマリカに同意を求めると、意味を理解してるのかしてないのかわからないが、大きく頷いた。

 それで卓也とリルの気概も逸れた。

 

「マリカに言われたら仕方ないわね」

 

「一時休戦だな」

 

 

     ◇    ◇

 

 

 以降は卓也とリルの言い争いも再発せず、リステル王国へと入った四人は王城へと向かう。

 話は通してあったので、そのまま謁見の間へと向かう。

 中に入れば60歳は過ぎていそうなおじいさんと呼べる人が座っていて、傍らにはイアンがいた。

 優斗、卓也、フィオナは方膝を立てて顔を伏せる。

 

「彼らがリルの学友かい?」

 

「そうよ」

 

 リルが頷く。

 とりあえず父親でありリステル王が相手でも彼女の口調は変わらないらしい。

 

「顔をあげなさい。呼び寄せたのはこちらなのだから」

 

 ほっほっほっ、とリステル王が穏やかに笑う。

 許しを得て優斗たちは顔を上げる。

 

「まずは龍神の赤子を見せてもらってもいいかね?」

 

「はい」

 

 フィオナが立ち上がり、リステル王へと近づいていく。

 

「マリカと言ったね?」

 

「その通りでございます」

 

「証拠を見せてもらってもいいかい?」

 

 穏やかな口調でフィオナに聞く。

 フィオナは左手の薬指にはまっている指輪を見せた。

 

「ありがとう。確かにこれは龍神の指輪だ」

 

 外れないことも確認する。

 

「父親役は彼でいいのかい?」

 

 リステル王が視線を優斗に向けると、フィオナは静かに頷いた。

 

「君達の事情はリライト王から聞いているよ。大変だね」

 

 恋人でもないものが両親役をやる。

 しかも子供は龍神。

 想像を超える苦労があるだろう。

 

「お父様。事情って何?」

 

「それはおいおい、伝えることにするよ」

 

 リルの問い掛けに、この場ではリステル王も言葉を濁す。

 何かしらの事情があるのだとリルも察し、すぐに引き下がった。

 リステル王は娘に頷くと、優斗に笑みを浮かべる。

 

「ユウト、と言ったね。黒竜の件についてはイアンからも話を聞いているよ。私達の問題に巻き込んでしまってすまなかったね」

 

「いえ、大切な友人であるリル様を守ることができて光栄であります」

 

「そう言ってくれると助かるよ」

 

 微笑みを維持しながらリステル王は続いて、

 

「君やリライトの勇者がリルの友人というのは私としても喜ばしいかぎりだ」

 

「……今のはどのように受け取ればよろしいのでしょうか?」

 

 いくつか意味が含まれている。

 そのうちの“どれ”かによって、こっちの対応も変わる。

 

「褒め言葉だよ。君たちほどの力を持つ者が友好的であるというのは、隣国であるリステルにとっても喜ばしいんだよ」

 

 リステル王に言われて優斗は少し考えるが、今回の発言がどの意味に繋がるのか気付く。

 

「侵略される可能性が減る、という観点からでしょうか?」

 

 リステル王は優斗の発言に少しだけ目を見開いたが、微笑みはそのままだ。

 

「そうだね。リライト王が今の王であるかぎり心配はないと思うが、不安の種は残るものだからね」

 

「大丈夫です。その点については心配ないと断言できます」

 

「ほう。どうしてかね? 君達ならば一国の主になれるだろうに」

 

 世界に覇を唱えれば、彼らならばできる。

 そういう可能性を持っている。

 しかし優斗は横に首を振り、

 

「利点がありません」

 

 どういう意味なのか、という視線をリステル王が送ってきたので優斗は答える。

 

「我々は異世界からやってきましたから、考え方が最初から皆様とは違っています。民主主義で戦争というものを忌避するべきものだと考えている我々からしたら、一国の主という考えは『大それた話』になります。さらに私やリライトの勇者の幸せというものはもっと素朴なものなのです」

 

「一国の主というものは幸せになり得ないのかい? リライトの領土も増えるというのに」

 

「それは『リライトの幸せ』ということになります。あくまで私の幸せという話になりますが、少なくとも私の幸せは友達と楽しく遊べて、フィオナと一緒にマリカを育てられる環境のことを指します。もしも他国への侵略に対して私達の力を頼りとするならば、友人と遊ぶ時間はなくなる。さらにマリカの面倒も見れなくなると何一つ利点がありません」

 

 リステル王は優斗の審議を問おうと目を細める。

 けれど彼の言葉に嘘はないと判断したのか、先ほどの微笑みを浮かべた。

 

「確かに侵略は君の幸せとは程遠いね」

 

「はい」

 

 リステル王は何度か頷くと、続いて卓也を見た。

 

「そして君がリルから“誓いの言葉”を受けたタクヤだね?」

 

「は、はいっ!」

 

 ガチっと固まったまま、卓也が大きく返事をした。

 

「ほっほっ、緊張しなくてもいいよ。君を問いただしに呼んだわけじゃないのだから」

 

 とはリステル王が言うものの、この状況で緊張しないほうがおかしい。

 

「リルのことだ。意味など教えずに使ったのだろうし、君に非はないよ」

 

「お、お父様!?」

 

 父親の発言にリルが慌てる。

 

「だってそうだろう? 見届けたイアンからもリルが問答無用で使ったと聞いているよ?」

 

「ま、間違ってないけど、見境なしに使ったわけじゃないわ。ちゃんと考えて使ったんだから。タクヤになら言ってもいいって思ったから」

 

 誓いの言葉を告げたのだ。

 

「おかげで婚約者候補はみな、うな垂れていたようだ」

 

「別にあんな連中がどう思おうと知ったことじゃないわ」

 

「確かにどうしようもない連中もいたことは確かだが、幾人かは素晴らしい人物だったのも間違いないよ」

 

「嫌なものは嫌なの!」

 

 リルが全力で否定する。

 リステル王はやれやれといった感じで、

 

「……本当に仕方ない娘だ」

 

 呆れたように笑う。

 

「タクヤ。こんな娘でよかったら貰ってくれないかい?」

 

「へっ!?」

 

 唐突に話の矛先が向けられ、卓也からすっとんきょうな声が出る。

 

「気が強くわがままなところもあるが、これで可愛いところもあるのだよ」

 

「い、いや、でも他国の王女がオレみたいな一般人と結婚ってまずいんじゃ!?」

 

 卓也の反論の中に「嫌だ」という言葉が入っていないということは、少なくともリルのことを悪く思っていないことが分かる。

 それに気付いたのはリステル王と優斗だけ。

 卓也本人でさえ気付いていないのかもしれない。

 

「君は王族よりも希少な異世界の人間だ。そしてリライトで下位ではあるけど爵位を持っている。少なくとも嫁がせる先というには全く問題がないと思っているよ」

 

 さらにはリライトとの友好の架け橋になる。

 

「だけど出会って一ヶ月も経ってないんですよ!?」

 

「君の世界ではおかしいのかもしれないが、こっちの世界では顔も知らなかった同士が結婚する場合もよくあるのだよ」

 

「け、けれど……」

 

 卓也がちらりとリルを窺う。

 視線に気付いた彼女が問い掛けた。

 

「何よ、嫌なの?」

 

「い、嫌ってわけじゃないけど……」

 

 卓也も今となっては、なんだかんだで一緒にいて嫌だと思っていないのは確かだ。

 

「じゃあ何なのよ! 悪いけどあたし、あんたに誓ってるんだからね!」

 

 彼以外の誰かに誓うことはもうない。

 

「……うぅ」

 

「はっきりしないわね!! イエスかノー、どっちなのよ!?」

 

 痺れをきらせたリルが問い詰めた。

 反射的に卓也が答える。

 

「イ、イエス!!」

 

 瞬間、卓也の運命が決まった。

 リルの顔がほっとしたのを卓也以外の人間は見逃さない。

 そういうことだったのか、と周りが目配せする。

 

「ほっほっほっ、ならばリライト王に書状を送らないといけないね。たった今、リライトとリステルの友好の架け橋ができたのだから」

 

 リステル王が頷くと、当人達以外はリステル王に続いて頷いた。

 

「いや、まさか卓也が本当に国外の人と婚約するなんて思って無かったよ」

 

 笑って卓也の肩を叩く優斗。

 

「ビックリですけど、お似合いだと思います」

 

「リルが他国との架け橋になるために婚約したとなれば他の者達も納得するだろう」

 

 それぞれが言葉は違えど祝福? のようなことを言う。

 卓也が心底慌てた。

 

「えっ? ちょっ!? ま、待った! 何でそんなことに――」

 

「言質はリステル王族にリライト公爵、子爵と聞いてるからね」

 

 無駄な抵抗はしないほうがいい。

 卓也は何かを言おうとして、そして……無駄だと悟ったのか何も言わなかった。

 まあ、実際のところは何かを言おうとしたところで意味がない。

 結局は卓也だって心から嫌がってはいないのだから。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 何だかんだで腹をくくった卓也がリルと二人で先頭を歩き、離れた後ろでは優斗とフィオナ、イアンが話している。

 そしてリル達はというと、先ほど彼女が気になったことを訊いていた。


「ねえ、タクヤ。ユウト達の“事情”って何?」

 

「さっきのお前の反応を見て思ったけど、聞いてないのか?」

 

「ユウトとフィオナが婚約者でも夫婦でもないってことは聞いてるけど」

 

 それ以外にあるのだろうか。

 

「さらに言うなら恋人同士ですらない」

 

「……ひょっとしてギャグでも言ってるの?」

 

 リルの理解の範疇を超えた返答が来た

 

「残念ながらマジだ」

 

「あれだけラブラブで?」

 

「あれだけラブラブで」

 

 卓也の言っていることが事実だとすると、龍神の親になる前提条件が分からなくなってくる。

 

「あたしは恋人ぐらいなら龍神の親に選ばれるものって思ったんだけど」

 

「違うから、せめて今までの親達と同じような関係に偽装したってことだよ」

 

「でもユウト達って全盛期の恋人とかと同レベルの甘い空気出してる時ない?」

 

「そこがマリカに選ばれた理由なんじゃないかと睨んでるよ、オレは」

 

 

 

 

 そのまま六人で夕食を取り、本日は王城に泊まることとなった。

 フィオナとマリカとリルは一緒の部屋で寝ることになり、男子もイアンが優斗達に訊きたいことがたくさんあるとのことで一緒の部屋で寝ることとなった。

 そして食事をした広間から各々の部屋へ向かっている途中で、変に格好付けて待ち構えている人物に出会った。

 後ろには従者を引き連れている。

 

「お久しぶり。イアン様、リル様」

 

「うわっ、ガリア侯爵」

 

 気まずそうにリルが顔を背けた。

 イアンはやれやれ、と返事をする。

 

「どうかしたのか? 今日はもう仕事はないはずだが」

 

「いやだな。リル様が“誓いの言葉”を使った相手を見に来ただけだよ」

 

 ガリア侯爵は卓也を値踏みするように睨め付ける。

 

「リル様もこんな輩を婚約者にするのだったら、私を選べばよかったのに」

 

 言葉を聞いた瞬間、リルが反論する。

 

「あんたなんて絶対イヤ! あんたよりもタクヤのほうが1億倍マシだわ」

 

 全力での拒否。

 けれどガリアはさらっと受け流した。

 

「まあ、私を選ばなかったことを後悔するのは貴女だろうけど」

 

 そしてガリアの視線が優斗に移り、フィオナと……マリカで少し留まると小さく笑った。

 

「それでは私はこれで失礼するとしよう」

 

 一応、ガリアは頭を下げて通り過ぎていく。

 けれど卓也は彼が誰なのかがまったく分からず、

 

「あれ、誰?」

 

「元々はあたしの婚約者候補。父親が死んでからあいつが侯爵の地位を継いだんだけど、論外すぎて話にならないわ」

 

「どういう意味なんだ?」

 

「頭悪い、短絡的、自己中心的、その他もろもろよ。あいつの父親は優秀だったけど、次に問題起こしたら父親の貯金も使い果たして余裕で爵位降格。それぐらいの酷い奴」

 

 リルがボロクソに言う。

 その一方で優斗は嫌な不安を感じた。

 

「……イアン様、ちょっと」

 

「なんだ?」

 

 優斗はイアンの耳に口を寄せる。

 

「マリカのことを知ってる貴族って……どの爵位までですか?」

 

「ん? リステルで知っているのは王族の私達だけだが」

 

 イアンの返答に優斗は眉をひそめる。

 

「…………」

 

「どうかしたのか?」

 

「ガリア侯爵……でしたね。彼の視線がフィオナとマリカに移った時、笑ったんですよね。しかも笑い方が赤ん坊を見たときに出る笑いじゃなくて、もっと不快な笑い方で」

 

 悪寒が走った。

 

「それは私も見ていたが、彼は基本的にああいう笑い方だ」

 

「ならいいんですが、何となくマリカの正体を知ってそうな気がして」

 

「気のせいじゃないのか?」

 

「あくまで気のせい、というならそうですが……」

 

 ふむ、とイアンも考える。

 念のためということもあるだろう。

 

「ならばリル達の部屋には護衛をつけよう。泊まる部屋も隣同士ならば何か問題があればすぐに駆けつけられる」

 

 

     ◇    ◇

 

 

 結局のところ、夜には誰も来なかった。

 女性陣はたっぷりと話したところで眠り、男性陣もイアンの質問攻めが終わったところで気付いたら眠っていた。

 そして翌朝、比較的寝坊などをすることがないイアンと寝坊などしていられない優斗が目を覚ます。

 ドアを開けて隣を確認すると、護衛兵が問題ありませんと伝えてきた。

 

「どうやら杞憂だったようだ」

 

「お手数をお掛けしてすみません」

 

「いや、いい」

 

 卓也を起こして隣の部屋に朝食を食べることを伝えたら、まだ準備に時間が掛かるから先に行っておけと言われた。

 念のため護衛兵に朝食を取る場までは護衛をするように頼み、三人は先に出て朝食を取る場へと着く。

 しかしそこから5分、10分と待つ。

 

「女性の身だしなみを整える時間はどうにかならないものかと常々思う」

 

「僕はもう慣れました」

 

「オレは優斗ほどの心境にはなれないな」

 

 けど、女性だから仕方ないかと優斗たちは笑って、くだらないお喋りをしていた……瞬間だった。

 

『――――ッ!!』

 

 

 突然、爆発音が響いた。

 反射的に三人は立ち上がる。

 

「今のって……」

 

「爆発か!」

 

「場所は!?」

 

 優斗、イアン、卓也は食事場から飛び出してバルコニーへと出る。

 真下にある綺麗に並んだ森林を超えて、500メートルほど離れた王城域内の広場から煙が見えた。

 下を見れば今の音と煙に反応して幾人かの兵士が向かっていく姿が映り、三人はあらためて広場に目をやる。

 煙と距離で誰がいるのかは分からないが、片方は少数でもう片方は2,30人ほどはいそうだ。

 

「一体、誰がこんな朝からやっている?」

 

 イアンの疑問も当然だった。

 けれど、優斗は嫌な予感がする。

 フィオナとリル、マリカがまだ来ていない。

 優斗は間違いであってくれと願うが、次に起こった現象が優斗の願いを崩す。

 竜巻が少数グループから生まれたのだ。

 しかも現象が起こる少し前に小さな光の煌めきと、薄く緑色に光る何かが少数の眼前に現れたのを優斗は見逃さない。

 

 ──たぶん、あれは……。

 

 龍神の指輪を使ったから。

 大精霊の召喚を行なったから指輪が光った。

 

「……フィオナ、だ」

 

 気付いた瞬間、全身から冷や汗が出た。

 大切な人が襲われている。

 

「──ッ!!」

 

 バルコニーから飛び出た。

 高さは20メートルほどあったが、風の魔法を使い速度を減速させて着地。

 そのまま駆け出す。

 イアンがすぐ後ろについていて、卓也も出遅れながら優斗を追っている。

 走りながら優斗が願うのは唯一つ。

 

 ──間に合え。

 

 一秒でも早く、フィオナのところにたどり着く。

 それだけが優斗の考えていることだった。

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