第33話 君を失うことに耐えられない

 優斗たちから遅れること五分、フィオナとマリカ、リルが部屋を出た。

 護衛兵二人も一緒に歩いていると、目の前に完全武装をしている兵士が五人現れる。

 疑問に思ったのはリルだった。

 

 ──あれって王城勤めじゃないわね。

 

 武装姿が通常の兵士と違っている。

 その違いが足を止まらせた。

 次いで護衛兵二人も異変に気付く。

 

「どうかされたんですか?」

 

 フィオナだけが状況に気付いていない。

 リルが後ろを見れば、前にいる兵士と同じ服装の奴ら五人。

 囲まれていた。

 

 ──狙いはタクヤじゃなくてあたし?

 

 ずいぶん堂々と来たものだ。

 

「フィオナ、ごめん。囲まれた」

 

 リルが緊張感を漂わせ、護衛兵が前後に別れた。

 フィオナもそこで初めて状況を把握し、マリカを強く抱き寄せる。

 場所的にはすぐ横に窓があり、丁度良いことに開いている。

 逃げるには打ってつけだ。

 リルが視線だけでフィオナに合図を送る。

 フィオナが気付き、頷いた。

 

「──ッ!!」

 

 次の瞬間、二人は同時に窓から飛び出す。

 地面までの高さは15メートルほど。

 フィオナは上手く着地したが、魔法が得意ではないリルは十分な減速が出来ずにお尻を強打した。

 それでも立ち上がって走る。

 最初は城の中に逃げようとも思ったが、右から左から兵士が出てくるので真正面、森林のほうへと逃げる。

 走って走って走って。

 城から少し離れた訓練でも使われる広場に出る。

 そこで……囲まれた。

 30……いや、40人はいた

 そして武装した兵士の中から、一人だけ小奇麗な格好をした男が出てきた。

 

「ふん、あんたの仕業ってわけね。ガリア侯爵」

 

 リルが睨み付ける。

 ガリア公爵が意気揚々とフィオナ達の前に立った。

 

「いかにも。私がやっているよ」

 

「なに? あたしを殺したいの?」

 

「いやいや、最初は君の婚約者を殺そうと思っただけど、君を殺そうと思ったことはないよ」

 

「だったらこの状況は何よ」

 

 睨みつけるリルにガリアは視線をフィオナとマリカに留めた。

 首を傾げるフィオナだが、彼女が抱いている赤ん坊は普通の赤ん坊ではない。

 ガリアはニタリ、と表情を歪めた。

 そう、卓也を殺しに行ったときに聞こえてきたのだ。

 

「リル様と婚約者の話を偶然聞いてしまってね」

 

 “話”が何を指すのか。

 なぜフィオナとマリカを見てるのか。

 リルはガリアの視線の意味に気付く。

 あまりの迂闊さに悔しさで顔をしかめた。

 

「ならば、と思ったわけだよ」

 

 ガリアは欲望を滲ませる笑みを惜しげもなく前面に出した。

 

「私が龍神の親になろうとね」

 

「なっ!?」

 

「ば、馬鹿じゃないの!? あんたがなれるわけないでしょ!!」

 

 フィオナが絶句し、リルが反論する。

 

「いやいや、君たちの話を要約すれば龍神の親というものは、夫婦や婚約者どころか恋人ですらなくてもなれるというものじゃないか」

 

 つまりは誰にでも可能性はあるということ。

 

「私は王族を迎えるのと龍神の親、二つを天秤にかけて後者を取ったんだよ。この世界で最大の崇拝対象たる龍神。その親ともなれば王族よりも遥かに価値がある」

 

 クックッ、と。

 込み上げるものを堪えきれないガリア。

 フィオナを指差す。

 

「今ならば君も妻に迎えてあげよう。顔は素晴らしく他国の公爵家だ。私の妻になるには分相応。これで仮初めの婚約者、嘘の夫婦を演じる必要がなくなるのだから君にとっても悪い話じゃないだろう?」

 

 そうすることがベストだ、と言うようにガリアは笑い続けている。

 

「…………」

 

 一方でフィオナは心の奥底から、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。

 どう勘違いしたら、ガリアが宣う馬鹿な結論になるのだろうか。

 

 ──仮初めだとか、嘘だとか。

 

 心底、どうでもいい。

 自分にとって重要なのは“優斗と一緒にマリカを育てること”だ。

 

「仮初めの婚約者? 嘘の夫婦? だから何だというんです」

 

 ガリアがマリカの父親になるなど冗談ではない。

 マリカの父親はたった一人。

 優斗なのだ。

 

「嘘だとか偽りだとか、何一つまーちゃんを育てることに関係ありません」

 

「少なくとも君みたいな女性があんな偽りの夫を持っているのは君にとって苦しく、悲しいことだろう?」

 

 分かっているよ、と言わんばかりのガリアにフィオナは初めて敵意を向ける。

 何を分かったように語っているのだろう。

 ぜんぜん、全てが間違っている。

 

 ──苦しさなんてありません。

 

 楽しい日々ばかりだ。

 

 ──悲しさなんてありません。

 

 嬉しい日々ばかりだ。

 その全てがマリカと優斗から得られている日々だ。

 優斗がいなかったら得られなかった日々だ。

 この気持ちは偽りじゃない。

 

「関係が偽りだったとしても、私の気持ちは何一つ偽りなんてない!」

 

 声を張り上げろ。

 宣言しろ。

 

 ──初めて私と一緒に遊んでくれた男の子を。

 

 いつでも隣にいてくれる男の子を。

 

 ──初めての感情をたくさんくれた男の子を。

 

 いつでも微笑んでくれる男の子を。

 

 ──私が。

 

 どれほど想っているのかを。

 

「フィオナ=アイン=トラスティは――」

 

 心から。

 

 

 

 

「宮川優斗を愛しています」

 

 

 

 

 穏やかに、けれど明確に言い放つ。

 そして笑んだ。

 

「だから私の夫は偽りだとしても優斗さんがいいんです」

 

「彼は君を想っていないのかもしれないのにかい?」

 

「優斗さんが私を想っていなくても、関係ありません。私が彼を愛しているだけなのですから」

 

 “フィオナは優斗を愛している”という事実が自分の裡にあればいい。

 

「そしてもう一つ」

 

 龍神の親はなろうとしてなるものじゃない。

 

「私達の関係が偽りに満ちていたとしても、優斗さんがまーちゃんの父親じゃなくてもいい、なんて理由はどこにもありません。まーちゃんが優斗さんを父親に選んだのですから」

 

 マリカが自ら、優斗を選んだ。

 

「だからどんなことになろうとも、貴方が龍神の父親になることはありません」

 

 フィオナが言い切る。

 けれどガリアは話を聞いてなお、自分が龍神の親になれることを信じて疑わない。

 

「元々、龍神の赤ん坊をダシにして父親のほうは殺す予定だったんだ。君も私の妻にならないなら死のうか。顔が良くて公爵家だから妻にしてやろうと思ったが、否定するなら生かす必要性もないしね。ただ私が父親になればいいだけのことだ」

 

 ガリアはそう言って手を上げた。

 

「構えろ!」

 

 彼の後ろにいる兵士が一斉に構える。

 けれど3、4割の兵士は戸惑いを隠せない。

 いくらガリアの私設兵士といえど、まともな人間はいる。

 話を聞いていれば目の前にいるのが龍神と母親ということは理解できた。

 赤子とはいえ龍神と、龍神を育てている母親に手を出すなんて大それたことを出来るはずもない。

 かといって雇い主に逆らうこともできず、構えるだけ構えて後ろに下がる。

 

「リルさん、まーちゃんをお願いしますね」

 

 フィオナはリルにマリカを預けた。

 リルは魔法が得意ではない、ということなので実質的な戦力はフィオナだけだ。

 多対一。

 攻撃に出ることなんて考えられない。

 

 ──きっと、戦いが始まったら優斗さんが来てくれる。

 

 二分でいい。

 耐え切ろう。

 

「放て!」

 

 後ろで火球を携えていた魔法士が放つ。

 フィオナは咄嗟に風の壁で直撃を避ける。

 しかし、防いでいる間にも鎌鼬がフィオナの左腕を裂く。

 深くはないが、血が溢れてきた。

 さらに後ろには巨大な岩と火球が見える。

 フィオナはすぐに自分の考えが甘いことを悟った。

 

 ──ペース配分なんて考えてられない!

 

 最初は二分で満遍なく魔力を使いきろうとした。

 けれど無理だ。

 人が多すぎる。

 少しでもどこかで手を抜いたら死んでしまう。

 

 ──全力で防ぎきるしかない。

 

 例え一分後に駄目になろうが、二分を持たなかったとしても。

 全ての魔法を防ぎきる障壁を作らないと駄目だ。

 

 ──なら、今の私にできる最大の防御は。

 

 優斗に教えてもらった、これしかなかった。

 

『荒ぶべき疾風の担い手よ。龍神の指輪の名において願う』

 

 唱えている間に左肩もカマイタチで切れる。

 けれども、痛みを無視してフィオナは続けた。

 

『来て』

 

 傷ついた左腕を前に突き出す。

 指輪からは薄緑の光が溢れていた。

 

『 シルフ!』

 

 名を呼んだ瞬間、薄い緑色の女性が現れる。

 直後、強烈な竜巻がフィオナ達を包んだ。

 竜巻は火球も岩をも通さない。

 剣を持った兵士も近づけず、何もできない。

 現状を保てればフィオナの勝ち、ではあるが……。

 30秒もしないうちに息が荒くなり、身体が崩れそうになる。

 風の精霊を統括する大精霊を呼び出したのだ。

 しかも全力での防御。

 今のフィオナでは魔力の減りが凄まじかった。

 

「ちょ、ちょっとフィオナ!! 大丈夫なの!?」

 

 心配そうにリルが訊いてくる。

 ちらりと視線を向ければマリカは泣きそうになっていた。

 

「……まんま」

 

「だいじょうぶ……ですよ。ママが……守りますから」

 

 かろうじて笑顔を見せて、さらに力を込める。

 

 ──私は優斗さんじゃないから。

 

 強くないから。

 倒すことなんてできないし、こんな人数を相手にしたら守りきることもできないかもしれない。

 

 ──でも、守りきれれば。

 

 一分と少しが経過した。

 竜巻の障壁は崩れ始め、ついに火球が小さくなりながらもフィオナの右腕にかすった。

 

「まだ……まだ……っ!」

 

 頑張る。

 振り絞る。

 そうすれば来てくれる。

 前にリル達が襲われたときも、自分と似たような状況だった。

 優斗から話を聞けば、あんなタイミングで現れることができたのは修が勇者で主人公体質だからと言っていた。

 

 ──彼は自分を勇者じゃないなんて言うけれど。

 

 勇者っていうのは修みたいな奴を言うんだ、って笑うけれど。

 

 ──それでも。

 

 フィオナにとっては、たった一人の存在。

 他の誰かでは無理で、彼以外の誰にも出来ない――唯一の存在。

 

 ──優斗さんは私の主人公なんです。

 

 身体が倒れそうになる。

 竜巻が消えそうになる。

 そのどっちもを必死に堪えようとして、駄目だった。

 竜巻を精霊自身が止めたのだ。

 

「……どう……して?」

 

 フィオナが問いかければ精霊は消えかかりながら微笑を浮かべて、ある方向を指差した。

 気付けば誰かの叫び声がして攻撃が止まっている。

 

「……あっ……」

 

 そして精霊が指した先には……彼がいた。

 

 

 


 到着したと同時、イアンが吠えた。


「貴様ら、何をしているッッ!!」

 

 突然に現れたリステルの勇者に攻撃がピタリと止まった。

 優斗は脇目も振らずにフィオナの下へと駆け寄る。

 今にも崩れ落ちそうな彼女はきっと、最後の一滴まで魔力を使い切っているのだろう。

 けれど精霊から指を指された自分を見たとき、彼女は嬉しそうに笑った。

 優斗はフラフラなフィオナの身体を抱きとめる。

 

「……無事でよかった」

 

 よく見れば右腕は少し煤けており、左肩と左腕は皮膚が切れていた。

 心が締め付けられそうになる。

 

「……私……頑張りました」

 

「うん」

 

 フィオナに治療の魔法をかけながら、身体をしっかりと抱き寄せる。

 

「まーちゃんを守ったんですよ。パパがいない時はママが守ってあげられるんだって教えてあげられたと思います」

 

「……うん。ホント、僕の自慢の奥さんだ」

 

「でも少し疲れたので……あとは任せてもいいですか?」

 

「…………うん。ゆっくり休んで」

 

 魔力を使い果たして気を失ったフィオナを、優斗は優しく寝かした。

 遅れて着いた卓也に治療を続けるよう頼んだ。

 本当ならば自分がやりたいところだが、卓也のほうが治療の魔法については実力が上だからお願いする。

 続いて優斗はリルとマリカのところへ向かう。

 フィオナが倒れて大泣きしているマリカがいた。

 懸命に優斗に手を伸ばしていたのでリルから預かる。

 背中をリズムよく叩いた。

 

「ごめんね。パパ、来るの遅かったね」

 

 そして言い聞かせるように優しい声音で話す。

 

「けれどママがちゃんと守ってくれたよね?」

 

「………………あいっ……」

 

 しゃくりながらもしっかりとマリカが返事をした。

 

「もうパパが来たから、マリカは泣かないよね?」

 

「…………あいっ」

 

 先ほどよりも強く頷く。

 

「マリカはママに似て、強い娘だもんね」

 

「……あいっ!」

 

 さきほどよりももっと力強く頷く。

 

「じゃあ、もうちょっとリルと一緒にいてね。パパはやることがあるから」

 

 泣き止ませたマリカを再びリルに預ける。

 そして踵を返した。

 視線を向けた先ではイアンがガリア達に何かを言っているようだが、優斗にはどうでもよかった。

 

「貴様達、何をしているのか──」

 

「そこにいるので全員か?」

 

 イアンの言葉を遮って伝えた。

 まったく声を張っていないのに、なぜかイアンよりも響く。

 同時、その場にいた人間の毛という毛が逆立つ。

 

「どうした。意味が分からないのか?」

 

 尋ねるよう訊いているが、違う。

 あまりにも冷酷な声音と感情が隠すことなく滲み出ている。

 

「………………っ!!」

 

 ガツン、と何かのスイッチが入った。

 同時、空気が震え地が揺れる。

 誰も彼もが言葉を失い恐怖で身を竦ませた。

 身体が震えて止まらず、立つことすらままならない。

 

「死にたいのはそこにいるので全員かと訊いているんだ」

 

 あまりに軽く問われる。

 それは彼らの命が優斗にとって本当にどうでもいいものであり、そんな奴らがフィオナ達を襲ったことに心底殺意を芽生えさせているからだ。

 

「どうする? 今すぐ楽に死ぬか、苦痛に喘いで死ぬか。選んでいい」

 

 簡単な相談事のように訊いてくる。

 けれど誰も返事ができない。

 誰かが選択してしまえば、すぐにでも始まりそうな地獄絵図。

 頭の中で簡単に思い描けてしまう恐怖の惨劇が始まるのを前にして、フィオナの治療を終えた卓也はリルに駆け寄り声を掛ける。

 

「リル、覚悟だけはしとけ」

 

「な、何を?」

 

「今日、リステルが無くなる覚悟をだ」

 

 卓也もリルも優斗の殺気に身体を竦ませているが、まだガリア達ほどではない。

 ギリギリ、話すぐらいの余裕はあった。

 

「じょ、冗談……」

 

「冗談なわけないだろ。あいつがキレたとこは見たことあるけど、ブチギレたとこはオレも見たことないんだよ。だから下手したら、国ごとやりかねない」

 

 容易に国を破壊させられる実力の持ち主だとリルは知っているはずだ。

 

「けれど、そしたら国民の命だって」

 

「悪いけど、あいつにとってフィオナとマリカの命のほうが重い」

 

 天秤で量るまでもなく、あの二人の方が優斗は大切だ。

 

「で、でも数万、下手したら十万人以上の命よ?」

 

 あの優しい優斗が奪うというのだろうか。

 リルの困惑に対し、卓也は僅かばかりに目を伏せる。

 

「オレ達は全員、結構普通じゃないけどな。狂ってるって話なら和泉でも修でもなく、優斗が一番狂ってるんだよ」

 

 それは生まれてから過ごした教育と、環境がそうさせたものだ。

 だからこそ、今の優斗の性格は全ての詳細を知っている卓也からしてみれば凄いと思う。

 狂わず、擦れず、親を反面教師にして弱い心を押し隠し、強く在る。

 優斗の普段の性格が“あんな性格”なのは、彼の本質の一つである優しさと努力と願望によるものだ。

 純粋で一途な芯があるから今の優斗の性格がある。

 

 ──だからこそ、だよな。

 

 何十にも鍵と鎖で雁字搦めにして奥底に秘めている裏の本質という点では、優斗が群を抜いてヤバい。

 もちろん普段はそれが表に出ることは絶対にない。

 今回のようなことがないかぎりは。

 

「……大丈夫なの?」

 

 リルの問いはリステルが、なのか。

 それとも優斗が、ということなのかは分からなかったが、とりあえず優斗のことについて答えることにした。

 

「大丈夫だよ。約束してるんだ」

 

 自分達が無二の仲間になったときに約束していた。

 優斗は自分の本質を知っていたから。

 分かっているからこそ自分達に願った。

 

「あいつが壊れたら殺してでも止めるって」

 

 優斗がどのように壊れてしまうかは分からないが、少なくとも“今”はまだ問題ない。

 

「たぶんオレ達が殺されないかぎりは壊れないから大丈夫だと思う。案外あいつも耐久力あるから」

 

「もし、壊れてしまったら……止められるの?」

 

 世界を破壊できる可能性を持っている男だ。

 卓也では止められそうにない。

 けれど、

 

「優斗は壊れようがどうしようが絶対にオレ達には手を出さない。だからさっきも言ったように、殺して止めるんだよ」

 

 優斗はそうしてくれと頼んだ。

 

「けれど“大切”の中でも特別なフィオナとマリカに手を出してるんだ。こう言いたくはないけど、リステルぐらいは無くなる覚悟をしとけ」

 

 卓也とリルが話している途中でリステル王がこの場にやってきた。

 気付いた優斗が視線を向ける。

 少しだけ威圧が収まったのか、ガリアが震える声を発した。

 

「わ、私を殺す!? そ、そんなことをすればリライトとリステルの戦争が起こるぞ!」

 

 叫び、優斗の行動を否定するような言動を取るガリア。

 しかし、

 

「だから何だ?」

 

 優斗は一言で切り捨てる。

 

「お前ごときを殺したところで戦争が起こるわけもない。仮に戦争が起こるならリステルごと滅ぼしてやろうか? そうすれば戦争は起きない」

 

 言い切ったところで、優斗はやってしまったことに気付いた。

 イアンに謝罪する。

 

「……悪い、言い過ぎた」

 

 怒り過ぎていて言葉が過激になっている。

 彼らを許すことは出来ないが、何を言うかは選ぶべきだった。

 

「悪いのはあいつらだけ、なんだな」

 

「ああ」

 

 優斗に頷くイアン。

 ならば、と優斗はリステルの王と勇者に告げる。

 

「リステル王、イアン。言ったはずだ。僕の幸せは何なのか、と」

 

 初めて謁見したとき、自分の幸せは友達と遊べてマリカをフィオナと育てられることだと。

 しっかりと伝えた。

 

「選べ」

 

 そのうちの一つを奪おうとした輩が目の前にいるのだ。

 

「僕がこいつら全員を殺すか、お前達がこいつら全員を社会的に抹殺するか。二つに一つだ」

 

 選択肢はこの二つしか残っていない。

 けれど空気を読めない男は声を荒げた。

 

「お、王よ! 私は龍神の親になることが国の利益になると信じて行動に移ったまでです! 仮に彼らを殺したとしても弱気なリライトのことだ、こちらが強気で知らぬ存ぜぬを通せば戦争にはならない!」

 

 ガリアはまるで演説するかのようにリステル王へと話し続ける。

 

「王よ! 民のためにも彼らを殺し、私を龍神の親に!!」

 

 欲を見せ、目は血走り、それでも自分が絶対に正しい、と。

 そう言っているガリア。

 だからこそリステル王は、腐ったことを告げるガリアに……深く頭を振った。

 

「ガリア侯爵……いや、ガリアよ。君はなぜ、龍神の赤子がこの国に来たのか分かっていないようだ」

 

「ど、どういうことですか!?」

 

 少し考えれば分かることなのに、ガリアは問いかける。

 

「リライト王が我が国ならば、と信用して送り出してくれたのだ。お前がやっていることは先代から築き上げた信用を壊すものだというのが分からぬか?」

 

 先代からの全て壊そうとしている。

 

「し、しかし!」

 

「さらに龍神の父親、ユウトはリステルの災害の一つである黒竜を倒した張本人でもある。つまり恩人に対してお前がやったことは何だね? 彼を殺そうとし、彼の妻を殺そうとし、娘を略奪しようとしている。しかも妻はリライト公爵家の血筋であり、娘は龍神だ。いつからリステルはそこまで非情で非道な国になった?」

 

「で、でも彼らの関係はまがい物で──」

 

「黙りなさい!!」

 

 ここで初めてリステル王が声を荒げた。

 

「私は君をどうしてやろうか、と考えているんだ。本来ならば先ほどユウトが言っていた通り、リステルごと滅ぼされても仕方ないことをしたんだよ。彼には『力』があるというのに」

 

 彼の幸せというものを聞いておきながら、壊そうとしているのはガリア。

 もっと大元を辿ればリステルという国だ。

 

「今は温情だけで生かしてもらっている。報いるにはどうするか。そのことを考えるので本当に頭が一杯だ」

 

 極刑ですら生ぬるいとしか思えない。

 次いでイアンが優斗に話しかける。

 

「黒竜のとき、君達に助けてもらった。恩人たる君の手を煩わせる価値もない人間だし、こんな奴をいつまでもこの地位に置いていた我々の失態だ」

 

 使えないものを使えないとして切り捨てられない。

 いつの時代でも悪習になっている。

 

「ガリアはリステルに任せてくれないか?」

 

「信じていいのか?」

 

「ああ。リステルの勇者である己が信念に誓って」

 

 イアンが真摯に頷く。

 約束を違うことなどしないと誓う。

 優斗は彼の断言に信用をおき、リステル王へと向いた。

 

「……リステル王」

 

「なんだい?」

 

「こいつらの処分は任せる。だから──」

 

 一つだけやらせてほしい。

 

「土地を一つ、消滅させることだけは了承してもらう」

 

「……どういうことかね?」

 

 問いかけるリステル王に、優斗は再び寒気を感じるほどの冷たい笑みを浮かべた。

 

「フィオナとマリカに手を出した奴の末路を示すだけだ」

 

 

 

 

 フィオナとマリカはリルと卓也とイアンに任せ、優斗はリステル王と数人の近衛兵士と共にある場所へと向かっていた。

 

「ここですか」

 

 たどり着いたのはガリアの家。

 周辺には住居などはなく大きさは一キロ四方はありそうだった。

 土地の中央には無駄に煌びやかで豪勢な住居が存在している。

 すでに伝令は出しており、十数人はいる従者は大切なものを持って逃げている。

 けれどもなぜ、出なければならないのか意味は分からなかった。

 彼らに向けてリステル王は先ほどの出来事を話し始める。

 

「今朝、君達の主であるガリア元侯爵がやってはいけないことを行なったのだ」

 

 いつもにこやかであるリステル王が憮然とした表情をしているのに戸惑う従者たちだが、一人の従者筆頭とも言えるべき女性が勇気を持って応対した。

 

「な、なんでございましょうか? 早朝から兵士と共に出て行ったことに関係がありましょうか?」

 

「その通りだ。現在、我が国にはリライトより龍神の赤子が来ているのだが、ガリアは兵を使い龍神の赤子を奪い去ろうとした」

 

 瞬間、従者の中にも『信じられない』といった表情をしたものが何人もいた。

 さらに凄い者になれば、主であるガリアに対して嫌悪感を露にした。

 元々好かれていない主ではあっただろうが、ここまでの感情を見せるのは彼の蛮行によるものだろう。

 

「しかもふざけたことに、龍神の両親の殺害すら企てていた。これはリステルだけではなく、世界で見ても大問題だ」

 

 世界中から非難を浴びても仕方のない出来事だ。

 

「君達は許せるかい? この中には龍神に対して信仰深い者もいるだろう?」

 

 リステル王の問いかけに、先ほど嫌悪感を表した男性が断言した。

 

「許せるわけがありません!」

 

 リステル王は男性に対して頷いた。

 

「そうだね。私も許せるわけがなかった。だからこそガリア侯爵家をまず、壊すことにしたのだよ。君たちには申し訳なく思うが彼のやったことを考えたら、これぐらいでも生ぬるい」

 

 と、リステル王は安心させるように、

 

「もちろん、君たちの就職先に対しては国がバックアップをしよう。ただの被害者なのだからね」

 

 そう伝えたことで、幾人かがほっとした表情をした。

 

「リステル王。よろしいですか?」

 

 優斗がガリア家に目を背けず伝えた。

 

「そうだね。……君達は一旦、ここから離れなさい。危ないからね」

 

 従者の半分は疑問だったが、近衛兵士に連れて行かれる。

 そして彼らの姿が見えなくなると、優斗が構えを取った。

 

『降ろすべきは神なる裁き』

 

 誰もが聞いたことのない詠唱が優斗の口から流れ出す。

 

『願うことは破壊なる一撃』

 

 右手を前に掲げ、

 

『罪という罪を導とし、女神の神罰を幾筋も与え、神なる剣にて穿つことをここに誓う』

 

 天空へ幾重にも重なった魔法陣が生み出され、

 

『出でよ』

 

 そして――最上の魔法陣より降りてくる。

 

『裁きの獄門』

 

 唱え終わった瞬間、まず幾つもの雷が降り注ぐ。

 それだけであらゆるものが砕け、蒸発する。

 けれども終わらない。

 天空から一振りの剣を模した雷が振り降りてきて、中心部分に突き刺さる。

 クレーターが直径にして500メートル以上は出来た。

 威力で土が捲れ上がり波のように迫ってくるが、風の魔法で壁を作り防ぐ。

 

 

 十数分後、土煙も晴れてようやく全容が見えると、リステル王と近衛兵士もさすがに唖然とした。

 

「聞きしに勝る……とはこのことなんだろうね」

 

 家があった場所は深さにして十数メートルほどの穴が出来ており、家の周辺を飾り付けていた森林も欠片すら存在していない。

 見事に土一色の土地が生まれていた。

 

 

      ◇     ◇

 

 

「ほんっとうに申し訳ありません!!」

 

 ガリアの家を壊して王城に戻ると、さすがに少しはスッキリしたのか優斗の頭に上った血の気も下がった。

 そして思い出すのはリステル王とイアンに対して、あまりにも無礼な態度を取ってしまったこと。

 

「怒りのあまりにどうかしてたみたいでして、あんな風な口を利いてしまい申し訳ありません!!」

 

 全力で頭を下げて地に着くぐらいの土下座をする。

 これは国際問題になってしまうのか、と本気で考えてしまうくらいに焦っている。

 

「私は何も気にしていない。非はこちらにあるのだし、元々年齢もそう違わない。君のような異世界人で龍神の父親であり、伝説の大魔法士レベルの人間に敬語を使われると逆に申し訳なく思う」

 

 ひたすらヘコヘコと謝る優斗にイアンが苦笑する。

 先ほど、全員を震え上がらせた殺気が嘘のようだ。

 

「私に対しても気にしないでいいよ。先ほどイアンが言った通り、非があったのは私の国の者が行なったこと、つまりは私の監督不行き届きなのだからね。君に何と罵られてもしょうがないことだよ。さらに言うなら、申し訳ないと平謝りしなければならないのは私のほうだ」

 

 律儀に頭を下げようとするリステル王を優斗が必死に止める。

 そんなこんなで馬鹿みたいなやり取りをしている間に、リル達が合流した。

 

「ぱ~ぱ!」

 

「……っ、マリカ!」

 

 優斗はリルからマリカを預かる。

 

「フィオナは?」

 

「怪我は全部治ってるけど、さすがに魔力の使いすぎ。まだ寝てるわよ」

 

「精霊術を全力で行使したからね。しょうがないか」

 

「…………」

 

「…………」

 

 と、話が少し途切れる。

 わずか数秒だけだったが、切り替えるようにリルが声を出した。

 

「あ、あのね」

 

「なに?」

 

「……ご、ごめんなさい」

 

 リルが優斗に頭を下げる。

 

「どうしたの、突然?」

 

「今回の事件、元はといえばあたしが原因なのよ。あたしがあんた達を連れてきたんだし、あの馬鹿にマリカのことがバレたのもあたしがタクヤに色々と訊いたことが原因だし」

 

「別にわざとじゃないんだから、気にしないって」

 

「それだとあたしの気が済まないのよ」

 

 自分は彼らを危険に晒した張本人と言ってもいいのだから。

 リルは一歩も引かない姿勢を見せる。

 

「……ん~、それなら」

 

 優斗は少し考えると卓也を呼び寄せた。

 

「ま、しょうがない」

 

 長年の付き合いから呼ばれた理由が分かる卓也。

 

「え? どうしてタクヤが呼ばれるの?」

 

「一応、婚約者だしオレも原因の一つだし」

 

 卓也はそう言って直立不動。

 優斗はマリカを下ろして後ろを向かせた。

 

「いつでもいいぞ」

 

「なら、遠慮なく」

 

 優斗は右手を振りかぶると、卓也を殴りつける。

 卓也は数歩後ろにたたらを踏んだが、すぐに体制を立て直す。

 

「これで勘弁だな」

 

「そうだね」

 

 互いに笑みを浮かべる。

 慌ててリルが卓也に駆け寄る。

 

「ご、ごめんね」

 

「いいって。けじめはつけなきゃいけなかったし」

 

 軽く頬をさする卓也。

 

「で、優斗はこれからどうする?」

 

「フィオナの側にいるよ」

 

「分かった。少ししたらオレ達も様子を見に行く」

 

「うん」

 

 優斗とマリカは卓也たちと別れて、フィオナが眠っている部屋へと入った。

 傷もすっかり治り、すやすやと眠っているフィオナの姿がある。

 よかった、と本気で安堵した。

 

「マリカもお昼寝しようか」

 

 朝からずっと起きっぱなしだし、いろいろとあって疲れているだろう。

 マリカを二つあるベッドのうちの片方へ寝かせる。

 そして胸の部分をゆっくりとリズムよく叩く。

 すると五分もしないうちにマリカの寝息が聞こえてきた。

 

 

 それから一時間ほどしただろうか。

 フィオナが目を覚ます。

 

「……ん……」

 

 薄っすらと目を開け、場所を確認する。

 左右に視線を動かし、最愛の人を発見した。

 

「……優斗さん」

 

「体調はどう?」

 

「大丈夫です。まーちゃんは?」

 

「今は隣のベッドでお昼寝中」

 

「そうですか」

 

 フィオナは起き上がり、隣のベッドで眠っているマリカの頭を少し撫でると、ソファーに座った。

 

「飲み物とかいる?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 グルグルとフィオナは肩や腕を回す。

 痛みはなく、異常は見当たらない。

 安心してソファーに深く座りなおす。

 と、その時だった。

 ソファーの上から優斗がフィオナの身体に手を回した。

 突然のことにフィオナの身体が固まる。

 思い返せば、優斗から抱きしめられるのは初めてのことだった。

 

「あ、あの、ゆ、優斗さん?」

 

「よかった」

 

「……えっ?」

 

「フィオナが無事で……よかった」

 

 心の底から心配して、恐怖した。

 “フィオナが死んでしまう”と考えた瞬間に。

 今も僅かばかりに身体が震える。

 

「優斗さんよりは弱いですけど、私だってそれなりに強いんですから安心してください」

 

「……うん」

 

「でも、もう少し実力はつけないといけないって実感しました。私たちの娘は龍神ですから、今後もああいったことがないとも限りません」

 

「うん」

 

「優斗さんも手伝ってください。今回は魔力の使いすぎで倒れましたけど、私はまーちゃんの母親として、ちゃんと守ってあげたいんです」

 

「もちろん。僕ができることならね」

 

 優斗が応えると、フィオナがおかしそうに笑った。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、前と立場が逆転したなって思いまして。優斗さんがこの世界に来たころは私が家庭教師で魔法とか教えていたのに、今度は優斗さんが先生になってしまいましたね」

 

「そうだね。時間が経つのは早いものだと実感するよ」

 

 もう半年以上、この世界で過ごして。

 馬鹿みたいに遊んで。

 騒いで。

 笑って。

 怒って。

 

 ──そして。

 

 大切な人ができた。

 

「フィオナ」

 

 ぎゅうっと。

 抱きしめる力を強くする。

 

「ほんのちょっとだけでもいい」

 

 今回、分かった。

 自分がどれほど、彼女を大切にしているのかを。

 自分がどれほど、彼女が大事なのかを。

 自分がどれほど、彼女に側にいてほしいのかと。

 だから、言わせてほしい。

 

「僕より長く生きて」

 

 お願いだから、自分より早く死なないでほしい。

 

「たぶん、君がいなくなることに……耐えられない」

 

 心から呟いた優斗の言葉に。

 フィオナは自分の手を優斗に重ねながら。

 

「……はい」

 

 頷いた。

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