第34話 隣にいたいと願う

 優斗達がリライトに戻った週末。

 トラスティ家では仲間内での小さなパーティが行なわれようとしていた。

 修が音頭を取る。

 

「それでは、卓也とリルの婚約を祝って……乾杯!!」

 

「「「「   乾杯!!    」」」」

 

 

 

 

 最初に修とアリー、ココが主役2人に絡む。

 

「いや、まさか卓也とリルが婚約するとは思わなかったわ」

 

「本当ですわ」

 

「驚きました」

 

 三者三様、予想外だと言う。

 

「お前らも驚いただろうけど、オレが一番驚いてるから」

 

「何よ! 文句あるの!?」

 

「……ありません」

 

 リルにきつく言われて反射的に謝る卓也。

 別の場所では和泉とレイナとクリス。

 

「再来月にはクリスの結婚式もあるから、めでたいことが続くものだ」

 

「そうだな。私も祝福しよう」

 

「ありがとうございます。是非とも式には皆さんに出席をお願いいたします」

 

 最後に優斗とフィオナ。

 

「僕がやったことで二人の婚約が流れなくて、本当によかったよ」

 

「あとで話を聞いたときは私もビックリしましたけど、無事に落ち着いて胸を撫で下ろしました」

 

 あのあと、リステル王がリライト王に謝罪するだのなんだのとなったのだが、政治的な部分に介入しようとも思っていないので、優斗の周りは今のところ落ち着いている。

 

「というか、みんなってお酒を飲めたの?」

 

 ふと気になって優斗が尋ねた。

 現在、全員のグラスにはワインやビール、お酒の類を持っている。

 すでに二杯目に突入しようとしている奴もいた。

 

「オレは弱い」

 

「俺はそこそこじゃね?」

 

「嫌いではない」

 

 とは異世界組。

 

「自分は嗜んでいますので」

 

「わたくしは慣れてますから」

 

「私は弱いです」

 

「わたしはたぶん、あんまり強くないです」

 

「私は問題ない」

 

「あたしもアリーと同じで慣れてるわ」

 

 というのが現地組。

 お酒に弱いのも少なくはいるが、めでたい席なので全員がハイペースで飲んでいく。

 そうして二時間もした頃には、

 

「オレはどうせ、尻にしかれるんだよ、分かってるさ」

 

「ユウト、シュウ。絶対に勝ってやるからな」

 

 卓也やレイナを始めとして、皆が多種多様な酔い方をしていた。

 現時点で酔わずに素面なのは優斗、アリー、クリス、リルのみだ。

 他は全員、酔っ払っている。

 

「いいです~? ちゃんと聞いてます~クリスさん」

 

 ココがクリスに絡む。

 その横では和泉が、

 

「……………………」

 

 酒瓶を片手に無言で酒を飲み続け、

 

「いいか。私としてもお前はやぶさかではない。感謝しろ」

 

 と、誰もいないところに語りかけているレイナ。

 先ほどはおそらく優斗と修だったのだが、今は……誰になっているのだろう。

 

「なんでこう、強気な女の子がオレの婚約者なんだよ。オレに合ってるのは分かるけどさ~」

 

 なぜか泣きながら卓也がリルに語り続け、

 

「うふふふふふふふ」

 

 笑みを浮かべながらフィオナが自分のコップにお酒を注ぐ。

 優斗とアリーが笑みを零した。

 

「これまた、おもしろい具合に酔っ払ってるね」

 

「これほどタイプが別れると壮観ですわね」

 

「絡み上戸に無言にわけわからないところに話しかけたり、泣き上戸。フィオナは笑い上戸なんだ」

 

 各々の酔い方を並べていくと、一人忘れていた。

 

「修は?」

 

「シュウ様は……」

 

 アリーが隣を見る。

 すると修が胡坐から正座になりながら、

 

「俺が勇者だっ!!」

 

 と言ってテーブルを強く叩いた。

 

「…………」

 

 が、次の瞬間には突っ伏す。

 衝撃で優斗とアリーの前にあるグラスが傾いて倒れた。

 

「あっ……」

 

 僅かばかり残っていた中身も零れ、優斗とアリーは呆れながら倒れたグラスに手を伸ばす。

 すると、

 

「あら」

 

「ごめん」

 

 うっかり手が重なった。

 パッと手を離し、優斗が「やるから」と言って布巾を取ろうとした瞬間だった。

 右隣にいるフィオナが優斗の耳たぶをものすごい勢いで引っ張った。

 

「い、痛たたたたたたたたたた!」

 

 思わず優斗がフィオナの手を払うと、彼女は続いて優斗の首に腕を回してピッタリとくっ付いた。

 

「ちょっ!」

 

 優斗が慌てて何か言おうとするが、フィオナは無視してアリーに話し掛ける。

 

「ありーさん!」

 

「は、はい!?」

 

 フィオナの勢いに思わずかしこまった返事をするアリー。

 

「ゆうとさんは私のだんなさまなんです!! とっちゃだめです!!」

 

 舌が回らずにいつもよりも可愛らしい発音のフィオナ。

 

「えっと……はい。分かっていますわ」

 

「ならいいんです」

 

 アリーの返事に上機嫌になったフィオナは優斗に抱きついたまま笑みを浮かべる。

 

「ゆうとさんも、ぎゅってしてください」

 

「あの……フィオナ? 一応、みんなの前だよ?」

 

「カンケーありません。いまの私は『ゆうとさん分』が足りないんです!」

 

 なんだそれは、と優斗は心の中でツッコミを入れる。

 けれど今のフィオナには何を言っても通用しなさそうなので、諦めてぎゅっと抱きしめる。

 

「フィオナさんは笑い上戸だけでなく甘え上戸でしたのね」

 

「普段は一緒にお酒とか飲まないから、知らなかったよ」

 

 よしよし、と頭を撫でながらフィオナを軽く抱きしめる。

 

「あら? いつものユウトさんなら顔を赤くなさるのに」

 

「確かに面は喰らったし素面でやられたら赤くなるけど、今は酔っ払い。どうにか平静を保つぐらいの耐性は付いたよ」

 

 酔っ払いがやっていること、と念じて割り切ると楽だ。

 けれど優斗の話を聞いたリルが卓也をいなしながら口を挟んだ。

 

「何を言ってんのよ。こないだ、素面のあんたがフィオナ抱きしめてたじゃない。おかげで部屋に入るタイミングわかんなかったんだからね」

 

 あとで行くとは言ったが、どうにも入りづらかったのを覚えている。

 

「……申し訳ない」

 

 優斗もさすがに当時のことを思い出すと顔が少し赤くなった。

 

 


 

 さらに二時間。

 飲み続ける。

 素面のメンバーは度数の強いお酒を飲み比べするまでになり、最終的には優斗以外が突っ伏すことになった。

 優斗は毎晩のようにマルスに付き合っているせいか、ほろ酔い程度で済んでいる。

 フィオナは優斗の膝枕を堪能しながら寝ており、他は雑魚寝している。

 

「さて、と」

 

 片付けでもしようかと思い、フィオナの頭を持ち上げようとして足音がしたことに気付く。

 

「ラナさん?」

 

 やってきたのはトラスティ家で家政婦長をしている50代の女性だ。

 テキパキと後片付けを始める。

 

「い、いいですよ。僕達がやったことなんですから、僕が片付けますよ」

 

 慌てて断ると、ラナも微笑んでやんわりと断る。

 

「ユウトさん。我々の仕事を取らないでくださいな」

 

「そ、そう言われても……」

 

「お嬢様が初めて、こんなにもたくさんのお友達を連れてきてパーティーをなさったんです。嬉しくて、片付けぐらいはしたいのです。それにお嬢様はユウトさんのお膝の上でゆっくりと眠っているようですし、そのまま寝かせてあげてくださいな」

 

 優斗もラナに言われてしまうと躊躇う。

 

「えっと……じゃあ、すみません。お願いしてもよろしいですか?」

 

「もちろんです」

 

 ラナはものすごいスピードで物音を立てずにテーブルの上を片していく。

 そして五分もしないうちに全て片付け、全員に毛布をかけた。

 

「すごいですね」

 

「これも家政婦の技ですよ」

 

「おみそれしました」

 

 互いに笑う。

 

「最近のお嬢様について、よくバルトさんとも話すのですよ」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。マリカ様が来てからというもの、守衛に関しても人員が増強されましたし、バルトさんもお暇ができまして」

 

「どんな話をしてるんですか?」

 

「私もバルトさんもお嬢様が子供のころから知っていますから。だからこそ、この半年での変わり様についてよく話しておりますよ」

 

「良くも悪くも、僕達が変えてしまいましたからね」

 

「私は良い変化だと思いますよ。何より笑顔が増えましたから」

 

「そう言っていただけると、自分達もありがたいです」

 

 優斗はフィオナの髪を軽く梳く。

 不意に、ラナは内容を変えてきた。

 

「ユウトさんはこの先、何を望みますか?」

 

 ピタリとフィオナの髪を梳く手が止まった。

 少し考えて……苦笑した。

 

「また唐突な話を持ってきましたね」

 

「かもしれませんね。けれどお嬢様を思えばこその質問だと思っていただければ結構です」

 

 フィオナはきっと優斗がいなくなることを望んでいない。

 彼女のことは子供の頃から接しているからこそ分かることだが、逆に優斗がどう思っているのかは分からない。

 良い人物ということだけは理解しているが。

 そして優斗は考える仕草を見せたあと、苦笑いを見せた。

 

「難しいです。子供の頃は決められたレールを歩いていただけですし、レールが外れた今は……『今』のことしか考えていません」

 

 未来のことなど、考えたこともなかった。

 

「フィオナが隣にいてくれて、マリカを一緒に育てることが出来て。そしてここにいる連中と馬鹿騒ぎする。そんな毎日が続いてくれればいいと願うばかりで」

 

 この素晴らしい日々が。

 続くことを願うから。

 

「楽しい『今』が大切すぎて、先のことを考えるのはどうしてもおこがましいものだと思ってしまうんです」

 

 でも、もし。

 

「けれど仮にですよ」

 

 仮定の話をするなら。

 

「今よりも未来のことを望むとするなら」

 

 たった一つだけ。

 

「どんな時でもフィオナが隣にいる人生であってほしい」

 

 まるで夢を語るように告げる。

 それは本当に、純粋に願っていて。

 けれど“夢”だからこそ叶わないと言っているようにも見えた。

 

「ならば……いえ、私のような家政婦が口を挟んでいい話でもありませんね。いつか旦那様と奥様に相談されてはいかかですか?」

 

 ラナは何か言おうとして……できなかった。

 これ以上は自分が口を挟む領域を超えている。

 しかし優斗はラナに笑みを零した。

 

「ええ。助言、ありがとうございます」

 


 

 

 ラナも去っていき、優斗はフィオナを見つめる。

 

「僕は君を幸せにできるのかな?」

 

 眠っているフィオナの髪に軽く触れながら、独り言を呟く。

 

「僕がフィオナをいつまでも幸せにできると思っても……いいのかな?」

 

 言葉にしたところで、自嘲するように笑った。

 

「なんてこと、誰にも分からないか」

 

 理想家じゃないからこそ、素晴らしい未来を信じ続けることはできない。

 

「“これだ”と思っても、ボタンの掛け違えのようにズレてしまう場合だってあるし」

 

 ほんのちょっとした運命のイタズラで容易くすれ違ってしまうことがある。

 

「けれどね。例え、この先に何があっても」

 

 何かが切っ掛けで。

 離れ離れになってしまったとしても。

 

「初めての恋が君でよかったって思う」

 

 この気持ちになったことだけは、絶対に後悔しない。

 だから言葉にしようと思う。

 こんな友人達が雑魚寝しているような場所だけれど。

 普段よりもお酒が入っているからかもしれないけれど。

 ラナと話したことが切っ掛けになったかもしれないけれど。

 

「フィオナ」

 

 それでも声にすることは今、大切だと思ったから。

 ありったけの想いを込めて。

 思うがままに届けよう。

 この言葉を。

 

 

「好きだよ」

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