第30話 黙ってられない時もある
学院にも一応は保護者会、というものはある。
その際には午後にある授業も保護者は見られるのだが、
「というわけで明日、見に行くわね」
広間でのんびりとフィオナとマリカが遊んでいるところを見ていた優斗は、エリスの一言に目を瞬かせた。
「マリカはどうするんです?」
「もちろん連れて行くわよ」
「……マジですか?」
「マジよ」
平然とエリスが答えた。
すると優斗は額に手を当て、呆れるように息を吐く。
「あの、優斗さん。何か問題があるんですか?」
彼の行動の意味が理解できなくて、フィオナが優斗に問い掛ける。
「……平穏に過ごしたい」
「異世界に来た時点で捨てなさいよ」
「……あのですね、義母さん。面倒事が来るのと面倒事を作り出すのは違うんですが」
「変わらないわよ。それにお友達のせいで平穏なんてないんだから、別にいいじゃない」
「……ああ、もう、分かりました。ただ、マリカを連れてくるなら僕のことを『パパ』と呼ばせないように気をつけてくださいね。嘘を考えるの面倒ですから」
優斗が言ったことにマリカが泣きそうになる。
おそらく『パパと呼ばせないで』に反応したのだろう。
「……あぅ~」
「ち、違うよマリカ! パパはマリカのパパだからね!」
娘の様子に気付いた優斗は慌ててマリカをフィオナから預かって抱き上げた。
「ぱ~ぱ?」
「そうだよ。マリカのこと、嫌いになんてなってないから」
優斗は娘の頭を撫でながら安堵できるように抱きしめる。
「あいっ!」
ぎゅ~っと抱きしめられて安心したのか、ニコニコとするマリカ。
優斗はほっ、と一息つく。
「大変ね」
「義母さんのせいじゃないですか」
◇ ◇
参観できるのは実技の時間だ。
実技の時間は割と自由に動けることもあって、親と話す生徒の姿もちらほらと見られる。
優斗たち異世界組は親もいないので比較的のんびりといられるが、学院に通わせている親にとっては色々とあるため、子供達も少し必死になっている。
学院の成績が良ければ出世コースにも乗れる。
文武両道ならばなおさら、だ。
貴族の両親には体面というものもある。
だから参観のある授業は普段よりもピリ、とした緊張感の中で行われている。
ちなみに優斗たちの出番は終わっており、のんびりと他の生徒の試合を観戦中だ。
「おい、優斗。あれ見てみ」
修が指し示す場所。
いたのはリルと卓也とアリーと、
「……何やってんの、あの人達?」
イアンとアリーの父親──王様だった。
「あれって一応、リステルの勇者とうちの国の王様だろ?」
「間違いなくね」
「王様はいいとしても、勇者って簡単に国から出てこれんのか?」
「知らないよ。もしかしたら伝えることがあって来ただけかもしれないし」
和やかに談笑しているところから察するに、大事な話になっていないと信じたい。
しかも彼らの周りにいる貴族の親たちが王族の姿に気付き、話しかけようとしている。
ただ、一つ失敗をすれば一巻のお終いなのは間違いないだろう。
「フィオナのおばさんは?」
「もう来てるよ。さっきからフィオナが話してる」
二人が視線を移せば、フィオナたちが和やかに話している姿があり、王族グループと同様に周囲にいる貴族親子が機会を伺っている。
公爵ともなれば接点を欲する下位階級の貴族も多いのだろう。
特に自分の息子がフィオナと恋仲や婚約でもすれば儲けものだ。
「優斗」
「なに?」
「めっちゃマリカがお前を見てる」
優斗が視線をマリカに固定させると、確かにじっと見ていた。
「行ってやったほうがいいんじゃねーか?」
「だね。あの場所には行きたくないけど、行かなかったらマリカが泣くだろうし」
このままずっと留まってマリカに泣かれるのだけは避けたかった。
優斗は腰をあげて歩いて行く。
エリスが近付いてくる優斗に気付いた。
「さっきは格好良かったわよ」
「ありがとうございます」
エリスが親しげに話しかけ、唐突に現れた優斗に周囲の視線が集まる。
値踏みされているような嫌な視線だった。
「今のうちに慣れておきなさい」
「大丈夫です。もう慣れていますから」
「……だったわね」
優斗の過去を思い出してエリスが少し暗くなるが、それを壊すようにマリカが優斗に手を伸ばした。
「あぅっ。あうっ」
「マリカがあなたに抱いてほしいって言ってるわよ」
昨日のことがあったからなのか、いつもより懸命にマリカが手を伸ばしている。
「エリス様。さすがに授業中ですので」
「“エリス様”?」
思わず優斗を睨み付けるエリス。
「……いや、本当に勘弁してくだい。周りに人がいるのですから」
「関係ないわね」
優斗は声を小さくして、
「……エリスさん」
「誰のことかしら?」
「…………義母さん。今は授業中だから勘弁してくれませんか?」
「大丈夫よ。さっきフィオナだってマリカを抱いたけど文句言われなかったもの」
優斗が必死に断ろうとするが、エリスも引かない。
のれんに腕押し状態になっているので、
「……分かりました」
諦めてマリカに優斗は手を伸ばす。
「おいで」
「あいっ!」
優斗はマリカを抱きあげて、小声でエリスに尋ねる。
「何がしたいんですか? 義母さんは」
「さっきから周りが鬱陶しくて嫌なのよ。フィオナと仲が良い男の子がいれば落ち着くかと思って」
「甘くありません? 僕は今のところ、平民ですよ」
「だって……」
こそこそと密談していると、息子を引き連れた男性が寄ってきた。
息子はラッセルの取り巻きだった一人。
どうやら優斗が親しげなのを見て、邪魔しに来たのか様子を見に来たのかどっちかだろう。
「初めまして、トラスティ公爵奥方様。私は──」
ごちゃごちゃと自分と息子の説明をし始める。
「ほら来た」
「まったく、面倒ね」
エリスはため息を吐き、相手に気付かせないぐらいに毒づく。
「男爵。申し訳ありませんが私は娘の様子を見に来ておりまして、自己紹介などはパーティーでやっていただけませんか?」
笑みを浮かべながら一刀両断する。
「しかし平民の相手をしている暇があるならば、こちらの相手をしていただいてもよろしいのでは?」
しかし相手も無駄に自信満々。
息子がラッセルの子分だったとあって、父親も同じ考えの人間だった。
「平民? 一体誰のことを仰っているのでしょうか?」
「そちらの男のことですよ。息子から聞きましたが平民のくせに公爵や王族と親しげに話している礼儀のなっていない愚か者のことです」
テンプレのような台詞をよくも初対面の人間に言えるものだと優斗は感心したが、エリスは違った。
義息子にしてフィオナの相手だ。
貶すなど以ての外だった。
「何を勘違いしているのか分かりませんが、この場に平民はいません。いるのはミヤガワ子爵の長子、ユウト=フィーア=ミヤガワ。さらに言えばフィオナの婚約者で私の将来の息子になる子ならいますが、いったいどこのどちらと勘違いなさっているのかしら?」
挑発する笑みを携えて蔑むような視線を送る。
「し、しかし息子は彼が平民だと!」
「ならばアリスト王もいることですし、訊いてみますか? 息子さんから聞いてらっしゃるから知っておられると思いますが、ユウトはアリシア様と仲がよろしいのでアリスト王とも名前を覚えられるほど面識があります。是非ともご随意に」
エリスが王様を示すように右手を広げた。
さすがに引き下がるしかなかったのか息子を伴って、すごすごと消えていく。
「……ああ、もう。面倒だったわね」
「やりすぎです」
公爵夫人がやるようなレベルじゃない。
「しょうがないじゃない。ユウトを貶されたらプツンと来てしまったんだもの」
「怒ってくれるのはありがたいですが、公爵の奥方なんですから耐えてください」
「わかってるわよ。次はできたら気をつけるから」
と、続いて近寄ってくる影があった。
またか、と思った優斗とエリスだったが姿を見て驚く。
すぐに頭を下げた。
「よい。ここにいるのはアリシアの父親だ」
王様が優斗達に寄ってきたのだ。
周りも注意深く観察する。
「先日、エリスが焼いたクッキーをマリカから貰った。ユウトには伝えたが美味かったぞ」
「ユウトからも伝え聞いております。お口に合い光栄でございます」
「ユウトもアリシアと遊んでくれてありがとう。マリカと一緒に遊びに行ったことを聞いている」
「いえ、アリシア様に付き合っていただいて、こちらこそマリカが喜んでおりました」
「そうかそうか」
王様と喋っているそばから、マリカが髭に手を伸ばしかける。
慌てて優斗はマリカの手を押さえた。
「別に髭で遊ぶくらい構わないが」
「王様はよろしいかもしれませんが、なんでもかんでもやりたいようにやらせていたらマリカのためになりませんので」
「それもそうだな」
王様はそう言うと、小さく笑って去っていった。
王様が向かった先に大半の注意が向かう一方で、優斗達にも少なからず注目が残る。
その中で優斗とエリスは苦笑した。
「王様は気さくすぎて逆に困りますね」
「本当よね」
◇ ◇
──夜。
いつものようにマルスに誘われてテラスでお酒を飲む。
「義母さんが怒って言い返したときは焦りましたよ」
「気持ちは分かる。私でも言い返さないとは保証できない」
「僕は別に構わないんですけどね」
「それほど大事なのだよ。私達にとってユウト君はね」
「ありがとうございます」
少し照れくさくなって、コップのお酒を煽る。
「でも、これでフィオナと僕が婚約者というのが広まってしまうかもしれませんね」
「何か問題があるのかい?」
「いえ、特にはありませんけど」
「ならいいじゃないか。私達にしたって何も問題はない」
マルスもジョッキに注いであるビールを一息に飲む。
「さて、と。これ以上飲むと怒られてしまうから、私は先に戻っているとしよう」
いつもは一緒に戻るのだが、珍しくマルスが先に戻ると告げてきた。
「分かりました。僕はこれを飲んでから戻ります」
「ああ。ゆっくりするといい」
マルスが優斗の視界から消えると、優斗は一口お酒を含んでから空を見た。
月が満月を描いていたので気分が良くなる。
すると、マルスの代わりに一回り以上も小さい身体が優斗の隣に座った。
「優斗さんも飲みすぎは駄目ですよ」
来て早々、フィオナが窘める。
「大丈夫だよ。義父さんのペースに付き合って飲んでるわけじゃないから」
「ならいいんですけど」
安堵したように息を吐く。
「もしかしたら婚約者として学院で扱われてしまうかもしれませんね」
「そうだね」
聞いたのはクラスの極一部かもしれないが、話が広がらないとは限らない。
「嫌……ですか?」
「なにが?」
「私が婚約者であるとみんなに思われることが、です」
「なんで?」
「だって、まーちゃんの父親というのも周りに知られたくないようだったので」
「波風は立たないほうがいいからね」
変な噂で学院に居辛くなるのは勘弁だ。
けれど、と続ける。
「知られたって嫌じゃないよ。面倒だとは思うけど嫌じゃない」
「本当ですか?」
「本当だよ」
優斗は笑う。
「それなら、もし私が本当の──」
「フィオナ。待った」
と、フィオナが言いかけたところで優斗が止めた。
やっぱり嫌なのだろうかと一瞬だけ考えてしまうが、先ほど彼が否定していたので違うと思い直す。
一方の優斗は立ち上がると窓ガラスへ歩いていく。
「何をやってるんですか?」
そして声をかけた。
「…………」
「…………」
「これ以上黙ってるなら僕の新しい神話魔法の実験台にしますよ?」
優斗がぼそりとえげつないことを言うと、
「そ、それは勘弁してほしい!」
「ちょっとした遊び心だったのよ!」
マルスとエリスが飛び出てきた。
「二人して何をやってますか」
「そ、それはだね」
マルスが言いよどんでいると、エリスが堂々と宣った。
「娘と義息子のラブラブシーンが見たかったの」
「…………ったく、二人とも正座!」
多少は酔っ払っていることもあるのだろうが、普段は修たちにしか言わないことをマルスたちに向かって言い放った。
「出刃亀をするような輩には説教をさせてもらいます!」
そうして始まった優斗の説教は一時間を要した。
翌日、フィオナにも軽く説教をされて、マルスとエリスは二度としないと誓ったそうだ。
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