第205話 見出す今の幸福
皆が帰ったあと、アリーは一人で優斗が読んでいた資料に目を通す。
「……大魔法士と始まりの勇者が倒した魔王の中で、彼らと同じ意を持つ魔王」
開いたページに記されている、とある名を指でなぞった。
「魔竜王ベルゼストと魔人王ヴェルダード」
宮川優斗が対等である、と示した敵だ。
彼は言っていた。
『封印されているのか、転生でもするのか、はたまた不老不死で復活でもするのか、もしくは同類が出てくるのか、どうなのかは知らないけどね。少なくとも同類だとしたら僕とマティスのように“同じ”なんだと思うよ』
本の中で魔王は倒した、と書いてある。
けれど決して“殺した”とも“消滅した”とも書かれていない。
言葉の綾としか思えない捉え方だが、優斗は楽観視をしない。
最悪の可能性を考えれば、確かに導かれる。
「最強と畏怖された魔王に無敵と恐れられた魔王、ですか」
アリーは小さく笑う。
「ふふっ、まるでお伽噺ですわ」
過去にあったはずの出来事。
今になっては想像することさえ難しい、あまりにも突飛な存在。
けれど魔王だからありえない、と笑い飛ばすことは出来ない。
現代において、ここには1000年の時を超えて蘇った大魔法士と始まりの勇者がいるのだから。
「動いたところで意味はなく、知ったところで我々にはどうしようもない」
彼らのことを探すなんてナンセンスだ。
可能性があるからとだけで人々を動かすことは出来ない。
仮に見つけたところで、修と優斗以外が相手をするなんて不可能。
「ただの懸念……。確かにそうですわ」
所詮は世界の在り方を運命論と捉えているからこその話。
現実味などありえない想像の産物だ。
アリーは立ち上がり、窓から夜空を見上げる。
「これからも多々、トラブルは起こることでしょう」
面白いことも面倒なことも、たくさんの出来事がまだまだ起こるだろう。
「ですが……もし世界が綺麗に並べられてなく、未来が確定していないというのなら」
理路整然としていない、雑然としたものだとしたら、
「これだけは願わせてほしいですわ」
空に浮かぶ月へアリーは願いを込める。
「ただ、幸せな日々を」
つまらない日々も、辛い日々も。
たくさん過ごした彼らだから。
これ以上に苦しいことなど必要ない。
「わたくしの仲間が傷つかない日々を」
今という日常がいつまでも続くように。
両手を合わせ、願う。
その時だった。
「アリー、何やってんだ?」
いつの間にかリライトの勇者が部屋の中に入っていた。
どうやら扉を開けて左手をノックする形を取っていることから、自分が気付かなかっただけらしい。
「飯の時間だぞ」
「あら、もうそんな時間でしたか」
アリーは机の上に置いてある開きっぱなし本を閉じて、扉に向かう。
「手間を掛けさせてしまいましたわ」
「気にすんな」
二人並んで歩く。
目的地までは遠いので、軽い世間話を始めた。
「そういやさっき、王様からなんかの会議に出てみる気はないかって言われた」
「えっと……ああ、あれですわ。勇者会議です」
「勇者会議?」
修の首がこてん、と傾いた。
「平和を守る為の情報共有を行う場、とでも言えばよろしいでしょうか。リライトはまだ勇者を公表していないというのに、会議に出せと小うるさい勇者がいるのですわ。こちらとしては突っぱねてもいいのですが、修様に会議を慣れさせるにはちょうどいいとも思いましたから。とはいえ修様次第ですわ」
やりたくないのであれば、出る必要はない。
こちらとて出す理由もない。
「まあ、別に構わねーよ。俺もちょいちょい練習しないといけないかんな」
「分かりました。では参加ということで」
アリーがにっこりと笑みを浮かべる。
「ついでにパーティメンバーが幾人か会議に参加できるので、わたくしも参加しますわ」
「……王女が勇者パーティってすげえもんだよな」
「事実ですから」
「そりゃそうだ」
「というより、修様一人にしたらわたくし達の胃に穴が空きますわ」
「ひでーな、おい」
流れるような会話のあと、互いに顔を見合わせ破顔する。
いつものやり取り。
いつもの会話。
けれどこれが本当に尊いものなのだと、アリーは思う。
だから願うのだ。
何もないことを。
◇ ◇
「ただいま」
家の中に入ると、フィオナがいつものように玄関までやって来た。
「お帰りなさい、優斗さん」
笑顔で優斗を出迎える。
彼女は手が空いている時、かならず優斗の送り迎えを欠かさない。
毎度毎度のことなので面倒じゃないかとも思うのだが、フィオナは簡単に言ってのける。
『一番最初に優斗さんに会えて、一番最後まで優斗さんを見ていられるんですよ』
ただ、それだけの理由。
けれど彼女の中では最高の理由だ。
優斗は表情を崩して、名を呼ぶ。
「フィオナ」
「はい、なんですか?」
笑顔のままの彼女の手を優斗は取る。
そして引き寄せた。
背に手を回し、閉じ込めるように抱きしめる。
突然すぎてフィオナの顔が朱に染まっていく。
「えっと、あの、その……と、突然どうされたんですか?」
「ん~、何となくね」
優斗は腕の中にある温もりを実感する。
彼の中から懸念は消えない。
“対等”が存在するであろう、という懸念が。
だからこそ想像してしまう。
もし存在した場合、導かれる結末までが容易に。
「…………」
自分の強さの至り方は異端だ。
都合というものを踏みにじり、運命すらねじ曲げる。
しかし、だ。
彼にご都合は存在しないからこそ言えてしまうことがあった。
自分は都合よく何かがあって急所は外れない。
自分は運良く何かがあって奇跡が起きたりはしない。
キリアに告げた言葉はそのまま、自分に跳ね返る。
要するに言えることは一つ。
“対等”と相対した場合、宮川優斗は内田修よりも死ぬ可能性が断然に高いということ。
これは揺るぎない事実であり、曲げられない真実だ。
だから頭の中には入れておかないといけない。
大切なものを守る為に。
「ゆ、優斗さん? えっと、ですね。そのやり方だと私が抱きしめられません」
「いいのいいの。僕が抱きしめたいだけだから」
とはいえ可能性なのだから、本筋を忘れてはいけない。
この優しい日々のことを。
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