第204話 一つの決着、一つの懸念
表彰式も終わり、帰り道。
修とクリスは並んで歩いていた。
「今日はどうだったよ?」
「楽しかったですよ。キリアさんやラスターさんの頑張り具合も知ることが出来ましたから」
「いや、ラスターは可哀想だったぞ。お前、キリアの時のテンション保ったまんまだったじゃねーか」
「楽しかったものですから」
苦笑するクリス。
とはいえラスターは本当に可哀想だった。
僅か10秒で勝負が決するという、決勝における歴代最速タイムになってしまったのだから。
「自分自身にも証明できましたし、満足しました」
誰かに証明するものではないけれど。
自分自身には証明できた。
修はクリスの言葉と表情を見て、何となく感じたものがあったのか声を掛ける。
「なあ、クリス」
「どうしました?」
「もしかして『俺らの背中をしっかりと守れるって自分自身に証明する』とか思って、闘技大会出たんじゃねぇだろうな?」
まさしく図星を突いた言葉。
僅かに動揺を見せたクリスに修は呆れた表情をさせた。
「……読心術者ですか、貴方は」
「リーダーだよ」
修はクリスの頭をポコっと殴る。
さすがにアホらしい。
「当時のレイナ越えしてる奴が何言ってるんだかってこった」
「しかしですね。『始まりの勇者』と『大魔法士』がパーティメンバーなんです。背中をしっかりと守れるほどの実力なのか不安にもなります」
「……お前、それキリアとかに言ったら後ろから刺されるぞ」
または顔面にワンパンぶち込むだろう。
優斗からの許可も降りるだろうから、間違いなくやる。
「お前は俺らの心配性を甘く見過ぎなんだよ」
「そうでしょうか?」
「ああ。そんで、お前は自分自身の実力を甘く見過ぎ。天下無双のじいさんなんか、お前の魔法と魔法剣を見て大はしゃぎしてたんだからな。たぶん、近いうちに突っ込んでって戦うことになるだろうから覚悟しとけよ」
何か聞き逃したいことが聞こえてきた。
クリスは幻聴だということを信じながら問い返す。
「……天下無双と戦う、ですか?」
「やり過ぎなんだよ。あのじいさんが超絶笑顔でニコニコしてたんだぞ。リーリアが見たことないとか言ってたから、マジでやばいこと自覚しとけ」
それはそうだろう。
戦いに身を置く人物の中でも最高峰にいるマルク。
そんな人物の前で、優斗の弟子という言い訳がないのに特殊技のオンパレード。
ロックオンされて然るべきだ。
「な、何がいけなかったのでしょうか?」
「基準を俺と優斗で考えんな。レイナですら平然とぶっ飛んでるのに、そいつと同レベルのことかましたらどうなるか分かんだろ」
自己評価が低いからこその変人っぷり。
本当、良い具合に染まっている。
「だから忘れんなよ。お前はすげえ奴だ」
修と優斗が問題と思うぐらいに、ではなくて。
問題ないと思うほどに凄い。
「これからも背中、任せていいか?」
バシン、と親友の背を思い切り叩く。
クリスは少し咽せたが、顔には笑みが浮かんでいた。
「もちろんです」
クリスは家に帰り、クレアと和泉に今日の出来事を話す。
もちろん、修との会話も二人に伝えたのだが、
「結論に主軸を置いてしまえば無駄なことをしたものだな」
和泉がはっきりと言った。
テーブルの向かいに座っている彼は、紅茶を飲みながら馬鹿らしいと一蹴する。
「……イズミ。貴方は本当にばっさりと言いますね」
ちょっとは言われるだろうとクリスも思っていたが、想像以上に直球だった。
「キリアやラスターとの勝負が楽しかったのは僥倖だろうが、お前の戦った理由がアホらしくて俺でさえクリスの頭を殴りたくなってくる」
珍しく立場が逆になった。
普段呆れるのはクリスだが、今回だけは和泉が呆れる。
「まあ、それはいい。修が言ったのなら俺が蒸し返す必要もない」
和泉はクレアに合図を送る。
彼女は嬉しそうにこくん、と頷いた。
「ではクリス様の優勝をお祝いしましょう」
家政婦がクレアの言葉を聞き、ケーキを持ってくる。
クリスの前に出されたものには板チョコが乗っていて『クリス様、優勝おめでとうございます』と書かれてある。
「ついさっきの出来事ですが、よく用意できましたね」
「クレアが事前に注文していたらしい」
「はい。今日、受け取りに行ったんです」
ニコニコのクレア。
クリスは僅かに首を傾げ、
「クレア、負けた場合は考えなかったのですか?」
妻に訊いてみると、不思議そうな表情をさせながら答えが返ってきた。
「クリス様は負けませんから、これで大丈夫だと思ったのですが……」
問答無用の言い分に和泉が笑い出した。
「くくっ。『クリスは負けない』か。奥さんはお前より、お前のことを知っているようだな」
「勝負事に絶対はないのですが……」
力の差があれど、それを逆転させる術がある。
可能性という点では、絶対などは口に出来ない。
けれど、
「その万が一を起こさせないのがクリスト=ファー=レグルという男だ」
端的に述べて和泉はケーキを頬張る。
美味い、と端的に感想を口にした。
咀嚼し呑み込むと、さらに和泉は話を続けた。
「よく物語にあるだろう。『たった1%でも可能性があるのなら、俺は勝ってみせる』という言葉が。それは挑戦者側の言葉であり、実力が下の言葉だ。だからお前にとってはこうなる。『100通りの中で99通りを選べば勝てる』とな。そしてクリス、お前は知っていたはずだ。勝つ為の道筋を」
どうあがいても負ける可能性が見出せない勝負の進め方を。
「だとしたら、あとは簡単な話だ。絶対に勝てる方法を歩けばいい。負ける可能性が入らない“絶対”の方法を」
奇跡の余地は無く、偶然の入る隙間は無い、幸運が起こる何かも無い。
完全なる勝利の選択。
「だからクリスは負けない。そうだろう、クレア?」
「えっ? そうなのですか?」
得意げに話して振ったが、肝心の奥さんが全く理解できていなかった。
和泉は眉に皺を寄せ、
「……クレア。だとしたら、どうしてお前はクリスは負けないと思った?」
「クリス様ですから」
「……理屈も理由も何もないのか」
「いえ、理由はあります。クリス様がクリス様だということが理由です」
「………………その超絶理論を使えるのはフィオナだけだと思ってた」
彼女は仕方ない。
相手が優斗なのだから。
その理論で和泉も納得させられる。
しかしまさか、それをクリスにも当てはめる人がいるとは思わなかった。
夫は妻の話を聞いて、思わず吹き出してしまう。
「クレア、それは理由になっていませんよ」
ただクリスというだけで信じる。
何ともむず痒く、何とも嬉しく、何とも可笑しかった。
「いやはや、自分の妻は本当に可愛いものです」
「俺や優斗の天敵だ、クレアは」
「理論が通じませんからね」
呆れ果てた和泉と可笑しげに笑うクリス。
「……?」
一人、状況を理解していないクレアは不思議そうにしていた。
けれどケーキを持ってきたというのに、お祝いの言葉を伝えていないことに気付いた彼女はいきなりピシッと態勢を整えた。
「どうした?」
「クレア、何かあるのですか?」
突然のことに訝しむ二人。
すると彼女はニッコリと微笑み、
「クリス様、優勝おめでとうございます」
夫のことを労った。
「……ああ、そういえば伝えてなかったな」
また妙な時空間に引きずり込まれているような感じがあるが、いつものことだ。
クレアの独特のテンポは本当に奇妙で面白い。
「俺からも言っておこう。優勝おめでとう」
和泉はいつの間にかテーブルの上に置いてあるワインを、彼のグラスに注いでいく。
クリスは突然のことに驚きながらも笑みを零し、
「ありがとうございます、二人とも」
素直に賞賛を受け取ってワインに口を付ける。
レグル家の祝賀パーティーが始まった。
◇ ◇
一方。
王城にいる人達もいた。
一室にかき集められた本の山。
優斗が読んでいた本を置いて息を吐いた。
考えを纏める為に頬に手をつき、逆の手の中指で机の上を叩く。
「………………」
1分、2分、3分と断続的に響く音。
優斗はずっと真剣な表情で、けれど遠くを見ているかのように焦点は合っていない。
「………………」
さらに机を叩く。
コツコツ、と。
静かな部屋の中に響く音。
けれど不意に音が止まった。
「……やっぱり可能性はある、か」
優斗は納得したように頷いて大きく溜息。
と、同時にドアが開いた。
現れたのは天下無双。
彼は嬉しそうな笑みを浮かべながら優斗に近付いてくる。
「弟子は惜しかったな、ミヤガワ」
「まだまだですよ」
「しかしレグルに対して、あれだけのことが出来たというのは誇れることだ」
「超絶笑顔でしたものね、天下無双は」
「お前の弟子とレグルの所為だ。あれだけの特殊な技法が並べられれば、儂とて老いた身ながら心が躍る」
まだまだ自分は足りなかった、ということだ。
強さを求め続けた天下無双も考えなかったことをやってのけた二人。
誰も知らぬであろう魔法を使い、魔法を重ね合わせるという驚愕な技法を使ったクリス。
何から何までオリジナルというオンリーワンの技を持つキリア。
天下無双が心躍るのも無理はない。
「弟子にはこう伝えてくれ。お前が進む道を応援している、と」
「分かりました」
「そしてレグルには『いつ戦いに行っていいのか?』とな」
「……戦りたくなっちゃったんですか」
「無論だ」
あの若さにして“壁を越えし者”。
しかも天下無双すら知り得ぬ技の数々。
戦いたくなってしまった。
とはいえ、天下無双がここに来た理由はそれではない。
「そういえばミヤガワよ、儂に訊きたいことがあるとアリシア王女から伺った」
優斗がマルクをこの場に呼んだ。
過去数十年、戦いの場を駆け抜けた天下無双だからこそ、訊きたいことがあった。
「もしかしたら知っているかな、と思いまして」
優斗は自身が問題としていることをマルクに尋ねる。
「天下無双は“堕神”という言葉に聞き覚えはありますか?」
あの『始まりの勇者』すら偶然とはいえ耳にしていたマルク。
ならばと思って尋ねてみた。
マルクは問われた単語に悩み、色々と過去を探ってくれたようだが、
「すまんが分からない」
「いえ、ありがとうございます。元はと言えばうちのバカのせいで手間取ってるだけですから」
優斗が大げさに息を吐いて肩を竦める。
と、同時に続々と人が入ってきた。
まず最初に入ってきたのは絵本作家のミント。
「もう全部読んだのかしら?」
「ええ、さすがはミントさんですね。僕が欲しかった情報どんぴしゃでした」
優斗はにこやかな笑みを見せた。
本当に彼女の持っている歴史は重宝させてもらっている。
「ラグ、アリーもありがとう」
次いで入ってきた二人にも声を掛ける。
唯一、現状を理解しているアリーが尋ねた。
「ユウトさん、結論は?」
「駄目だね。完全に否定できる根拠はない。可能性は僅かでも存在するよ」
「そうですか」
ある意味でこうなることは二人とも分かっていた。
それが証明されただけで、落ち込むことも恐れることもない。
すると天下無双が顎をさすりながら、
「ふむ。少々、興味深い話をしているようだな」
優斗とアリーのやり取りに興味を持った。
優斗はマルク、ミント、ラグに今までのいきさつを伝える。
大魔法士と始まりの勇者が僅かな可能性であれど予感していること。
そしてレアルードで出会った存在――“堕神”の欠片のことを。
「“堕神”の欠片は魔法が効きません。まあ、正確には神話以下の魔法は通用しないんですが、どこかで聞いたことがありませんか?」
「精霊……いや、大精霊か」
マルクが即座に答える。
優斗も頷いた。
「そう。大精霊も同様に魔法は効きません」
事実、通用しない。
単純な魔法では大精霊には何の意味も為さない。
6将魔法士ジャルと戦った際、精霊に魔法が効かないことに皆が驚愕していた。
「けれど“堕神”の欠片同様に、大精霊も一定以上の神話魔法ならダメージが通るんですよ」
「そうなの?」
「ええ」
決して大精霊とて傷つけられない存在、というわけでもないことを優斗は知っている。
「その二つの共通事項は簡単です」
優斗は全員を見回す。
全員、ある程度察しがついていたので頷いた。
「“神”と呼ばれるモノの配下に連なっている」
龍神と堕神は対の存在。
ならば同様の在り方をしている大精霊も“堕神”の欠片も同じ存在だと考えたほうが理屈が通る。
「精霊は龍神を守護するモノ。だとしたら単純に考えて“堕神”の欠片は“堕神”を守護するモノか、眷属であると考えたほうがいい」
そこのところを修が紙吹雪にした本から情報を得ようとしたのだが、いかんせん修復が難しい。
宗教関連の書物も龍神関係はたくさんあるが、その他のものはほとんど書物として残っていなかった。
けれど予想として大きく間違ってはいないはずだ。
とはいえラグが眉を寄せる。
「しかし、なぜユウト様は“堕神”という存在を知ろうとしているのだ? 気にすることはないだろう?」
今の世は龍神崇拝が主立っている。
所詮、そういう存在がいるというだけのことで、関わることは確実と言っていいほどにない。
けれど天下無双がすぐに気付いた。
「お主が懸念している“対等”と繋がるのだな?」
優斗とアリーは首肯する。
大魔法士と始まりの勇者が予感していること。
“対等”の存在。
「ユウトさんは“対等”がジュリア=ウィグ=ノーレアルより上の使い手であると考えているのですわ」
精霊を自由に扱えるからこそ、ある意味で『精霊の対等』とも思える“堕神”の欠片が優斗には引っ掛かった。
「本当にいるのか?」
代わりにラグが切れ長な瞳を困惑させている。
彼にとって大魔法士は最強。
故に対等がいる、ということも信じがたい。
けれど優斗はおどけるような仕草を取り、肩を竦める。
「さあね。もちろん、どこにいるのか分からなくて存在するかどうかも分からない奴に対して、必要以上に怯える必要はないよ。あくまで万が一を考えて資料を頼んだだけだしね」
知っておいて損はない。
そしてそれこそが、宮川優斗にとって一番重要なことだ。
「頭の中に入れておかないと、僕は大切なものを守れないから」
優斗はご都合主義が発揮されない。
兎にも角にも自分次第で全てが変わっていく。
都合の良い展開に持ち込むことは出来ても、都合の良い展開になったりは絶対にしない。
「ねえ、ユウト君。精霊とかで調べられたりしないの?」
今度はミントが訊いてきた。
優斗は小さく首を振り、
「“すでに”やった後なんです」
「結果はどうだったの?」
「少なくとも感知出来ませんでした」
「……ふむ」
マルクは優斗が述べた結果を鑑みる。
彼が探したというのならば、くまなく探したことだろう。
けれど感知出来なかった。
「吉報……だと思っていいのか?」
「……一概に言い切っていいのかは分かりません。相手が相手ですから」
もし“優斗の予想通り”なのだとしたら、対等は人智を超えている。
自分のやったことなど、取るに足らないと失笑するだろう。
もちろんいれば、という話ではあるが、
「拭えない懸念があるんです」
優斗は大量に積み重なった本を見据える。
彼が頼んだ資料のほとんどは『大魔法士が戦った相手』が記載されている本。
ラグは優斗と同じように本の山を見つめ、あることに気付いた。
「まさかどのような相手かユウト様は見当が付いている……のか?」
「おおよそ、ね」
ラグの疑問に優斗は頷く。
これは精霊達に尋ねてみても知ることは出来なかった。
名称など当時の人々が、もしくは当人が名乗ったもの。
精霊が知るよしもない。
けれど覚えてることもあった。
その情報と資料を組み合わせれば、誰とどう戦ったのかぐらいは導ける。
「過去を知って、繋がりを見て、どうなっているのか。おおまかな流れの予想はできる」
優斗は一度、深呼吸をする。
アリーも“対等”がどのような存在なのかは知らない為、全員が彼に注目した。
「まず最初に言っておくのは、僕らの言葉は基本的に許容力があるらしくて、ある程度は君達に通じる。勝手に通じるように翻訳みたいな魔法があるのかもしれないし、もしかしたらそっちで異世界の言葉が広がったのかもしれないけど、兎にも角にも普通に話して問題がない」
一般生活において、問題はない。
「けれど“存在に対する名称は違う”。通じないものだってある」
この世界では天使や悪魔だと言っても通じたりはしない。
なぜならそういう存在がいないから。
「アリーには前に言ったよね?」
勇者という存在がある。
両方の世界に共通する存在がいる。
だから、
「当たり前のように通じるからこそ見逃す、ですわね」
優斗は頷く。
そして自身の運命論を掛け合わせれば、自ずと答えは出てくる。
「世界を破壊できる力を持つ僕と修。けれど僕達に世界を破壊する意思がないのであれば、僕達の対等は世界を破壊する意思があるはずだ」
大魔法士と始まりの勇者。
世界を掌握できる実力者が何もしないのであれば、その逆の存在はどうであろうか。
「ジュリア=ウィグ=ノーレアルは言ってたよ。“異世界人は大魔法士と共に諸国を巡った。そして数ある出来事のうち、最大の出来事――世界を救った”と」
だから大魔法士と勇者は守られている。
人外の力を持っていて尚、恐怖も畏怖もない。
「世界を救う。逆を言えば“世界を破壊する存在がいた”ということ」
曖昧ではなくて、明確に。
確実に破壊しようとした存在がいる。
「こいつは異世界人の中では幻想でしかない。けれどセリアールにおいては過去、実際に存在したお伽噺」
異世界人にとっては空想。
セリアールにとっては現実。
「そして勇者と同様に“共通する定義を持った存在”。当然のように共通概念として理解できている存在が一つある」
知っていることが当たり前だから、この世界で名前が出た時だって疑問に思わなかった。
「修が喚ばれ、僕が共に在ることに意味を見出すなら答えはそこにしか辿り着かない」
異世界召喚の正道。
倒さなければならない敵。
紛う事なき絶対悪。
「僕達の対等は――」
世界に混沌と破壊をもたらすモノ。
「――魔王だ」
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