第68話 未来を考える

 優斗と修と和泉とレイナ、四人はギルドの依頼をこなした後、近くの喫茶店でお茶をしていた。

 その時、話の一つとしてレイナがこんなことを訊いてくる。

 

「なあ、ユウト」

 

「なに?」

 

「生徒会長に立候補する気はないか?」

 

「ないよ」

 

 スパっと優斗が言う。

 彼の返答にレイナは他の二人を見て、

 

「シュウは……いや、なんでもない」

 

「会長、どうした?」

 

 突然の話のフリに和泉が尋ねる。

 

「来月に代替わりでな。生徒会選挙が行われる。私としては次の生徒会長にユウトが良いと思ったのだ。こんな厄介な奴らの面倒を見ているし、成績的にも問題はない。人格的にも私の次代として納得できるのでな」

 

「ただでさえ余計なことをやっちゃって面倒事が多いのに、これでさらに生徒会長までやれと? 娘も育てないといけないし……」

 

「……確かに辛いか」

 

 現在、一番面倒な立場にいる優斗に頼むのも厳しいものがあった。

 修が代案を出す。

 

「アリーはどうよ?」

 

「ただでさえ王族だ。余計なことはやらせるべきではないだろう」

 

「そんじゃあ、クリスは?」

 

「ユウトと同じくらいに適任だとは思うが……。あいつも騒がれるのは苦手だろうしな」

 

 それにクリスが生徒会長になったら、ファンクラブでも出来そうな気がする。

 

「他は前に出る性格でもないだろう」

 

「この二人は論外だもんね」

 

 優斗が修と和泉を指すと、レイナが苦笑した。

 

「まあ、なるようになるだろう」

 

 変な人物が生徒会長にならなければいい。

 

「けれど、もうそんな時期ってことはそろそろレイナさんも卒業だね。レイナさんって卒業したら、結局どこに行くことになったの?」

 

「近衛騎士団だ。内定は出ているしな」

 

「……内定とかあるの?」

 

「あるぞ」

 

 優斗の問いにレイナが頷く。

 

「裏口か?」

 

 修がからかった。

 ペシっとレイナが頭を叩く。

 

「馬鹿言うな。これでも内定に達するラインはある。学業、実技共に上位5%。上位魔法を一つは使えること。学生闘技大会ベスト4以上……などなど。私はそれをクリアしたからな」

 

「普通はどうなんだよ?」

 

「リライトの兵士になるには、希望する所属部署ごとに試験を受けることになる。所属したい部署が求めている基準を学業、実技共に越えていたら試験は無くなり、面接だけで済む。ほとんど内々定だとは思うが」

 

 詳しくはレイナとて知らない。

 

「お前らはどうするんだ? もう来年のことだぞ」

 

「俺は『リライトの勇者』だしな。他の道はねーから」

 

 修は平然と答える。

 責任から逃れるつもりもない。

 次いで答えたのは和泉。

 

「俺は武具の開発関係の職に就ければいいと思っている」

 

 最後は優斗。

 

「僕は――」

 

 少しだけ答えに詰まる。

 未来を考えたことがない。

 けれどもしかしたら、そろそろ未来を考えてもいい頃なんじゃないか、と。

 そう考える。

『今』だけじゃなくて、その先を。

 

「ユウトは選ぶ道がたくさんあるな」

 

「アリーは『外交官をやってほしいですわ』とか言ってたぞ」

 

「それって冗談じゃないの?」

 

「いや、あの目は案外マジだった」

 

 やってもらうなら是非とも、といった感じで修に言っていた。

 

「ユウトはギルドパーティからもたくさん誘われていたのだろう?」

 

「みたいだね。ギルド関係だけど王様に処理してもらってるから、助かってるよ」

 

 正確な数は答えられないが、かなり多くのパーティから誘われている。

 

「っていうか、普通に考えたら公爵家の跡継ぎじゃね? ギルドは無理だろ」

 

「義父さんからは卒業後に宮廷魔法士の地位を与えるとか冗談交じりに言われたけど……」

 

「いや、おそらく冗談ではない」

 

 レイナが真剣に言う。

 それほどの地位を与えられる人物だ、優斗は。

 

「クリスも公爵の跡取りだし、卒業すれば政治に関わるだろう」

 

 和泉的には似合っていると思う。

 

「タクヤはどうだ?」

 

「あいつが一番、謎じゃね?」

 

 修が首を捻る。

 

「卓也は一応、リステルの王女を嫁に迎えるわけだが……」

 

「戦うって柄じゃねーし、政治なんてもっと無理だろ」

 

 確かに、と全員が頷いて少し考える。

 

「……宮廷料理人?」

 

 ポツリと言った優斗に全員が笑う。

 

「確かに! あいつはゆったりレストランでも開いてるのが似合ってるわ」

 

 

        ◇      ◇

 

 

「――という話になったんですけど……」

 

 今日あったことをテラスで飲みながらマルスに話す。

 

「こちらは本気で言っているよ」

 

「そうなんですか?」

 

「むしろ、このまま行けばほとんど決定ルートだろうね。最低でその地位だよ」

 

「何でですか?」

 

「君がリライトの所属だという確固たる証を与えたい」

 

 マルスはさらに続ける。

 

「一応、今のところリライトの貴族ではあるんだが、神話魔法の使い手とパラケルススの契約者という『名』の前には霞むだろう? さらには龍神の親だ。だから君は“リライトにいる”のではなくて“リライトに所属している”という風に見せたいのが国の考えだ。今はまだ、学生ということで王様が出来るかぎり学生の生活をできるように配慮しているからこそ、その名を与えることはしないのが現状だよ」

 

 もちろん、今のうちに与えてしまえという案も出てはいる。

 けれど優斗のことを考えてしていない。

 

「他国から国を通さずに直接、ユウト君にちょっかいを出されないかという心配があるがね」

 

「そこは自分でどうにかしますよ」

 

 優斗の言ったことにマルスは「そうか」と笑う。

 

「アリシア様が言っているのも半ば本気だと思う」

 

「外交官は向いてないですよ」

 

「そうかい?」

 

「僕一人なら何とでもなりますけど、あれって……何かしらのイベント事だと女性同伴の時とかありますよね?」

 

「あるな」

 

 マルスが肯定した。

 すると優斗は頬を掻きながら、

 

「フィオナに手を出されたら絶対にキレます。それって外交官として最悪でしょう?」

 

 自分が絶対に無理だということを示す。

 本当に論外すぎる。

 

「あと、僕の持っている『名』があるからアリーは僕を推したんでしょうけど、それによって女性から言い寄られるのも嫌ですから」

 

 とりわけ他国の歓待などは受けたくない。

 

「最近、何かされてキレるのがパターン化しているのは自分でも思ってるんですけど……直せなくて。だから外交云々は厳しいですね」

 

「……まあ、歓待は絶対に受けることになると思うよ」

 

 卒業してしまえば、絶対に。

 

「分かりました」

 

 優斗も諦めて頷く。

 するとマルスが少し真面目な表情になった。

 

「けれど君はいいのかい? 元来、君は予期せぬ『異世界の客人』だ。こちらのミスで召喚してしまった以上、国として責任は持つ。だが、どこかに行きたいと言えば無理矢理に止めることは出来ない」

 

 拘束する権利はない。

 

「言ってしまえば国として必須なのは『リライトの勇者』だけなのだからね」

 

 もしも優斗がパラケルススと契約をしていなければ。

 神話魔法を使えていなければ。

 これほどまでに優斗を留めようなどとは考えない。

 

「君は我々の思惑を越えた予想外の客人だ。だからこそ国としてはいて欲しいと願うのだが……強制はできない」

 

 してはならない。

 ただでさえ負い目のあることなのだ。

 

「無論、私としてはリライトの発展の為にもいてくれることを望むがね」

 

 けれどもどこかに行きたいと願うのなら。

 何かをしたいと思うなら。

 やればいいと思う。

 優斗はマルスのそんな考えを聞いて……ため息をついた。

 

「義父さん」

 

「なんだい?」

 

「僕は誰の子供ですか?」

 

「私とエリスの子供だ」

 

 当たり前のようにマルスが返す。

 

「だったら結論は出てますよ」

 

 義父の言ったことが答えだ。

 

「帰り道で少し考えました。別の国に行くのも、ギルドでパーティを組んで働くことも考えました」

 

 初めて将来について真面目に考えてみた。

 

「でもね、そんな未来はありません」

 

 たくさんの将来?

 あるわけがない。

 

「僕は確かに『異世界の客人』である宮川優斗です。けれど“その前”に義父さん――マルス=アイン=トラスティの義息子なんです」

 

 これが現実だ。

 

「フィオナに兄弟がいれば、まだ先ほどの考えは有りだったと思いますけどね。いない以上、国を出るという考えはありません」

 

 彼女と離れることは考えていない。

 ということはつまり、

 

「このままいけば、僕は間違いなく公爵の地位を引き継ぎます。なのに他国へ行くとかギルドで働くとか論外でしょう?」

 

 あり得ない。

 選択肢にすら入らない。

 

「私は君を縛るために義息子と呼んだつもりはない」

 

「僕だって縛られるために義息子になったつもりはありません」

 

 一度だってそんなつもりはない。

 

「けれど責任は持っているつもりです。フィオナの婚約者としている以上、義父さんの義息子としている以上ね」

 

 責任を捨てることなど考えるわけもない。

 

「義父さんが僕を義息子と思ってくれているなら、義息子として絶対に持たないといけないものです。それに義父さんは最初、言ってくれたでしょう? 遠慮するな……と」

 

 初対面の時に言ってくれた。

 だからマリカをこの家で育てることにした。

 ここに住むと決めた。

 

「だったら義父さんも遠慮しないでください。これは義父さんの義息子であり、フィオナの婚約者であるからこそ必要な責任です」

 

「しかしだね……」

 

 マルスは難しい顔をする。

 でも、優斗は気にすることもなく言葉を続ける。

 

「それに先ほどは『if』の話をしただけで、勘違いしないでください」

 

 一言もリライトに残ることを嫌だなんて言っていない。

 

「好きなんですよ、この国が」

 

 嫌いな世界から救い出してくれたのが、リライト王国なのだから。

 

「義父と義母がいる――大切な家族のいるリライトが好きです。だからこそ持たなければならない責任を僕は全うするんですよ」

 

 優斗は断言する。

 その姿にマルスは呆けたあと……笑った。

 

「……義父さん?」

 

「いや、私の義息子は本当に最高だと思ってね」

 

「当たり前じゃない」

 

 すると、後ろからいきなりエリスが現れた。

 こっそりと話を聞いていたらしい。

 優斗に抱きつきながらエリスはマルスを肯定する。

 

「あなた、知らなかったの?」

 

「知ってはいたがね」

 

「ユウトは私とあなたのことを考えずに自分勝手な考えをする子じゃないわ」

 

「そうだが、フィオナと婚約をしているとしても自分の道を行ってもらいたいと考えるのは、親として普通だろう?」

 

「だったらユウトが私達の義息子として後を継ごうと考えたのも普通のことね」

 

「そうですよ」

 

 エリスに賛同する優斗。

 

「ただ、義母さん?」

 

「なに?」

 

「すぐに抱きつくのやめません?」

 

「いやよ」

 

 即答された。

 

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