第236話 guard&wisdom:確定したこと



 レキータ王国に到着し、高速馬車から降りる。

 直接王城へと向かっても良かったのだが、旅行という点もあるので町並みを見ながら王城を目指す。

 と、ある刃物店の前を通った時に卓也が面白い物を見つけた。

  

「和泉、見てみろ」

 

 ちょいちょい、と卓也が指差した先。

 そこにはパン切り包丁が置いてあった。

 

「これは懐かしいものがあるな」

 

 昔のことを思い出しながら、和泉も目を細める。

 けれどリル達には何が何だか分からない。

 

「……? ごく普通のパン切り包丁よね?」

 

「まあな。だけど和泉の家で初めて料理を作った時、パン切り包丁しかなかったから衝撃的だったんだ」

 

 和泉の家に泊まる話になった時、学校帰りに食材を買って卓也が夕飯を作ることになった。

 だがキッチンに到着して調理道具を見てみると、なんと包丁が存在せずにパン切り包丁だけしかなかった。

 

「何を作ろうとしたの?」

 

「そばめしだよ」

 

 なので豚肉やらキャベツを切り刻む必要があったのだが、キッチンにある包丁はパン切り包丁のみ。

 ということでやった行動は一つ。

 

「あれで食材を切る機会は今後一生、ないと思うけどな」

 

「切れたの?」

 

「切ったとは言えない。無理矢理引き千切った、というのが正しい表現だよ。まあ、美味しく出来たから良かったけどな」

 

 後日、優斗が最低限の調理器具を購入して和泉宅に置いた。

 けれど印象としてはかなり強く、未だにパン切り包丁を見ると当時のことを思い出せる。

 

「タクヤ」

 

 するとミルが袖をちょっとだけ引っ張ってきた。

 すぐに手は離れたものの、どうしたのだろうかと卓也は問い掛ける。

 

「何かあるのか、ミル?」

 

「異世界の料理、また、教えてほしい」

 

 ちらっと克也を見ながら答えるミル。

 その一連の動きで卓也はなるほど、と小さく呟いたあとに笑みを零す。

 

「ああ、いいぞ」

 

 他のリライトの面々に訊けばすぐに同意が返ってくるどころか、リルが新たな提案を出した。

 

「だったら料理可能な宿屋で一泊するのはどうかしら? それなら夕ご飯と明日の朝ご飯の時に卓也からレシピだけじゃなくて、直接教えて貰えるでしょ?」

 

 やはり実物を見るのは料理において完成度が比類なく上がる。

 それをリルはよく分かっているので提案した。

 ミルも頷きながら、隣にいる少年に伺う。

 

「克也、いい?」

 

「何も問題ない。ミルがしたいというのなら、俺が反対する理由はない」

 

 方向性が決まったところで、最年長のレイナが一言添えた。

 

「では、まずは宿の確保からするとしよう」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 料理可能な宿に予約を取ったあと、一向はレキータ王城に向かう。

 話は通っているらしく、すんなりと城内に入りレキータ王と謁見できることとなった。

 謁見の間に入り、玉座に座っている人物を全員で確認。

 初老にさしかかっているであろう男性――レキータ王は驚きの様子で克也達を出迎えていた。

 

「イエラートからリライトにも協力してもらったとは聞いていたが、かの有名な二人が来るとは思わなんだ」

 

 レキータ王の視線の先にいるのは、世界的に有名な話となった卓也とリル。

 基本的に王族と話すのは極力避けたい面々が揃っているので、雑談系はリルが代表して応対する。

 

「あたし達のことをご存じなのでしょうか?」

 

「我が国にもファンが多数いるのでな。側近の中には演劇のチケットに当選し、見に行った者までおるのだよ。当然、儂も読破しておる」

 

 余計なことまで付け加えながら話してくれたが、朗らかな表情であることからレキータ王なりの冗談なのかもしれない。

 

「さて、カツヤといったか」

 

「は、はい」

 

 名を呼ばれ、背筋を伸ばす克也。

 けれどレキータ王は柔和な表情のまま、肩の力を抜くように伝える。

 

「そんなに緊張することはないのでな。気軽に報告してくれ」

 

「で、では、単刀直入に言っていいか……じゃなくて、いいですか?」

 

 いきなり克也がとちって卓也もリルもハラハラするが、幸いにも懐が深い王だったので気にせずに進めてくれる。

 

「もちろんだとも」

 

 大きく頷いたレキータ王に対して、克也は一度深呼吸すると慎重に結論を伝えた。

 

「この世界にはもっと素晴らしいものがあるので、意味がないと思います。俺も俺の妹も優先達――リライトの異世界人達も同じ感想です」

 

 むしろ散々に言われる内容ではあったのだが、そこは克也でもオブラートに包んだ。

 レキータ王も克也の説明に驚くわけでもなく目を見開くわけでもなく、淡々と納得する。

 

「口頭で説明は受けたものの、どうにも儂らには理解不能な文字故に完全な把握が出来なくて困っていたのだ」

 

 だからこそレキータ王はイエラートに話を持っていった。

 リルも確かにそこを不思議に思い、尋ねる。

 

「しかし、どうしてセリアールの言葉で書かなかったのでしょうか?」

 

「まだ文字を覚えていないのもある。それに……よく分からんのだが、機密がどうのと言っていた」

 

 同時、卓也と和泉と克也の顔が妙な表情を浮かび上がらせる。

 三人とも、レキータの異世界人の行動を『知っている』とばかりに。

 

「……和泉。決定か?」

 

「決定だろう」

 

「俺も確信したぞ、卓先」

 

 優斗がいれば盛大な溜め息も追加されていただろう。

 別にレキータの異世界人に関わるつもりはないが、異世界人故に読めてしまったことで呆れてしまうことぐらいある。

 そして、こういった手合いに深く関わることが面倒に繋がることを察する能力は、卓也も優斗にひけを取らない。

 中学時代から“歩くイベントポイント”である修と一緒にいたからだ。

 これ以上、関わって変なことに巻き込まれてるのも面倒でしかないことは分かりきっている。

 だから僅かな手振りで克也に帰る合図を送った。

 克也も卓也が帰りたい理由までは分からないものの、これで王城を去ろうとしていることは把握する。

 

「レキータ王。これで報告は終わったので、俺達は帰ろうと思います」

 

 克也が報告に来たのだから、最後の挨拶も彼にやらせてから宿へ向かおうとする。

 けれどレキータ王が呼び止めた。

 

「少し待ってほしい。顔ぐらいは会わせてやってくれないかね?」

 

 遅かったか、と卓也が顔を歪ませる。

 しかしながらレキータ王の言葉を反芻し、すぐ抜け道に気付いた。

 顔を合わせるだけで帰れる、ということに。

 克也は判断に困り、卓也を見る。

 

「顔を見るぐらいだったら大丈夫……か?」

 

「……たぶん、大丈夫だと思う。顔を合わせたら帰ろう」

 

 ここで突っぱねるのは不味いので会うだけは会う。

 とはいえ見えてる地雷など誰が踏むか、と心に決める卓也。

 和泉はどっちに転ぼうと面白いので我関せず。

 リルとレイナは卓也が内心で焦っていることを分かっているので、出来る限り彼の考えに沿おうと決めた。

 そんなリライト組の心情をあまり察することができず、克也は素直に頷いた。

 

「じゃあ、レキータの異世界人と顔を合わせてから帰ります」

 

 

 

 

 兵士に連れられて廊下を歩いてる最中、和泉が前知識が欲しいと言って兵士にレキータの異世界人の情報を訊いてみた。

 

「三ヶ月前に召喚させていただきました。先代の方は百三歳の大往生になります。そして今代の異世界人の方は齢二十二と伺っています」

 

「……歳上なのか」

 

 学年としては和泉達より四つか五つ上。

 和泉がなるほど、と呟くと同時にとある部屋の前で兵士が止まった。

 四度ノックをして、兵士は中にいる人物に告げる。

 

「失礼します。面会の申し出があるのですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」

 

 兵士の声に対し、中から了承の返答があった。

 なのでドアは開かれ、卓也達は部屋の中へと入っていく。

 

「これはまた、ずいぶんと若い人達が来たものだね」

 

 すると青年が笑みを浮かべて卓也達を出迎えた。

 彼は六人の姿を通すように見たのだが、なぜかレイナだけが僅かに眉を寄せる。

 卓也達の前にいる青年は、体型としては標準よりはややふっくらした感じで運動が出来るようには思えない。

 また見た目なのだが、普通で普通に普通だ。

 何か特徴があるのかと問い掛ければ、判断に困る容姿。

 とりあえず克也が話し掛けてみる。

 

「あの、俺達は――」

 

「いや、いいんだ。来た理由はおおよそ分かっているんだよ。おおよそ、レキータ王から見させて貰った書類が何なのかを聞きに来た、といったところだろうね」

 

 克也の言葉を遮って、やたら決めている感じで台詞を告げる青年。

 だが卓也達は彼の記したものに関して聞きに来たのではなく、読んだ上で報告しに来たが正しい。

 しかも本人から話を訊くつもりは毛頭ないどころか会う気もさらさらなかった。

 

「さて。色々と質問はあるだろうけど、まずこれだけは先に言わせてもらうとしよう」

 

 けれど青年は卓也達の内心など一切構わずに、なぜかしたり顔になって言ってきた。

 

「実は俺、異世界から来た人間なんだ」

 

 瞬間、特大の疑問符が全員の頭に浮かぶ。

 何を当たり前のことを言っているのだろうか。

 不思議を通り越して意味不明なので、もちろん理解できるわけもない。

 

「……ねえ、どういうこと?」

 

「オレに訊かれても困るんだけど」

 

 リルがこそっと卓也に尋ねても分かるわけがなく、

 

「いささか不可解なことを言われたが、どのように思う?」

 

「俺も正直、判断しかねる」

 

 レイナも小声で和泉に話し掛けるが理解の範囲外なので返答に窮し、

 

「わかる?」

 

「すまないが無理だ」

 

 ミルに質問された克也は素直に考えることを放棄した。

 そして目の前にいるレキータ王国の異世界人は彼らの行動を別の意味で勘違いし、

 

「君達の理解が及ばないのも無理はない。なぜならオレは召喚陣というもので、別の世界からこの世界へと召喚されてしまったらしいのだから」

 

 などと説明口調で話してくる。

 全員、内心で『そんなことは分かってる』とツッコミを入れるしかない状況ではあるが、もしや他にも異世界人がいることを知らないのだろうか。

 克也が思わず卓也の裾を引っ張って小声で話し掛ける。

 

「た、卓先。もしかして俺達で色々と教えたほうがいいんじゃないか? ほら、俺と朋子の時にもやってくれただろう?」

 

「バカ言うな。お前達は歳下で、イエラートからのお願いもあったから初対面の時に面倒を見た。けれどレキータ王から面倒見ろとは言われてないし、顔を見てくれと言われただけだ。しかもあっちが歳上なんだからオレ達の出る幕じゃない。歳下のオレ達がしゃしゃり出たら面倒なんだよ」

 

 歳下にセリアール事情を教えられるとか、プライドに触れそうで怖い。

 なのでよく分からない相手であることだし、余計なことなど一切する気はない。

 間違っても地雷など踏んでたまるかと、卓也は愛想笑いを張り付けて青年に告げる。

 

「レキータ王からの話で顔を拝見させていただきに来たただけなので、オレ達はこれで失礼します」

 

 そう言って卓也達は本当に踵を返し、そそくさと部屋を出て行った。

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