第235話 guard&wisdom:道草とツッコミ


 

 レイナの奢りが確定したあと、卓也達は他国へ行く支度をしてから王城で高速馬車を待つ。

 

「そういえば、これって旅行ついでなのよね?」

 

 リルが克也に確認を取ると、素直に頷かれた。

 

「じゃあ、一つ寄りたい国があるんだけど」

 

「リル様が言うとなると、リステルか?」

 

 王女なわけだし、立ち寄る理由もよく分かる。

 けれど彼女は凄い勢いで首を振った。

 

「自分で言うのも何だけど、リステルは勘弁して。今、演劇の時に撮った写真の展示会が開催されてるから、行ったら帰れなくなるわ」

 

 見つかったりでもすれば、それこそ笑えない。

 リステル城へ即行で連れて行かれ、数日は捕まるだろう。

 婚約者の方も彼女と同じ予想らしく一緒に青ざめたが、だとしたらどこに行くのかと確認してみると予想外な国の名前が挙がった。

 

「モルガストよ。ユウトとお兄様とモルガストの勇者が話し合って、あたし達が行ったほうがいいって聞いたの。ただね、公式で行く前に非公式で一度くらいは行っておこうかなって思ったのよ」

 

 あそこもあそこで厄介な二人組がいる上に『瑠璃色の君へ』が人気になっているらしいので、一応様子見はしておきたい。

 

「なるほどな。刹那達も寄り道は大丈夫か?」

 

「問題ない。ミルも大丈夫だよな?」

 

「だいじょうぶ」

 

 リルの提案に刹那とミルも頷いた。

 

「じゃあ、寄るだけ寄らせてもらうわね」

 

 

 

 

 しばらくして城門に高速馬車が到着した。

 するとマリカと一緒に優斗が顔を出し、

 

「刹那、ちょっと待って」

 

 馬車に乗ろうとしていた克也を呼び止めた。

 

「これを渡しておくね」

 

 優斗は手に持っている紙を渡す。

 そして書いてある内容を説明する。

 

「基本的に論外な提案ばかりだけど、論外の中でも絶対に不味いやつの反論理由を書いておいたから。卓也と和泉も目を通しておいて」

 

 言われて、二人も克也の背後から書かれている内容を確認してみる。

 読んでいくうちに和泉が苦笑した。

 

「確かにこうなっては一巻のお終いだ」

 

 何が問題なのか適切に書かれている。

 結果、何が起きてしまうのかも。

 

「和泉が理解してるなら、オレはある程度把握してればいいか」

 

「えっと……こうなったらヤバいってことは理解した」

 

 卓也も大体は理解できるし、克也も分かり易く書かれてあるのでおおよそは分かった。

 

「色々と突っ込まれて聞かれた時用だから、そんなに身構えて覚える必要もないよ」

 

 優斗は念のために書いただけで、そこまで大層な大事になるとは思っていない。

 四人が話している間に女性陣は馬車の中ですでに座っており、卓也達も次々と乗っていく。

 

「それじゃ、行ってらっしゃい」

 

「いってあっしゃい!」

 

 マリカを抱っこしながら、優斗は娘と一緒に馬車の中にいる六人へ手を振る。

 馬車がゆっくりと動き出しながら、中にいる面々を優斗達に手を振り返した。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 お昼過ぎにはモルガストへ到着し、馬車を降りてみる。

 どうやら卓也とリルも面は割れていないらしく、特に変装する必要もなく歩いていた。

 

「絵や何かの拍子に写真が出回ってたら厄介だろうと思ったけど、そうでもないみたいだな」

 

「そうね」

 

 そこはかとなく安堵の息を漏らす。

 

「オレとリルは城まで行って妖精姫と会えるかどうか試してみるけど、お前達はどうする?」

 

 突然来たのだから難しいとは思うが、確認ぐらいはしておかないとクラインが泣きそうな気がする。

 なので二人は一応とばかりに城へ向かうことにしていた。

 

「ふむ。私はカツヤ達と仲良くなろうと思っている」

 

 するとレイナが満面の笑みで告げた。

 それだけで何をするのか分かる。

 

「戦うぞ、セツナ」

 

「……えっ?」

 

 どうしようもない、とばかりにリライト組が手を広げて降参の意を示した。

 一方で唐突に戦う宣言され面を喰らう克也だが、レイナが襟を掴んで引き摺るように歩いて行く。

 

「大丈夫だ。手加減はしてやろう」

 

「いや、そういう問題じゃなくて……」

 

「安心しろ。これからレキータ王国へ報告に向かうのだから怪我をさせることもない」

 

「そ、そうじゃなくてだな……っ!」

 

 克也はずるずると引っ張られながら、とりあえず先輩の中でも彼女に対抗してくれそうな人の名前を呼ぶ。

 

「た、卓先!」

 

「諦めろ。オレだっていつも被害者だ」

 

 けれどひらひら、と手を振ってレイナ達を見送る卓也。

 ああなった以上は一度勝負をしないと終わらない。

 心の中で合掌しながら、卓也はリルに振り向いた。

 

「それじゃ、オレ達も行くか」

 

「そうね」

 

 声を掛けて並んで歩く。

 歩きながら目にとまったものを話の種にしながら、城門に辿り着く。

 身分を証明する証書を見せ、クラインと会えるかどうか尋ねる。

 無理なら無理でいい、と伝えたものの守衛は名を見た瞬間に王城へとすっ飛んでいった。

 そして五分もしないうちに凄い勢いで戻ってくる。

 ただし一人追加して戻ってきており、その人物は卓也達の姿を認めて前に立つと丁寧に頭を折ってきた。

 

「初めてお目に掛かる。モルガストの勇者、モールだ」

 

 自己紹介され、リルと卓也は「ああ、あのモルガストの勇者か」と納得した様子で返事をした。

 

「あんたの話はユウトから聞いてるわ。リステル王国第四王女のリル=アイル=リステルよ」

 

「大魔法士の友人のタクヤ・ササキだ」

 

 互いに手を差し出し握手をする。

 モールは二人に付いてきてくれ、と伝えて城の敷地内へと歩いて行く。

 

「しかし、リル様もタクヤ様もよく来てくれたな」

 

「寄り道にちょうどよかったのよ。公式で向かう前に、非公式でもクラインと友好を深めたいと思ってね」

 

「ありがとう。それは姫様もレンドも喜ぶ」

 

 憧れの二人が会いに来てくれた、となれば大はしゃぎするに決まっている。

 というかすでに城内は大騒動だ。

 そもそもモールが迎えに来た理由も残念なオチがある。

 瑠璃色の君と一限なる護り手がクラインに会いに来た、と一報が入った瞬間にまずクラインが大騒ぎ。

 加えて彼女だけではなく、二人のことを知っている兵士やら女官やらが慌て出す。

 結果、問題なく挨拶できそうでそれなりの立場であるモールが来たというわけだ。

 

「そういえば大魔法士からはオレのことを聞いているらしいが、あいつは何と言っていた?」

 

 どのように彼は自分のことを伝えたのだろうと、モールは雑談の一つとして尋ねる。

 だがリルからの返答は悲惨なものだった。

 

「鈍感・朴念仁・優柔不断のくせにジャンル間違えて妖精姫を狙った、間抜けなラッキースケベ勇者って言ってたわ」

 

「あいつはオレに恨みでもあるのか!?」

 

 散々すぎる説明にモールが叫んだ。

 まあ、叫ぶ理由は分かるものの二人は淡々と優斗の理由を述べる。

 

「面倒だったって言ってたからな」

 

「男女別の風呂場を間違えるとか、どういう神経してるのか聞きたかったらしいわ」

 

「……オ、オレだって大魔法士に言われてからというもの気を付けているんだ」

 

 少なくとも気を張って過ごすようにはしている。

 しかし、だ。

 

「じゃあ、もうラッキースケベはないのか?」

 

「……それは…………」

 

「あるんだな」

 

 卓也が額に手を当てる。

 リルも同様に呆れた声をあげた。

 

「アイナに女の敵って言われるわけよね、これじゃ」

 

 二人でモールの残念具合に嘆息していると、美麗な花が咲き誇る庭に到着した。

 そこにはテーブルが置いてあり、クラインとレンドが待ち構えている。

 

「姫様、レンド。リル様とタクヤ様とのご歓談、楽しんで下さい」

 

 モールがどうにか気を取り直しながらクラインに告げ、卓也達に小さく手を振り去って行く。

 一方、待ち構えていたクラインは固い表情に加えて緊張で身体を震わせながらリルに声を掛けた。

 

「こ、ここ、公式な訪問ではないということなので、まずはお茶をお出ししようと思ったのですが……っ!」

 

 震える手で座ってもらうように椅子を示す。

 リルがモールの時よりも大きな溜め息を吐いた。

 

「そこまで緊張しなくてもいいじゃない。別にちゃんとした招待で今日は来たわけじゃないんだから。それに無礼なのはこっちよ」

 

 そもそも会えないことが前提で伺った身なのだから、ちゃんとした接待を受ける気もない。

 

「ほら、今後の為にも気軽に茶飲み友達になりましょうってことじゃ駄目なの?」

 

「め、滅相もありません! 妾如きがリル様と茶飲み友達など……っ!」

 

「あんたもあたしと同じ王女でしょうが!」

 

 予想以上に酷いクライン自身の卑下に思わずツッコミを入れるリル。

 自分達の扱いがもう理解できない範疇になっているが、ここでツッコミを入れ続けても仕方ないので椅子に座る。

 

「とりあえず緊張をほぐす為にも話しましょうよ」

 

「そ、そうですね」

 

 四人であらためて着席する。

 そして皆で紅茶を飲んで喉を潤したあと、クラインはリルをちらっと見て、

 

「ご、ご趣味は?」

 

 リルが内心で『お見合いか!?』とツッコミを入れる。

 けれどどうにか押し留めて答えた。

 

「最近は料理が趣味よ。クラインはどうなの?」

 

「…………」

 

 リルの質問に対して返答がない。

 というか呆けた表情になったあと、顔が真っ赤になり、手をブンブンと上下に上げ下げし始めた。

 

「――っ! レンド、レンド! リル様に呼び捨てされてしまいました!」

 

 とても興奮した様子のクラインだが、リルは何か失敗したのかとレンドに尋ねる。

 

「えっと……。よ、呼び捨ては駄目だったのかしら?」

 

 優斗も呼び捨てにしていたことだから、特段問題あるとは思っていなかったのだが違うのだろうか。

 けれどレンドは大げさに否定する。

 

「いえ、そうではありません! 姫様はリル様に呼び捨てにされ、嬉しさのあまり夢の国へと旅だってしまっただけです!」

 

「ユウトのほうが凄い二つ名を持ってるのに、どうしてあたしだとそうなっちゃうのよ!?」

 

 耐えられなくて再びツッコミを入れるリル。

 しかし彼の答えによって別の人物にも飛び火した。

 

「タクヤ様でも変わりません! ちなみに俺も呼び捨てにされると怪しいです!」

 

「そんな情報いるか! というかお前ら、オレ達のこと好きすぎるだろ!?」

 

「愚問ですっ!」

 

「愚問じゃない!! そもそも前回会った時に若干思ったことだけど、クラインもレンドも聞いた話とキャラが違い過ぎる!! 誰だよ、モルガストの勇者と比べて真っ当だって言ったバカは!?」

 

 卓也も盛大にツッコミを入れざるを得ない状況になる。

 だがレンドもいきなり恍惚な表情になった。

 

「そして、そこ! 流れで呼んだだけだから喜ぶな!」

 

「す、すみません。タクヤ様に名を呼んでいただけるとは思わず……」

 

 などと出だしからはちゃめちゃな二人ではあるが、そもそも卓也とリルはクラインのことは純愛主義の王女様としか聞いていないし、レンドのことは純朴な庭師としか聞いていない。

 演劇で会った際、疑う余地は多々あったものの『モールよりはマシ』という言葉だけは信じていた。

 しかし実際はどうだろうか。

 こと自分達と関わった際は明らかにモールのほうがマシに思える。

 けれど卓也とリルは頑張った。

 どうにかこうにかクラインとレンドを落ち着ける為、紅茶を二度おかわりするほどの時間を費やしたところでようやく真っ当な会話になった。

 

「ところで公式的に来た場合、あたし達が来たっていう事実があれば大丈夫なのかしら?」

 

「そうですね。今、モルガストでは『瑠璃色の君へ』が流行っていますので、迂闊に身分を明かした状況で市街に出るのは得策とは思えません。なのでリライトとリステルにお願いしたらリル様とタクヤ様がモルガストに来て下さった、という事実を流布するぐらいで十分かと」

 

「なるほどね。だったらあたし達が夏休みの時に終わらせるよう、リライト王とお父様に話しておかないと。特に大げさになるわけじゃないからパパッと出来るだろうし」

 

「えっ? 歓待としてパーティーを開くつもりなのですが……」

 

「お茶会も一つの歓待だし、これぐらいで十分よ」

 

 わざわざパーティーを開いてもらう気はない。

 むしろ大げさになると、それなりに準備やら何やら必要になるので面倒くさい。

 

「し、しかしリル様とタクヤ様が来られるというのに、パーティーを開かないというのは礼儀に反するのではないでしょうか?」

 

「今のところはリステル王国の王女とその婚約者が来たってだけなんだし、無理にパーティーすることないわよ」

 

「……分かりました。いまいち納得はいきませんが、とりあえず父様にはリル様の要望を伝えてみようと思います」

 

 とクラインは答えたのだが、後日モルガスト王どころかリライト王とリステル王にも却下をくらい、普通にパーティーが開かれることとなる。

 

 

       ◇      ◇

 

 

 クライン達とのお茶会も終わり、レキータ王国へ向かう為に卓也達は和泉達と合流したのだが、満足そうなレイナと疲れ切った克也がいやに印象的だ。

 

「……レナ先、怖かったぞ」

 

「高笑いしながらお前と戦っただろうしな。ドンマイとしか言えない」

 

 とはいえレナ先と呼ぶようになったことから、仲良くなったことは間違いないだろう。

 レイナはほくほくした様子で先ほどの勝負を語る。

 

「いや、なに。精霊術士の戦闘タイプと戦う機会はそうそうないのだから、テンションが上がっても仕方ないだろう?」

 

 大魔法士師弟は精霊術が使えるが、あれは戦闘スタイルが論外。

 フィオナは強くとも戦闘タイプではない。

 そもそも精霊術をメインで使いながら戦闘を行う人物は本当に稀であることから、レイナのテンションが上がるのも当然というものだ。

 

「剣も上手く扱っていた。素人同然だったらしいが、半年でこれならば十分過ぎるほど頑張っていることが分かる」

 

「うん。克也、がんばってる」

 

 ミルが同意した。

 彼の頑張りを一番近くで見ているからこそ、褒められることが自分のことのように嬉しそうだった。

 卓也もそれを聞いて克也の頭をぐしゃぐしゃと乱雑に撫でる。

 

「よし。それじゃ、あらためてレキータ王国に行くとするか」

 

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