第182話 王族恋愛仲人、爆誕
正直、ちょっとだけビックリした。
まさか恋愛相談だとは思っていなかった。
クラインはさらに言葉を続ける。
「ただ、立場とかが違いますし、どうすれば良いのかと思いまして」
つまるところ、身分違いの恋。
恋した相手の身分は相当に低いのだろう。
だからこそ、手詰まりだと思っているわけだ。
「何で僕に相談?」
いくら友人が少ないとはいえ、自分を呼び出すほどこのことではないと思う。
が、ダンディはそう思わない。
「世界各国を脅しておいて、それはないと思うがのう」
自分と嫁に手を出したら潰す。
国ごと破壊する。
冗談抜きでそんな書状を回しているのだから、縋る先としては間違っていない。
「……ん~、なるほど。確かに」
「さらには幾つかの王族が関わる恋愛にも首を突っ込んでいると聞いているぞ」
「まあ、そうだけどね。王族恋愛アドバイザーとかじゃないよ」
たまたま、というのも変な話だが、そういう輩が身近にいて、幸せにする為にはそうするべきだと思っていたからそうしたまで。
それが結果として、王族が絡んでしまったというだけ。
「そう言うな、ユウト殿。クライン殿にとっては藁にも縋りたいことなのだから」
「っていうか王族の恋愛相談って、魔物よりよっぽど問題が重い。国の将来に関わるし」
「だからこっちが主題のほうが良いと思うたのだ」
確かに、と優斗は考える。
相談事に乗ってほしい、とあったのでちゃんと相談には乗る。
なればこそ、確かに真剣に考えるに値するはこの議題だ。
しかし、
「ただ、一つ疑問」
「何でしょうか?」
「誰があの条件を認めたの?」
霊薬の優遇措置、というものを誰が出していいと言ったのか。
それが気になった。
少なくともクラインのさじ加減だけでどうこう出来るものではないはずだ。
彼女は優斗の問いに対して、すぐに答える。
「お父様です」
「……モルガスト王がどうして?」
「一つ目は貴方と近付く手段としては『有り』だと判断したこと。国の将来に対しては必要な投資ではある、と。二つ目、妾のワガママを聞いて下さった。この二点が主な理由でしょう」
クラインの答え方からして、嘘ではないと優斗は判断する。
しかし、だ。
「……ちょっと待った。だとしたら、内容は魔物の件じゃないと――」
「そして妾の相談に内容は『問わない』と。そう仰ってくださいました」
遮るかのようにクラインは答えた。
「魔物の件はあくまで表向きでいい、と。そういうこと?」
「はい」
頷く彼女に優斗は一瞬、深く考えた。
パターンとしては何通りかある。
罠のようなものを仕掛けられているかもしれない、というのも考慮した。
だが、
「なるほどね」
優斗はこの言葉だけで納得した様子を見せる。
というのも、どうせ裏を掻こうとしたところで無駄だ。
そんなことは“させない”し“やらせない”。
ならば今のところは信じてやっていい。
ダンディ・マイティーが関わってくるのなら尚更だ。
彼が好まない輩を『友人』などと呼ぶわけがないのだから。
「じゃあ、話を戻そうか。何で僕に恋愛相談?」
問い掛けると、クラインは少しだけ暗い表情になる。
「民衆は勇者と妾が結婚するかも、という噂を聞いて持て囃してきます」
聞くに、モルガストの勇者とクラインは16歳で同い歳。
共に見目麗しく、似合いだと評判になってしまっているらしい。
と、ここで優斗の頭は物語思考になる。
美麗な勇者にお姫様。
どこに問題があるのだろうか。
いつの時代もどんな時も、誰もが望む物語なのに。
「勇者じゃ駄目なの?」
「いえ、妾も王族として勇者との結婚も致し方なし、と思ってもいます。しかし……」
俯いたクライン。
続いた言葉は、妖精のような容姿の彼女からは想像もつかない一言だった。
「ぶっちゃけ、うざいのです」
「……はい?」
一瞬、聞き間違えたのかと思ったが、違う。
目の前にいる妖精の如き美少女は確かに『うざい』と発した。
優斗がほのかに面白そうな表情になると、クラインはうんざりとした様子でさらに言い放つ。
「女の子が周りにたくさんいて、誘われても断れない。それに着替えている最中に間違って入ってきたりもしますし」
「えっと……もしかして」
まさか、と優斗は思う。
そんなある意味で王道的なことをやっているのだろうか。
するとクラインは優斗の考えが合っている、とばかりに頷いた。
「今までに何度も、着替えていた時に入ってきました。顔を真っ赤にしたと思ったら、足をもつれさせて押し倒されたりも」
そしてちらり、とクラインは言いにくそうに愛奈に目を向けた。
優斗は察して妹の耳を塞ぐ。
「まさか、というのも変だとは思うんだけどさ、勇者の手はどこにあったの?」
「……想像している通り、妾の胸です」
ぐったりとした様子のクライン。
先ほど優斗が評した妖精の欠片もない。
「なんていうか……凄いね」
「そうだのう」
おそらく世間一般の男としては羨ましい、という感情を抱くだろう。
つまるところラッキースケベ。
ラブコメ主人公の種類によっては必須の能力だ。
「しかも妾をデートのようなものに誘うのはいいですが『時間を作り会いに来ました』と言われても、どうすればいいのか。女性とのデートがない日に妾を誘っているだけですので」
「……もしかしてさ。本人は他の女性と出歩いているけど、デートだとは思ってないの?」
「ええ、その通りです。女性達にお願いされれば断れない性格らしくて」
鈍感系なのか難聴系なのかは分からないが、どっちにしたって優柔不断の朴念仁という時点で酷い。
なんとなくだが“狂った王道”であった時の正樹と良い勝負だと優斗は考える。
「彼が誘うのは妾だけらしいですが、ユウトとダンディはどう思います?」
男性としてどうなのか、クラインは二人に訊いてみる。
二人はしばし考え、
「……いや、ないな」
「すまんが儂もないと思うのう」
「そうですよね! 愛など育めるわけもありません!」
同調されたことで、さらにヒートアップするクライン。
無論、優斗としてはそういうのを忌避するタイプだし、ダンディも豪快なだけであって人付き合いは繊細だ。
モルガストの勇者が悪いとは露も思わないが、タイプとしてこの二人とは違う。
言うなれば『ラブコメ系主人公』と『純愛系ヒロイン』。
どうしたってジャンルが違う。
そして優斗は今までの自分の考えが間違っていたことも悟った。
――ラッキースケベって常識人の相手にやるときついんだな。
朴念仁で押しに弱いというのも、マイナスに傾いてしまっている。
――ライトノベルやマンガみたいな出来事って、一歩間違えたらやばい。
プラスに働かない。
客観的に見れば美味しいと思うのだが、まさかこういう風になるとは考えつかなかった。
というか斬新すぎる。
本気で毛嫌いされてる勇者(※ラッキースケベ)なんて。
優斗は愛奈に当てていた手を戻しながら苦笑する。
「せめて女性関係が慎ましくあってくれればよいのですが、そうでない以上……ちょっと妾には」
別に開放的とか、遊んでいるとかではない。
しかし不特定多数の女性とデートのようなものをしているだけで、クラインにとっては厳しい。
と、ここで愛奈が「あっ」と分かったかのように声を出した。
「あいな、しってるの。“おんなのてき”ってやつなの」
想定外な言葉に優斗の顔が引き攣る。
何でこの子がそんな単語を知っているのだろうか。
しかも勇者の態度から考えたら、若干間違っている。
「だ、誰が愛奈に教えたのかな?」
「いずみにい」
「……あの馬鹿」
何て言葉を教えてくれるのだろうか、あの頓珍漢は。
自分達の変人具合が愛奈に染まったらどうしてくれよう。
……もう遅いかもしれないが。
優斗大きく溜息を吐くと、気を取り直す。
「それでクラインが好きなのはどんな人?」
「えっと……ですね。妾が慕っているのは――」
と言った瞬間だった。
ドアが凄い勢いで開く。
「姫様っ!」
クラインと同い歳くらいの金髪碧眼のキラッキラなイケメンが入ってきた。
おそらく彼が『モルガストの勇者』なのだろうな、と他人事で状況を見守る優斗。
というか勇者のイケメンデフォ具合は半端ない、などとどうでもいい感想を抱く。
「姫様」
すると凄まじい速度で彼は近付いてきて、クラインの手を取った。
「……ひぅっ」
ピシリ、と彼女が固まる。
悲鳴を発しなかったのは僥倖? だろう。
「なぜオレに相談せず、大魔法士を呼んだのですか。オレならいつでも姫様の相談に乗らせていただくというのに」
「い、え、あの……妾は彼らに相談したいと思って……」
「オレなら少ない時間を無理にでも作って、すぐにでも相談に乗れます」
なんて言うモルガストの勇者。
もちろん彼としてはそれが真実だ。
あくまでデートではないし、断れないだけなのだから。
けれどクラインとしては『女といつもデートをしている男』としか見れない。
あと、これはあくまで優斗の勘だが、彼のラッキースケベがいつ発動するか分からないから、気を抜けないというのもありそうだ。
――ここでラッキースケベあったら被害甚大だしね。
まあ、こういうのは他に男がいたらあまり発動しないだろうから、安心していいとは思うのだが。
当人としては気が気でないのだろう。
「か、かか、彼らにしか出来ないことなのです」
精一杯の声を捻り出すクライン。
――うわ~、思ってた以上に引いてる。
手を払いたいけど、相手が勇者だから出来ないといった感じだ。
鳥肌まで立っている。
本当に心の底からモルガストの勇者のことが無理らしい。
なんだか見ていて可哀想になってきた。
「……ん?」
ついでにダンディと目が合う。
同じ感想を抱いているようだ。
互いに肩を竦める。
――仕方ない。
なので追っ払うための演技をしてあげる。
視線を巡らせ、まず目を付けたのは扉の前にいる兵士。
「そこの護衛兵」
固い声を投げかけられて、兵士の身体がビクリと震えた。
皆の注目が自身へと集まるが、優斗はさらに続ける。
「どうしてモルガストの勇者を部屋に入れた。この場がどういうものか理解できていないのか?」
大魔法士からの厳しい詰問。
さらには不機嫌そうな声音。
兵士はしどろもどろになりながら返答する。
「し、しかし勇者様が『入らなければならない』と仰っていて」
「勇者であれば筋を通さなくてもいいのか?」
声を掛けて確認することぐらい、出来るはずだ。
「ここにいるのが誰だと思ってる。お前達の勝手な判断が国を揺るがすことになることを分かってやったんだな」
兵士が真っ青になったと同時に、優斗は大げさに溜息を吐く。
「礼儀がなっていないな。勇者も護衛兵も」
そして未だに手を握っているモルガストの勇者へ侮蔑の視線を投げたあと、クラインに告げる。
「僕も忙しい身だ。邪魔が入るなら帰らせてもらおう」
言いながら優斗は身なりを整え始めた。
「相談していないから件の措置は無しだ、というのは許さない。こっちは乗るつもりであったのに、そっちで勝手に邪魔を入れて潰した事だ」
挑発するかのようにモルガストの勇者へ視線を向ける。
もちろん言葉の矛はクラインだからこそ彼は反応した。
「姫様の願いを蔑ろにするのか?」
「こっちはもっと大切なことがある」
主に愛奈の宿題が。
これで小等学校に宿題が提出できなかったら、自分が兄として失格だしヘコむ。
兄たるユウトの沽券に関わる問題だ。
つまりクラインの相談事と愛奈の宿題では重大さが違う。
優斗はそんな内心をおくびにも出さず、極めて冷静に現実を突きつける。
「というより、端的に言ってしまえばお前が邪魔だ。失せなければ相談事ができない。どうしてお前がこの場に呼ばれていなかったのか、理解できないのか?」
必要だったら最初からいてほしい、となるはずだ。
なので、
「お前が消えるか、僕が消えるかの二択だ」
どうする? とばかりの問い掛け。
図星を突かれ、ぐっと俯いた勇者。
同時に優斗がクラインにウインクをすると、彼女も察したようだ。
取られた手を引き抜き、頭を下げる。
「帰ってください、勇者モール様。妾は大魔法士であり、友人でもあるユウトとダンディに相談があって呼んだのです」
モルガストの勇者の顔が強張った。
否定されたのと、優斗を呼び捨てにしたのが理由だろう。
ダンディは無視されているようなものだが、今までの経緯があるので安心されている。
「……ひ、姫様。オレはいらないんですか?」
勇者が若干泣きそうになっていた。
しかしクラインは揺れない。
「いらないというか、いてほしかったら最初からお願いしています」
「確かにな」
茶々を入れる優斗をモールが睨み付ける。
だが、どこ吹く風とばかりに彼は飄々としていた。
モールはさらに優斗を睨み付けると、押し迫るようにクラインへと近付いた。
若干、彼女が顔をひくつかせる。
しかしながら近付かれたと同時に一歩下がった右足をそこで留めたのは、頑張ったと賞賛できた。
「大魔法士に無理難題を言われたら、教えて下さい。オレの全てを賭して貴女を守ります」
「い、いえ、相談をしようとしているのはこちらなのですが」
「だがこいつが見返りに貴女を要求されでもしたら、オレは……っ!」
愛しそうな表情と共に、潤んだ瞳を向ける勇者。
おそらく、この情景を切り抜いて文章を載せるのであれば、なんともまあ素晴らしいことだろう。
ただし王女の内心は実は全く別で、優斗は彼のライバルどころか恋愛相談を受けている……という点を抜いたら、だが。
モールは優斗に鋭い視線を向ける。
「……大魔法士。姫様に手を出したら、ただではおかない」
「はいはい」
そんなことは天地がひっくり返ろうともありえない。
さっさと消えろ、とばかりの優斗を憎々しげに見てモルガストの勇者は部屋を出て行く。
「まあ、こんなもんか」
どうせ明日にはいなくなる身分。
何を言われてもどうでもいい。
と、ほっとした様子の兵士が目に付いた。
「そこの護衛兵。お前達に伝えた言葉は嘘じゃない。何の為に部屋の前へ立っているのかを考えろ。馬鹿共が」
再び緊張を走らせた兵士に、下がれと合図をする。
扉が閉まるとクラインが口を尖らせた。
「ユウトは奥様を愛していらっしゃるので問題ないのに」
「とはいえ、年若いユウト殿とクライン殿が会っているから焦ったのだろうな」
ダンディは苦笑するが優斗は辟易していた。
「マジでどうでもいい」
ただ、彼の視点で見てみると自分は大層邪魔だろう。
なにしろ大魔法士なのだから。
物語的にはライバルキャラ登場、といったところか。
まあ、どうでもいいので話を元に戻す。
「で、クラインの好きな人って?」
問い掛けると、彼女の顔がほんのりと赤く染まった。
「それが、その……勇者パーティの一人なのです」
「……パーティに男いたの?」
優斗的にはそれが驚きだ。
聞けば男性陣は勇者とその男。
あとは五人、女性らしい。
「その、ですね。庭師習いで大人しい殿方ではあるのですが、とても純朴で優しいのです。パーティとして動く時は剣士で、それはもう格好良いのです」
彼の人物像を聞きながら、優斗は冗談交じりに言葉を返す。
「もしかして勇者の幼なじみだったり?」
「えっ? えっと、はい、その通りです。よくお分かりに」
ビックリした表情のクライン。
逆に優斗は乾いた笑いをあげる。
「あ、あはは。当たってるとは思わなかった」
物語的にはそういうことが多々あるが、本当にそうだとは。
驚きしか表せない。
「おにーちゃん、すごいの」
すると妹が兄を褒め称えた。
今のが凄かったくらいは理解できたのだろう。
当人としては物語に沿った勘でしかなかったが。
「まだ愛奈には難しいお話だったかな?」
なんとなく妹の頭を撫で撫でしながら優しく訊くと、愛奈はう~んと小首を傾げた。
「えっとね、クラインさまはおねーちゃんのおにーちゃんみたいな人がいて、その人とおにーちゃんとおねーちゃんみたいになりたい……であってるの?」
なんとなく、こんな感じ? といった問い方。
言葉としてはたどたどしいが、よく把握している。
上手い具合に要点を抑えていた。
「よく分かったね」
「うんっ!」
優斗に褒められて嬉しそうな愛奈は、さらに言葉を続けた。
「だいじょうぶだとおもうの」
「何がかな?」
「クラインさま、きっとおにーちゃんとおねーちゃんみたいになれるの」
小さな子供の理由なき断言に、大魔法士と王子と王女が目をパチクリとさせる。
そして全員で破顔した。
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