第183話 緑の手を持つ少年

 

 全員で好きな男の子が管理しているという王城の庭の一角へと歩いて行くが、道中のクラインはげんなりとしていた。

 その原因となるのは、先ほどの勇者の一言。

 

「……妾は全てを賭して守られてしまうのでしょうか」

 

 彼女的には全力でいらない。

 けれど相手が勇者なだけに、なんかそんな感じになってしまいそうな気もする。

 しかし優斗が安心させるように軽く否定した。

 

「大丈夫大丈夫、僕は不条理を形にした存在だよ。たかが“普通の勇者”が全てを賭したところでムリムリ」

 

 どうしようも出来ない。

 存在として違いすぎる。

 

「ご都合主義を捻り潰し、運命すらねじ伏せる。それが『大魔法士』と呼ばれる存在だから。だから安心しなよ。一応は友人枠なんだしね」

 

 気軽な口調で話すが、不意にクラインが暗い表情になった。

 

「……一応、ですか?」

 

 ず~ん、と重苦しい雰囲気も一緒に纏う。

 どうやら“一応”は友人枠、ということに大層ヘコんでいるらしい。

 しかも見る限りだと本気で落ち込んでいる。

 

「あのさ、ダンディさん。これって素なの?」

 

「そうだのう。だが、ユウト殿の言葉も悪いと儂は思うがな」

 

 友人と呼ばれて大層喜んでいたところに水を差された形だ。

 確かに優斗も配慮が足りなかったと僅かばかり申し訳なくなる。

 

「ごめん、僕が悪かった。一応じゃなくて普通に友人だよね」

 

 謝罪をするとクラインの表情は再び輝く。

 

「そうです、そうです!」

 

 満面の笑みで頷く彼女に優斗とダンディは苦笑した。

 本当に友達が出来て嬉しかったのだろう。

 

「で、話を戻すけどさ。クラインが想像以上に怖がっててビックリした」

 

 鳥肌立ってたり、後ずさったり。

 どう考えたって普通の勇者と王女の関係ではない。

 というか、物語的な要素から真っ向勝負を挑んでる。

 

「あんなことされれば、誰だって恐れます」

 

「いや、でもイケメンだよ?」

 

「関係ありません!」

 

 ピシャリとクラインが言い放つ。

 

「イケメン補正が効かない、というのはレアだな」

 

 通常は美少年と美少女は補正がある。

 正直、ブサメンよりは人生においての難易度が低い。

 しかしながらクラインにおいては効いていない。

 まあ、彼女も美少女だから効果が薄いだろう。

 

 

 

 

 

 

 四人揃って庭へと辿り着いた。

 そこの一角、僅かばかりのスペースこそクラインの想い人が宛がわれた場所。

 ほんの数メートル四方だが、感嘆させるには十分だった。

 

「これは素晴らしいね」

 

「ほぅ……。儂も驚いた」

 

 優斗とダンディが声を漏らす。

 庭師習いということだが、どうしてなかなか出来がいい。

 

「色合いの調和は完璧だし、文句一つ出ない」

 

「花が咲き誇っている、と。素直に感じさせるのう」

 

 他の追随を許さないほど輝き。

 どうしてなかなか、クラインが目を付けただけのものはあるという感想を抱かせるほどの出来映えだ。

 

「ただ、なんていうか違和感があるというか……」

 

 優斗はう~ん、と眉根を潜める。

 何だろう。

 凄いけれど、何か引っかかるものがある。

 どうにか疑問の中身を引っ張り出そうとする優斗。

 

「バルトさんとおなじなの」

 

 すると愛奈がヒントになることを声に出した。

 

「どういうこと?」

 

 聞き返すと、妹は頑張って言葉を捻り出す。

 

「えっと、えっとね。お花とかがキラキラしてるの」

 

「お花が……キラキラ?」

 

「そうなの」

 

 守衛長のバルトは確か、ガーデニングが趣味だったはずだ。

 知識も多々あるし、育てる際の肥料にも気を遣っている。

 

 ――いや、でも庭師習いだったらその程度……。

 

 と、思った瞬間だった。

 

「……あっ、もしかして」

 

 感じていた違和感が何かに気付いた。

 優斗は近寄って植物の種類を確かめる。

 

「……これと……これ。これもだ」

 

 艶やかに咲いている花を見て確信を持つ。

 ここは外だ。

 周りを見回すが土を掘って咲いた花を植えたとか、何かをした形跡がない。

 つまりこの状態で“育って咲いている”ということ。

 

「何をどうやったって時期がおかしい。春夏秋冬の花が一斉に咲いてる。ハウス栽培とか、そういったレベルを超えてる」

 

 しかも、だ。

 

「一つたりとも蕾がない」

 

 切り整えた、というだけじゃない。

 それでも一つくらいは存在してしまうものなのに。

 

「…………」

 

 永劫的な育成能力を持った神話魔法でようやっと並べるくらいだろう。

 精霊術でもパラケルススを喚ばないと厳しいはず。

 だとしたら、だ。

 土も見てみるが肥料は蒔かれていない。

 あくまで良質の土というだけ。

 

「もしかして“緑の手”の持ち主……か?」

 

 優斗はふと、ある単語を呟く。

 聞いたことがある。

 植物を育てることに関して類い希なる際立った能力。

 “緑の手”を持つ者。

 

「いや、だとしてもこれは……」

 

 優斗が知っている範疇を超えている。

 あくまで“緑の手”は植物を育てるのが他者より凄いというだけだ。

 水を与えるだけで土の種類関係なく育てることができると呼ばれている手ではあるが、それでもおかしい。

 

「……訊いてみるか」

 

 おそらくこの精霊ならば解答が得られるだろう。

 優斗は左手を広げた。

 そして紡ぐは召喚に必要な詠唱。

 

『この指輪は彼の全てとなる』

 

 喚び出すは精霊の主――パラケルスス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、精霊の主を呼び出したことにクラインとダンディは驚きを隠せない。

 けれど優斗は気にせず疑問を問い掛ける。

 

「パラケルスス。少し訊きたいんだけど――」

 

 そう言って優斗は視線をクラインの想い人が弄っている場所に視線をやった。

 精霊の主は契約者に釣られるように視線を向ける。

 

『……ふむ。これは真、素晴らしい』

 

「素晴らしいどころじゃない。僕の目から見たら常識外れもいいところだよ」

 

 時期が明らかにおかしい花々。

 なのにも関わらず、どれもが咲き頃とばかりに素晴らしい誇りを見せている。

 

「例え咲いたとしても、だ。いくらなんでも、このレベルだと通常より早く生命力が尽きるんじゃないの?」

 

 時期がおかしい。

 輝き方がおかしい。

 何もかもがおかしことだらけ。

 けれどパラケルススは首を横に振った。

 

『いや、そんなことはないの』

 

「どういうこと?」

 

『己が輝く時を知っているのだ』

 

 常に咲き誇っているのではない。

 時と場合を考えて咲き誇っている。

 

『無論、普通の植物よりは生命力が桁違いに強いのは違いない。普段の姿でさえ、他を凌駕するであろう。だがの、己が輝く時を知っているからこそ、この植物達は長生きしている』

 

「輝く時?」

 

『その通り』

 

 頷いたパラケルススはさらに言葉を続ける。

 

『契約者殿は植物にも意思があることは知っていよう?』

 

「そういう話を耳にしたことはあるよ」

 

 あくまで知識としての範疇。

 実際に見たことも聞いたこともない。

 けれど現実がここにある、と。

 精霊の主は言っている。

 

『ならば人の意思を汲むことも出来る、というわけになる。契約者殿も感じていよう。今、育てた者の意思を汲み、咲き誇っている植物たちを』

 

 輝かんばかりの花たち。

 “今”まさに、咲き誇っていると言える。

 

『植物を愛し、土を愛しているからこそ出来る恐るべき芸当だのう。人間にこのような者がいるとは儂も驚いた』

 

 くつくつとパラケルススは笑いを漏らす。

 精霊の主にとっても凄いと思わされることをしているらしい。

 

『この者こそが真なる“緑の手”の持ち主ということ』

 

 想いを通わせ、時期もタイミングも全てを植物に伝えることが出来る。

 さらには間違いなく、伝えたことを実現できる。

 本当に希有な存在。

 そして優斗がパラケルススの言葉で、逃すことの出来ない単語を耳に捉えた。

 

「今、輝いている……ね」

 

 どういうことなのだろうか、と問い掛けることはない。

 

「そういうこと?」

 

『そうだの』

 

 主語すら抜きの言葉に精霊の主は頷き、苦笑しながら還っていく。

 さらに優斗は続けて何かを確かめるかのように地面へしゃがみ、手を当てた。

 

「……なるほど」

 

 他の人達は優斗が何をしているのかは分からない。

 けれど当人は一人、頷いていた。

 

「ユウト、どうしたのですか?」

 

 状況をそこまで理解していないクラインが質問してくる。

 優斗はしゃがみながら盛大に肩を竦めた。

 

「ほとんど超能力みたいだよ、これ。植物どころか地の精霊も彼が触った土を好んでる」

 

 彼は精霊術士ではないと、地の精霊から今聞いた。

 なのに破格の待遇を受けている。

 こと彼が植物を育てるということにおいては、地の精霊が強力なバックアップをしているということ。

 とはいえ、さすがに優斗以外は要領を得ない話だ。

 ダンディが顎をさする。

 

「要するに、どういうことなのだ?」

 

「実物を見ていないから為人を置いておくとしても、クラインの目の付け所は間違ってないってこと」

 

 一般人は確かに一般人。

 だがその実、クラインが惚れても致し方ないと思えるほどの人物だろう。

 少なくとも彼が触った部分を見ただけの判断だと、そうなる。

 と、その時だった。

 

「姫様?」

 

 一人の少年が声を掛けてきた。

 皆が振り返り、声の主を見る。

 茶髪で柔らかな顔つき。そして純朴そうな少年が、そこに立っていた。

 

 

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