第184話 その清らかさに

 

「レンド!?」

 

 声を聞き、顔を見て一番驚いたのはクライン。

 彼女は急にそわそわとして髪の毛を弄ったりする。

 するとダンディが声を掛けた。

 

「久しいのう、レンド」

 

「お久しぶりでございます、ダンディ様」

 

 少年は丁寧に頭を下げる。

 クラインが忙しそうなので、優斗はダンディに尋ねた。

 

「彼が勇者パーティの一人?」

 

「その通りだ」

 

 ダンディが肯定する。

 同時にレンドの視線が優斗を捉えた。

 

「ご高名な方だとは思うのですが、名を知らぬ無礼をお許し下さい」

 

 クラインとダンディと一緒にいることを察するに、そういうことだろうと彼は考えた。

 しかしながら初めて見た人物。

 丁寧に腰を折り名を尋ねる。

 

「大魔法士――宮川優斗だよ」

 

 すると、とんでもない返答が届いた。

 レンドは一瞬、呆けた表情になる。

 

「話ぐらい聞いたことない? 勇者が知ってたから、仲間の君も耳に入ってると思ってたんだけど」

 

「は、はい。あります」

 

 確かに彼は聞いたことがあった。

 今現在、この世の中には『大魔法士』と呼ばれる存在がいる、と。

 冗談ではなく噂だけでもなく、本物が。

 レンドは片膝を折り、恭しく挨拶をする。

 

「無礼な対応、まことに申し訳ありません。モルガストの勇者パーティが一人、レンド・フラウと申します」

 

「そんな固くならないで、歳が近いんだからさ。僕が17歳だから、一つか二つ下ぐらいでしょ?」

 

 ひらひら、と手を振る大魔法士。

 

「その通りなのですが……あ、ありがとうございます」

 

「遠慮しない。丁寧に話すのは諦めたし仕方ないけど、わざわざ“私”とか言い換えなくていいからさ」

 

 柔らかい口調の優斗に若干、レンドの顔が赤くなる。

 本物のお伽噺が目の前にいれば、そうなるのも仕方ないのかもしれない。

 

「あと、こっちが妹の愛奈」

 

「よろしくおねがいしますなの」

 

 ペコっと愛奈が頭を下げた。

 

「ご丁寧にありがとうございます、アイナ様」

 

 温和な表情を浮かべるレンド。

 そして彼は立ち上がると、花に近寄っては一つ手に取って戻ってきた。

 白く、数枚の花びらが綺麗に広がっている。

 

「ジャスミン?」

 

「妹様に是非。髪にさす花として、よくお似合いかと」

 

 綺麗な布の上に乗せて、献上するかのように差し出してくる。

 瞬間、優斗が面白そうな笑みを浮かべた。

 どういう偶然なのだろうか、彼がジャスミンを選んだのは。

 それを訊いてみたかった。

 

「どうしてこれを選んだの?」

 

「妹様に良く映え、何よりも縁を感じたんです」

 

「縁?」

 

「はい、その通りです。俺はこの花が『妹様のところで輝きたい』と。そう聞こえたので」

 

 彼の答えに優斗は破顔する。

 素晴らしい返答だ。

 

「いや、驚いた。確かにうちにはジャスミン――“茉莉花”と縁がある。この子の姪っ子の名前の由来がジャスミンなんだよ」

 

 何も間違ってはいない。

 優斗はジャスミンを手に取り、

 

「君がさしてあげて」

 

「……はっ?」

 

 呆気に取られるようなことを優斗が言った。

 レンドは思わず自分の手を見る。

 拭ってもどうしようもないくらいに土で汚れている己の手を見て、無理だとばかりに首を振る。

 

「し、しかし」

 

「お願い」

 

 優斗が手を合わせた。

 彼の妹は何も気にしないのか、嬉しそうにレンドを見ている。

 これで態勢は決まった。

 彼がやるしかない。

 

「で、では。失礼します」

 

 レンドは恐る恐る、髪を汚さないように一輪の花をさす。

 すると、驚くべきことに愛奈がその手を取った。

 

「ア、アイナ様!?」

 

 突然のことにあたふたし始めるレンド。

 愛奈は気にせずマジマジとレンドの手を見る。

 

「あったかいの」

 

 ペタペタと触り始めた。

 確かに土の色がついている。

 爪の間にも、もう取れないぐらいに。

 けれどそんな表を愛奈が気にするわけがない。

 大切なのは、その裡にある温かさ。

 

「おにーちゃんとおんなじかんじなの」

 

 兄にあの時、感じた温もりと同じ感じがする。

 レンドの手は自分に対して、というものではないけれど。

 それでも同じだと思えるもの。

 

「……ふむふむ」

 

 優斗は愛奈の感想を、子供の戯言だとは思わない。

 この子は“昔の自分”よりも鋭い。

 育った環境によって得た内心の機微を計るだけではない。

 今はそれに加えて、子供ならではの内面を見る感受性に優れている。

 

「あ、あの……?」

 

 困惑した様子のレンド。

 優斗は苦笑しながら愛奈に手を離してあげるよう伝えて、

 

「君は花……というか植物を育てるのが好きなの?」

 

 いきなりの質問。

 レンドはさらに困惑しながらも素直に答える。

 

「俺には植物を育てることしか能がありません。だからといって愛がないと育ってくれない。だから俺は精一杯、大好きな“彼ら”を育てようと思ってるんです」

 

 育ててあげている、ではない。

 上から下への目線ではなく、愛し子を育むような感情だ。

 

「土も大好きだったりする?」

 

「土がなければ、植物は育ってくれませんから。育んでくれている土も愛すべき“彼ら”です」

 

 植物を育むに必要な要素。

 その中でも最も大事なものが土だとレンドは考えている。

 いや、むしろ植物を育てる為に必要なものは、それだけで大好きだ。

 

「手、汚れてるね」

 

「そうなんですけど……これは俺の誇りなんです」

 

 確かに汚れている。

 だけれども、これを誇りと思ってしまうのだから自分は変なのだとレンドは苦笑いだ。

 

「自分の手を見る度に、大好きな彼らの為に働いている自分を誇れるんです。好きこそ物の上手なれ、というわけではないですけど大好きな彼らの為にあるものなら、これはやっぱり誇りなんです」

 

 自分だけが持っている、自分の誇り。

 誰に何を言われても揺るがない、大切なもの。

 

「すみません。汚れていることを美化し、見苦しいことを語ってしまって」

 

「いいや、そんなことはないよ」

 

 普通からは離れている、と。

 自分でも感じているのだろう。

 だからこそ美化していると自身で捉えている。

 されど、

 

「裏がない。言葉には真実しかない。性根も綺麗で汚れたところが見えない」

 

 伝わる声の響きや雰囲気、何もかもを鑑みたところで感じるはこれだけ。

 “澄んでいる”と称しても過言ではない。

 透き通った水のような心をしている。

 手の汚れという外見的なものなどどうでもいい。

 どこまでも心の透き通った少年。

 

「……くっ」

 

 優斗から笑い声が漏れる。

 

 ――なんて人間なんだろう。

 

 なんと素晴らしい。

 堪えきれない。

 あまりにも自分と違いすぎる。

 どうやったってなれない。

 なれるはずがない。

 人の裏を見通すことこそ当たり前としてきた優斗だから分かる。

 目の前にいる少年はあまりにも綺麗で、あまりにも異質だ。

 理想論を語るような綺麗さではない。

 綺麗事を並べるような透明度でもない。

 そして威圧なく、異彩なく、素朴そのものでありながらも見えてくるのは純真。

 

「くくっ」

 

 これほどまでの男の子がいるなんて。

 だからこそ植物が意思を通わせ、地の精霊が助力をしてあげたいと願う。

 

「あっはははははっ! そっかそっか、そうだよね。じゃないとそうならないや」

 

 思わず吹き出してしまった。

 初対面の自分ですら理解させられる。

 彼の純朴さと素直さ、そして素晴らしさに。

 優斗は眦に浮かんだ涙を拭いながら、

 

「うんうん、これは驚き。うちの嫁とタメ張るぐらいに純真だ」

 

「え、えっと?」

 

 レンドは彼の態度は意味が分からない。

 けれど優斗はさらに言葉を続ける。

 

「“真なる緑の手”。必要なのは生まれ持った才能だけではなく、ただ愛すべき彼らの為に動く心もか。よく分かったよ」

 

 心才一体、とでも言うべきか。

 才能だけでは無理で、心も必要。

 だからこそ呼ぶに相応しいは“真なる緑の手”。

 優斗は笑いながらクラインに振り向く。

 

「おーい。もう準備は終わった?」

 

 身なりを整えたクラインは、話し掛けられて少しテンパる。

 

「だ、だ、大丈夫です」

 

 クラインの頬がほのかに朱に染まっている。

 本当に初心で、子供のようで、幼いと呼べる恋にしか思えない。

 けれど優斗は自分と彼女が似ている、と。

 シンパシーを感じた。

 

「レンド君は仕事?」

 

「いえ、片付けに道具を持ってきただけですから。もう仕事は終わっています」

 

 瞬間、優斗の顔つきが愉悦に変わった。

 ダンディだけが変化を捉え、次に何を言うのか予測できた。

 

「それじゃ、みんなで遊びに行こうか?」

 

「……はっ?」

 

「ふぇっ!?」

 

 レンドとクラインが大層驚く。

 思った通りの反応で優斗としては楽しい。

 

「これも何かの縁。そうじゃない?」

 

「と、とはいえ……」

 

 レンド的にはいいのか? と思う。

 それはそうだ。

 ここにいる面子は正直、想像を絶する。

 王族、王族、大魔法士、大魔法士の妹。

 自分が同席していい面子じゃない。

 だが、

 

「僕もね、愛奈の宿題があるからご当地の人達に案内してもらったほうが捗るんだよ」

 

 ついでに遊ぶというだけ。

 何も問題はない。

 

「し、しかし護衛は!?」

 

「この世で僕以上の護衛なんて存在しないと思うけど」

 

 レンドの疑問をさらっとかわす優斗。

 ダンディがくつくつ、と笑い声を漏らした。

 

「確かにのう。『最強』が共にしているのだ。問題とするほうがおかしい」

 

 さらに優斗は続けて、

 

「ついでにクラインが友達少ないっていうからさ。付き合ってあげてくれない?」

 

「ユ、ユウト!?」

 

 なんとなく自分の駄目な部分を言われたようで焦るクライン。

 けれど優斗は知ったこっちゃない。

 

「事実でしょ、クラインは。友達いないからって僕に『友達になってほしい』なんて言ってるくせに」

 

「た、確かにそうではあるのですが……」

 

 それをここで言うか。

 朱に染まっていた顔がだんだんと赤くなっていく。

 

「どう? お願いしてもいいかな?」

 

 優斗のだめ押し。

 レンドは少し考えた表情を見せたあと、

 

「えっと、その……。姫様さえ良ければ、オレは構いません……けど」

 

 クラインをちらりと見て、そう答えた。

 けれど彼女の気持ちとしては最良の答え。

 だからすぐに返事をした。

 

「レ、レンドが付き合ってくれるなら喜んでお願いします!」

 

 二人のやり取りに優斗は満足そうな表情で、

 

「それなら決定。二人とも、案内お願いね」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 王城から出てしばらく歩いていると、ふとクラインが訊いてきた。

 

「そういえばユウト、『瑠璃色の君へ』に出ていますよね?」

 

 今、全世界を巡っている人気作。

 当然のこと、クラインも読んでいた。

 ……当人達には本気で可哀想なことだが。

 

「あら、知ってるの?」

 

「それはもう! 妾が一番好きな小説ですから」

 

 世界一の純愛と評された物語。

 彼らは違わず、誰が読んでも聞いても見ても貫き通している。

 

「妾、リル様が本当に本当に羨ましくて」

 

 たった一人、唯一の男の子。

 他に誰もいない純愛中の純愛。

 

「心から憧れて……焦がれます」

 

 羨ましい。

 そうなりたい。

 ヒロインがたくさんいるラブコメじゃなくて、唯一人と純愛をしたい。

 王族であるリルが出来るのであれば自分も、と願ってしまう。

 

「大丈夫だよ」

 

 すると優斗が優しく笑った。

 だからこそ恋愛相談したのだろう、と。

 そう表情が告げていた。

 

「レンド君は読んだことある?」

 

「えっと……その、俺もあります。ちょっと恥ずかしいんですけど、ああいうの大好きなんです」

 

 少し照れた表情になるレンド。

 確かに男の子が読むものとしては、少々照れるのも無理はない。

 すると優斗がなるほど、と頷いた。

 

「ふ~ん。“やっぱり”そうなんだ」

 

「えっ?」

 

「ああ、気にしないで」

 

 左右に手を振る優斗だが、感想としてはやはり、となる。

 あのクラインが惚れた男の子。

 ならば『純愛主義』だというのも納得するところだ。

 

「ちなみに今度、本人達主演で演劇やるから。もちろん僕も本人役で登場するよ」

 

「ええっ!?」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 にわかに、どころではなくテンションが上がるクラインとレンド。

 それはそうだ。

 本人達がやるなんて、テンションが上がらないわけがない。

 

「えっと、その……ユウト。チケットとか……」

 

 クラインにとっては一番憧れている二人。

 そんな二人が舞台で共演し、あの物語を行う。

 是が非でも見たい。

 けれど優斗は申し訳なさそうに、

 

「正直言って悪いんだけど、今の劇場のキャパシティだと融通できる気がしない。ただでさえバレた瞬間から争奪戦になりそうなのに、リステル王国絡んできたら悲惨たる状況になるのは目に見えてるし」

 

 ある意味、全世界で晒し者になってる二人の物語。

 しかも愛読者が非常に多い。

 特にリステルは国家をあげて熱狂的だ。

 

「まあ、舞台はともかくとして、リライトに来てくれさえすれば本人達には会わせてあげられるけど」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「それはもちろん。僕の仲間だしね」

 

 気軽に答える優斗に対して、クラインは嬉しそうだ。

 レンドも少々……というかかなり羨ましそうになるが、立場を考えているのでもちろん口には出さない。

 しかし、

 

「レンド君も一緒にどう?」

 

「……はっ?」

 

「いや、クラインと一緒に来れば? 別にこっちは気にしないし、人増えたほうが卓也もリルも弄り甲斐あるから」

 

「け、けれど王族の方々に対して……」

 

「大丈夫だよ。うちの気軽さ、半端ないから。少なくとも相手が誰であろうとも、認めていれば気にしない」

 

 まるで誘惑するかのような優斗。

 レンドの気持ちもグラグラと揺れる。

 

「サインぐらい、お願いしてもいいし」

 

「サ、サインもいいんですか!?」

 

 レンドは頭の中で状況を空想する。

 自分が持っている小説に卓也とリルがサインをしたならば、どれほどの家宝になるだろうかと。

 ぐるぐると妄想の世界に入るレンドに優斗は苦笑し、

 

「まあ、とりあえず来たければ歓迎するってことだけ覚えておいて」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 商店街に辿り着くと、案の定というか優斗がセリアールに来た時と同じ会話が展開されていた。

 

「露店の食べ物、食べたことないの?」

 

「えっ? アリシア様はあるのですか?」

 

「そりゃアリーはね。僕らと一緒にいるし」

 

 買い食いどころか通常の王族がやらないであろうことまで、色々と。

 

「しかし身体に悪いと聞きますが」

 

「別に毎食じゃなければ問題ないよ」

 

 朝昼晩と食べていれば、それは駄目だろう。

 しかし適度ならば問題はない。

 

「あいなね、クレープだいすきなの」

 

「儂も大好きだぞ」

 

 妹の可愛い反応に対して、予想外の人物が乗ってきた。

 優斗はダンディのクレープを食べる姿を想像し、

 

「……うわ、似合わない」

 

「あれであろう? 肉に野菜、卵を混ぜて――」

 

「それ、とん平焼き」

 

「しかしクレープ生地だと言っておったが」

 

「生地は一緒だけど別物だから」

 

 優斗はくすくすと笑う。

 

「おかしいとは思ったんだよ。ダンディさんがその顔と体型で可愛らしくクレープを食べてる姿を想像したらさ」

 

「確かに。ダンディなら一口で食べ終えてしまいそうです」

 

「へんなの」

 

 クラインも愛奈も想像して、一緒になって笑う。

 けれどレンドだけは笑ってはいけまいと、口を真一文字に結んでいた。

 もちろん優斗は目敏く見つける。

 先ほどのやり取りで柔らかくできたかと思えば、そうでもなかった。

 

「固いね、レンド君」

 

「ユウト様?」

 

 疑問符を頭に付けたレンドに対して、優斗は講釈を垂れる。

 

「今、君がやるべきことは何だと思う?」

 

「ユウト様とアイナ様の案内です」

 

「それも一つ。だけど、それだけじゃない」

 

 優斗はぐるりと皆を見回す。

 

「若者揃って遊びに出歩いているのに、一人だけ仕事だと思ってたら駄目だよ。僕は仕事を頼んだわけじゃないんだから」

 

 案内をお願いした。

 一緒に遊ぼうと言った。

 ならば何を伝えたいか理解できるはずだ。

 

「君も楽しまないといけない。一人仏頂面でいて、周りが全力で楽しめると思う?」

 

 問い掛ければ、レンドはハッとした表情になった。

 集団の中で一人、仏頂面であれば皆にも伝染する。

 そういうのは嫌なんだよ、と暗に優斗が言っていた。

 

「た、確かにそうですね」

 

 それは王族であろうと何だろうと変わらないことに気付いたらしい。

 優斗は頷きながら、再度尋ねる。

 

「じゃあ、君がやるべきことは?」

 

「案内をしながら、一緒に楽しむことです」

 

「正解。じゃあ、何かおいしいものとか教えてもらおうかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レンドは周囲を見回したあと、とある食べ物を買ってきた。

 優斗はマジマジと見て、なるほどと納得する。

 細長く、茶色い体躯に塗してあるのは砂糖。

 このような場においての選択としては最良だ。

 

「チュロスだね」

 

「ええ。皆様に喜んでもらえると思いまして」

 

 一つ一つ、渡していくレンド。

 クラインはチュロスを受け取ると、そういえばと思ってお金を渡そうとした。

 

「レ、レンド。お金はお幾らでしたか?」

 

「いえ、些細なことですし構いません」

 

「で、ですがこういうことはちゃんとしないと」

 

「いえいえ、大丈夫ですから」

 

「ですが……」

 

 なんてやり取りを繰り返す二人。

 この状況、どっちが悪いかといえばクラインが悪い。

 なのでダンディが口を挟んだ。

 

「クライン殿。こういう時は黙って受け取り感謝するのが女子の嗜みというものだ」

 

「そうなの……ですか?」

 

「最初ぐらいはのう。男は見栄を張りたい生き物だ」

 

 というわけで、優斗とダンディはレンドにお金を渡す。

 こと今に限って特別なのはクラインだけだ。

 

「おにーちゃん。たべていいの?」

 

「うん、いいよ」

 

 手渡されたチュロス。

 まず最初に食べたのは愛奈。

 小さな口でパクリ、と一口。

 

「あっ、おいしいの!」

 

 愛奈が幸せそうな表情になる。

 瞬間、優斗が親指を立てた。

 

「レンド君。マジでグッジョブ」

 

 本当に兄バカというか、ただのバカというか。

 現状、愛奈が関わった瞬間に優斗は豹変する。

 

「これがかの有名な二つ名を持っているかと思うと……想像できんのう」

 

「そうですね」

 

 ダンディの感想にクラインは頷きながら、同じようにチュロスを食べた。

 そして愛奈と同じくらい幸せそうな顔になった。

 

「美味しいっ!」

 

 そして満面の笑みをレンドに向ける。

 

「レンド、美味しいです!」

 

 正直、想像以上の破壊力だろう。

 妖精のような女の子が一身に向けた笑顔。

 並大抵の男では太刀打ちできない。

 無論、並大抵じゃないのが二人ぐらいここにはいるが、唯一の並な男の子は直撃された笑顔を前にして、顔を真っ赤にさせた。

 

「……そ、それは良かったです」

 

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