第185話 求めるエンディングは

 

 レンドの顔の火照りが収まったあと、さらに何かないかと五人は散策する。

 その際、優斗がレンドに話題を振った。

 

「そういえばモルガストの勇者と幼なじみなんだって?」

 

「はい、そうなんです」

 

 素直にレンドは頷き、勇者について語る。

 

「あいつは凄いです。いつも周りに人がいて、頑張り屋で、だから勇者なんです」

 

「……やっぱり勇者としての素養は持ってるんだよなぁ」

 

 優斗はぼそり、と一人ぼやく。

 場合が場合なだけに変な奴としか優斗は思わないが、それはあくまでクライン側に付いているからだ。

 通常通りに見れば彼はまさしく勇者なのだろう。

 ラッキースケベではあるが。

 

「とはいえクラインにとっては“勇者のご都合主義”じゃ困るんだよね」

 

 今の流れ、確かにモルガストの勇者に都合よく流れている。

 すなわち『勇者とクラインがくっつく』というものに。

 周囲の噂も状況も、彼が願うように進んでいる。

 

「……もしやるなら、ここから先は結構な覚悟が必要かな」

 

 現状を打ち崩すのであれば。

 相応の覚悟が必要になる。

 

「……ん?」

 

 と、その時だった。

 前方に見覚えのある顔がある。

 

「ユウト、どうしたのですか?」

 

「……あ~、なんか変なの見つけた」

 

 とある少年が五人くらいの女の子に囲まれ、さらには二人に袖を掴まれながら一緒に出歩いている。

 まだ遠目ではあるが、間違いない。

 モルガストの勇者だ。

 クラインも優斗の視線を追っていき、彼へと辿り着く。

 

「に、逃げましょう」

 

 ほとんど本能的にクラインが言う。

 けれど同じように気付いたレンドは首を捻った。

 

「姫様、どうしてですか?」

 

 勇者を見つけて逃げようとはどういうことだろうか。

 よく理解していないレンドに対し、優斗は単刀直入に言ってのける。

 

「クラインが勇者のこと、苦手なんだよ」

 

「……えっ?」

 

「ユ、ユウト!」

 

 驚きの表情を見せるレンドと、慌てるクライン。

 当然といえば当然だろうが、優斗は気にせずに続ける。

 

「ここで嘘を言ったって仕方がない。自分が求めていない周囲の期待に応えるのは愚の骨頂だよ。まあ、バッドエンドを目指すならそれでいいけど」

 

 明確な否定を見せなければ、周りは思うがままに囃し立てる。

 それが噂として確固たるものになってしまえば、王族故の期待を受けてがんじがらめになり、動けなくなる。

 

「相手方もこちらを見つけたぞ、ユウト殿」

 

「こっちくるの」

 

 ダンディと愛奈が近寄ってくる勇者を見ていた。

 優斗はちらりと視線を向けると距離を測る。

 まだ話し合いの余地も考える余地も十分にあった。

 

 ――とりあえずは、このタイミングだろうね。

 

 もし自分が“やる”としたら、今の状況こそ適当だと思う。

 

 ――さて、どう動くべきか。

 

 これから先のことを、もし“やる”のであれば『可哀想だから』の言葉だけでは済まされないし、そこまで彼女達に優しくいる必要を感じない。

 クラインとレンドを一緒に行動させているのだって、ちょっと良い目に遇わせてあげてるだけ。

 現状を動かすだけの力は一切ない。

 だからクラインが想いの先を望み、現状を変えたいというのならば、だ。

 利害を求め損得を考えて動くことこそ宮川優斗らしさというもの。

 

 ――どの展開がいいかな。

 

 何を選択すれば一番得なのか。

 とはいえ短絡的に考えるわけでもない。

 単純なリライトの実利ではなく、将来性や愛奈が願っていることすらも踏まえた損得はどれが一番いいだろうか。

 

「…………」

 

 ちらり、と優斗は妹の姿を視界に入れる。

 自分にとって現状で一番大きな割合を占めるのは、おそらくこの子のことだろう。

 

「おにーちゃん、どうしたの?」

 

 すると視線に愛奈が気付いた。

 優斗はしゃがみ、妹と視線を合わせて尋ねる。

 

「愛奈は優しい物語が好き?」

 

「うん。だっておにーちゃんみたいなの」

 

 突然な問いに対して素直に答える愛奈。

 その答えの意味するところは優斗が一番よく分かっている。

 愛奈にとって優しい物語とは『自分のことを助けてくれた優斗』だから、感情移入できるのは基本である勇者のご都合物語ではなく、クラインの悲劇を見据えた物語。

 要するに“不幸の先にある幸福”。

 

 ――ということは、だ。

 

 幾つか選択肢を考えたが、やはり愛奈の期待は裏切れない。

 この子の前で不幸な物語を見せたくはない。

 実質な換算で考えると、もう片方を選んだほうが目に見える利を生み出せることは確実だ。

 だからといって後者を選んでも前者の利に迫れないこともなかった。

 

 ――だったら僕の選択は決まりだね。

 

 優斗はクラインを見据える。

 急に彼の雰囲気が変わって、彼女もほのかに真面目な表情になった。

 

「クライン。たぶん僕が君に送れる“最初の分岐点”がここだ。君にとってのハッピーエンドか、バッドエンドかのね」

 

 最初の前提を打ち崩す。

 ご都合主義を穿つ最初の一歩。

 

「僕が関わって事態を動かすなら、このタイミングを始まりにする」

 

 別に優斗でないのなら、まだ他にも分岐点はあるだろう。

 けれど彼がやるとするならば、このタイミングだ。

 

「君が覚悟してるのなら、僕も相談相手として動く。けど君が覚悟していないのなら何もしない」

 

 クラインは心の準備はできているのか。

 ちゃんと覚悟を持っているのか。

 まだ聞いていないからこそ問い掛ける。

 

「どうする?」

 

 単刀直入に尋ねた優斗。

 

「…………そうですね」

 

 クラインは一瞬、目を閉じた。

 次いでレンドを見る。

 

「姫様?」

 

 どういうことだろうかと状況が分かっていない彼を視界に収めて、クラインは笑みを零した。

 

「ユウト」

 

 問われるまでもない。

 

「覚悟せずして、貴方を呼んだ覚えはありません」

 

 もとより覚悟は決めている。

 

「憧れている二人のように、妾もそうなりたい」

 

 世界一の純愛。

 王族の身でありながら、それが偽りないと思えるほどの恋愛譚。

 どうして憧れずにいようか。

 

「もちろん妾は貴方の仲間ではありません。だから同じことをユウトに求めるのも酷だというのは分かっています」

 

 だって自分は今日、彼と会ったばかりだ。

 長年の付き合い故の情だって何だって、自分と優斗の間には何もない。

 

「けれど、それでも思うのです」

 

 自分は恋をしている。

 王族という身であるのは分かっているけれども。

 それでも希うほどの想いがあるから。

 

 

「妾はハッピーエンドが欲しい」

 

 

 誰にも負けないぐらい、『瑠璃色の君へ』の二人に負けないぐらいのハッピーエンドになりたい。

 この感情は偽れない。

 

「手を貸して下さい」

 

 真っ直ぐに差し出された手。

 優斗はふっ、と笑って握手した。

 

「レンド君」

 

 そして手を離しながらもう一人、彼女にとっての主人公に優斗は声を掛ける。

 

「君は助けてくれる?」

 

 レンドにとっては突然な状況。

 けれど茶化すことも困惑することも許されない、真面目な雰囲気。

 その最中で優斗はレンドに訊いてきた。

 “助けてくれる?”と。

 

「今、この場でこういう訊き方はずるいのかもしれない。それでも訊くよ」

 

 逃げ道なんてない。

 理由は分からずとも、今のやり取りの意味は分かってしまうのだから。

 モルガストの王女が大魔法士に助力し、彼が助けると言った。

 本当に大事なことなのだということが図らずも分かってしまう。

 

「君はクラインを助けてくれる?」

 

 どうして、なんて言えない。

 大魔法士の問いは重さがあった。

 簡単に、彼女が王族だからといって素直に頷けるような状況ではない。

 けれど本当にクラインのことを想っているのなら、頷けるはずだと。

 暗に言われているような気がした。

 

「俺は……」

 

 目の前にいる大魔法士は確信している。

 自分が頷く、と。

 どうして彼が自分の答えを確信しているのかは分からない。

 でなければ『ずるいのかもしれない』なんて前置きはしない。

 

「……俺は…………」

 

 頷くことが大魔法士の想定通りだとしても、それでも自分の意思だと自信を持って言える。

 

「姫様のためなら、何でもします」

 

 レンドの答えに優斗は破顔した。

 何度も頷き、そして彼の肩を叩く。

 

「だったら舞台は整った」

 

 主役、ヒロイン、敵役。

 彼女の為の舞台が揃った。

 

「脚本は僕が作る。だから――」

 

 その姿は演技めいていて、格好付けていて、けれど清かに響く声。

 彼はまるで演劇を行うかのように『世界』へ向けて宣言する。

 

 

「――クラインのハッピーエンドを始めるとしようか」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 やってくる勇者の顔つきは正直、ちょっと怖いものになっていた。

 まあ、優斗とクラインが握手している姿でも目撃していたのだろう。

 

「ずいぶんと嫌われたものだね、僕も」

 

「自業自得であろう」

 

 ダンディが溜息を吐く。

 最初から勇者を煽っていたのだから、当然というもの。

 モールは優斗達の前に辿り着くと、のっけから優斗に噛みついた。

 

「姫様を連れ回しているのか?」

 

「一緒に遊んでるだけだよ。妹に国のことを紹介してもらうついでにね」

 

「そうなの」

 

 愛奈は素直に頷く。

 妹的にはそうだから間違いじゃない。

 

「まあ、気にしないで。僕達だって君のデートの邪魔をする気はないから」

 

 未だ二人に袖を掴まれている腕を指差しながら、優斗は言い放つ。

 けれどモールは慌てて否定した。

 

「ち、ちがっ! これはデートじゃない!」

 

 クラインに勘違いされたくないのだろう。

 全力で首を振っている。

 すぐ側にいる女の子達が僅かに悲しそうな表情になっているが、正直優斗にはどうでもいい。

 

「クライン。どう思う?」

 

「デートでしょう、これは」

 

 身も蓋もないほどに断言する。

 

「だよね」

 

 ちゃっかり片方は近付くにつれて腕まで組んでるし。

 別にモールが否定してもいいのだけれど、こと優斗とクラインは絶対的な純愛主義。

 確実に彼の行動と相容れない。

 

「やっぱりそうなんだ」

 

 そして先ほどレンドに対して使った言葉をもう一度、優斗は口にする。

 けれど意味合いは全く違う。

 

「“ジャンルが違う”ね、君は」

 

 クラインとは断絶された場所に立っている。

 同ジャンルじゃなくて別ジャンル。

 大別すれば“恋愛系”でまとめられても、同じ本棚にさえ置けない。

 誰も彼もが優斗の言葉に疑問を持った。

 だが告げた本人は周囲の様子を何も気にせず、

 

「行こうか。愛奈にもうちょっと色々なところを見せてあげたいし」

 

 彼の合図に他全員は疑問を浮かべながらも歩き始める。

 レンドだけが僅かばかり疑問のうえに困った様子を見せたが、口を挟んで取りなせるような状況でもない。

 

「ひ、姫様!」

 

 その時、モールが慌てて女の子達を引き剥がしながらクラインの手を取った。

 彼女に勘違いされたままでは終われないという、その感情から出た行動。

 ある意味では必然的な動きではあるけれど、クラインにとっては生理的に無理なもの。

 

「……っ! 離し――」

 

 彼女は反射的に振り解こうとして、

 

「きゃっ!?」

 

 身体を捻った瞬間、引っ張られてバランスを崩す。

 このままだと、クラインは勇者の上に倒れること間違いなしなのだが、

 

「はい、ストップ」

 

 ここまで優斗の読み通り。

 モールの手を手刀で叩き落とすと、クラインをレンドへぶん投げる。

 

「――っ、姫様!」

 

 彼が無事に彼女をキャッチしたので優斗も一安心だ。

 

「あ、ありがとうレンド」

 

「い、いえ」

 

 そしてパッと二人は離れる。

 優斗は笑みを零すと、皆に呼びかけた。

 

「行こうか」

 

「そうですね」

 

 歩きだすクラインに対して、モールが再び“無意識”に手を伸ばそうとして、

 

「その手はなに?」

 

 優斗に止められた。

 手を取られ、動き出した足も止まる。

 

「気安くクラインに触れないようにね、勇者様」

 

 まるで煽るかのような……というか煽っている台詞を吐く。

 

「君の周りにいる、そんじょそこらの雑多な女の子と一緒にしないでもらいたい」

 

 優斗はちらりと視線を勇者の後ろにいる女の子達へ向ける。

 その行動だけで優斗が侮辱しているものだとモールには映った。

 一瞬にして憤る。

 

「ざ、雑多って……オレの友達を愚弄するのか!?」

 

「愚弄と思うのなら、その通りだよ」

 

 そして優斗も否定しない。

 否定するわけがない。

 

「君の在り方は美徳だ。正しいだろうし、皆も気に入ると思う」

 

 友達を愚弄されて怒るのは当然。

 優斗だって誰だってそうだろう。

 けれど、それはあくまで“友達”の範疇であればの話。

 周囲の女性は好意を向けられている。

 ただ本人が“見ようとしていない”“気付こうとしていない”“感じようとしていない”だけ。

 

「容易に、容易く、気安く、気軽に、無意識に触れる。ああ、確かに君なら大抵の女の子も許すだろう」

 

 なぜなら相手方も悪い気はしていないのだから。

 自分から触れても文句は言われないし、相手方から触れられても気にしない。

 それが“彼の物語上にいる”のなら、誰であろうとも。

 

「君だって特に意識したことないよね?」

 

 触れることが、触れられることが当たり前だから。

 慰める為に触れるのが自然。

 愛でる為に触れるのが自然。

 本人が“無意識”に認めてしまっている。

 

「だけど、そんなことが普通だなんて思わないほうがいい」

 

 勇者だイケメンだラブコメ主人公だのとずらずら並べたのならば、そんなものを納得する奴らの中でだけやっていればいい。

 

「だからクラインは許したくない。そうでしょ?」

 

「はい」

 

 話を振られたクラインは、考える必要なく頷く。

 こんなラブコメ主人公みたいなことをやっておいて、しかも自身を同列に扱うなど以ての外でしかない。

 

「君の行動から導き出される答えは一つ。君は周りの女の子とクラインを同一視してる。“無意識に触れていい相手”だと君は認識してる」

 

 もし彼女のことが好きならば、それだけは駄目だった。

 心から望んでいるのだったら絶対にやってはいけないし、そう在るべきではなかった。

 

「彼女を本当の意味で見ていない。本当の意味で捉えてない。つまり、何が言いたいのかというと――」

 

 優斗は真っ直ぐに言い放つ。

 

「――その手を退け、モルガストの勇者」

 

 まるで挑発のような態度。

 受け取る側としては勘違いしても仕方ない発言。

 

「……姫様は自分にこそ相応しい、と。そう言うつもりか!」

 

 まるでライバルのようだ。

 モルガストの王女を攫いに来た悪役。

 そういう立場だと取られても仕方がない。

 後ろの女の子達も、優斗が敵だと思っているのだろう。

 最大のライバルであるクラインなのに、彼女が“あっち側”にいて可哀想な視線を送っている。

 

「はっ、何をほざいてる」

 

 だけど宮川優斗の在り方はクラインと同じだ。

 そして彼にはすでに唯一無二がいるからこそ、さらに言葉を続けることが出来る。

 

「クライン如き、僕に相応しいわけないだろうが。嫁以外、全世界の女が僕にとって塵芥だ。僕に相応しいのは嫁だけで、他に存在しない」

 

 こと恋愛観点において、フィオナこそが唯一。

 他は全て雑多だ。

 どこの誰であろうと必要ないと断言できる。

 

「姫様を愚弄するのか!」

 

「愚弄? どこがだ」

 

 だからこそ勇者は勘違いしている。

 この台詞はクラインを狙う者にとって喜ばしい台詞だということが理解できていない。

 

「クライン。お前は僕に相応しい、と。そう思われたいか?」

 

「まさか。妾にとっても同じです」

 

 意味がない。

 彼の評価など価値がない。

 

「数多の一人ではなく唯一を願う者として。故に言えましょう」

 

 確かに優斗は凄いだろう。

 彼の持つ二つ名は偉大だし、絶大だ。

 けれども、

 

「ユウト如き、妾には相応しくない」

 

 優斗が彼でない以上、相応しいなど思いたくもない。

 クラインの宣言にモールの表情が僅かに嬉しげな色を見せた。

 優斗は論外だ、というものに対してだろうが、

 

「今の台詞、モルガストの勇者に喜ぶところあった?」

 

「いえ、ないと思いますが」

 

 彼の周りに女の子がいる以上、どうしたってクラインの発言は彼と相容れない。

 勇者が舞台に上がろうとしていることを誰よりも彼女が認めていない。

 けれど勇者の耳にはすでに届いていなかった。

 ライバルがいなくなったことが、それほど嬉しかったのだろう。

 

「さて、これで周囲の注目も浴びたかな」

 

 優斗は周囲を見渡して、小さく呟く。

 数十人もの人々が優斗達に視線を向けていた。

 勇者と王女が一緒にいれば、さすがに目立つだろう。

 噂が噂なのだから尚更。

 だからこそ、やる必要があった。

 会話の流れをしっかりと理解している人がいるならば、こう思うことだろう。

 

『王女は勇者と結婚したくはない』と。

 

 最初の一手としてはこれで十分だ。

 

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