第186話 幸せの道

 

 勇者と別れ、再び開始した散策も夕方頃まで楽しんだ。

 レンドは家へと帰り、優斗は王城に戻ると愛奈をダンディに預けて、とある人物に会いに行く。

 その人物とはモルガスト王。

 霊薬の優遇措置を許可した相手だ。

 温和な顔立ちのモルガスト王は、大魔法士として前に立った優斗の質問に対して言葉を並べる。

 答える内容は噂の中身。

 

「皆、夢見ているのだよ。勇者が統治するという国に」

 

 まるで物語のようだろう、とモルガスト王は告げた。

 

「無論、勇者にその能力はあると私も思っている」

 

「……その割にはいきなりクラインの部屋に入ってきたが。常識を知らないのか?」

 

 優斗の眉根が狭くなる。

 

「心中察すれば、分からなくもないだろう?」

 

「……言いたいことは理解できる」

 

 どうやらライバルキャラと認識されているようだし。

 そんな奴とクラインが一緒にいるのなら、邪魔したいと思うのも間違いではない。

 

「まあ、勇者だから能力があるのは間違いないだろうな」

 

「普段の彼は誠実で高い能力を持っている。民衆の心もすでに掴んでいる」

 

 優斗の前ではただのおかしな人でしかないが、普段の様子は違うのだろう。

 

「時間はない。あと一年以内に定められなければ、クラインは勇者と生涯を共にすることとなる。民衆だけではなく、城内でもそのような声が挙がってきている」

 

 勇者こそが次の王に相応しい、と。

 

「第一王子がいると聞いているが、それはどうなんだ?」

 

 クラインは第一王女で、他にも兄弟がいるとは耳にしていた。

 もちろん長男も幼いながら存在している。

 

「勇者が王となる夢物語の前には、気にする民は存在しないよ」

 

「……流れは違わず、勇者とクラインが添い遂げる方向へと向かっている、か」

 

 本当にご都合主義だ。

 他の常識を無視するかのような展開。

 だけど、だからこそ破壊できる相手が必要になる。

 

「君がここにいること。それがクラインにとって最後のチャンスだと思ったほうがいい」

 

 モルガスト王は話ながら、くつくつと笑い声を漏らす。

 

「活躍はかねがね、リライト王や他の王から聞いているよ。娘とも馬が合いそうだと思ったんだ」

 

 純愛主義の暴君。

 自身の愛を貫く為ならば、邪魔するものは国すら潰す。

 仲間の幸せの為ならば、定められた相手すら変えさせた人物。

 

「裏はあっても、こういうことか」

 

 優斗はモルガスト王を見て、少しだけ呆れた表情になる。

 どうして自分がここにいるのか、やっと理解できた。

 

「まさかクラインの幸せのために大魔法士を動かすとは思わなかった」

 

 全てが都合良いと考えたのだろう。

 ダンディから話を受けたクラインが、モルガスト王に相談した時。

 王の頭の中では、このような構図が浮かんだはずだ。

 

「娘の幸せを願うことは、親として当然のことだろう?」

 

 恋している男の子がいる、と。

 親だからこそ分かっている。

 

「だが私の娘は王女だ。個を優先させることなど出来ない」

 

 そこらへんにいる特別なことなど何もない女の子なら良かっただろう。

 けれどクラインは違う。

 彼女は王族だ。

 自身の幸せの為だけに動くことなど出来ない。

 

「私は見出せなかった。彼と勇者を秤に掛けても、国の幸福を願うのならば確実に勇者だ」

 

 それは王としての判断。

 クラインに彼を宛がったところで、何一つ得がない。

 

「彼に勇者と同等の価値を見つけられない」

 

 なればこそ現状を打破できるとすれば、それは誰なのか。

 王で無理ならば、王以上の能力を持った人間を呼べばいい。

 

「だからね、もし彼に隠れた価値があるのならば……」

 

 自分が見出せなかった価値を見つけてくれるのなら。

 

「私は娘の幸せを願うよ」

 

 全ては今、勇者とクラインが結婚する方向に流れている。

 けれどそれでは、娘が幸せにはなれない。

 王族たるもの致し方ないことではあるが、それだけで何もせず流れに身を任せるのでは親の資格は無い。

 

「最悪、クラインが王族でなくなってもいいのか?」

 

「それでも私の娘だということに変わりない」

 

 彼が婿に来るのではなく、娘が嫁に行ったとしても。

 それだけの価値があるのだろう。

 

「だったら一つ、願いがある」

 

 優斗はあることをモルガスト王に伝えた。

 

「――――――――――――――――――――。構わないか?」

 

 想定外の言葉だったのだろう。

 彼の願いにクラインの父親は破顔した。

 

「今の私としては構わないと言うほかないだろうね」

 

 価値を見出せない自分としては、他に言える言葉がない。

 

「言質は取った。裏切った場合はどうなるか分かってるな?」

 

「ああ。君の為人を聞いて理解しているつもりだよ」

 

 欺くのならば“力”で打破する。

 道理を通さないのであれば、道理を引き摺りだす。

 彼は決して甘くない。

 

「しかし、もし“そうなった場合”はどうなる?」

 

 モルガスト王の問いに対して、優斗は笑みを浮かべる。

 

「内緒だ」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 モルガスト王と話が終わると、優斗はクラインの部屋へとやってきた。

 

「父と話は終わったのですか?」

 

「大体ね」

 

 優斗は用意された椅子に座りながら、今一度クラインに問い掛ける。

 

「クライン。大体さっきのやり取りで分かってはいるんだけど、改めて確認させてもらうね」

 

 彼女の心情がどうなっているのかを。

 もう一度だけ、確認する。

 

「気持ちは変わらず、添い遂げたいと。そう願う?」

 

「はい。もちろんです」

 

 紛うことなくクラインは頷いた。

 

「理由、聞いてもいい?」

 

 どうしてそこまで、彼に拘るのか。

 感情移入するためにも聞いておきたかった。

 クラインは小さく笑って、気持ちの丈を伝える。

 

「レンドは太陽みたいなんです」

 

 懐かしみながら彼女は語り始めた。

 

「昔から庭師に付き添って、顔見知りぐらいにはレンドのことを知っていました」

 

 幼い頃からの知り合いではあった。

 たったそれだけ。

 でも、それで十分だった。

 他に同年代の知り合いなどいないのだから。

 目で追うには十分過ぎるくらいの知り合いだ。

 

「彼は仕事に直向きで、妾にとっても優しくて、妾にとっては太陽みたいな人」

 

 何度も庭師が仕事をしている最中に顔を出した。

 付いてきている彼が花の種類や樹の枝や葉を切る理由など、クラインに丁寧に説明をしてくれた。

 そして年齢を重ね、彼が一人で任される部分も出てきて。

 クラインは仕事の邪魔をするのも嫌だから、と城の窓から彼のことを何度も見ていた。

 レンドは仕事の時、いつも楽しそうに仕事をする。

 慈しみ、真っ直ぐに“彼ら”と対話をしている。

 その姿が本当に眩しく見えた。

 

「初めて恋をしたと分かったのは、妾が怪我をした時」

 

 庭園で花を見ている時、迂闊にも足を引っかけてしまった。

 

「結構、酷く足を捻ってしまったんです。かろうじて歩けないことはなかったのですけど、レンドに見つかったらすぐにおぶってくれました」

 

 本当に驚きだった。

 彼はいつも立場を考えて行動していた。

 自分に触れることはない。

 話をしているときだって、無礼がないように礼儀を尽くす。

 それがクラインの知っているレンド。

 けれど自分が怪我をした時だけは違った。

 

「いつもはずっと一線を引いてるくせに、妾の為に無礼を承知で一線を踏み越えてくれたんです」

 

 怪我がこれ以上、酷くならないように。

 クラインのことだけを考えて取った行動。

 

「土と草の温かな匂いに、本当に安堵したことを今でも覚えています」

 

 思ったよりも大きかった背中。

 いつも見ていた彼が男の子であると実感した。

 

「急に胸がドキドキして、初めて彼に恋をしていたことに気付きました」

 

 きっとそうだったのだ。

 勇者のことだって初恋に気付いた前から知り合いだというのに、彼には何の魅力も感じていなかったし、目で追うこともなかった。

 昔からずっとクラインの視線の先にいる男の子はレンドだけ。

 

「もちろん、そんなものは淡い初恋として思い出にすることが王族としての義務でしょう」

 

 たかだか同年代。

 それだけだと片付けてしまうのが王族の道理。

 

「けれど勇者様が相手だと、妾は幸せになんて絶対なれない。妾の在り方が在り方だからこそ、勇者様のような人だけは絶対に無理です」

 

 性格でも顔でもない。

 存在が相容れない。

 

「愛など育めない」

 

 それは優斗と最初に会った時、伝えたこと。

 

「義務があるというのならその通り。愛など不要といえばそうでしょう」

 

 国の繁栄と安寧。

 王族たる自分の責務。

 

「けれど、立場に対して分相応でないのは分かっているけれど……」

 

 どうしたって自分は思ってしまう。

 

「妾は幸せになりたい。だからレンドと添い遂げたいんです」

 

 唯一と願う男の子。

 レンド・フラウと。

 

「ん、よく分かった」

 

 優斗はあらためて頷く。

 彼女の覚悟の程はよく理解できた。

 感情移入するにも十分だ。

 

「それなら認めよう。大魔法士の僕と精霊の主たるパラケルススが認める」

 

 なればこそ、次の一手を告げる。

 優斗は“クラインのハッピーエンド”に必要なものを、今ここに生み出す。

 

「……何を認める、と?」

 

「レンド君は特別な人間だということを。そして――」

 

 もう退くことは出来ないし、させられない。

 勇者と同等の価値があると見出したのならば、優斗はこう言うべきだから。

 

「もしレンド君とクラインが添い遂げないのであれば、彼は“リライトが貰う”」

 

「……えっ?」

 

 クラインが目を見張る。

 意味が分からない。

 理解出来なかった。

 どうして認めることが連れて行くことになるのか。

 だから優斗は“どうしてここにいるのか”を再度、彼女に告げた。

 

「霊薬の優遇措置だよ」

 

 モルガストが優斗を釣った餌。

 それをこの瞬間、口にした。

 

「僕なりに考えてはいたんだけどね。良いのが見つかった」

 

 関税の引き下げ、原価の低減。

 色々と思い付くものはある。

 けれど全てを覆せる存在がモルガストにいた。

 

「リライト王にも進言しよう。彼の力と心。その全てを」

 

 季節を問わずして植物を育てられる能力。

 “植物”であるのならば、レンドは何だろうと上手く育てることができる。

 おそらくは冬虫夏草すらも問題はない。

 

「レンド君には価値がある。モルガストの最重要といえる霊薬の在り方を打ち崩すほどのね」

 

 であるならば、素材についてはモルガストだけで生産できるわけじゃない。

 レンド・フラウという少年がいれば何一つ問題ない。

 

「結果、どうなるか分かる?」

 

 精製については一人、職人を連れてきて技術を知ればいい。

 秘匿だの何だのあったところで、どうにだって出来る。

 つまり、現時点で優斗が持っている情報を鑑みて最大の利益とは何かと問うなら答えは一つ。

 レンドが冬虫夏草を育てる広大な土地をリライトで用意すればいい。

 

「早ければ数年後、モルガストの将来は揺らぐ。いや、僕が揺るがせる」

 

 勇者が王になることなど、どうでもいいとなるぐらいに。

 この国の必須であるものが根底で覆される。

 

「僕はリライトの利になることを逃しはしない。すでにモルガスト王から了承は取ってある」

 

 王では見つけられなかったレンドの価値。

 リライトなら最大限に有効活用できる。

 

「彼こそがリライトにとっての“霊薬の優遇措置”になりえる」

 

 そこまで言って優斗は苦笑した。

 目の前にはショックを受けて俯いているクラインがいる。

 当然といえば当然だろう。

 連れて行く、と言ったのだから。

 

「ほら、クライン。俯く必要はないし怖がる必要もない」

 

 けれどどうして優斗が“伝えた”のかを、クラインにはちゃんと理解してほしい。

 

「君が僕に相談したんだよね? 恋愛相談を」

 

「……はい」

 

「だったら問題ないってことに気付いてほしいな」

 

 もし本当に優斗がレンドを連れて行くつもりなら、言うはずがない。

 話す理由がない。

 余計な情報を持たれて、拒否されては面倒だからだ。

 なのに、今ここでクラインに話す理由。

 それは全て、彼女のハッピーエンドの為。

 

「何もないところから、始まりの地点は作られた。君がちゃんと始めた」

 

 勇者のご都合主義を崩すための第一矢。

 僅かなヒビであろうとも、崩れる一端が確かにある。

 

「だったら、だ」

 

 レンドには勇者以上の価値がある、と。

 優斗が認めたのならば、

 

「使えばいいんだよ、僕を」

 

 大魔法士である我が身を道具として扱えばいい。

 自分が発した言葉を巧みに操り、彼と添い遂げる為の理由とすればいい。

 

「……っ! ユウト、まさか……」

 

 クラインの眼が大きく見開いた。

 全てが繋がったらしい。

 どうして今、こうなっているのかを。

 優斗は大きく頷いて、さらに言葉を続ける。

 

「退いたら駄目だし、逃げたら駄目だし、目を背けることは許されない。これはチャンスだと傲慢に剛胆に繊細にきめ細かく認めて貫き通せ」

 

 ハッピーエンドにしたいのだろう。

 幸せな将来を送りたいのだろう。

 だったら、突き進めばいい。

 

「己が想いを」

 

 そして優斗は少し後悔しているような表情になった。

 

「僕は失敗してる。彼女の為と考えて動いたりしなかった。それで彼女を悲しませて、苦しませて、泣かせたりした」

 

 告白をしたのはフィオナだった。

 彼女の為と暴言を吐いて自身を傷つけた優斗を救ったのもフィオナだった。

 

「幸い、僕の場合は彼女が動いてくれて頑張ってくれた。だから今がある」

 

 自分のハッピーエンドは最愛の女性無しには語れない。

 彼女こそが優斗の幸せを作り、貫いてくれたから。

 

「いいか、クライン。これが僕の示せる道筋だ」

 

 今の流れをぶっ壊して、さらには意中の相手と添い遂げる。

 その為に優斗が提示できるルート。

 

「言ったことは撤回しない。クラインとレンド君が一緒にならなかった場合、僕は彼を連れて行く」

 

 それぐらいの覚悟がなければ駄目だ。

 

「だけど――」

 

 優斗が敷いたのは不幸の道ではなく幸福の道。

 

「いなくなるなんて思うな。君が彼を繋ぎ止める。会えないなんて考えるな。君が彼をこの地に留める」

 

 なぜならクラインとレンドはくっつく。

 だからこそ、優斗の話したことなど一つたりとも意味がない。

 

「僕が彼を連れて行くだなんて、一切合切認めるな」

 

 その為に必要なことは何でもやればいい。

 誰かを慮る必要も、誰が不幸になろうとも気にする必要はない。

 

「傲慢になれ、クライン。君のハッピーエンドの為に」

 

 主演は彼女だ。

 それが悲恋でないのならばクラインは幸せになる必要があるし、そうしていい。

 

「……ユウト」

 

「僕としては、男を連れ帰ってホモ祭り始めるとか思われても嫌だしね」

 

 からかうような声音で伝えられたこと。

 クラインは少し笑って否定した。

 

「絶対にそうはなりません。なぜなら――」

 

 目の前にいる男の子が告げてくれた。

 

「――妾がレンドと一緒になりますから」

 

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