第187話 輝かせる為に必要なもの

 

 夕食も終わり、優斗達はお風呂へと向かった。

 大きな浴場があり、男側には優斗と愛奈とダンディが三人で入る。

 

「愛奈~。目をぎゅーだからね」

 

「ぎゅー」

 

 今は優斗が愛奈の頭を洗っている。

 最初に出会った時のことを少し思い出して、優斗は懐かしむ。

 湯を愛奈の髪の毛にざばっとかける。

 

「はい、さっぱりした。あとは湯船にちゃんと浸かろうね」

 

「うんっ」

 

 愛奈がささっと湯船に向かう。

 優斗も妹の後を追って湯船につかった。

 と、その時、浴場の扉が開く。

 湯煙で見えづらいが、そこにいたのは先ほどまで一緒にいた男の子。

 

「レンド君?」

 

「あっ、ユウト様達も来ていたんですね」

 

 てっきり家に帰ったとばかり思って彼が、なぜかここにいる。

 

「どうしたの?」

 

「それが、その……モールに連れて来られまして」

 

「どういうこと?」

 

 詳しく話を聞いてみる。

 すると、どうやら優斗が今夜王城に泊まることが不味いと思っているらしい。

 なのでレンドを連れて王城に来たというわけだ。

 

「俺のほうからユウト様は大丈夫だと伝えはしたんですが、聞き入れてもらえなくて」

 

「まあ、仕方ないよね」

 

 煽って煽って煽ってる。

 信じろというほうが無理だ。

 

「勇者は?」

 

「後で入ると言ってました。もう少ししたら来ると思います」

 

「……若干、険悪ムード漂う風呂場になりそうだなぁ」

 

「全力の間違いであろう」

 

 ハゲ頭にタオルを乗せているダンディがツッコミを入れる。

 確かにそうだ、と優斗も笑いながらお風呂につかった。

 

「じゃあ、肩まで入って20数えたら出ようね」

 

 愛奈に言いながらカウントを始める。

 

「いーち、にーい」

 

「さーん、しーい」

 

「ごおっ! ろくっ!」

 

 ダンディも乗ってくれる。

 レンドが身体を洗いながら笑みを浮かべており、さらに優斗が続けようとした瞬間、

 

「きゃあああああぁぁぁぁっっっ!!」

 

 突然、悲鳴が隣――女子の浴場から聞こえた。

 全員で目が合う。

 

「……なんていうか、大体想像ついた」

 

 優斗が右手で頬を掻きながら、残念そうに呟く。

 

「そうだのう」

 

 とりあえずあれだ。

 ラッキースケベが発動したに違いない。

 

「本当に不憫というか」

 

「勇者にとってのヒロインであれば、如何様にもなったろうに」

 

「ゆ、悠長に話してていいんですか!?」

 

 レンドが慌てて身体の泡を落とす。

 もしかしたら、異常事態があったのかもしれないと考えていた。

 すると愛奈が優斗の腕に触れて、

 

「おにーちゃん、クラインさまはだいじょうぶなの?」

 

「大丈夫だよ。悲鳴が聞こえた瞬間、ウンディーネを向こうに寄越してるから」

 

 お湯から左手を出すと指輪が輝いている。

 彼が大精霊を使役している証拠だ。

 

「とはいえ、少し心配だから出ようか」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 四人が扉の前に立つと、優斗は愛奈にお願いをする。

 

「クラインの様子を見てきてくれる?」

 

「うん」

 

 頷いた愛奈は中に入って様子を確認。

 少し話し声が聞こえたかと思うと、クラインは飛び出るようにやって来た。

 

「無理無理無理無理、ほんっとうに無理なんです!!」

 

「酷いくらいに全力拒否だね」

 

 とはいえ仕方ない。

 たぶん素っ裸で出会ったのだろうから。

 優斗は苦笑して中に入っていいか尋ねる。

 クラインが頷いたので、ダンディとレンドと一緒に脱衣所へと入っていく。

 すると薄く青い姿をした大精霊がいて、さらには一人の男の子が腰にタオルを巻いた状態で隅っこに崩れている。

 

「モ、モール!?」

 

「これは面白いね」

 

「斬新な勇者だのう」

 

 ウンディーネに確認すれば、どうやらクラインの目につかないようにやってくれたらしい。

 ちなみに一撃で昏倒させたとのこと。

 優斗はモールのことをレンドとダンディに任せ、クラインのところへ戻る。

 

「で、何があったの?」

 

「妾がお風呂から上がって脱衣所に向かおうとしたら、浴場の扉をスパーン! と開けて勇者様が入ってきました」

 

 そしてご対面。

 同時に悲鳴だ。

 

「妾はしゃがみ込んだのですが、慌てた勇者様は床に足を滑らせて飛び込んできました」

 

「……レベル高いな、モルガストの勇者」

 

 ラブコメ超えてラブエロコメになってるのではなかろうか。

 少年誌だったら限界に挑んでそうだ。

 

「ウンディーネは間に合った?」

 

「は、はい。おかげさまで」

 

 優斗の後ろをふよふよと付いてきたウンディーネが軽く手を振って消えていく。

 クラインは慌てて彼女に頭を下げた。

 

「確か水の大精霊、ですよね?」

 

「そうだよ」

 

「妾が本当に感謝しているとお伝えしてください。あと少し、というところで助けてくれましたから」

 

 ぶつかる直前、水の塊が勇者に直撃。

 そして脱衣所まで吹き飛ばし、彼は崩れ落ちた。

 ちなみにウンディーネは隅っこまで勇者を寄せたあと、クラインに大丈夫だと合図してくれたらしい。

 

「おにーちゃん、おにーちゃん」

 

 くいくい、と愛奈が優斗の袖を引っ張る。

 

「やっぱり『おんなのてき』だとおもうの」

 

「……う~ん。そうかもしれない」

 

 ことクラインにおいては間違いなく。

 と、ここでダンディがモールを背負って出てきた。

 

「儂は勇者を部屋に叩き込んでこよう。レンドとユウト殿はクライン殿を頼む」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 クラインを部屋へ送り届け、護衛兵には『何人たりとも通すな』と軽く脅しておいた。

 これで目が覚めた勇者も彼女の部屋には入れない。

 ついでに愛奈もうつらうつらし始めたので、与えられた客室で毛布を被らせた。

 優斗は妹が寝たことを確認すると僅かに左手にある指輪を輝かせ、音を立てずに部屋を出る。

 廊下にはレンドは優斗を待つように立っていた。

 

「さて、愛奈にはしっかりと“護衛”も付けたしレンド君も送るよ」

 

 茶目っ気を出した優斗の言い草に、レンドも苦笑した。

 

 

 

 

 送るなんて言いつつ、二人して夜の城内を歩く。

 くだらない与太話も何もなく、無言で歩く優斗とレンド。

 だが庭園に出た時、

 

「……ユウト様。一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 レンドが声を掛けた。

 

「いいよ」

 

 優斗は頷く。

 問い掛けたいことはたくさんあるだろう。

 聞きたいことも、知りたいことも。

 だからこそ自分は今、ここにいる。

 彼を“覚悟させる為”に。

 レンドは頷いた優斗に対して、真摯に言葉を向ける。

 

「俺は姫様の為に何が出来ますか?」

 

 真っ直ぐに問われた。

 今日、考えることはたくさんあったろう。

 そして優斗から言われたことこそが、胸の内に響いている。

 

『クラインを助けてほしい』

 

 たった一つの言葉。

 大魔法士がお願いしたこと。

 

「僕の伝え方は変わらない」

 

 優斗は星輝く空を仰ぎ見ながら答える。

 クラインが“やる”と決めた時から、優斗の答えは変わらない。

 

「彼女のハッピーエンドを助けてほしい」

 

 モルガストの王女が望む幸いを。

 彼にはどうしても手伝ってほしい。

 

「今のままだとクラインは不幸になるから」

 

「……どうして、ですか?」

 

 恐る恐る、といった感じでレンドが訊いてきた。

 けれど優斗は彼の声音や姿を見て、

 

「分からないわけがないよね?」

 

 そう問い返した。

 彼女は今日、態度や言葉で示している。

 これで分からないのは鈍くて鈍感なバカだけだ。

 

「クラインは勇者と添い遂げることを了承してない」

 

 僅かにレンドの身体が震えた。

 それが喜びなのか、幼なじみの勇者を哀れんでのことかは判断できないが、確かにレンドは反応した。

 優斗はさらに話を広げる。

 

「だから、ある話をしようか」

 

「何をです?」

 

「王族の恋話、だよ」

 

 世界に当然とある王族の恋話。

 その中でも一等輝く、ある二人の物語を。

 

「レンド君は『瑠璃色の君へ』がどうしてあんなに売れたか、理由は知ってる?」

 

「はい」

 

「まあ、当然だよね」

 

 好いているからこそ分かる。

 卓也とリルの物語の素晴らしさを。

 

「あの二人は恋から始まった。立場からじゃなく、ね」

 

 無意識だろうと二人は恋をしていた。

 彼女を守って、恋をして、婚約の話が出て、自分の気持ちを理解して、伝えた。

 もちろん誰にとっても夢見てしまう話。

 けれど、

 

「庶民と王族の恋物語……程度で済めばいいんだけど、実際はそうじゃない。本当の物語は描かれている以上に凄いんだよ。読んでいれば分かるだろうけど、ところどころ明かしてない話がある。僕らが本当はどういう奴らなのかをね」

 

 それは現状での都合上、省いていること。

 立場ある者しか知らない優斗達の存在理由。

 その中でも最たるものが『大魔法士』と『リライトの勇者』の存在だ。

 

「だからこそ『世界一の純愛』と呼べるんだよ」

 

「……どういうことですか?」

 

 ただでさえ、あの話は凄い。

 そして皆が認めるだろう。

 彼らの恋愛は『世界一の純愛』だと。

 けれど、庶民だけではなく優斗達の存在を知っているであろう王族や少数の貴族ですらも満場一致で頷けるのはどうしてだろうか。

 遠い世界ではなく、目の前にある世界の話を『世界一の純愛』だと呼べる理由。

 

「卓也を選ぶのは理屈が通らない。どうしたって王族の立場として矛盾が生じる。僕や僕に似たような奴が側にいるんだから、僕らを選ぶことこそ王族としてやるべきことだ」

 

 当時、Aランクの魔物を余裕で倒せる力を持っていた優斗。

 優斗と同じことを簡単にやってのけるリライトの勇者。

 この二人の存在はリステルにも知られているからこそおかしい。

 二人とも相手がいなかったのに、なぜ選ばなかったのか。

 そのおかしさこそが彼らの恋を持て囃すことになる。

 

「さらに僕らの存在は少し特殊でね。最大の利益である『卓也をリステルへ連れていく』ということすら放棄してる。全く考慮していない」

 

 ただ、恋をした。

 ただ、好きになった。

 特典は確かにあるけれど、そんなものはおまけで付いてきたに過ぎない。

 

「だから誰が何を知っていようと、何も知らなくても、関係なく売れた。こんなお伽噺のような夢物語を実際にやったから」

 

 立場を知らない者にとっては最高の話。

 立場を知っている者にとっては至高の話。

 誰もが夢見てしまう物語。

 

「普通はね、王族の身は民の為に在る。個か全でいえば、王族に個は必要ない」

 

 貴族も同様だ。

 家を、国を発展させる為の結婚。

 それが当たり前で、打算や策など大量に含まれている。

 

「正しいといえば正しい。否定できない一面だ。国の為に王族は在るんだからね」

 

 優斗はここで一息入れた。

 この先は今の話も加えて話す必要がある。

 たった一人、彼女のハッピーエンドを叶えられる人に突きつけるから。

 モルガストにある夢物語を。

 

「クラインは第一王女。第一王子もいるらしいけど、まだ小さいらしいから、義務を果たす必要がある」

 

 だからこそ庶民が噂するものを蔑ろには出来ない。

 彼らが夢見ることが正しく機能するのであれば、尚更に否定などしてはいけない。

 

「さて、そこで『国を発展させる』という当たり前の事実に穿つものはあるか? と問い掛ければ、実はある」

 

「……えっ?」

 

 レンドが驚きの声をあげた。

 優斗は真剣な表情で彼に告げる。

 

「国の代表である王族の幸せを願えない国は、はたして本当に幸福を得られる国になるのか、ってこと」

 

 皆が当然のように思っているからこそ、おかしさに気付くべきだ。

 

「それが一番だ、それがベストだ……誰も彼もが言うよ。王女は勇者と添い遂げることこそ『我々が一番幸せになる道だ』と」

 

 幸いにも勇者は能力が高いらしい。

 国を率いるには問題はないだろう。

 

「周りはいいだろうね。まるでお伽噺の世界にいれると勘違いできる」

 

 勇者が王となる。

 絵本に書かれているような童話が、自分達の前に現れる。

 確かに嬉しいし、楽しいし、幸福だろう。

 

「けれどそこにクラインの心はない」

 

 たった一人のバッドエンド。

 皆が幸せになる最中、一人だけ幸せになれない。

 

「クラインを犠牲にして、君達は幸せを得ようとしてる。勇者が統治する国を夢見てね」

 

 レンドの感情はどうなのだろうか。

 クラインを不幸にして、それでもいいのだろうか。

 優斗が彼の様子を伺うと、狼狽していた。

 せめぎ合っているのだろうと思う。

 自らの想いと、親友を思う気持ちとで。

 そして今は後者が打ち勝った。

 

「だ、だけどあいつは勇者だから、いずれ――」

 

「勇者が相手であることはイコールで幸せとはならない」

 

 絵本のようにお姫様が攫われて閉じ込められたけど、勇者が助けて結婚ハッピーエンドで幸せに暮らしましたとさ、となるわけがない。

 そんなご都合主義、彼らが定められた主人公とヒロインだからだ。

 無論のこと“内田修”と“アリシア=フォン=リライト”ならばあり得るだろう。

 彼らは確かに主人公とヒロインだから。

 互いが望む存在なのだから。

 けれどモルガストにおいては違う

 ヒロインが拒否しているのに、舞台に上げるのはどうしたっておかしい。

 

「君は勇者の良いところを全部知ってると思う。それは僕に分からないことだから何とも言えない」

 

 付き合い方が違えば、優斗だって良い奴だと感じるかもしれない。

 

「だけどね。重要なのはそこじゃない」

 

 どれだけ性格が良かろうと意味がない。

 

「ナンバーワンじゃなくて、オンリーワン。それがクラインの望む物語なんだ」

 

 ライバルなんていらない。

 他にヒロインなんていらない。

 主人公にとってたった一人、唯一の女でいたい。

 

「周りに女の子がいる彼じゃ、どうしたって無理なんだよ。性格的な不一致じゃなくて生理的な不一致。彼の在り方そのものがクラインには無理なんだ」

 

 性格も顔も何もかも考慮する前。

 存在が無理なのだから。

 

「ある意味で幼稚だよ。子供っぽいし、夢見がちだし、無理難題だと思う。僕はそのことをよく理解してる」

 

 自分も同様だ。

 初恋で全て事を為そうとしていた。

 あまりにも純粋ながら、あまりにも不純。

 歪な在り方だ。

 

「でも、クラインが夢見るハッピーエンドはそうなんだよ」

 

 希う。

 強く強く望んでしまう。

 幼稚で、作られたような話を。

 

「本当に馬鹿馬鹿しいと断言できる」

 

 だから諦める?

 いいや、そんなことはない。

 幼稚だからといって、子供っぽいからといって、夢見がちだからといって、無理難題だからといって、それが“諦める”に通ずることなんて一切ない。

 

「ねえ、レンド君」

 

 優斗は足を止めた。

 釣られてレンドも足を止める。

 逃げることは許されないし、彼自身も言ったはずだ。

 姫様を助ける、と。

 

「あの庭園にある花。クラインがいる時にこそ輝いてる」

 

 だから突きつけよう。

 彼が秘めた本音を、彼に叩き付ける。

 

「レンド君がどういう想いを込めているのか、分かってるつもりだよ」

 

「――っ!? な、なんっ! ど、どうして!?」

 

 いきなりのことにレンドが大層慌てた。

 もしやバレていないとでも思っていたのだろうか。

 散々に言ってきたのに。

 

「これでも大魔法士ですから」

 

 優斗は苦笑して、もう一度空を仰ぎ見た。

 

「実際ね。クラインが目指す物語は願っても、希っても、叶わないかもしれない」

 

 勇者と比べれば茨の道ではあろう。

 少なくとも国民の期待を裏切るのだから。

 

「だから無理をして君が己が気持ちを押し通すことはない」

 

 痛がることが怖いなら。

 辛いことが嫌だと叫ぶなら。

 

「妥協すればいい」

 

 彼女を救わなければいいだけのこと。

 

「国のために、というお為ごかしの美辞麗句を使ってクラインを不幸にすればいい」

 

「……っ」

 

 無情の事実を優斗はレンドに教える。

 彼女は“今のまま”でいけば、心が何一つ救われない。

 

「選ぶのは自由だよ。クラインの心を殺す道を選ぶか、それともクラインの心を救う道を歩むか。二つに一つだ」

 

「…………」

 

 もちろん簡単に答えられたりはしないだろう。

 優斗の言葉は要するに、モルガストの将来に直結すること。

 たかが庭師習いの少年がすぐに答えられるわけもない。

 

「ただ、ね」

 

 優斗は付け加える。

 国民の唯一だと信じるものは、実際はそうじゃない。

 

「国の幸せって言ったって、道筋は一つじゃない。最良と呼ぶべき道は他にもある」

 

 カリスマで周囲を心酔させるのではなくて。

 この国の根幹にあるものを、より良くさせるのだって立派な政治だ。

 どちらかが上であるとか、そういうものはない。

 

「だからもし、君がクラインの為の道を選ぶなら」

 

 優斗は仰ぎ見ていた空から、レンドへと振り向く。

 そして優しく笑った。

 

「僕が示すよ。君達の歩く道を」

 

 近付いてレンドの肩を軽く叩く。

 

「大魔法士が色々やってあげるって言ってるんだ」

 

 千年来の二つ名を持つ自分がこれほどまでに手を貸している。

 だったら、

 

「ここで男を見せずにいつ見せる! ってね」

 

 男なのに妙に上手くウインクする優斗。

 

「…………」

 

 思わずポカンとするレンド。

 

「…………ははっ。本当に凄い人です」

 

 そして力が抜けたのか、柔い笑顔を浮かべる。

 どうにもこうにも、全てを見透かされているかのように優斗は言葉を並べていた。

 特に、

 

「バレバレでしたか?」

 

「どうだろ? 僕以外には気付けないかもね」

 

 パラケルススを要して優斗もようやく理解したほどだ。

 おそらく優斗以外では実際に花が輝く現場を見なければ、納得できないだろう。

 そしてレンドも大魔法士の感想に、苦笑いを浮かべた。

 

「本当は、ずっと黙っていようと思ったんです」

 

 自分の想いを。

 だってそうだろう。

 

「モールは姫様のことが好きだから」

 

 親友が彼女に好意を示している。

 まるで主人公のような彼が好きだと言っている。

 

「モールは勇者だし、姫様は王族です。どう見てもお似合いで、俺が入る余地なんてないと思ってました」

 

 主役と端役。

 どうしたって自分は端役だ。

 勇者のパーティにいたとしても、それは幼なじみであるから。

 ただ、それだけ。

 

「けれど姫様はいつも俺に笑顔を見せてくれます。眩しくて、本当にこっちが嬉しくなってしまう笑顔を」

 

 輝かしい。

 見ているだけで満足してしまう。

 

「本当に美しい花のような方なんです」

 

 誰もが愛でずにはいられない。

 目に留まり、視線を奪われ釘付けになるほどの美しい笑顔。

 

「好きにならないはずが……なかった」

 

 レンドの話を聞いて、笑顔で感謝をしてくれた。

 怪我をしていたから運んだあと、笑顔で嬉しそうにしてくれた。

 だから気付かないわけがない。

 自分が抱いていた恋心に。

 けれど自分は所詮有象無象の存在。

 どうしたって釣り合わないし、釣り合えるわけがない。

 

「でも……いいのでしょうか?」

 

 道が示された。

 絶対にないと思っていた道が、レンドの前に開かれた。

 

「俺の想いを姫様にお伝えしてもいいのでしょうか?」

 

 立場が違くても。

 親友が想っていても。

 それでも自分はクラインに想いを伝えてもいいのだろうか。

 

「花が輝く為に何が必要か分かる?」

 

 すると、優斗が面白い問い掛けをしてきた。

 レンドは少し考えて答える。

 

「明かり……ですよね?」

 

「ううん。ちょっと違うかな」

 

 かの“花”を輝かせるには違う。

 今は見えない、朝から夕に掛けて空を駈けるものを示す。

 

「太陽だよ」

 

 “花”が輝いているというのなら、それは陽があるからに他ならない。

 仕事に直向きで、彼女にとても優しくて、彼女にとっての“太陽”があるから花は輝いている。

 

「目立とうが凄かろうが顔が良かろうがカリスマがあろうが勇者だろうが、どれだけ輝かしくても太陽でなければ花は輝けない。どれだけ素晴らしい姿をしていようと、それが太陽でなければ花は輝いた姿を見せられない」

 

 誰も彼もが彼女の輝きを知っているわけじゃない。

 クラインの前で咲き誇る花と同じように、彼にとっての花は彼の前で咲き誇る。

 

「花は誰もが求める光を嫌ってる。誰もが望む光を求めてない」

 

 周りの言葉は彼女を陰らせるだけ。

 輝きも、夢も、何もかも彼女のことを考えていない。

 

「だったらさ」

 

 レンドが彼女のことを花と称したのなら。

 

「花が望む太陽を与えるのも、庭師の一興なんじゃないかな」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 道草が終わった優斗はレンドを送り、ダンディと少しだけ酒を飲み交わしていた。

 

「ユウト殿のような人物を、どう評するか知っておるかのう?」

 

 ダンディは笑いながら告げる。

 

「お人好し、というのだ」

 

 相談だけではなく、上手くいく為に動いてあげる。

 どうしたってお人好しに映る。

 けれど優斗は苦笑した。

 

「そこまで何も考えてないわけじゃないよ」

 

 他の人には確かにお人好しだと映るかもしれない。

 けれど自分の考えとしては、どうしたって違う。

 

「確かに実利的な損得で言えば、損になるだろうね。だけど、この縁と僕が彼らに与えた恩を考えれば悪くない」

 

 今後、何かがあれば恩を使える。

 最上とまでは言わないが、十分に恩恵があると考えていいものだ。

 

「僕はね、仲間以外では打算を含めるよ。親身になってるとしても、どこかしらで利を得ようとしてる」

 

「まあ、悪いことではないであろう? ユウト殿ほどの男からすれば仕方ないものよ」

 

「そう言ってくれると助かるけどね」

 

 二人で一気に酒を飲み干すと、互いに注ぐ。

 

「して、ユウト殿。どうなりそうだ?」

 

「クラインに使えるものは全て教えた。あとは彼女が上手くやれば問題ないよ。レンド君に関しては……覚悟を持たせる準備はさせた。これで心を痛めながらもクラインを幸せにする道を選んでくれるはず」

 

 結局のところ、優斗が関わった以上“モルガストはレンドを置かなければ国として終わる”。

 そのように仕向けた。

 

「モルガストにはもう、選択肢が一つしかない。それを選ばないとは思えない」

 

 彼女がハッピーエンドの行く末に対して、国が選択を間違えれば大騒動だ。

 何一つ得がなくなってしまう。

 

「言質は“二つ”取ってあるからね」

 

 どちらにしろ、クラインに待ち受けている結果はハッピーエンド。

 あとは国がどうするかだけ。

 

「僕が手伝ってあげるとしたら、あとは勇者関連だけかな」

 

 

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