第152話 王様の提案

 翌日の午後。

 春香は膝を着き、顔を伏せていた。

 

「面を上げよ、クラインドールの勇者――スズキ・ハルカ」

 

 リライト王の声が届き、春香は顔を上げる。

 

「遠路遙々、よく来てくれた。リライトが歓迎しよう」

 

 王の中の王。

 今まで出会ってきた王とは一線を画するほどの雰囲気が、春香の目の前にある。

 

「はっ、ありがとうございます」

 

「連れも幾人かいると聞いていたが……」

 

 王様が聞いていた話と違う、と訝しむ。

 確か四人で諸国を動き回っていたはずだ。

 

「えっと……その……」

 

 すると春香は目を泳がし、昨日の出来事を思い出す。

 

「駄目出しを……されまして」

 

「駄目出し? 誰にだ」

 

「内田修さんと宮川優斗さんにです」

 

 春香が答えると、王様が感嘆の声を上げた。

 

「ほう。シュウとユウトに会っていたのか?」

 

「昨日、私の連れが彼らの世話になっていて、偶然出会ったのですが……他の連れに駄目出しをされてしまい、私だけで登城させていただくことに」

 

 王様は春香の言葉を聞きながら、大凡の経緯を掴む。

 あの二人が駄目出しをしたということは、何かしら問題がある連れなのだろう、と。

 

「あの二人は自分から危険に首を突っ込むくせに、我に危険が及ぶことを避ける性質だ。しかしながらクラインドールの勇者には申し訳ないことを言ったな」

 

「いえ、リライト王への危険を考えれば妥当な判断だと思います。私の仲間はその……うっかり殺気を放ったりする変人ばかりなので」

 

 例えば王様と握手、とかになったらやばいかもしれない。

 そうすると優斗達の考えも確かに理解できる。

 

「素直だな、クラインドールの勇者よ。我とて近衛騎士団の手練れを側に置いているのだから、無用な心配なのだが……それを正直に言うとは恐れ入った」

 

 王様の背後には副長とフェイル、ビスがいる。

 何かあっても問題ないメンバーだ。

 

「本来は同世代の異世界人と顔合わせをしておいたほうがいいと思って呼んだが、顔見知りというのであれば気を抜くが良い。謁見はこれにて終わりだ」

 

 そして合図を送る。

 するとお揃いの白い服を着た二人が出てきて、

 

「王様、この服を着るとか聞いてないんすけど」

 

 昨日とは違い、ピシッとした服装の修と優斗。

 今日も平日なので学院がある。

 が、二人は王様からの要請で早退し、この場へとやって来た。

 

「顔見知りということで気楽にしたが、本来はこういう公式の場で着ることになるのだから慣れておけ。というより普通は言われた時点で持ってきているものだ。ユウトを見習え」

 

 優斗はわざわざ自宅から服を持ってきていて、修は王城にある予備を着ている。

 

「あの、僕も念のためで持ってきただけなんで、まさか本当に着るとは思っていませんでした」

 

「どこの世界に親友とペアルックで公式の場に出る奴がいんだよ」

 

「この世界に決まっているだろう。というより、お前にはそろそろ言葉遣いというものを教え込まねばならんようだな」

 

 先程の謁見時に思ったが春香は言葉遣いがキッチリとしている。

 比べて修は、基本的に「~っす」みたいな話し方だ。

 

「相手が王様じゃなけりゃ、ちゃんとやるっすよ」

 

「ほう、では試しに自己紹介をやってみろ」

 

 王様がおもしろ半分で言ってみた。

 すると修は徐ろに顔を真面目にして、

 

「クラインドールの勇者殿。私は『リライトの勇者』であるシュウ=ルセイド=ウチダと申します。以後、お見知りおきの程を」

 

 綺麗に自己紹介をした。

 しかし……なんというか、気色悪い。

 

「……くっ」

 

「……ぷっ」

 

「笑ってんじゃねーか!」

 

 なぜに真面目に自己紹介して笑われる。

 

「すまんすまん。これほど似合わんとは思っていなくてな」

 

「ごめん、修。僕も同じ」

 

 くつくつと笑う王様と優斗。

 春香にも思わず笑みが零れる。

 やはり気を楽にしろと言われても、王を前にして楽に出来るわけもない。

 しかし目の前でくだらないやり取りをされて、さすがに笑ってしまった。

 王様は彼女の様子を見て、柔らかく声を掛ける。

 

「さてハルカよ。今まで各国を巡っているだろう?」

 

「はい」

 

「色々と問題を解決してきたことも我の耳には届いている」

 

 王同士の会合がある時、時折耳にしていた。

 ちなみに修の話はネタ枠として、大いに周りの王を楽しませている。

 

「もしかして、私に頼みたいことが?」

 

「いや、そうではない。息抜きなどはしているのか? ということだ」

 

「えっ?」

 

 細々とした――飼い猫の捜索云々までやってきた、と王様は聞いている。

 そして行く先々で大抵、問題があったことも。

 

「幸い、我が国は『リライトの勇者』に加えて『大魔法士』がいる。問題が起ころうと何だろうと、大抵が小事に過ぎん。わざわざハルカに頼むようなことはない。むしろこの二人が引き連れてくること大事のほうが問題だ」

 

 そうだろう? とからかう視線を優斗と修に向ける。

 

「……大変、申し訳ありません」

 

「まあ、悪いようにはなってないからいいじゃないっすか」

 

 リライトきっての問題児二人が頭を下げたり、適当に言葉を返す。

 王様は苦笑し春香に語りかける。

 

「故にここで一度、息抜きをしてはどうかと思っているのだ。クラインドール王もその事を気にしている」

 

 フィンドの勇者ほどではないが、クラインドールの勇者の名も轟き始めている。

 そこはクラインドール王とて嬉しいのだろうが、無理はさせたくないのが本音だ。

 

「そこで我は考えた。どうすれば息抜きになるのか、と」

 

 リライトの来た時はゆったりと過ごして欲しい。

 その手段を考え、

 

「だから提案だ、ハルカよ。明日、一日限りではあるが――」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 謁見の間から出た春香は、優斗達に連れられ応接間でゆっくりティータイム。

 

「春香、僕達が出てきてもあまり驚いてなかったね」

 

「ロイス君から修センパイが勇者で優斗センパイが大魔法士? とかは聞いてたから」

 

 大魔法士というのが何かは知らなかったが、凄いという触りぐらいは耳にした。

 

「そういえばセンパイ達、ロイス君を助けてくれたんだってね」

 

 呪われた鎧みたいな代物。

 その呪縛からロイスを解き放ってくれた。

 

「倒すのを協力しただけだし、助けたっていうのも微妙な感じだけどな」

 

「魔物の召喚に類似したものが必要なら、こっちでどうにか用意するから」

 

「ん~、たぶん大丈夫だと思うよ。だって面倒な鎧だったもん」

 

 むしろよく解決できたものだと思う。

 

「春香はいつ召喚されたの? 昨日の様子だと大体半年前ってところ?」

 

「いや、もうちょっと長いんだよ。大体十ヶ月くらい」

 

 去年の八月に春香は召喚されて、クラインドールの勇者となった。

 それから少しして、諸国を巡って勇者活動……とでも言えばいいだろうか。

 人助けなどをしてきた。

 

「俺らはバス横転で死にかけたらしいんだけどよ、春香は何が原因で召喚されてんだ?」

 

「うぐっ!」

 

 気軽に訊いた修だが、何故か妙な反応が春香から返ってくる。

 

「どうしたの?」

 

「……いやぁ……それが…………」

 

 何か問題でもあるのだろうか。

 辺にそわそわとしている。

 

「……ぜ、絶対他の人には言わないで!」

 

「あん? まあ、いいけどよ」

 

「口は堅い方だから安心して」

 

 修と優斗が言わない、と約束する。

 春香は彼らの返答を聞き、小さな声でぽそりと喋った。

 

「……水着」

 

「はっ?」

 

「……海で……足吊って。だから……」

 

 溺れて、死にかけて、光に包まれた。

 要するに、

 

「水着で召喚された、と?」

 

「……うん」

 

 足が吊って痛いわ、なのに周りには人がたくさんいるわで、本当にきつかった。

 ちょっと頑張ってビキニを着ていたので、まさしく状況的には『変態登場』だ。

 

「黒歴史じゃね?」

 

「い、言うな言うなぁ! ぼくだってあれほど恥ずかしい体験は二度とないんだよ!」

 

 ガバッとテーブルに顔を伏せる春香。

 その時、ドアをノックする音と開ける音が聞こえた。

 

「ずいぶんと楽しそうですわね」

 

 凛とした声が春香の耳に届く。

 顔を上げると、そこには絶世の美少女がいて、

 

「おっ、学院終わったのか?」

 

「ええ」

 

 頷く美少女は春香を向き、

 

「こんにちは。貴女がクラインドールの勇者ですわね?」

 

「え? あ、はい、こんにちは」

 

 慌てて春香は立ち上がって頭を下げる。

 

「あの、センパイ。この人は?」

 

「うちの王女様だ」

 

「修、省きすぎ。リライト王国王女のアリシア=フォン=リライト様だよ」

 

 優斗が丁寧に説明する。

 春香の顔が思わず固まった。

 

「し、ししし、失礼しました!」

 

 そしてペコペコと頭を下げる。

 王族とこんな気軽にやり取りするなんて、さっきの王様の時で気付いて然るべきだった。

 

「わたくしの周りにはこんなのしかいませんし、気にしないでいいですわ」

 

「し、しかし」

 

「修様など最初から敬語を使ったことがありませんし、父様からもハルカさんには気楽に過ごしてもらうよう、言付かっていますわ。ですので丁寧な言葉は厳禁。了解しましたか?」

 

「え、あ、と……はい」

 

「よろしい」

 

 ふふっ、と笑うアリー。

 女性の春香も見惚れてしまう。

 そして呆けてしまったのか、気が抜けたのか、思わずとんでもないトンチンカンなことを言ってしまった。

 

「アリシア様」

 

「どうかされましたか?」

 

「ボーイズラブってどう思います?」

 

 空気が……止まった。

 優斗は面白げに視線を向け、修の顎が外れそうになり、アリーはきょとんとした。

 

「……はい?」

 

 首を傾げる王女様の両肩を春香は掴み、

 

「つまり男と男が魅せる耽美な世界に興味があり――」

 

「おま、馬鹿野郎! アリーを変な道に引きずり込もうとすんな!」

 

 修が慌てて春香の手をはがし、無理矢理自分の胸元へとアリーを引っ張る。

 

「大丈夫だよ、アリシア様は素養がある! 感覚で分かるんだよ!」

 

「それは大丈夫とは言わねぇ!」

 

 ぎゃーぎゃーと言い合う修と春香。

 しかし、だ。

 

「……えっと……修様? あの、さすがのわたくしも他の方々がいるところでは、中々に恥ずかしいのですが」

 

 今現在の状況。

 アリーの両肩には修の手が置いてあり、彼女の顔は修の胸元へと軽く触れている。

 軽く抱きしめているようなものだ。

 

「わ、わりい」

 

「いえ」

 

 パッと修が手を離した。

 互いに軽くそっぽを向いたが、ちらりと同時に視線を向けて、

 

「――っ!」

 

「――っ!」

 

 顔を赤くしてまた、視線を大げさに外した。

 春香は眼前で行われた光景を目にして、

 

「優斗センパイ、優斗センパイ。修センパイってラブコメ主人公?」

 

「そうだよ。ただしヒロイン選択肢は無いけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、さっきのリライト王の提案。本当にいいのかな?」

 

「本当ならお前だって高校に通ってる歳だろ?」

 

 紅茶を飲みながら、話題は先程の王様の提案へと変わっていく。

 

「そうだけど……だってぼく、勇者だよ? なのに学院に一日留学っていいの?」

 

 王様が提案したのは学院への一日留学。

 一日ぐらいは『勇者』を忘れて楽しめ、というもの。

 

「んなこと言うと、勇者隠して学院通ってる俺は何なんだ?」

 

「そ、それはそうだけど~」

 

 その前に勇者として召喚しておいて、学院卒業するまで勇者を秘匿するリライトが異端だ。

 と、優斗がふと思った疑問をぶつけてみる。

 

「話を聞いての疑問なんだけど、召喚されてから諸国を巡るまでの期間が短くない? 普通はもうちょっと国にいてもいいと思うんだけど」

 

 召喚されてから二週間。

 たったそれだけで、春香は動いた。

 理由は何なのだろうか?

 王様からの話を聞く限り、クラインドール王にさしたる問題があるように思えない。

 

「王様良い人だけど、幾つかの貴族がキモいんだよ。いきなり『私の息子と結婚を!』とか言ってくるんだ。召喚されて一週間だよ? ありえなくない?」

 

「まあ、どこにでもいるよね。そういう奴らって」

 

 どこの国、世界だろうと関係なくいるものはいる。

 

「それで歴代の『クラインドールの勇者』が何をやってるのか八騎士に聞いて、諸国を巡って問題解決してるって言うから、それやるって言い切って出てきたんだ。で、一緒に行くって付いてきたのがワインとブルーノ。ロイス君は黒騎士になったばかりだけど……ほら、あの鎧だったから少しでも楽しい思い出をって感じで」

 

「なるほどね」

 

 だからあんな面白パーティになったというわけか。

 

「あのさ、学院って楽しい?」

 

「普通の高校と変わんねぇよ。でも、息抜きとしては丁度良いんじゃねぇか?」

 

「ですわね。異世界人の勇者ともなれば、尚更ですわ」

 

 軽い調子で言う修とアリー。

 春香も確かにと思い、頷く。

 

「うん、そうだよね」

 

 この国は修と優斗がいる限り、他国へ問題が渡ることはほとんどない。

 ということは、息を抜いていいというのも確かだ。

 

「あとはワインとブルーノを説得できるかどうかなんだけど……」

 

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