第178話 外伝:fairy tale2
寂しくないと言えば、嘘になる。
たった一人、立っている場所。
この場所には誰もいない。
誰も……辿り着けない。
だけど、居てほしかった。
この世界の人間でもいい。
どんな世界の人間だっていい。
誰だっていい。
共に立ってくれる人が……欲しかった。
眩い光が収まったあと、見知らぬ場所に立っていた。
目の前にいるのは見たこともない服装の少女、一人だけ。
表情は泣きそうで、安堵していて、申し訳なさそうで、嬉しそうで。
けれどやっぱり、最後には泣きそうだった。
だから手を伸ばす。
右手の平を上に向け、笑みを浮かべる。
今、ここがどこで、彼女が誰かなど関係ない。
感覚で理解している。
自分は『この子と共に歩む』ということを。
巻き込まれ異世界召喚記~外伝~
『 fairy tale2 : 歴史に残らなかった異世界人』
「セイっ! 早く行こうよ!」
一人の少女がスキップでも踏むかのように軽やかに歩く。
国と国を繋ぐ道を、楽しそうに。
少し後ろを歩いている青年が笑みを零した。
「マティス。向かう場所は逃げないのだから、もう少し落ち着いてもいいだろう?」
「だってセイと会って初めての冒険なんだ! 落ち着けないよ!」
彼女の言葉に、セイと呼ばれた青年は眩しそうに少女を見つめる。
楽しそうでよかった、と。
青年は数日前、見たことも聞いたこともない場所へと現れた。
目の前には泣きそうな少女がいて、見たこともない服装をしていた。
彼は少女を見て、どうして分からないが言わなければいけないと思った。
「安心していいんだ」
上へと向けた手の平に彼女の手を乗せて、
「私が共にいる」
告げなければいけないと感じた。
そして告げた時のマティスの表情はおそらく、青年にとって一生忘れないだろう。
一筋の零した涙と、嬉しそうな表情。
何度も『ごめんなさい』と『ありがとう』を繰り返した彼女は今……楽しそうに笑っている。
それでいい、と青年は思った。
この身は別の世界へとあるが、彼女との運命こそが本当なのだ、と。
そう感じているのだから。
「セイ、どうしたの?」
物思いに耽っていると、マティスが顔を覗き込んできた。
「いや、なに。マティスと出会った時のことを思い出していたんだ」
そう伝えれば、彼女は顔を真っ赤にする。
「わ、忘れてよ! 申し訳ないとか、嬉しすぎるとか、恥ずかしいとか、色々とあるんだから!」
「どうしてだ? 君が私を召喚したことを運命だと思っている。故に私にとっては喜ばしい思い出だ」
何ともなしに告げる青年。
マティスが半目になった。
「……セイって天然なの?」
「言われたことはないが」
首を傾げながら、青年は右手の甲に視線を向ける。
「しかしこれは何の文様なのだろうな」
「たぶん、魔法を使えるようにしてくれてるものだと思うけど……」
マティスも前例が無い為、あくまでも想像でしか言えない。
「魔法というのは、あれか。『求めるは――』から始まるものだったな。しかし私が使えそうなものは『求め連なるは』などと、多少差異がある」
理解していることを伝えると、マティスは驚きの表情を浮かべた。
「えっ? 神話魔法を知ってるの?」
「いや、知っているというよりは文様より知識を得られる」
不可思議なものだ、と青年は声を漏らす。
「陰陽と似ているようだが違う。……ふむ、実に面妖なものだな、魔法というものは」
「……セイのやってることのほうが、私的には意味分からないんだけど」
「そうか?」
青年は言いながら、懐から紙を一枚取り出す。
そしてスッと横に振れば、いつの間にか折り鶴へとなった紙が空へと飛んでいく。
「ほら、簡単だろう?」
「だから、それの意味が分からないの! 魔力使ってないし、詠唱してないし、私の想像の範疇を超えてるんだよ!」
騒ぐマティスに青年は笑みを零す。
二人の旅が始まった。
◇ ◇
それからというもの、青年とマティスは様々な国を巡った。
リライト、フィンド、タングス、クラインドールなど問題があれば解決し、様々な交流を図った。
だからこそ世界規模の戦いが起こった時、まだ現代よりも国同士の繋がりというのが薄かった時代において、皆が一致団結して世界の危機を救った。
そして世界を救ったマティスと青年は二つ名を得る。
精霊の主と契約し、誰もが真似できない独自詠唱の神話魔法を操るマティスを『大魔法士』。
右手の甲に特殊な文様を持ち、現存する全ての神話魔法を扱える青年のことを、最初の異世界人にして勇なる者――『始まりの勇者』と。
二人は後に結婚し、マティスはミラージュ聖国の女王となった。
もちろん彼らの結婚に問題が無かったのか、と問われれば否だ。
マティスが青年を召喚した国の貴族――ノーレアルが常に問題となった。
青年を召喚した召喚陣がレアルードにある。
故に青年はノーレアルの物だ、と。
しかしマティスは頑として彼らの言葉を受け取らず、青年も寝言は寝て言えとばかりに無視してきた。
周りの国も皆が賛同してくれた。
そして――出会ってから60年になろうとした頃……今際のマティスが老人に呟いた。
『あれには私の切なる願いが込められてる。今に至るまで残ってるってことは、永劫存在する可能性がある。だから……セイが死んだら、次の召喚者が生まれるよ』
けれど自分にはどうにも出来ない、と。
あれは希って、請うて、心から望んだもの。
自分の心の全てで願って創った召喚陣。
二度と同じようなものは創れないし、できない。
『ごめんね、セイ。貴方と……貴方の世界に迷惑を掛けちゃって』
妻の言葉に老人は首を横に振る。
『 』
そして告げた。
老人の言葉を聞き届けた老女は僅かに眦を下げ、小さく微笑んだ。
◇ ◇
文字にして九つ。
それぞれに口にしながら手で印を結んだ後、直下の魔法陣に手を当てる。
すると膨大にて乱雑な魔法陣が四つへと分割し、それぞれ飛散していった。
「これでいい」
老人は一つ息を吐き、四散した魔法陣を追うように見詰める。
「これにはマティスの想いが込められている故、消し去ることは……私が出来るわけもない」
これには、今は亡き大魔法士の想いが込められている。
だからこそ自分でも壊せない。
かろうじて分割することが精一杯。
「けれどノーレアルに悪用されることはないだろう」
幾つか仕込んだ。
魔法ではどうにも出来ないこと。
されど魔法以外の“何か”を用いれば出来ることを。
その身、昔は陰陽の理を習得していた
名門の血族として生まれ、偉大なる存在を目標としてきた。
幸いにも才に恵まれていた。
けれど至上と呼ぶには至らず、されど凡才と呼ぶにはあまりにも非凡だった。
故に前の世界では偉大なる存在には届かずも、周りとは隔絶した才だからこその孤独があった。
しかし今は、この才があって良かったと心から思う。
その仕掛けこそが今後、彼らが望む者達を召喚しない。
誰でも、ではなく死せる狭間にいる者を。
勇者と呼ぶに相応しい魂と、勇者と呼ぶに確かな実力を。
されど“無敵”とは呼ばれない。
割れた故に能力は低下し、自分ほどの超越したものを得られない。
個人の感傷と言われようと、幾人か異世界人がいれば寂しさもない。
だから、これでいい。
もちろん今後、どうなるかは分からない。
歴史に名を残した大魔法士の魔法を、異世界に渡ったことによって圧倒的な才を至上の才へと持ち上げた始まりの勇者が無理矢理に壊すのだから。
何か不具合が起きる可能性はある。
「リライト、フィンド、タングス、クラインドール。私とマティスが最も信頼する国よ。どうかお願いしよう」
亡くなった妻を想いながら、これから自分がいた世界より呼ばれる『異世界人』に思いを馳せる。
「次代の“私”を――異世界人を助けてほしい」
それがセイと呼ばれた始まりの勇者――『晴修』の願い。
◇ ◇
ミラージュ聖国の宝物庫。
その中でも歴史的文献が残されている場所に優斗はいた。
隣にはラグとフィオナがいて、彼らは優斗と共に古い日記のようなものを読んでいる。
「見つけた。貴方達の足跡を」
優斗は読み終えた日記をラグに渡して、情報を統合する。
文字は消えているものも多い。
優斗とて、全体で言えば一割ほどしか読めなかった。
それでも……マティスの日記の最初の一文だけは、擦れずに残っていたから理解できた。
「ユウト様。先代様がどのような方か、理解できたのか?」
ラグから問われたことに、優斗は「多少はね」と告げた。
「僕とマティスはたぶん、その『力』が本当に酷似してるんだと思う」
同じことを出来る優斗とマティス。
だから大魔法士と呼ばれる。
魂の在り方というものも同じなのかもしれない。
「けれどやっぱり届き方が違う」
彼らが持つ『力』へ、どのように辿り着いたか。
「僕は努力……っていうか生きる為に今の場所へと届いた。マティスは――」
手にある本の一文を指でなぞる。
『誰でもいいから、隣にいてほしかった』と。
「彼女は空前絶後の才能者だからこその孤独を感じてた」
人間だけれど、人間とは思えない実力。
誰もが為し得なかったことを、簡単に行えてしまう才能。
「だからこそ求めた。世界が違おうとも、共にいてくれる人を」
生まれた瞬間からの才能で言えば、おそらくは『内田修』と『マティス』の二人は至上と呼ばれる才を持っている。
『始まりの勇者』は召喚陣によるチートを一身に受け、さらには魔法の才に溢れていたからこそマティスと同じ場所まで届いたのだろう。
「修が僕を見つけたことと、同じなんだよ。出会った瞬間、共に歩んでいくことが『分かる』んだ。マティスにとっては『始まりの勇者』がそうだった」
孤独から救ってくれる、唯一の存在。
周りに人がいる、いないではない。
至上の『才能』故の孤独感。
誰も到達できないと分かっていたからこそ、マティスにとっては『始まりの勇者』が。
修にとっては優斗がいてくれることが何にも代えがたい存在だ。
「……あの、ちょっと質問が」
すると話を聞いていたフィオナが疑問になったことを問い掛ける。
「もしかして優斗さんが女性だった場合……」
「……ごめん、フィオナ。マジで言わないで。怖気が走るから」
彼女の想像は十中八九、当たりだろう。
マティスと青年が結婚し、子供を産み、今のミラージュ聖国がある。
ならば優斗が女性だった場合、どうなっていたか。
火を見るより明らかだということだ。
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