第119話 話袋:師匠もどきと弟子もどき
正直、自分に才能があるとは思わない。
けれど頑張れば強くなれる、と。
そう思っていた。
「必要なのは意思と覚悟」
だから師事している人物に言われたことが嬉しかった。
「才能なんてものは問題じゃない。自分は出来ると信じて、壁を乗り越えることだよ」
彼は天才と呼ばれる人ではないから、彼女の胸にするりと言葉が入り込む。
「強くなりたいと思うことなら誰だって出来るけど、強くなることは誰にだって出来ることじゃない」
だからこそ、だろう。
ある日、言われた言葉が胸に残る。
「君は狂わず強くなれ、キリア・フィオーレ」
◇ ◇
「上級魔法といえど、神話魔法のように制約を外すみたいな感じで詠唱する」
ぶつぶつと呟きながらキリアは右手を前に掲げる。
そして一呼吸置き、詠む。
「求めるは風切、神の息吹っ!!」
翳した手から魔力が魔方陣に伝わっていく。
さらに力を込め、陣全体に魔力が行き渡り、
「――いけっ!」
願うように叫んだ瞬間、轟音が響く。
魔方陣から放たれた上級魔法は眼前にある木々をへし折っていき、同時に幹の部分を切り刻む。
「おっ、出来たね」
感嘆したような優斗の声がキリアの耳に届いた。
頷く師匠もどきの姿を見て、彼女は握り拳を作り感極まる。
「やったぁ!」
そして優斗ともう一人――ラスターの下へと駆け寄る。
「先輩! 出来たわ!」
嬉しそうな彼女に優斗も何度も頷いた。
「これでキリアも一流につま先を踏み込んだね」
一流として呼ばれるに至っての最低条件。
上級魔法を使えること。
そこにようやくキリアも足を踏み込んだ。
「……長かったわ」
遠くを見ながら、万感の思いを込める。
「な、なんか異様に心が籠もった台詞だな」
ラスターが思わず心配した。
心がなんかもう、どっかに行ってそうな気がする。
「国家交流以降、先輩の訓練に耐えた甲斐があったってことよ」
「うん、よく頑張ったと思うよ」
しみじみと言うキリアと褒める優斗。
ラスターも内容がちょっと気になった。
「例えば何をやっていたんだ?」
「ギルドの練習用ダンジョンで攻略練習」
「……? 普通じゃないか?」
一般的な訓練にしか思えないが。
しかしキリアは首を横に振り、
「それが違うのよ。罠を解除するとか察知して引っかからないとか、そんな普通なことはしないの」
「どういう意味だ?」
「先輩の持論として罠っていうのは引っかかって三流、逃げられて二流。引っかからないのが一流で無効化するのが超一流らしいわ。……つまりね、わたしが必死に解いた罠とかスルーした罠を確実に先輩が発動させるのよ。それで『あとは頑張ってね』って」
一個たりとも逃さずに優斗が発動させた。
「水攻めの部屋の時は死ぬのを覚悟したわ」
「……その時、ミヤガワは?」
「水にぷかぷか浮きながらのんびりしてたわよ」
「キリアは焦らなかったのか?」
「心底焦ったに決まってるじゃない。だって先輩、『キリアなら出来るからだいじょうぶ』って言って、本気で手伝う気がないんだから」
軽く殺意を抱いた。
ラスターも思わず額に手をやり、
「貴様、最悪だな」
「出来るのにやらせないと伸びないよ」
優斗としてはそれに尽きる。
出来るのならば、やらせないと意味がない。
ラスターはさらに呆れかえると、キリアにどうやって攻略したのか尋ねる。
「水攻めの部屋ってね、相手を罠に掛け終えたら“どこかで水を抜く場所”が必要なわけ。そしてその場所はどんなに強固にはめ込まれていたとしても“隙間”があるから普通の壁よりも脆い。だから見つけ出して水の中級魔法を渾身の力でそこに叩き込めばいいの。ミリ単位の精度でね」
「出来たのか?」
「水嵩を増させて圧力をギリギリまで掛けて、さらにわたしの中級魔法を3発叩き込んでようやく栓の役割をしている岩が外れてくれたわ」
本当に必死だった。
魔法を撃てる猶予は残り1発だっただけに、3発目で外れてくれて助かった。
「しかし、キリアがわざわざ罠を解除したりしたのに発動させるとは鬼だな」
「一石三鳥って言ってたわ。罠を察知する、解除する、対処するで一石三鳥」
「……ありえないな」
「本当よね」
呆れたような物言いに優斗も苦笑した。
「本人を目の前にして言う?」
「言うに決まってるじゃない。だってまだまだあるわよ。目隠しして攻撃を捌いて、尚且つ反撃するとか」
キリアが本気で『ありえない』と言う。
ラスターも同意した。
「……無理だろ、それ」
「うん。わたしもそう思ってた」
けれど実際に目の前の師匠もどきがやってみせた。
しかも軽々と。
ただ、優斗だけなら諦めもつくものだが、
「残念ながら先輩だけじゃなくて元生徒会長も出来るのよ。クリス先輩やシュウ先輩もね」
つまりは化け物やチートの権化だけじゃなく、一流と呼ばれる人間には出来ることである、ということ。
「わたしもちょっとは出来るようになったし。……というか、あれだけやらされれば先輩達より精度が低くても出来るようになるわ」
どっちの方向からこれぐらいの攻撃が来る、ぐらいは容易に分かるようになった。
「頑張れば出来るようなものなのか? だったらオレも――」
「……頑張っただけで出来ると思う? 薄皮一枚で剣を首筋に当てられるし、魔法で吹き飛ばされる上に殺気があるの。この化け物みたいな先輩の殺気がね」
これぐらいの殺気のほうが分かりやすいから、なんて言うものだが怖い以外の何物でもなかった。
「しかも追い詰める時は限界までするんだから」
「……気合いで立てと?」
「ううん。限界って文字通り限界なのよ。気合いと根性で立てるうちはまだ、限界には達してないんだって。何もかも根こそぎ奪って、絶対に立てないと思える状況から立ち上がってこそ限界を超えるって言うらしいわよ」
そしてキリアは自嘲したように、
「今までのわたしの追い詰め方ってまだまだだったわ」
「……そ、そこまで凄まじいのか?」
「わたしの考えが本当に温かったと思えるくらいには」
追い詰め方が違う。
自分は人よりやっている方だとは思っていたが、桁が違った。
「あとフィオナ先輩も物事教えるのが上手よね」
「……お前、フィオナ先輩からも教わってるのか?」
「だって上級魔法使えて大精霊も召喚できる人だし」
美人で優しく、懇切丁寧に教えてくれる。
訊かなければ損というものだ。
◇ ◇
ギルドに寄ってみると、受付嬢に優斗が呼ばれた。
優斗は首を捻りながら近寄って、いくつか受付嬢とやり取りをすると二人の下へと戻ってきた。
「何だったの?」
「なんかギルドランクが上がった」
手にしたギルドライセンスを見せる。
ランクが「B」から「A」に上がっていた。
「本当に上がってるな」
「なにやったの?」
「ん~、ミントさんの件かな? でも、あれだけで上がるとは思えないんだけど……」
ある意味、あれほど簡単な依頼はそうそうない。
キリアはとりあえず内容を知らないと判断できないと思い、
「依頼は何だったの?」
「大魔法士役をやる」
「……先輩ほど適任な人、いないじゃない」
何を言っているのだろうか、この人は。
むしろその他大勢だと失敗する可能性が大の依頼だ。
「けど悔しいわね」
目の前でAランクになられるというのは。
むっとしているキリアにラスターが呆れる。
「……キリア。こいつ、本来は余裕でSランクの人間だぞ」
「そんなの弟子もどきのわたしが一番良く知ってるわよ」
でも悔しいものは悔しい。
優斗がくすくすと笑う。
「僕はキリアのこういう性格、好きだけどね。僕に対して悔しがるっていうのは本当に負けず嫌いってことだからね」
彼女の美点だろうと思う。
「それで今日は何の依頼を受ける?」
ラスターが依頼票を見ながら二人に訊く。
「先輩とは久々に一緒の依頼なのよね」
「こっちはこっちで問題ばっかりあったから息抜きしたいし、二人がメイン張っていける依頼にしよう」
三人であれこれと相談し、ラスターがある一つの依頼を指差した。
「これはどうだ?」
書かれている内容はオークキングの討伐。
優斗は強さ等を思い返し、
「まあ、いいんじゃないかな」
「だったらそうしましょうか」
三人で頷いて受付に依頼を受けることを言おうとした時だった。
「あっ、キリアさん!」
ひょんなところから声が掛けられた。
キリアが呼ばれた方向を見る。
「……ルーカス?」
「ああっ、覚えていてくれましたか」
彼女が向いた先には優斗より2,3歳ほど年上であろう金髪の男性が嬉しげな笑みを浮かべていた。
「いや、まあ、半年前にあれだけ熱心に誘われればね」
対するキリアはちょっと引き気味。
しかしルーカスと呼ばれた男性は構わずにキリアとの間を詰め、もの凄い勢いで話し始めていく。
思わず優斗とラスターが呆気に取られた。
「キリアってモテるの?」
「まあ、可愛い部類には入るからな」
外見的な部分では。
中身は全く以て女らしくないが。
「へぇ~」
「……ミヤガワ、興味ないだろ」
これほど棒読みで言うのもわざとらしいを超えて感心する。
本気で興味がないのだろう。
「婚約者いるからね」
「まあ、フィオナ先輩と比べるのはキリアが可哀想だな」
どちらも『フィオナは最強に可愛い主義』なだけに、それで結論付いた。
ということでキリア達に意識を向けると、どうやら自分と同じ師を持ってはどうだろうか、みたいな話になっていた。
「私が国外へ武者修行に行っている最中に出会った方でそれはもう凄い方なのですよ」
「悪いけどわたし、師事してる人がいるから」
そう言ってキリアは優斗を指差す。
「あの人が今、わたしを訓練してくれてる人」
ルーカスの視線が優斗を捉える。
「……はぁ」
わざとらしく嘆息された。
「私より年下ではないですか」
「強かったら年上だろうと年下だろうと構わないわよ」
そうすることで強くなれるなら。
しかしキリアの言葉にルーカスが僅かな笑みを浮かべた。
「貴女がそう言うことは分かっています。だからこそ私も無理を言って連れてきました。貴女の眼鏡に適う方を」
ルーカスは「お願いします!」と大きな声を出して呼ぶ。
「……あ、あまり大声を出すな。注目を浴びてしまうだろう」
すると巨漢の男性が恥ずかしそうに現れた。
年齢は40歳ぐらいだろうか。
ガタイの大きさが恥ずかしがって登場しており、なんかもの凄くミスマッチな光景だった。
「……誰?」
キリアが首を捻るとルーカスは胸を張り、
「ギルドランクSにして6将魔法士であられるガイストさんです!」
今度は小さな声で、ただしはっきりと告げた。
優斗は隣にいるラスターに耳打ちしながら、
「知ってる?」
「ああ。6将魔法士の中でも一、二を争う有名人だ」
「どういう人?」
「人材育成に力を注いでいる方でな。権力云々には興味が無く、一国に数年以上の長期滞在することを忌避している。だからどの国でも有名で人気のある6将魔法士だ」
「……うわぁ、最初にこういう6将魔法士と会いたかった」
優斗としては初めて会ったのが“あれ”だっただけに、6将魔法士自体にあまり良いイメージがない。
けれど、こそこそ話している二人を余所にルーカスはキリアに熱弁を振るい、
「今ならキリアさんも弟子にしてくれると言ってくださってるんです」
「興味ないわ。勝負はしてみたいけど」
キリアはばっさりと切り捨てる。
目の前の人が6将魔法士だろうと自分の師匠もどきは大魔法士。
さらには自分をちゃんと育ててくれている。
乗り換えるつもりもない。
「……ふむ。どうやら彼女は良い師と巡り会えているようだが……」
ガイストは頷くと、優斗に視線を向けた。
「少しいいだろうか」
手招きして優斗を呼び寄せる。
「……うわ、あの場に行きたくない」
「諦めろミヤガワ」
ラスターに背中を押されながら、優斗がキリアと合流した。
ガイストは優斗の身体をじっくりと上から下まで見る。
「なるほど」
なぜか妙に納得していた。
そして、
「ギルドランクS、6将魔法士ガイスト・アークスと言う」
6将魔法士が名乗りながら手を差し出した。
「ギルドランクA、ユウト・ミヤガワです」
優斗も名乗りながら差し出された手を握り返す。
すると、だ。
「ユウト・ミヤガワ……?」
名前を呟きながら、またガイストがまじまじと優斗を見る。
「すまん。少しこっちへ」
優斗の手を引っ張ってキリア達とは離れた場所へ。
誰もいないデッドスペースまで来ると、ガイストは手を離す。
さらには周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、
「君はあの“ユウト=フィーア=ミヤガワ”か?」
意味深に問うてきた。
思わず優斗の視線が鋭くなる。
「……どうして僕の名を?」
「名をジャルの一件で伺ったことがある」
優斗の反応で『やはり』とガイストは納得した。
6将魔法士が敗れた理由、そして戦うことになった原因。
その全てを耳にしていた。
「どこでその話を?」
「マイティー国のダンディー王子と私は懇意でな。何かあったら協力してほしいと言われていた」
ガイストの説明になるほど、と優斗が頷いた。
ジャルが何をやってきてもいいようにダンディーも準備をしてくれていた、ということだろう。
「私としては神話魔法が使えるだけで、あれほどの愚か者を6将魔法士と呼ぶのはどうかと思っていたのだ」
「ああ、あんなのと同じ括りにされちゃいますものね」
「……分かってくれるか?」
思わずげんなりとした様子のガイストに優斗は大きく頷いた。
「分かりますとも。僕がぶっ飛ばした理由もそうでしたから」
「実に最悪なことをしてくれたものだ」
異世界人の少女を義父と称して奴隷扱いするなど。
以ての外だ。
「助けたという少女は確かリライトで保護しているのだったな。様子はどうだ?」
「今は養父母のところで元気に動き回ってます」
「ダンディー王子も定期的にリライトから話は聞いているらしいが、また少女と会ってみたいと言っていた」
「では、今度機会があれば一緒に伺いますよ」
にこやかに優斗が笑みを浮かべる。
「というかよく名を聞いただけで僕を信じましたね」
謀って名乗っているかもしれないのに。
しかしガイストは笑いながら、
「最初に全身を見た時、君には勝てないと思わされた。そして名を聞き確認を取り、納得させられたよ。自慢に思われてしまうかもしれないが、私が戦う前から勝てないと思える人間など、それこそあの『二つ名』を持っているだろうとしか思えなかったからな」
「……感覚、良すぎやしませんか?」
これだとレイナ以上だ。
下手したら自分も彼には敵わない。
「これでも私は6将魔法士だからな」
「……それだからこそ6将魔法士、の間違いですよ」
優斗とガイストが二人して戻るとキリアにルーカスが力説していた。
「才ある者は才ある者に習うのが、強者への最大の近道だと私は思うよ」
一緒に頑張ろう、と。
手を取りそうな勢いでキリアを口説き落とそうとしている。
だがキリアは戻ってきた優斗に一言、
「先輩、わたしって才能ある?」
「ないよ」
「そうよね」
普通に頷かれてキリアも納得する。
しかしルーカスは思わず優斗を睨み付けた。
「貴方、よくも彼女に対して才能がないなどと――」
「才能があったらこんなにも努力する必要はない」
だからキリアは才能がない。
「貴方はそれでも師匠なのですか? 今のは彼女に対して強くなれないと言っているも同義です」
ルーカスが最もらしいことを言う。
だが、
「そんなこと、一言でも言ったっけ?」
「言ってないな」
優斗が意味分からない、といった表情をしてラスターも同意した。
キリアも頷く。
「ていうか先輩から常々、才能とか壁とかぶち破れって言われてるし、その為の訓練をやってるのに強くなれないとか言うわけないじゃない」
この人は本当に自分を強くしようとしてくれている。
なのに、何をトンチンカンなことを言っているのだろうか。
「ほんと、しょっちゅう言われてるわよ。『必要なのは意思と覚悟。才能なんてものは問題じゃない。自分は出来ると信じて、壁を乗り越えることだよ』ってね」
そして優斗は乗り越える為の訓練をしてくれている。
おかげで上級魔法も一つ、使えるようになった。
何も文句はない。
「し、しかしこの方は6将魔法士で、とても素晴らしい方なんですよ!?」
だが諦めきれないのか、ガイストを頑張って推すルーカス。
そこはキリアも理解してあげられる。
「まあ、6将魔法士も凄いとは思うけどね。ただ――」
自分の師匠もどきは、
「先輩は全力で酷い」
ありえないぐらいに。
「ていうかわたし、学院に通ってるから一緒に行けるわけないじゃない」
「い、いや、そこは1年間、リライトにいてくれるという約束をしてもらったから……」
「でも別にわたしじゃなくてもいいわね。素晴らしい人なら、もっと有意義にリライトにいてもらったら? わたし生意気だし、先輩ぐらいじゃないとイラつくこと間違いなしだもの」
「し、しかしもったいないですよ。せっかくガイストさんからの教えを請う立場になれるというのに」
納得がいかない様子のルーカス。
そこでガイストが説得するように、
「彼はとても素晴らしい実力者だ。そして彼女も慕っている以上、どうこう言うものではないぞ」
「で、でも私はキリアさんと一緒に修行して、一緒に頑張って、一緒に強くなって、それで仲良くなるということを夢見ていたのです!」
もちろんキリアが強くなりたい、というのも鑑みてのことだろうが、それ以上の思惑があった。
優斗とラスターが感嘆する。
「おおっ、ぶっちゃけた」
「漢だな、あの人」
あれほど堂々と言えるとは。
まさしく『漢』だ。
しかし、
「ごめんなさい。貴方には興味ないわ」
キリアが事も無げに言うと、ルーカスががっくりと項垂れた。
「うわぁ、さすがに可哀想」
「……鬼か、キリアは」
優斗とラスターも同じ男として同情した。
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