第120話 brave:始まり

 リライト王城の謁見の間にて修は、

 

「いいか、愛奈? この人がこの国の王様で髭のおっちゃんだ」

 

 自分の足に隠れている愛奈に、目の前に座っている人物の説明する。

 顔を半分だけ出して、愛奈は王様を見ていた。

 

「……仮にも王を髭のおっちゃんというのはどうなのだ、シュウよ」

 

 初めて言われた、と王様は驚きと呆れを見せる。

 

「んじゃ、ちょっと挨拶してみ」

 

 ポンポンと修は愛奈の頭を撫でる。

 

「えっと……」

 

「大丈夫だよ。怖い顔だけど、すっげー良い人だから」

 

 ちょっとだけ怖がっている愛奈の肩を持って前に立たせる。

 すると、おっかなびっくりではあるが愛奈はちゃんと、

 

「……あ、あいな=あいん=とらすてぃ……です」

 

 自己紹介をした。

 思わず修と王様が表情を崩した。

 

「我がこの国――リライトの王様、アリストだ。もう怖いことはないから安心してマルスやエリスに甘えるがいい」

 

 こくり、と愛奈が頷いた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「とりあえず髭に触ってみるか?」

 

「……いいの?」

 

 小首を傾げる愛奈。

 

「もちろんだとも。マリカもしょっちゅう、この髭を引っ張って遊んでいるぞ」

 

 蓄えた自慢の髭を愛奈に近付ける王様。

 恐る恐る、愛奈が触った。

 

「ちょっとごわごわなの」

 

 感触が物珍しくて、あれこれ触りはじめる愛奈。

 思わず修が、

 

「王様、俺も触っていいっすか?」

 

 そろっと髭に手を伸ばす。

 だが王様はギロリと修を睨み、

 

「お前に触らせる利点が見当たらない」

 

「そうっすよね」

 

 伸ばした手を引っ込める修。

 

「というかお前らは何をしに来た?」

 

 突然の訪問で驚いたのも確かだ。

 

「愛奈がやっと落ち着いたから王様への顔合わせと、おじさんの出迎え。最初はおばさんと一緒に来るって話だったんだけど、謁見じゃないから俺でもいいかなって」

 

 公式の場であればトラスティ家の誰かと一緒に来るのが妥当だろうが、今日はそうじゃない。

 なので修が愛奈を連れてきた。

 

「つっても、王様は何で執務室じゃなくてここに?」

 

「ユウトが倒したフォルトレス関連の話が終わってな。滞っていた市民の話を先ほどまで聞いていて、そのまま休憩していた」

 

「あ~、それじゃあタイミング悪かったみたいっすね」

 

「いや、気にすることはない。会話も休憩になることだし、明日は休暇でマルスと近衛騎士達と釣りに出かける」

 

 王様が余計な気を掛けるな、とばかりに手を振った。

 

「おじさんはもう仕事、終わりっすか?」

 

「そうだな、そろそろ――」

 

 王様がそう言って扉を見ると、タイミングよく開いた。

 そしてマルスが顔を出す。

 

「我が王、これで……」

 

 前を向いて王様に話しかけている途中でマルスは気付いた。

 

「アイナ?」

 

 マルスが名を呼ぶと、愛奈の表情が少し綻ぶ。

 

「どうしたんだい? 王城に来る予定は聞いてなかったんだが……」

 

「おとーさんをおむかえにきたの」

 

 愛奈の返答にマルスの顔が少しだらける。

 

「そうなのかい」

 

 マルスは愛奈に近付き、肩を抱いた。

 そして書類を王様に渡す。

 

「我が王。私はこれで仕事が終わりですから、身支度をした後アイナと一緒に帰宅させていただきます」

 

「……どことなく自慢げな顔なのが非常に腹立たしいな」

 

 幼少時からの付き合いだから分かる。

 マルスは今、勝ち誇っている。

 

「何を言っているのやら。自慢げではなく自慢です」

 

「明日はその顔、出来ると思うなよ」

 

「そっくりそのまま、言葉を返させていただきましょう」

 

 そう告げてマルスは愛奈と一緒に謁見の間を出て行く。

 修も付いて行くものだと王様は思ったが、彼は二人を見送っていた。

 

「昨日優斗から聞いたけど、結構でかい魔物だったみたいっすね。国を破壊できる規模の神話魔法を使ったって言ってたし」

 

「ああ。しかも大魔法士として動いたものだから、イエラートから感謝の書状と礼として多種多様な贈り物が先ほど届いてきた」

 

 宝石やらなにやら、本当にたくさんのものが。

 

「しかしユウトは毎月他国へと行ってもらっているが、シュウは行かないな」

 

 すでに何ヶ国も出入りしている優斗に対して、未だ一度も他国へ行ったことがない修。

 面白いことが好きな修が一度もないというのは、少し違和感がある。

 

「色々と理由もあるっすから」

 

 修が苦笑する。

 

「……ふむ。理由か」

 

 王様は彼の返答に少しだけ考え、

 

「マリカなのだろう?」

 

 確信を持って聞き返した。

 

「お前は別に、他国へ行くことを問題としていない。リライトのことも兵士に任せればいいと考えているだろう? なのに、ずっと残っている」

 

 他国に一度も行っていない。

 

「ならば理由は一つ。マリカを護る為だ」

 

 王様の断言。

 これでも一年間、王様は彼らのことを見てきた。

 だからこそ言えることだ。

 

「まあ、そうっちゃそうなんすけどね」

 

 修は頷く。

 確かにマリカを護るため、というのは間違っていない。

 

「優先順位の問題なんすよ」

 

 修は初めて王様に対し真面目な表情を作る。

 

「俺は今のところ、出る理由がない」

 

 他国に招かれることがないから行く必要性がない。

 でも、別に他の国が嫌いというわけではない。

 

「マリカがリライトに残ってるっていう前提で言えば、俺は“宮川優斗”もしくは“近衛騎士団長と副長”っていう二パターンのうち、どっちかがリライトに残ってないと基本的に出ようとは思わない」

 

「……それはマリカを護るほどの兵力がない、ということか」

 

 王様の問いかけに対して修は頷く。

 

「まあ、ある意味そうだよ。信用できんのは団長と副長ぐらいだ」

 

 総力としての兵力を言っているわけではなく、単体としての強さで修が信用に値するのは優斗と団長、副長のみ。

 

「マリカって優斗の娘だとしても龍神だろ? 世界のどんな奴に狙われるか分かんねーじゃん。でもさ、俺と優斗ならどんな事になっても対応できる」

 

「我が国の兵で対応できないことが、そうそう――」

 

「あり得るから言ってんだ」

 

 可能性はゼロじゃない。

 

「ほとんどないとは思う。それに俺と優斗が動いて、団長や副長がマリカの側にいられない時だってあると思う」

 

 今後、出てくるだろう。

 

「そん時は絶対にマリカが襲われないようにするよ」

 

「……なぜそこまで慎重になる?」

 

 騎士が常駐し、結界も張ってある。

 情報も隠蔽している。

 それに二人同時に出たとしても修と優斗で絶対に襲われない魔法でも使うだろう。

 なのになぜ、そこまで慎重なのだろうか。

 

「もちろんマリカを傷つけさせない方法なんていくらでもある。ほとんどの確率で手出しなんてさせねぇ。させるわけがない」

 

 修と優斗の手に掛かれば。

 

「でも、な。やっぱりいたほうが確実なんだよ」

 

 絶対に護りきれる。

 

「マリカはさ、赤ん坊だろ? いくら龍神でも、自分で対処できないじゃん。そんでマリカに何か起こった場合、俺も優斗も何をしでかすか分からない。俺ら自身への保身……つったらいいか?」

 

 マリカが襲われた瞬間、修も優斗も『力』を圧倒的なまでに振るう。

 どれだけのことが起ころうと気にも止めない。

 

「なのに優斗、けっこう平然と他国に行くだろ?」

 

「ああ」

 

「何で断らないか、知ってるか?」

 

「……どういうことだ?」

 

 王様は優斗に頼んで他国に行ってもらっている。

 彼が王様の頼み事を断った試しはない。

 けれど、

 

「マリカは優斗の娘だ。今はもう、目に入れても痛くないぐらいに溺愛してる。だからこそマリカに何かあるってことは、そのままあいつの弱点になる」

 

 フィオナとマリカ。

 この二人に何かあることは、優斗が一番恐れていることだ。

 

「そりゃ責任やその他もろもろ、あいつは背負ってるから他国へ行くんだろうけどよ」

 

 大魔法士なんてものになってしまったから。

 

「でもな、一番の理由は俺がリライトにいるからだ」

 

 内田修がリライトにいる。

 だから優斗は他国へ簡単に行ける。

 

「あいつが“俺だから”って理由だけで、手の届かない範囲に娘を置いておけるほど信頼してくれてんだ」

 

 だから修は優斗の信頼に応える。

 もし修が他国に向かうことがあれば、優斗だってどうにかする。

 リライトに残るかもしれないし、修と一緒にありえないほどの防御魔法を使うかもしれない。

 団長と副長にマリカのこともお願いするだろう。

 でもやっぱり一番は修がリライトにいるから何も気にせず他国に行ける。

 もし逆の立場ならどうだったか? なんてことは訊く必要すらない。

 

「王様。結論付けると、俺がリライトに残る理由は一つなんだ」

 

 修は真っ向から王様に言葉を向ける。

 

「俺はマリカが大好きで、俺の“居場所”は誰にも壊させないってことだよ」

 

 何人たりとも。

 壊すことなど許さない。

 王様は修の真剣な表情と言葉に……一つ、大きなため息をついた。

 

「お前が他国に行かない理由は分かった」

 

 やはりマリカが原因の一つだった。

 

「だが……お前達は少し変だ」

 

「分かってるつもりだよ」

 

 重々承知している。

 

「しかし、そんなお前達が我も大好きだということを、知っているか?」

 

 年若い異世界人。

 アリーと友達になった仲間。

 立場を気にせず、身分を気にせず。

 ただ、純粋に仲間のことを想って行動する。

 そんな彼らを何よりも王様自身が気に入っている。

 

「……ありがと、王様」

 

 修は少し、照れくさそうに笑った。

 

「出来ればでいい。教えてくれ、シュウ。お前が言った“居場所”の意味を」

 

 先ほど修が言った“居場所”という言葉。

 それはきっと土地という意味ではない。

 一体、何を以て修は居場所と言ったのか。

 それを知りたかった。

 

「……まあ、ちょっと暗い話になるけど」

 

 いいだろうか、と目線で修が訊く。

 王様は大きく頷いた。

 今更、引くことなどはしない。

 

「……分かった」

 

 修も頷くと、大きく息を吐く。

 そして僅かばかり周囲を見回して“他人”がいないかどうかを確認する。

 紡ぐは過去の話。

 内田修を『内田修』として作っている、根幹。

 赤の他人に聞かれたくはない。

 

「アリーから耳にしてるよな? 俺の話」

 

「まあ、ある程度はな」

 

 修の家庭環境ぐらいは耳にしている。

 

「俺はずっと、家族からいないもんだとして扱われてた。家に居場所なんてなかった」

 

 不義の子供。

 存在を認めることなど出来るわけもない。

 だから無視され、視界から消され、いないようにされた。

 

「俺は家に“いる”のにいない。そこに“いる”のにいない」

 

 どうしてだと叫びたくなるほどの孤独。

 

「そんなの……嫌だった」

 

 苦しくて、泣きたくなって。

 それでも泣いたところで気にされることはない。

 

「まるで世界から切り離されるように思える。自分の存在が透明に見えてくるんだ」

 

 いるのかいないのか、自分自身で分からなくなってくる。

 

「……待てシュウ。お前の才能に対して“いない”と思われるとは――」

 

「“俺”じゃねぇんだ。“俺の才能”なんだよ」

 

 今、王様自身が言った。

 “才能”

 内田修が得ている、天恵。

 でもそれは良いことだけではない。

 

「外でも居場所なんてなかった」

 

 家だけではなく、外でも。

 内田修に居場所はどこにもなかった。

 

「なあ、王様。才能だけを見据えて、当の本人を見ていないのに……そこは居場所になるのか? 俺を形成している全ては才能だけなのか?」

 

 他に何もないのだろうか。

 

「外での会話にあるのは羨望、嫉妬、畏怖。そんなもんだ。誰もが俺なんて……俺という存在を見てくれてるわけじゃない」

 

 神童だと言われ。

 天才だと持て囃され。

 だから修と真っ当な会話をするものは誰もいなかった。

 

「俺はただ、感情のある会話がしたかった。喜んで、笑って、泣いて、怒って、最後にまた笑える会話がしたかった」

 

 憧れだった。

 羨ましかった。

 普通が。

 

「……ずっと欲しかったんだ」

 

 修は右手を握りしめる。

 

「俺が“俺”としていられる、そんな居場所が」

 

 内田修としていられる場所。

 笑って、怒って、泣いて、楽しくて。

 ただ自分としていられる聖域が欲しかった。

 

「……あの時、嬉しかったんだよなぁ」

 

 修は心底、笑みを浮かべる。

 

「和泉が俺ら引っ張り込んで、出会って、そんでさ……心から笑えた。たくさん馬鹿なことが出来た」

 

 どれほど望んだだろうか。

 普通のやり取りを。

 誰もがやっている会話を。

 

「あいつらが俺の『居場所』だ。やっと出来た、気を置く必要がない大切な『居場所』なんだよ」

 

 土地じゃない。

 彼らがいるところこそ修にとっての居場所。

 

「だから思うんだ。血が繋がってないけど、ただの馬鹿な集まりだけど、それでも――」

 

 どうしようもないほどに。

 内田修にとっては希った人達。

 

「――あいつらは俺の家族なんだ」

 

 泣きたくなるぐらいに欲しかった、家族。

 

「だってあいつら、俺が『兄弟』だって言っても誰も否定しないんだぜ?」

 

 自分達だからこそ『家族』という言葉の大切さを知っているのに。

『兄弟』という言葉の意味を理解しているのに。

 なのに彼らは誰一人、否定しない。

 

「和泉とは『どっちが兄だ?』って馬鹿な話し合いしたし、卓也は『だったらこれ以上に説教してやる』とか言ってくるし、優斗に至っては『卓也、甘い。今から説教だよ、はい正座』とか、さ。もう、あいつら馬鹿なんだよ」

 

 それが昔。

 リライトに来る前、親も子供も何もない4人だけの家族。

 

「今はもっと酷いけどな。優斗は『姪っ子におこづかい出せないの?』なんて、鬼だろあいつって感じだし、ココも『シュウかズミさんをわたしの弟にしてみせます』とか言うし、クリスも『ここまで手の掛かる弟なんて』って笑いながら冷めた目で見るし、レイナなんて『貴様らの姉というものになったのは、貴様らが原因だ』だぜ?」

 

 4人じゃなくなって、もっとたくさん人が増えて。

 家族が増えた。

 

「けど、俺が大好きな馬鹿達なんだ」

 

 何があっても護りたいと思うほど。

 どんなことをしてでも助けたいと思うほどの大切な家族。

 

「もちろんあいつらがどこかに行って、頑張るってなら応援するよ。あいつらなら出来るって知ってるし、それで有名になったら誇らしいじゃん」

 

 自分の家族は凄いんだぞ、と。

 自慢にだってしたい。

 

「でも、そうじゃないなら」

 

 彼らの意思を介在させず、誰かの手によって不意に引き裂かれるのだけは嫌だ。

 

「この居場所を――壊したくないんだ」

 

 やっと出来たんだ。

 居場所が。

 家族が。

 大事にできる人達が。

 

「本当に……」

 

 今、ここに彼らがいてくれる。

 自分の家族が側にいてくれる。

 だからここが内田修の居場所だからこそ、

 

「……本当に…………大切なんだ」

 

 声が震えるくらいに、無くしたくない。

 

「…………シュウ」

 

 王様は修の独白を全て聞き、

 

「……大切な居場所、か」

 

 初めて彼の心を知ったことに嬉しくなった。

 いつもは脳天気で、馬鹿な行動が大好きで、楽しいことこそ至上と考える修。

 けれど裡に秘めているもの。

 それこそ、修の行動原理なのだと知った。

 

「そうか……」

 

 知ることができて良かった、と。

 本心から思う。

 

「誰か、ワインを持ってこい」

 

 王様はメイドを呼びつけ、二つのグラスを用意した。

 そして注がれるのは白ワイン。

 

「飲め、杯だ」

 

 王様はグラスを二つとも取り、その一つを修に渡す。

 

「王様? なんで……」

 

「決まっているだろう。仲間だけが居場所など、せせこましいことを言うな」

 

 王様は修に笑いかける。

 

「お前はこの世界で何を成してきた?」

 

「……えっ?」

 

「言ってやろうか? お前は学院の壁は破壊するわ、ノーロープバンジーを決めるわ、貴族に喧嘩を売るわ、龍神の卵を見つけるわ、白竜と友人となるなど、多種多様のことをやってきた」

 

 ある意味で本当に有名人だ。

 

「けれどたまに危ない魔物が出てきたことを知ると、一人で倒しに行っていることも知っているぞ」

 

「なっ!? 知ってたのか!?」

 

 いきなりの王様の発言に修が少し狼狽えた。

 

「当たり前だ」

 

 気付いたら魔物がいなくなっていた、という報告がいくつか上がっていた。

 どこの誰がやったのか。

 名乗り出るものはいない。

 けれど、だからこそ分かる。

 言う必要もないと思っている、馬鹿な勇者がやったのだと。

 

「我は知っている。リライトでお前がやってきたこと、成してきたこと全てを」

 

 リライトから出ていない修。

 だからこそ、王様は全て分かる。

 

「お前はたくさん、リライトで頑張ってくれたろう?」

 

 いつもは馬鹿な修だけれど。

 卒業するまでは『リライトの勇者』ではないと言っているのに、気付けば黙って『勇者』をしている。

 

「まったく、お前というやつは……。『リライトの勇者』は卒業してからだと言っただろうに。せめてギルドの依頼で受けてからやれ」

 

「……うっ……いや、だってよ。今のうちに練習しとかないと、上手く勇者できるか分かんねーじゃん」

 

 修の言い訳に王様が吹き出した。

 

「くくっ、何だシュウ。もしかして不安なのか?」

 

「だ、だって勇者なんて職業、向こうじゃねーんだから今のうちに勇者を慣らしておいたほうがいいだろ!?」

 

 さらなる言い訳に王様が声を上げて笑う。

 

「本当に馬鹿だな、お前は」

 

 けれど本当に――純粋すぎるほどの魂。

 勇者と呼ぶに値する存在。

 

「いいか、シュウ。我はこれからお前に示そう。お前の居場所を」

 

 純粋すぎる彼がもう、立ち位置を見失わないように。

 必死になる必要がないように。

 王たる自分が示そう。

 

「そしてこれは『リライトの勇者』だけに言っているのではない。『異世界の客人』だけに言っているのでもない」

 

 ただ一人の人間。

 

「ウチダ・シュウ。お前に言うことだ」

 

 そして王様は大きく息を吸い、告げる。

 

「人は時に去り、移っていく。それはお前の仲間とて同じことだ」

 

 別の国で生きていく誰かがいるかもしれない。

 

「けれど決して動かぬものがある」

 

 少なくとも修が生きている間は。

 絶対に揺るがないものがある。

 

「それは国だ」

 

 土地に根ざした国。

 そこは決して揺るぐことはない。

 

「だからこれだけは知っておけ、シュウ」

 

 居場所はたった一つではない。

 

 

「お前の居場所は“ここ”にもある」

 

 

 このリライトという国があるかぎり、その玉座に座っている自分は揺るがない。

 故に居場所となろう。

 

「だから我はこれからもお前に説教をするし、褒めてやる。お前を“いない”などと思わせない」

 

 絶対に。

 

「思ったらアイアンクローだ。分かるな?」

 

 グラスを持っている手とは反対の手をかぎ爪のように広げて、王様は笑う。

 釣られて修も笑みを浮かべた。

 

「王様、ちょっとおっかなくね?」

 

「お前は馬鹿だからな。言葉だけでは通用しないかもしれん。実力行使だ」

 

 そして王様はグラスを修に向ける。

 修も応え、グラスを王様に合わせた。

 

「サンキュな、王様」

 

 

       ◇      ◇

 

 

 王様と話し終わったあと、修は中庭へと向かう。

 ちょうど一年前、修達が現れた場所に。

 歩いていると、ちょうど中庭の中央で見知った顔がある。

 

「シュウ様なら来ると思っていましたわ」

 

 アリーが待ち構えていたかのように、声を掛けた。

 

「先ほどのお話、聞いていました」

 

「知ってんよ。俺がお前の気配、分からないわけがないだろ?」

 

 途中、アリーが謁見の間にいたことは知っている。

 周囲を見回して、気付かないはずがない。

 けれど、修はアリーがいることを理解した上で話をしていた。

 

「シュウ様。わたくしはシュウ様の居場所になっていますか?」

 

「当たり前だろ」

 

 アリーの問いかけに対して修は頷く。

 当然のことだ。

 

「フィオナも、ココも、クリスも、リルも、レイナも、俺の居場所になってくれてる。アリー、もちろんお前もだ」

 

 修の大切となっている。

 

「俺、召喚されたのがリライトで……本当に良かった。もちろん優斗も、卓也も、和泉も同じ気持ちだ」

 

 全員がリライトで良かったと思っている。

 

「だってさ、俺らの認識としては普通、召喚されたら『魔王を倒してくれ』とか言われるんだよ。でも、ここは違うじゃん。俺らが子供ってだけで学院に通わせてくれて、卒業するまで『リライトの勇者』をさせないでくれて、すっげー大事にしてくれてる」

 

 ゲームのように無理矢理召喚されたのは一緒でも、無理矢理に世界を救えとは言わない。

 人としての扱いを保った上で、お願いをしてくれる。

 

「俺ら、本当に嬉しいんだよ」

 

 学院生活が楽しくて、生きていることが楽しい。

 こんなこと、この世界に来なければ分からないことだった。

 そしてだからこそ、彼女に伝えたいことが修にはある。

 

「……アリー、さ。本当は召喚陣の前にいたんだろ?」

 

 彼の問いかけにアリーは少々、驚く。

 

「俺らが思ったより人数多かったから、召喚された場所がちょっとずれたんだよな?」

 

 中庭に召喚の魔法陣はない。

 ということは、やはり多人数が召喚されるという過程で無理があったためにずれてしまったということ。

 

「はい」

 

「やっぱ、そうなんだよな」

 

 いきなり兵士に囲まれた時は驚いたが、そういうことであれば納得できる。

 そしてアリーが召喚魔法陣の前にいたということは、だ。

 

「俺の始まりは……アリー、お前だよ」

 

 この世界に来る経緯となった全ての始まりは、彼女だということ。

 

「いただけかもしれない。見てただけかもしれない」

 

 ただ召喚される人物を待っていただけかもしれない。

 

「でも、きっと……お前がリライトに喚んでくれたんだ」

 

 あのタイミングで死にかけたことも。

 あのタイミングで召喚されたことも。

 全ては、アリーがいてくれたからだと修は思う。

 

「お前がいてくれたから、俺は他のどこかの国じゃなくてリライトに来れた」

 

 自分が大好きだと思える国に召喚されることが出来た。

 

「マジでありがとう」

 

 優しさを携えた修の笑顔。

 

「俺はこれからも勇者をしていくだろうけどさ」

 

 リライトの勇者として。

 たくさんのことをしていくだろう。

 そして、その根幹に据えるものをずっと考えて、考えて、考えて。

 

「何があっても絶対に曲げないことを見つけたよ」

 

 やっと見いだした。

 笑いながら修はアリーを見詰め、そして思い出す。

 この一年間を。

 

 

 

 

 

 

『貴方様が新しい勇者様なのですね! わたくし、第一王女のアリシア=フォン=リライトと申します。アリーとお呼び下さい』

 

 

 初めて会った時、手を握りながら自己紹介をされた。

 

 

『一気に引くぞ』

 

『は、はいっ!』

 

 

 旅行に行った時は暴れ回る魚を一緒に釣って、

 

 

『ど、どうですか?』

 

『OKだ。次は息継ぎとクロールの練習でもしてみるか』

 

 

 泳ぎの練習を海で教えた。

 

 

『和泉! レイナ! アリーを守れッ!!』

 

 

 パーティーでの暗殺未遂事件の時には、近くにアリーがいて少し焦ったこともある。

 

 

『シュウ様、これを教えてもらってもよろしいですか?』

 

『おっ、珍しいもん持ってんな』

 

 

 アリーが優斗からプレゼントされたルービックキューブを持ってきた時には、二人して一緒に速さを競った。

 

 

『あれで付き合ってないってネタじゃね?』

 

『ですわね』

 

 

 優斗とフィオナが未だにくっ付いていないことに一緒に呆れ、

 

 

『『 求めるは風切、神の息吹!! 』』

 

 

 卓也とリルが黒竜に襲われている時には、一緒に魔法を放ったこともある。

 

 

『あら? がっつりと切ってしまいましたわ』

 

『……っ! か、髪! 髪の毛あるか!?』

 

 

 アリーが髪の毛を切ってみたい、というのでやらせてみたが、バサリと音を鳴らして髪の毛が落ちた時はさすがに血の気が引いた。

 

 

『じれったかったよな』

 

『本当にユウトさんはヘタレでしたわ』

 

 

 ようやく優斗とフィオナが付き合い始めた時には二人して安堵し、

 

 

『……すげーな』

 

『……フィオナさん、尊敬しますわ』

 

 

 マリカと一緒に散歩に行ったとき、フィオナのコミュニケーション能力の向上具合を知って半ば呆れた。

 

 

『ビンゴ』

 

『えっ!? シュウ様!?』

 

 

 鬼ごっこでイスの隙間に身を隠しているアリーは、本当に初心者だったなと笑い、

 

 

『公務あるって言ってなかったか?』

 

『シュウ様、そんなもの速攻で終わらせましたわ』

 

 

 大晦日、年越しギリギリでやって来たアリーと一緒に新年を迎えることができてよかった。

 

 

『やっべー、強いじゃんか!!』

 

『……高笑いして闘うシュウ様も大概ですわ』

 

 

 白竜との戦いで、笑いながらテンションを上げているとアリーに大きくため息をつかれ、

 

 

『だからこその俺らだろ』

 

『……シュウ様。アホなこと言わないでください』

 

 

 偽大魔法士騒動の時は、盛大に呆れられた。

 最近、よくよく呆れられるけれども、それは仲がさらに良くなった証なんだろうな、と修は実感した。

 

 

『それがユウトさんとシュウ様の絶対の信頼に繋がっているのですね?』

 

『やるな、アリー』

 

 

 優斗がイエラートで暴れている時に己が『無敵』だと伝えた時、アリーはすぐに自分達のことを理解してくれた。

 

 

『……即答でしたわね』

 

『どっちにしても、卓也に負けてるアリー達は残念だなってこった』

 

 

 おままごとの母親役で卓也に負けたことに落ち込んだアリーが、なんだか少し面白くて、

 

 

『……一年の歳月ってこえーな』

 

『むしろシュウ様達の影響力が怖いですわ』

 

 

 純粋すぎるラグを見てアリーに言ったら、さらっと言葉を返された。

 

 

『俺とアリーならできる。そうだろ?』

 

『……あ……う……っ』

 

 

 子供が出来たら、という過程の話で自分達なら出来ると断言したら、なぜか周りが絶句していた。

 アリーも口をパクパクとさせていたが、嫌な感情は伝わってこなかったので良しとする。

 他にもたくさん、たくさんのことをアリーと一緒にやって来た。

 当然だ。

 この一年間でいつも傍らにいたのは、この少女だから。

 

「アリー」

 

 うん、と修は頷いて右手を差し出す。

 修が勇者として根幹に定めたもの。

 絶対に曲げないと決めたもの。

 それは、

 

 

 

 

「俺はこれから、ずっとお前の勇者でいる」

 

 

 

 

 アリシア=フォン=“リライトの勇者”で在り続けること。

 

「今はさ、国はリライトの人達に任せる。仲間は俺として護る。でも、お前には――リライトの勇者としても側にいるよ」

 

 それこそ修が根幹に据えたもの。

 

「絶対に泣かせないし、悲しませない。どんなことがあってもアリーを救う」

 

 修の全てで。

 絶対に救ってみせる。

 

「俺は何があっても、お前の勇者だ」

 

 そう告げた修。

 アリーは差し出された大きな手を見詰め、

 

「わたくしの勇者……」

 

 呟き、そして彼の手を慈しむように取った。

 

「嬉しいです、シュウ様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして修とアリーは中庭に座った。

 一年経ったからこそ言えることもある。

 

「優斗は世界が優しくないことを知ってる。自分がヤバいことを知ってる。だからあいつは優しく在りたいと願う」

 

 彼が望んだのは相反した性格。

 そうしなければ、人として大切なものを堕としたままになってしまう。

 

「自分が持っている“モノ”に、呑み込まれないようにな」

 

 最奥にある裏の本質――根幹に自分の心が支配されないように。

 

「卓也は周りが自分を守らないことを知ってる。だからあいつは守れる存在で在りたいと願う」

 

 言葉と身体を傷つけられてきたからこそ。

 もう傷つきたくない。

 

「あいつが攻撃魔法苦手で防御魔法とか治療魔法が得意なのは、それが起因だな」

 

 自分と大切な人達を傷つけさせない。

 だからこそ、卓也の魔法は守に重点が置かれている。

 

「和泉は親であろうと自分を見放すことを知ってる。だからあいつは見てもらえる存在で在りたいと願う」

 

 ある意味で修と和泉は少し、似通っている。

 “いないものとして扱われる”のと“置き去りにされる”。

 どちらも共通するのは、存在がとても希薄に扱われていること。

 

「和泉の性格が馬鹿で悪目立ちするのも、それなりに『理由』はあんだぜ?」

 

 ただ馬鹿なだけじゃない。

 性格に辿り着くだけの“何か”がある。

 そして誰もが今の性格になるに至っての“何か”がおかしいから。

 だから彼らは普通じゃないということ。

 

「俺らは全員、どこか変で、歪で、おかしい。でも……」

 

 正真正銘の普通なんてものにはなれなくて。

 もう二度と、手に届かないなんてことは知っているけれど。

 

「そんな奴らでもよ、大切なものが――大切な人達がこの世界で出来たんだ」

 

 前の世界では、たった四人だけだった。

 四人だけで完結していた。

 他に何もなかった。

 けれどセリアールに召喚されて。

 大切な人ができた。

 大切な場所ができた。

 前の世界より何倍も大切が生まれた。

 

「まあ、俺と卓也と和泉は変人の域で納まってて、ぶっ壊れ具合は優斗が飛び抜けてんだけどな」

 

 苦笑しながら修が言う。

 自分達の変さは優斗のように狂ったりしていない。

 生きることに支障が出るほどのおかしさを持っていない。

 ただ、だからこそのフィオナだ。

 

「フィオナさんがいるからこそ、ユウトさんは普通でいられるんでしょうね」

 

 思わずアリーも苦笑してしまった。

 

「けれど」

 

 そんな彼らだからこそ成してきたことがある。

 

「貴方達が変だったからこそ、わたくし達は仲間になれましたわ」

 

 血筋を気にするような人達ではないから。

 普通じゃないほどに愉快な人達だから。

 

「ですからわたくしは、そのような貴方達が――」

 

 彼らは自分達を変えてくれた。

 この一年間で無味な日々を輝かしい日々へと変えてくれた。

 だから伝えたい。

 

「わたくしは、そのような貴方こそが本当に大切だと。そう思っていますわ」

 

 アリーは微笑んだ。

 まるで輝くような笑顔で。

 彼女こそ『リライトの宝石』と呼ばれている美姫だと、誰も彼もに頷かせる微笑み。

 

「ありがとう、アリー」

 

 修も同じように微笑む。

 そして、

 

「で、そろそろ出てきたらどうだ?」

 

 このタイミングで、とある連中に声を掛けた。

 

「えっ?」

 

 アリーが驚いて振り返ると……そこにいたのは修の親友達。

 三人ともアリーに対してごめん、と手で謝っていた。

 

「今回は『来たっ!』と思ったんだけどね」

 

 優斗がごちるように呟き、

 

「オレらのタイミングが悪かったか」

 

 卓也が頭を掻きながら後悔し、

 

「しょうがない。これでこそ修だ」

 

 和泉は変に納得していた。

 

「お前ら、気配消して何やってんだよ?」

 

 修が訊く。

 いつもの気配が突然消えれば、修だってちょっとは不審に思う。

 自分とアリーがいたことは理解できていただろうに。

 

「お前に言う必要はないよ」

 

「優斗と同じだ」

 

「俺も優斗と同意見だ」

 

 三人が三人とも拒否する。

 

「……あん? どういうことだよ」

 

 首を捻る修だが、まあいっか……とばかりに空を見上げる。

 つられて優斗達も全員、修と一緒に空を見た。

 

「始まりの5人、だな」

 

 修が言う。

 召喚された日、今の仲間達の中でいたのは5人。

 言うなれば、この出会いがなければ今の状況になっていない。

 

「ちょうど1年だね」

 

 優斗が感慨深く言って、

 

「短く感じたな」

 

 卓也が頷く。

 

「自然と足が向いた」

 

 和泉もやはり思うところがあり、

 

「ですわね」

 

 最後にアリーが同意した。

 

「異世界人の方々が4人も来るなんて驚きましたわ」

 

 過去に何例、あるだろうかとアリーは笑う。

 

「王女様と婚約とかオレ的に凄いことになったもんだよ」

 

 自分で自分に卓也は呆れ、

 

「魔法というファンタジーに出会えたことは俺にとって最大の幸運だ」

 

 和泉は死ぬまで興味が尽きないことを見つけ、嬉しさを覚える。

 

「僕なんて嫁とか娘とかだよ?」

 

 優斗がからかうような声音を口にすると全員が苦笑し、

 

「色々ありすぎて、やたら楽しかった1年だったわ」

 

 修が最後、言ったことに対して皆で頷く。

 そして感慨深くなったあと、

 

「なあ、優斗」

 

 修は突然真面目な表情を浮かべた。

 珍しい彼の表情に全員が思わず構える。

 

「お前も俺と同じ考え、持ってんじゃねーか?」

 

 真っ直ぐに優斗を見据え、訊く。

 

「俺らがセリアールに喚ばれた理由、ある程度は考えてんだろ?」

 

 修が告げたことに優斗は少し目を見張ったあと……頷いた。

 

「まあ、ね。僕は運命論者だから」

 

 可能性という一つでは考えている。

 けれどアリーは意味が分からない。

 

「どういうことなのですか? だってシュウ様はわたくし達、リライトが――」

 

「だとしても僕と修の力は異常過ぎる」

 

 優斗の言葉に修も頷く。

 

「僕と修は同等だよ。修が歴史の中で最高峰の『力』を持っているなら、僕も同じ『力』までたどり着けるのは当然のこと。だから僕達は同等だけど……だからこそおかしい」

 

「……どういうことなのですか?」

 

 問いかけるアリーに対して、優斗は自分が考えた可能性の一つを告げる。

 

「向こうでも僕と修の力は酷い。けれど『世界をどうこうできるほどの力』じゃなかった。むしろ頑張ったところで数十人、数百人程度。けれど、この世界では国を――世界を破壊できると確信してる」

 

 それほどの魔法を使えると自分自身で分かっている。

 

「一番威力の高い神話魔法を地面に向けたら世界が終わるんだよ」

 

 何度も言ってきたが、今一度伝えよう。

 

「こう、パカっと星を割れるんだよな、俺の場合」

 

「僕の場合は消滅系だから、星ごと消え去るね」

 

 そしてあらためて口にしたことで、明らかに二人のおかしさが目立つ。

 

「アリー。俺と優斗が言いたいこと、分かるか?」

 

 修が言葉を続ける。

 彼ら二人が言いたいこと。

 それは、

 

「ただ、何となくで異常過ぎるんじゃねぇ。明らかに異常過ぎんだよ、俺らは」

 

 この1年で理解した。

 あまりにもかけ離れすぎた力を持っているということ。

 

「最初はな、俺と優斗は互いのストッパーだと思ってた」

 

 修がおかしくなったら。

 優斗がおかしくなったら。

 互いが互いを止める。

 そういうことかもしれないと思っていた。

 

「けど俺らのストッパー1番手はお前らであって、俺ら同士じゃない」

 

 修も優斗も狂ったり壊れたりしたところで仲間には手を出せない。

 だからこそ止めるのは彼ら。

 もちろん、修と優斗も互いに手は出せないと思いたいが、いかんせん信頼が高すぎるだけに、攻撃したところで大丈夫だと思ってしまうかもしれない。

 だからこそストッパーの1番手は他の仲間。

 けれど、

 

「だったら――どうして俺らは異常過ぎる力を持ちながら、同じ時代で生きている?」

 

 歴史上の中では散見して存在していたとしても、一緒に存在していた事実は今のところ残っていない。

 と、するならば、

 

「思い浮かぶ可能性の中で、一番高い可能性を考えるとしたら――」

 

 修と優斗が同等な存在だとするならば、

 

「――俺らと“対等な存在”がいる」

 

 対になるモノがいる。

 

「それで、だ。もしそいつらがいるなら」

 

 修と優斗は示し合わせたように言った。

 

「俺はきっと、そいつと潰し合う」

「僕はきっと、そいつと殺し合う」

 

 もし修の言った存在がいるとするならば。

 それこそが内田修と宮川優斗がセリアールに存在する理由。

 

「まあ、あくまで可能性の話。俺らはこういう考えを持ってるってことだけをお前らには知って貰いたかったってだけだ。いるかどうかもわからねぇ奴に怯えたって仕方ないしな」

 

 もちろん、ない可能性のほうが多分にある。

 むしろ今まで言ったことは妄想の類と言っていい。

 

「だからこれからも楽しんでいこうぜ」

 

 修は笑う。

 “もしも”を考えて、今を楽しめないのは損だ。

 けれど、その“もしも”の結果、死ぬかもしれないからこそ。

 今、この瞬間を大切に生きていきたい……というのも確かなことだった。

 

 

       ◇      ◇

 

 

「つーか、さっきアリーは謁見の間に来てたけど、用事が王様にあったんじゃねーか?」

 

「ええ、まあ」

 

 アリーが頷く。

 

「大丈夫なのか?」

 

「問題ありませんわ。シュウ様とユウトさんの服が完成した、ということを父様にお伝えしようとしていただけですわ」

 

 ……さらっとアリーが爆弾発言をした。

 嫌な予感しかしない言葉に、修と優斗から血の気が引いた。

 

「……ど、どういうこった?」

 

 訊く。

 というか、訊かざるを得ない。

 

「ちょっと待っていてください」

 

 するとアリーは軽やかに王城へと向かい、数分後に帰ってくる。

 

「これですわ」

 

 そして紙袋から二つの服を取り出した。

 

「お二人とも、ちょっと着てみてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……超絶に恥ずかしいんだけど」

 

「アリーにはわりーけど、それは俺も同意だわ」

 

 とりあえず優斗も修も言われた通りに服を着てみた。

 着てみた……のだが、

 

「……ぷっ! ペ、ペアルックみたいだな」

 

「……くくっ、に、似合っているぞ、修も優斗も」

 

 卓也も和泉も軽く吹き出していた。

 

「笑いながら言われたって嬉しくねーよ!」

 

 修と優斗が着ているのは少々差異があるものの、基本的にはお揃いと言って違わない服。

 白を基調とし、ところどころに美麗な刺繍があしらわれている。

 特に背にはリライトの紋章が修は金、優斗は銀で刺繍されており、それが殊更に恥ずかしさを増していた。

 

「魔法耐性があり、汚れにも強く、何よりも格好良いですわ」

 

 アリーが満足げに頷く。

 美的感覚が違うのか何なのか分からないが、アリーには納得の出来らしい。

 

「つーかさ、いきなり何で作ったんだ?」

 

 袖を引っ張ったりしながら修がアリーに訊く。

 

「ユウトさんが制服でミラージュ聖国に行ったのが少々問題になりまして」

 

「……えっ?」

 

 思わぬ話の流れに優斗が驚く。

 

「シュウ様もユウトさんも正式発表は一年後になる予定ではいますが、やはり勇者や大魔法士たるもの正装を用意しなければという話になったのですわ」

 

 使う機会はほとんどないだろうが、二人の正装があったとしても問題ではない。

 

「おい、優斗。テメーのせいか」

 

「知らないよ。僕はちゃんと制服も正装だって知った上でやったことだし」

 

 若干思惑があって着ていったことは確かだが、こんなことになるとは優斗も考えていなかった。

 

「……まあ、あって悪い気はしねぇけどよ」

 

「ペアルックだがな」

 

 修がしょうがない、といった感じで言うと和泉が煽った。

 未だに卓也と和泉は笑いを微かに漏らしている。

 

「だー、もう! せっかくこんなん着たんだから、ちょっと格好良いことしようぜ!」

 

 無理矢理切り替えるかのように修が大声を出した。

 真面目な時に使う服装なのだろうから、ちょっと真面目にやってみよう。

 

「格好良いことって何をするの?」

 

 優斗が首を捻る。

 

「そりゃもちろん、作ってきたアリーにやってもらうに決まってんじゃん」

 

 にやりと修が笑った。

 

「えっ? わ、わたくしですか?」

 

「当然。お前にも恥ずかしい思いをしてもらう」

 

 修が問答無用でアリーを巻き込んだ。

 

「ちょうど召喚されて1年、厳かな雰囲気で俺らに言葉を贈ってくれよ」

 

「……えっ!? ちょ、ちょっと待ってほしいです! シュウ様達に真面目な言葉を贈るって中々に難しいことですわ!」

 

 案外、無茶ぶりだった。

 結局のところ厳かな雰囲気なんて一年前ぐらいしかない。

 あとは基本的に緩い調子で会話をし続けていたのだから、今となってはどうやっていいのやら。

 

「す、少し、お待ちのほどを」

 

 けれども言われたからには頑張ってみようと思い、アリーは大きく深呼吸をする。

 そして何度か深呼吸を繰り返し、王女としての風格へと己を変える。

 いつもやっていることだ。

 今回はそれを、修達に見せるだけ。

 

「…………」

 

 十秒、心の中で数えてアリーは真っ直ぐに修達を見詰める。

 何を話すのかは決まった。

 あとはそれを、口にするだけ。

 

「リライトの勇者、そして大魔法士よ」

 

 普段とは違う張りのある声が4人の耳に届く。

 

「……おっ」

 

「……あら」

 

「……へぇ」

 

「……ほぅ」

 

 修が、優斗が、卓也が、和泉が感嘆の声を漏らす。

 これこそ大国リライトの王女、アリシア=フォン=リライトなのだと初めて実感した。

 けれどアリーは彼らの反応など気にせず、頑張って言葉を届ける。

 

「リライトの勇者であれど、リライトにいる大魔法士であれど、お二人に国を護るために『力』を振るえとは言いません」

 

 リライトに何があっても、その時はお願いするだけだ。

 命令なんてことは絶対にしない。

 少なくとも自分は。

 

「ただ、お二人が使うべきだと思った時に『力』を振るってください」

 

 圧倒的な力を。

 

「故に二人が足を並ばせ動く時。他国であろうとどこであろうと『力』を振るう時。仲間と共に動く時。その際に必要とする名を与えましょう」

 

 アリーは右手を差し出し、紡ぐ。

 

 

「“リライトの双頭”」

 

 

 国を冠した『名』を送る。

 

「その名において、お二人のことを護りましょう」

 

 理不尽にされされることなく、悪意に押しつぶさせることもさせない。

 

「されど忘れないでください。力の使い方を違えた時、護ることはありません」

 

 けれど言ったことはあくまで、違えなかった場合。

 誰もが見て悪だと思われたことに対して、護ることはしない。

 

「どうか、正しくなくとも――違えることのないように」

 

 とはいえ、彼らは大丈夫だと自分は信じている。

 なぜなら誰もが彼らを踏み外させないから。

 そんなことをする前に止めるから。

 だから伝えられる。

 

「そして一限の護り手、異なる英知よ。リライトの双頭を支える覚悟はありますか?」

 

 アリーは卓也と和泉に問いかける。

 二人は顔を見合わせると、少し笑みを浮かべて、

 

「「 当然のこと 」」

 

 膝を着いた。

 次いでアリーは修と優斗に顔を向け、

 

「そしてリライトの双頭。友人達を支える自信はありますか?」

 

 告げたことに対して、修と優斗も顔を見合わせると笑い、

 

「「 無論のこと 」」

 

 卓也達と同じように膝を着いた。

 

「なれば貴方達はセリアールにおいて唯一無二の存在となるでしょう」

 

 最強無敵の『チーム』。

 最高だと思える仲間達。

 

 ――けれど。

 

 アリーは今一度、考えさせられる。

 どれほど彼らがこの世界のことを大好きになってくれたとしても。

 この世界を居場所にしてくれたとしても。

 1年経ったからこそ、あらためて言わなければいけないことがある。

 アリーは修へと顔を向けた。

 

「異世界の客人が召喚されて1年。貴方は友人も巻き込み、4人で召喚されてくださいました。ただでさえ負い目がある貴方には無理に役目を押しつけ、さぞ我々は理不尽な存在であることでしょう」

 

 思わず4人が顔を上げる。

 

「……おい、アリー。なに言って――」

 

 卓也が反論しようとしたところで、アリーが手で制した。

 “そういう意味”じゃないと。

 暗に言っている。

 

「…………じゃあ、いいけどな」

 

 不承不承、卓也が引き下がった。

 アリーは続いて優斗達に視線を向け、

 

「他の御三方には、偶然とはいえ酷いことに異世界へと巻き込んでしまいました」

 

 今言ったことは絶対に忘れてはならない事実。

 こちらが召喚した意図は絶対に変わらないからこそ、忘れることは許されない。

 

「けれど……何一つ恨むことなく、感謝してくれる貴方達に感謝を」

 

 誰も彼もが召喚された良かったと言ってくれる。

 リライトが大好きだと言ってくれる。

 それがたまらなくアリーには嬉しい。

 

「召喚された貴方達はわたくし達のことを巻き込み、時には巻き込まれ、たくさんの日々を過ごしてきました」

 

 もう1年。

 ふざけて、怒って、泣いて、笑って過ごしてきた。

 誰もが言える。

 この1年が人生の中で最も濃密な1年だった。

 

「故に伝えるべき言葉は一つです」

 

 どれほど言えばいいのだろうか。

 どれほど伝えればいいのだろうか。

 どれほど感情を込めればいいのだろうか。

 分からない。

 計りきれない。

 けれど、どうしても紡ぎたいんだ。

 

 

「わたくしと友達になってくれて、ありがとう」

 

 

 感謝の言葉を。

 その想いを込めて。

 

「本当にありがとう」

 

 アリーは修を見る。

 

「これからもずっと、貴方に――貴方達に幸いがありますように」

 

 そして全員を見て伝えた。

 

「わたくしの最も大切な人達よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、こんな感じでどうでしょうか?」

 

 大きく息を吐きながら、アリーが緊張を解いた。

 けれど違う意味で優斗達も息を吐く。

 

「ビックリさせないでよ。召喚したこと、まだ気にしてるかと勘違いするから」

 

 優斗もさすがに一瞬、血の気が引いた。

 

「本当だよな」

 

 卓也も思わず反論しようとしてしまったし、

 

「少々、焦った」

 

 和泉ですら困惑を隠せなかった。

 

「ごめんなさい」

 

 可愛らしくアリーが謝った。

 気にするな、と3人が手を横に振る。

 

「でも久々に王女のアリーを見たって感じだね」

 

 優斗としては偽大魔法士騒動以来だ。

 

「格好良かったぞ、アリー」

 

「中々に威厳があった」

 

 卓也と和泉はほとんど1年ぶりなだけに、感慨深かった。

 

「ていうか前半部分は公式の場じゃないから言える言葉だとしても“リライトの双頭”ってなに?」

 

 優斗がアリーに訊く。

 

「あ、あれは、その……あれですわ。わたくしも二つ名みたいなのを名付けてみたかったというか……」

 

「まあ、気持ちは分かる」

 

 アリーが顔を赤くしながらの言い訳に、和泉が大きく頷いた。

 

「…………」

 

 けれど1人。

 先ほどから喋らないのがいる。

 

「修?」

 

 優斗が修の肩を叩くとビクリと彼が身体を震わせた。

 

「……えっ、あっ、な、なんだ?」

 

「いや、こっちの台詞なんだけど」

 

 何を呆けているのだろうか。

 

「いや、なんつーか……」

 

 修は頭を掻きながら言葉を考える。

 ん~、とか、あ~、とか色々と言った挙げ句、

 

「どう言っていいかわかんねーな」

 

 先ほどのアリーのことを何と言っていいか分からない。

 

「とにかく良かった」

 

 普段と違う佇まいも。

 凛とした雰囲気も。

 言葉遣いも何もかも。

 新鮮で、修の心に残る。

 彼の反応に優斗達は3人で集まり、

 

「今の修、どう見る?」

 

「ギャップ萌えだったのか?」

 

「可能性はある」

 

 優斗が問いかけ、卓也が疑問を呈し、和泉が頷く。

 

「ということはやっと一歩目が動いたみたいだね」

 

 ほっとした調子で優斗が安堵し、

 

「まる1年、長かった」

 

 和泉があきれ顔で安堵し、

 

「よかったな、アリー」

 

 安心した面持ちで卓也は安堵した。

 けれど当の本人、アリーは修の様子にも何ら気にすることなく、

 

「どうかしましたか?」

 

 ひそひそと会話している優斗達に話しかけてきた。

 あまりにも平然としすぎていて、思わず3人は混乱する。

 

「……ちょっと待て。どういうことだ?」

 

 和泉が首を傾げる。

 明らかに今の修の反応はアリーが喜ぶべきもののはずだ。

 あの修がアリーの姿を見て呆けていたのだから。

 優斗達が登場する前の流れから鑑みても、これは間違いないはずなのだが。

 ……嫌な予感がした。

 

「おい、もしかしてアリーの奴も?」

 

 卓也が唸った。

 修限定で、自分に向けられる感情に鈍感だとでもいうのか。

 優斗も苦笑いしながら肩をすくめる。

 

「前途多難な人達だね、まったく」

 

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