第127話 話袋:師匠もどきと弟子もどき②
先日やり損なった依頼をやるために森へとやって来たわけだが、
「このパーティ、パワーバランスがおかしくないか?」
ラスターが思わず唸る。
自分とキリアはまだいい。
だが、残る二人。
大魔法士と6将魔法士がパーティにいるとはどういうことだろうか。
「わたしはこの間、似たようなことあったわ」
国家交流の時に優斗と副長と一緒だった。
リライト……どころか世界トップ20には確実にランクインしている二人と行動していたのだ。
同じような状況は二度目なので、驚くこともない。
けれどキリアが気になるのは大魔法士ではなく、
「むしろどうしているの?」
6将魔法士がどうしてここにいるのか、ということ。
「ルーカスがしばし、一人にしてもらいたいと言ってな」
「……? どうして?」
来ればいいのに、とキリアは思う。
だが優斗とラスターが可哀想な目で首を横に振った。
「あとは私個人として大魔法士とパーティを組んでみたいというのは駄目なことか?」
伝説を継いだ人物。
一度くらいは組みたいと思っても仕方ないだろう。
だがラスター達は首を捻り、
「……6将魔法士にこんなことを言われるとは。実は俺ら、毎度毎度凄い人物とパーティを組んでいたのか」
「ラスター君。これが凄いと思う?」
二人はちらりと優斗を見る。
今の様子は明らかにただの一般人。
オーラも何もない。
「……いや、無理だな」
◇ ◇
キリアとラスターをメインにしてオークキングを倒す。
だが終わった直後、
「じゃあ、駄目だったところを言っていこうか」
優斗からの駄目出しタイムが始まる。
「えっ!?」
「なっ、あるのか!?」
二人が思いの外、驚いた。
「……わたし、結構完璧だと思ってた」
「俺もだ」
怪我はない。
倒した時間的にはかなり早かった。
なのに突っ込みどころがあるのか。
「ミヤガワ君。この年齢から見れば彼らは十分だと思うのだが」
良いコンビだ。
互いの力量をよく分かっていて、それを元に動いている。
しかし優斗は首を横に振った。
「ラスターはどうでもいいですけど、少なくともキリアを甘えさせることはありません」
そしてキリアに対しての駄目出しが始まった。
駄目出しが終わるとキリアはふと、気になることを訊く。
「二人で簡単に魔物を倒すとしたら、どうやるの?」
優斗とガイストを指差す。
けれど二人はちょっと困ったような表情をさせた。
「まず僕もガイストさんも協力する前に一撃でだいたい終わるんだけど」
「それでも一緒にやるとしたら、よ」
優斗がちょっとばかり考える。
そして結論として、
「シルフ」
大精霊を呼び出し、
「僕が拘束してガイストさんが神話魔法をぶっ放す。これ完全無欠、安全に魔物を倒せる」
「……危険も何もあったもんじゃないわね」
◇ ◇
午後は6将魔法士、ガイストによる鍛錬になった。
褒めて伸ばすタイプらしくラスターとは相性が良いらしい。
キリアも新鮮な気持ちで受けていた。
「求めるは風切、神の息吹」
上級魔法をぶっ放す。
威力的には優斗より劣るが、やはり上級魔法を使えるというのは嬉しい。
「……うん。できるようになったら大丈夫ね」
使えたり使えなかったりの偶然、というわけではない。
ガイストは凄いとばかりに手を叩き、ラスターも負けてられないと闘志を燃やす。
けれど、
「まあ、これでやっと本番に入れるね」
優斗の言葉で全員が固まる。
「……ミヤガワ? 今、ありえないことを言っていたような気がしたが」
ラスターは聞き間違えたのかと思った。
上級魔法を使えるようになったキリア。
これは凄い。
自分も使えるが、使えるようになった際は1ヶ月ぐらい喜んだもの。
なのに“上級魔法を使うことが本番じゃない”などと誰が思えるだろうか。
しかしキリアの師匠もどきは平然と宣った。
「だから長い準備運動が終わったんだから、これからが本番だよ」
「準備……運動……? 上級魔法を使うことが、か?」
「うん。あくまであれは下地。僕がキリアに教えたいのは“これ”だよ」
優斗は数歩前に出るとちょうどよい大きさの大岩に目を付ける。
「求めるは穿つ一弓、消滅の意思」
両手に魔方陣が浮かび上がる。
それを合わせるようにすると砕け、足元に光が散る。
けれどすぐに散った光が組み変わるように足元へと広がった。
同時、合わせていた両手を広げると光の弓と弓矢が生まれ、優斗は放つ。
「……うっそ」
キリアが思わず呆然とした。
放たれた矢によって、目の前の大岩が削り取られるように消失している。
「理論は簡単。右に火の魔方陣、左には水の派生――氷の魔方陣。その二つを魔力の供給過多で破壊して、足元に散った魔方陣の欠片を魔力でくっつける。そして放つ。以上」
「……待って、先輩」
「ん? ああ、大丈夫だよ。これは独自詠唱の神話魔法の下位互換。ちゃんとキリアが扱えるレベルの魔法にしてるよ」
威力は上級魔法でも高い方に入るだろうが、神話魔法までは全然届いていない。
「だからそういうことじゃないの! それは先輩が新しく創った魔法でしょう!? 私が出来るわけ――」
「出来るから言ってるんだよ」
否定的な意見を言おうとするキリアだが優斗は「何を言っている?」とばかりに相手にしない。
「どうして最初から出来ないと決めるの?」
独自詠唱?
確かにおかしいだろう。
未だ自分しか見ていない。
自分しか出来ないのだろうとも思う。
けれど、だ。
それはあくまで“独自詠唱の神話魔法のみ”のこと。
「出来る人間が目の前にいるんだから、出来ないなんてことはない。それに今、僕が詠んで魔法を使ったということは、世界がそれを詠唱として認めたということ」
そして『求めるは』という詠唱から始まる以上、すでに独自性は失われている。
「いつも言ってるはずだよ、キリア」
優斗は指を一本立てる。
「必要なのは意思と覚悟。自分は出来ると信じて、やるだけだ」
何度も伝えてきた。
「それは才能を超えることも壁を越えることも僕が創った魔法を使うことも変わらない。僕はキリアなら出来ると思うから教えてるだけ。だからもし、キリアが出来ないと思うんだったらそれでいい。別のやつにしよう」
そして彼女に対して一番有効な手段。
挑発的な笑みを浮かべた。
「どうする? キリア・フィオーレ」
少し離れた場所ではキリアが必死に魔方陣を壊すところから始めていた。
他の三人は彼女の頑張っている様子を休憩混じりに見届ける。
「まあ、さすがに独自詠唱の神話魔法の下位互換ってなったらキリアでも否定的になっても仕方ないけどね」
優斗もああは言ったが、理解はできる。
一般的に言って“ありえない”と思うレベルだ。
「でもキリアって頑張ってるだけあって魔力はかなりのものがあるでしょ? それに和泉に言わせれば魔方陣が綺麗なんだって」
「魔方陣が綺麗というのは初耳だ」
「ちなみにラスターは雑らしいよ」
「……それは知りたくなかった」
ラスターが項垂れ優斗は小さく笑った。
「魔力自体はラスターの方が少ないのに、ラスターが上級魔法を使えてキリアが使えないっていうのは、もちろん才能の差もあるだろうけど考え方が違うっていうのがある。だからそれを正せば、使えると思ったんだよ」
優斗の説明にガイストは興味深そうな表情になる。
だがラスターは思わず目を見開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。神話魔法の詠唱は“言霊”に成り代わるというのは教科書に載っている。けれどお前の言い方だと、上級魔法もそうだと言っているように思えた」
確かにキリアに教えている時に『制約を外すような感じで詠む』と教えていたのは知っている。
特に興味もなかったが、それがここに来て重要性を増してきた。
「魔法って制約の違いがあるだけで、おそらく初級、中級、上級魔法にも制約は存在すると思うんだよね」
「ふむ。私も同じように考えたことはある」
ガイストが大きく頷いた。
どうやら優斗の言っている意味が分かるらしい。
「普通の魔法も詠唱は『求め――』から始まってるわけだし、言ってしまえば神話魔法が劣化したものでしょ? 僕がキリアに教えたやつも独自詠唱の下位互換って言ってるけど要するに劣化板。で、そうしたら『求め――』に変わったし」
色々と考えてはみたが不意に詠唱が浮かんできて、結局はそこに落ち着いてしまった。
「違和感はあったんだよね。魔法とは詠唱によってイメージを作り、魔方陣が生まれ、魔法が生まれる。ならどうして詠唱は統一されているのだろうか」
別にどんな言葉でもいいのではないだろうか。
「魔法が生まれる一連の流れは合ってるんだろうけど、そこだけが違和感になって気になってた。しかも初級、中級、上級魔法という風にどうして区別されてるんだろうってね」
「だ、だが威力別になることは歴史の中で……」
「それ」
ここが問題点。
「明確に威力が別れすぎてる」
詠唱によってここまで変わるものなのだろうか。
「神話魔法は威力が強すぎるから『制約』がある。確かに神話魔法は破格の威力を持ってるよ。だからこそ詠むことと内容に『意味』があり、言霊となる」
そして一息つくと優斗は自分の予想を伝える。
「普通の魔法に関して言えば、詠唱は詠めるけれど使えない。これが制約の一つ目。次に詠唱して使えるけれど詠唱破棄できない。これが制約の二つ目」
こういうものがあるのだと考えた。
「ミヤガワ君、どうしてそう思った?」
ガイストが楽しげに訊いてくる。
「僕が上級魔法を詠唱破棄で使えないからです。独自詠唱の神話魔法を使える僕でも、普通の魔法で詠唱破棄できるのは中級までで上級は無理です。だとしたら“何かがある”と考えるのは間違いではないですよね?」
自分は明らかに一般からとっぱずれている。
だからこその疑問だった。
「この考え、どうですかね?」
優斗はガイストに振る。
すると何度も頷き、
「良い考察だな。私も大いに納得させられるところがある」
そしてガイストは続けるように言った。
「では私も付け加えよう。神話魔法を使うに至って、重要なことは分かるか?」
「……イメージでは?」
優斗が珍しく、自信を持てない感じで答えた。
けれどガイストは否定する。
「いや、それだけでは不足と言えるだろう。私の考えとしては『言霊』に同調できることだと思っている。実力があっても神話魔法が使えない、というものをオルグランス君は聞いたことがあるか?」
「えっと……はい、時折は聞きます」
当人に合わないから、という理由で使えないと。
「ミヤガワ君は例外として除こう。だが我々のような6将魔法士と呼ばれる人間が神話魔法を使う場合、その『言霊』の意味に対してイメージが沸き、さらに共感や同調がなければ使うことは出来ないと。私はそう考えている」
これが神話魔法の詠むに至って『制約』を外す最重要な部分だとガイストが言う。
だが優斗は上手く理解できない。
「イメージだけでは駄目だと?」
「いや、それこそ深い部分でのイメージだ。己の渇望や生きてきた人生が『言霊』と合致した時、初めて神話魔法を使えるとな。だから神話魔法を使える者は少ないのだろう」
しかし優斗は首を傾げる。
というか、あまり理解できていないのだろう。
「ミヤガワはどうやって使っている?」
「ものによるけど、イメージ浮かべて詠唱創ってぶっ放す」
「……論外だな」
ガイストの言いたいことが分かっても、理解できないのは仕方ない。
「おそらく先代の大魔法士はそうだったのだろう。そして、それが教科書として載ってしまった、ということだとは思う」
あくまでこれは憶測の話。
全員が憶測に推測を重ねただけの与太話。
「しかしキリアがやっていることは俺でも大丈夫なのか?」
キリアが出来る、ということは自分でも出来そうなものだとラスターが考える。
「無理だろうね」
けれど優斗は手を軽く振った。
「なぜだ?」
「こんな無茶苦茶で複雑な魔法はラスターに向いてない。絶対無理。キリアだから使えると思ったまでだよ」
◇ ◇
しかし1ヶ月、キリアが魔法を使えることはなかった。
魔方陣を壊すまでは上手くいく。
けれど、その先。
壊れた魔方陣を作り直す段階で何かしらのミスが出る。
今日ですらもう何十と失敗しているキリアが大きく肩を上下させていた。
優斗が容赦なく訊く。
「もうやめる?」
「やめない……わよっ!」
息を整えるために一度、大きく深呼吸。
そして、
「先輩、“やる”わ」
優斗にあることを告げた。
一緒にいるラスターは意味が分からないが、優斗は苦笑。
「相変わらず豪気というか何と言うか」
言いながら相対するように立つ優斗。
「じゃあ、やろうかキリア」
だが彼女の名を呼んだ瞬間、空気が一気に冷えた。
相対していないラスターすらも殺気で恐怖を覚える。
「これから僕が精霊術を放つ」
優斗の背後には火の塊が生まれ、
「避けられると思うな、逃げられると思うな。貫かなければ結果は分かるだろう?」
目標をキリアに定めた。
さらに優斗はさらに殺気を強め、
「僕はお前が出来ると知っている。だから――放ってみせろ」
本当に炎弾を放った。
鳥肌だけじゃない。
心の底から逃げたいと思う。
毎度毎度、混じり気なしの純粋な殺気がこれほど怖いのかと感じる。
「……殺されるわね」
このままなら。
優斗のことを知っていても、そう思わされてしまうほどの強烈な殺気。
けれど退いたら負けだ。
逃げたら負けだ。
――なら、やるしかないわよね。
あの宮川優斗が出来ると言い、自分でも出来る力はあると感じている。
ならば自分はこの魔法を使えると理解できる。
だからこそ求めた絶対不可避の場。
足りないのは覚悟。
“使う”と思うだけでは足りない。
“使ってみせる”という信念が必要だ。
「求めるは穿つ一弓――」
キリアは両手を合わせるようにし、魔方陣を砕く。
光は散り、足元へ。
「…………」
魔方陣が集まり、組み合わさる。
優斗は魔力で無理矢理にくっつけているようだが、自分は違う。
無理なく冷静に、余計な負担がないように二つの魔方陣を合わせる。
炎弾が迫ってきた。
けれど焦ることはない。
完成すれば打ち砕ける。
消滅させられる。
だから、
「――消滅の意思」
カチリ、と。
まるでパーツが上手く嵌まるような感覚があった。
魔方陣が全て組み合わさった瞬間、キリアは両手を広げる。
左手には光る弓、右手には光る矢。
出来たという感動は必要ない。
今はただ、目の前の驚異を取り除くだけ。
「いきなさい」
軽く右手を開いた。
瞬間、矢が飛ぶような勢いで炎弾に迫り……かき消す。
背後にいる優斗にも向かっていったが、さらっと彼はかわした。
そして笑みを浮かべて近付いてくる。
ラスターもキリアに駆け寄ってきた。
「お疲れだな、キリア」
「まあね。さすがに今回は面倒だったわ」
疲れがどっと出たのか、地面に座り込むキリア。
額には恐怖やら疲れやらで玉のような汗が噴き出ていた。
「ほとんど自分で考えてやったんだから、あれ」
参考となる人物が論外。
なので自分であれこれと考えてやるはめになった。
「しかしミヤガワの精霊術が当たったら大怪我じゃ済まなかったんじゃないか?」
「当たるわけないじゃない。当たる寸前に別の精霊術を真横からぶつけて軌道を変えることが出来る人よ」
「キリアはそれを知ってたのか?」
「知ってたって言えば知ってたけど、相対してるときにはそんな考え、吹き飛ばされるわ。あの殺気を前にして悠長なことを考えられると思う?」
分かってはいても、頭の片隅からも消える。
そういう余裕を生ませないほどの殺気なのだから。
普通に殺されるとしか思えない。
「命が掛かると人間って頑張るものだよね」
二人のところに歩いてきた優斗が平然と言った。
うんうん、とキリアも頷く。
「そうよね。やっぱり温くやったらいけないわ」
「……本当に思わされるが、この師匠もどきにしてこの弟子もどきありだな」
ラスターが嘆息する。
本当に似たもの同士だ。
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