第126話 心休まる日
マリカがお昼寝タイムに入ったので、優斗はソファーでのんびりとする。
向かいではエリスもゆったりと紅茶を飲んでいた。
「……暇っていいなぁ」
「何を爺くさいこと言ってるの」
感慨深そうに言う優斗に苦笑するエリス。
「先月は忙しかったですから。なので何もないっていう日を全力で享受するのみです」
さらにダレる優斗。
マルスは仕事でフィオナは遊び。
愛奈も学校に通うことで出来た友達と一緒に遊んでいる。
今、家にいるのは優斗だけ。
しかもこれだけ力を抜いてぐた~っとしている優斗を見るのは久々だった。
「確かに先月は色々あったって言ってたものね」
エリスは優斗が座っているソファーに座ると、義息子の頭を倒して膝の上に乗せる。
「……義母さんはいつも唐突ですよね」
毎度毎度、不意打ちの如く甘やかしてくる。
「義母としてはユウトも甘やかさないとね。最近はアイナに掛かりきりだったから愛情不足じゃない?」
「別に不足を感じたことはないですけど。というか年頃の義息子としては非常に恥ずかしいです」
いくら何でもこの歳で義母から膝枕はないだろう、と思ってしまう。
「嫌なの?」
「それが残念ながら嬉しいです」
とはいえ今まで一度も親から愛情を与えて貰っていない身としては、やってもらえるのはとても嬉しい。
だから今までもずっと、口では色々と言いつつも義母を引きはがすことは一切なかった。
「あら? 素直ね」
「本気で嫌がってたら義母さんだって分かるでしょう?」
「当たり前じゃない」
と、親子の微笑ましいやり取りをしているとラナが声を掛けてきた。
「義母と義息子の団らん中に申し訳ありませんが、近衛騎士団副長のエル様と部下の方がユウトさんに会いに来ていらっしゃいます」
ラナも優斗の先月の状況などを色々と把握しているだけに少し申し訳なさそうだ。
けれど彼女が悪いわけでもないので、優斗は視線を向けると身体を起こす。
「通してもらって構いません」
エリスに甘える時間は終了。
優斗はラナに告げると姿勢を正す。
「副長とビスさんが来たのかな」
近衛騎士の二人で来たということは、何かあったのだろうか。
エリスも優斗と同様に思ったのか席を外す。
なので何を言われてもいいように心構えをして迎え入れた。
けれど、
「失礼する」
最初に広間へと入ってきた男性を見た瞬間、優斗の表情が驚きに変わる。
「……えっ?」
ビスではなかった。
けれど先月に出会ったばかりの人。
「…………師団長?」
「久しぶりだな、ミヤガワ」
笑みを浮かべて握手を求める男性。
コーラルの師団長がそこにいた。
◇ ◇
優斗は師団長――フェイル=グリア=アーネストから話を聞く。
コーラルの騎士をやめたこと。
離婚したこと。
そしてこの国の騎士となったこと。
「本当にリライトへと来られたんですね」
別れる際、そのような話はしていた。
けれどこんなにも早くリライトに来るとは思っていなかった。
完全なる不意打ちだ。
「今はエル殿の補佐として働いている」
「そうなんですか」
優斗は状況を理解する。
「リライトへと来た理由は分かりました。ですが……」
フェイルの隣へと視線を移す。
「副長が期待の眼差しで僕を見てるのはどういう理由で?」
いつぞやのサインをせがんだ時になっていた。
純粋な視線を優斗に送っている。
「……すまん。俺が聖剣のことを話した」
副長とフェイルの共通の話題としてあるのが優斗。
しかも自分は戦った仲。
というわけで、その時のことを喋ったら失敗した。
まさか聖剣の存在を彼女が知らないとは思わなかった。
「いえ、師団……アーネストさんが謝ることじゃありません」
軽く諦めの口調で優斗が頭を振った。
なんかもう、どうしていいか分からない。
フェイルがちょっと憐憫の視線を送ってきた。
「と、ところで手に入れた経緯はどうだったんだ? エル殿が知らないということは、最近手に入れたものなのだろう?」
そしてフォローするように明るい言葉を発した。
優斗も彼の気配りを察して乗る。
「絵本作家のミント・ブロームさんはご存じですか?」
「……いや、悪いが存じていないな」
フェイルは首を捻る。
が、副長は聞き覚えがあったのか答える。
「確か『大魔法士』シリーズを全て書いている方と記憶していますが」
「ええ、その方です」
優斗は笑みを零すと一度部屋に戻り、聖剣を取ってくる。
「これは他国を旅行した際に出会ったミントさんからいただいたものです。先代が使っていた聖剣のレプリカに加護を与えて聖剣にしました」
テーブルの上に置く。
すると副長が優斗とテーブルを何度も繰り返して視線を送った。
「エル殿、無理を申すものではないぞ」
補佐官がさらっと釘を刺す。
少し副長が慌てた。
「フェ、フェイル? わ、私はまだ何も言っていませんが」
「顔に出ている」
優斗に聖剣を抜いてほしい、と。
あまりにも単純すぎて不思議がることすらない。
「しかしミヤガワ、“アーネスト”は固いな。フェイルと呼んでくれていい」
年の差はあれど堅苦しい仲にもなりたくない。
優斗も同じように思ったのか、
「では僕のことも優斗で構いません」
「分かった。ではこれからは互いに名を呼ぶことにしようか、ユウト」
「そうですね、フェイルさん」
男同士で笑い合う。
すると副長も羨ましくなったのか、
「ユ、ユウト様。私のことも是非“エル”と――」
「僕のことを様付けやめたら考えます」
優斗が条件を出した。
が、反射的に副長は答える。
「無理です。ユウト様に様付けをやめるなど」
「なら僕も無理です」
◇ ◇
「……ぱぱ?」
しばし3人で談笑していると、優斗を呼ぶ声がした。
「起きたんだね」
柔らかい笑みを浮かべて優斗はマリカが寝ている布団に寄って抱っこする。
「ユウト、この子がお前の娘か?」
フェイルが気になったのか、優斗の側まで近付いてきた。
「ええ、愛娘のマリカです」
「そうかそうか」
フェイルは抱きかかえられているマリカにちょっかいを出す。
くすぐったそうにマリカが喜んだ。
「この子が龍神なのだな」
「あうっ!」
優斗に訊いたつもりだったが、元気よくマリカが返事をした。
フェイルの表情もさらに崩れる。
「とても愛らしい龍神なことだ」
子供が好きなのか、フェイルがいろいろとマリカに構う。
マリカも人懐っこいので、構われて大喜び。
「たーいっ!」
「おお、高いか高いか」
持ち上げてやるとマリカが喜ぶので、フェイルが何度も何度も“高い高い”をする。
そのほか、肩車をしたり追いかけっこをするなど、思わず優斗達がポカンとする光景を行っていた。
すると、
「ユウト~、何か飲み物ある? のど渇いたわ」
「悪い、オレも何か飲み物をくれ」
「だらしがないな、お前達。あれぐらいで根をあげるとは」
新たにリル、卓也、レイナの三人がやって来た。
なぜかぐったりとしているのがいる。
「何をそんなに疲れてるの?」
優斗はさっと冷たいお茶を持ってきては二人に渡す。
卓也は渡されたお茶を一気に飲み干すと、
「……レイナの馬鹿が『たまには鍛えてやろう』とか言い出したんだよ」
「あたしはある程度の自衛が出来るようにってね」
こくこくとお茶を飲みながらリルも答える。
「タクヤの防御が腹立つくらいに堅くてな。楽しかったぞ」
レイナは満面の笑みだ。
全力で卓也の防御魔法を壊しにいったのだろう。
大層満足そうだった。
けれど珍しくレイナの隣に彼がいない。
「和泉は?」
「今日は技師のところへ仕事に行っている」
「そっか。楽しんでそうだね」
優斗はしょうがなさそうに笑う。
実験し放題、見当推測し放題の現場だ。
さぞかし和泉にとって天国だろう。
そしてレイナはソファーで紅茶をすすっている副長に頭を下げる。
「副長も来られているとは思いませんでした」
「私の新しい部下をユウト様に紹介するために来たのです。とはいえ既知の間柄でしたので、友好を深めに来たと言ったほうがいいでしょうか」
レイナがフェイルに視線を送る。
……強そうだった。
「名を伺ってもよろしいでしょうか?」
「フェイル=グリア=アーネスト。副長の補佐をしている」
答えた瞬間、レイナが笑った。
同時に全員が結論に達する。
どうせ言うことはあれだろう。
「私は新人の近衛騎士、レイナ=ヴァイ=アクライトと申します。手合わせを願うことは?」
フェイルはいきなり言われたことに目をぱちくりとさせたが、すぐに大きく頷いた。
「いいだろう」
◇ ◇
剣の弾かれる音が響いた。
優斗達、観客の前にある光景は立っている勝者と膝をついている敗者。
「ふむ、エル殿に通じるものがあるな。良い剣筋をしている」
立っている勝者、フェイルは剣を収めながら満足そうに頷いた。
代わりに少し唖然としているのは卓也やリル。
「……おいおい、レイナが負けるのか」
「ちょっと信じられないわね」
修や優斗に負けるのは仕方ないにしても、それ以外でレイナが負けることはそうそうないと思っていた。
「フェイルさん、マジで強いから」
戦った優斗としては今の結果にも納得する。
だがフェイルは苦笑いを浮かべた。
「聖剣を抜いて2撃で終わらされた俺はどういう反応をすればいいのか困るな」
「剣の能力が違いすぎますから参考にならないですよ。同等の剣を持たれたら僕も結構手間取るかもしれません」
剣を平然と粉微塵にできる剣などそうそうない。
「ご指導、ありがとうございました」
レイナが頭を下げる。
どうやら戦いの最中、手合わせよりは指導だと受け取ったらしい。
「いやいや、俺も良い経験になった。時間があれば継続して行っていこう」
「はいっ!」
元気よくレイナが返事をした。
年上の騎士の言葉だから、と思えるが違う。
「……レイナ。顔がにやけてる」
卓也がツッコんだ。
明らかに強者と戦えることを喜んでいる。
「し、仕方ないだろう! この御方、強いのだぞ!」
世代として上の騎士――しかも副長に近しい実力の騎士と定期的に戦えるなど僥倖。
笑みが零れても仕方ない。
「だが俺としても君が『閃光烈華』と呼ばれる所以となった技を是非とも体験してみたかった」
互いに魔法と剣技での応酬だった。
彼女が『閃光烈華』に至った技は使っていない。
「それはまた、いずれ」
「まずは基本で追いつきたい、という表れか」
飽くなき向上心があっていいことだ、とフェイルは頷く。
「しかしこの若さでこの強さとはエル殿、大層な新人だな」
「仮にもリライトにおける20歳以下ではトップ3のうちの一人ですから。容易に負けることは師である私が許しません」
ピシャリと副長が言い放つ。
優斗とキリアもそうだが、やはり師事する者にある程度影響されるものなのだろう。
このような副長を師としていたからこその強さ。
レイナの強さの一旦が垣間見えた。
なんとなく卓也とリルが頷かされる。
「……レイナも存外、ありえないとは思うんだよ。チートなしで女性なのにあれだけの強さだし」
「本来は同じ女ってだけでビックリするわ」
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