第21話 クリスの婚約者
「ユウトとフィオナさんにお願いがあるんです」
珍しく単独でトラスティ邸に来たクリスが唐突に切り出した。
「どうしたの?」
「ユウトには旅行に行ったとき、夏に婚約者と会うことは話しましたよね?」
「うん、聞いた」
四人全員で驚いたので、優斗もよく覚えている。
「明後日、その婚約者と会うことになったのですが、一緒に会っていただけないでしょうか」
クリスが珍しくしてきたお願い。もちろん、突発な上に意味は分からない。
「説明よろしく」
「分かりました」
クリスは頷くと事の発端を話し始めた。
「初めて会ったときは両家の顔合わせということもあって互いの両親随伴でしたが、今回はどちらの両親もいません。しかもなぜか早いうちに自分の知人を知っておきたいという話になりました。なので今回は友人を交えてのお茶会をするということになって……」
クリスも初めての経験なので、急に知人を交えてのお茶会など多少の違和感はあるのだが、婚約者と会うというのはこういうことなのだろう、と割り切って頷いた。
「そして彼女が初対面でも安心してお茶会をできる人を選ぶとなると、ユウトとフィオナさんが適任かと思った次第です」
「まあ、確かにそうだよね」
優斗も一緒にいる面々を考えると、クリスの人選に納得する。
「修と和泉は論外だし、アリーは王族だからどうしたって緊張する。残るは卓也とココだけど……卓也はテンパりそうだし、ココも緊張したら色々と失敗するし」
クリスも苦笑していることから、優斗と同じ意見なのだろう。
「というわけで、お二人にお願いしたいのです」
そして翌々日のお茶会の日。クリスが迎えに来たので、優斗とフィオナも準備をして玄関に向かう。
同時にフィオナはエリスに抱っこされているマリカに色々と話し始めた。
「まーちゃん。ちゃんとお母様──ばあばの言うことを聞いてくださいね」
「あい」
「夜には帰れますので、それまで良い子でいてくださいね」
「あい」
「あとは──」
フィオナがあれやこれやとマリカに注意するべきことを教える。
初めてマリカを伴わずに出かけるのだから心配するのは分かるが、
「……フィオナ、心配しすぎ。エリスさんがいるんだから」
優斗が呆れた瞬間だった。マリカを抱いているエリスからデコピンが飛んでくる。
「いつっ!」
「ユウト。今、なんて言ったの?」
凍えるような笑みを浮かべてエリスが優斗に迫る。彼女が何に対して怒っているのかは分かるので、優斗も至極冗談めいて言葉を返した。
「なんでしょうか、義母さん」
それだけを言えば、エリスの表情も温かなものへと変化する。
「分かればいいのよ」
三人は歩きながらクリスの家を目指す。
「お相手は子爵のご令嬢というわけだけど、どういう子なの?」
優斗は念のため、クリスに再度確認を取る。
「清純無垢な女性です。間違えても事前準備なしでイズミと関わらせたくないですね」
彼が受け持つ生徒の扱いが可哀想だとは思うが、自業自得なので優斗もフィオナも特にツッコミは入れない。
「性格はどんな感じ?」
「タイプとしてはアリーさんとココさんに近いと思います。アリーさんを幼くして、ココさんの慌てる感じが追加された性格ですね」
少なくとも嘘はつけないタイプだろう、とクリスは言う。
「……あっ、そういえば忘れてたけど、僕達はどういう設定で会えばいいのかな?」
優斗がふと気になった点を確認する。確かに、とフィオナも頷いた。
「そうですね。名乗るときに困ります」
友人同士か婚約者か夫婦か。クリスは問いに対して少し悩むと、
「……結婚は決定的ではありますが決定ではありませんし、万が一に決裂したとしても、彼女がマリカちゃんと会う機会がないとは言い切れません。彼女はマリカちゃんが龍神の赤子ということも知らないでしょうし、何より指輪を見られたら言い逃れできません」
左手の薬指に同じ指輪をしているのは、さすがに何かあると勘繰られる。
「なので夫婦ということでお願いしてもよろしいでしょうか?」
「了解だよ」
「分かりました」
その他にも軽く打ち合わせをしているうちに、クリスの住んでいる家まで辿り着く。
最初に目にする庭園。そこにあるテーブルで一人の女性が落ち着かなそうに待っていた。
「クリス、あのガッチガチに緊張してるのが婚約者だよね?」
「はい。自分の婚約者のクレアです」
待ち合わせ時間までは三○分以上もあるので、クリスとしては三人でゆっくり婚約者を待とうとしていたのだが予想が外れた。
「こんなに早く来ているとは思いませんでした」
少々驚きながらクリスは婚約者に近寄っていく。
「クレア、久しぶりですね」
隣まで歩いてクリスが話し掛けると、勢いよく婚約者は立ち上がった。
「ク、クク、クリス様、お久しゅうございます!」
緊張のあまり、口が上手く回っていない。クリスも優斗もフィオナも苦笑した。
さらに彼女は優斗達を認識すると、慌てっぱなしのまま挨拶をする。
「あ、あの、あの、あの、こ、この度はわたくし達のためにお、お越しいただき、ありがとうございます!」
九〇度にもなりそうな勢いで頭を下げる。なんというか、優斗が今まで関わってきた貴族とは毛並みが違っていた。
「クレア。今日は緊張しないで済む友人に来ていただきましたから、落ち着いてください」
「ひゃ、ひゃい!」
なんて頷くものの、これではさすがに緊張しすぎだろう。優斗はフィオナを伴って近づくと、警戒心をできるだけ抱かせないように爽やかに笑う。
「クレアさん。まずは深呼吸をしてみましょう」
「……へ?」
優斗の第一声にポカンとするクレア。
「クリスもフィオナも一緒にお願い」
何を優斗が言いたいのか意図を察したクリスとフィオナは軽く頷く。
「息を吸って」
合図をし、フィオナとクリスがゆっくりと深呼吸をし始めた。クレアも慌てて同じようにする。
「吐く」
ゆっくりと三人が息を吐く。もう一度、同じ事をさせると優斗はパン、と手を鳴らした。
「では自己紹介をさせていただきますね。ユウト=フィーア=ミヤガワと申します」
「妻のフィオナです。本日はお招きいただき、まことにありがとうございます」
恭しく二人が頭を下げた。クリスは二人のことを手のひらで示しながら、あらためて関係性を説明する。
「二人とも学院のクラスメートなんです」
そしてクリスは続いてクレアの肩に手を置き、
「ユウト、フィオナさん。こちらが自分の婚約者のクレアです」
クリスがあらためて紹介すると、クレアは先ほどよりもゆったりとした形で頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします」
やっと場の空気が落ち着いたので、四人はテーブルを囲む。
「クレア、最初に言っておくことがあります」
クリスとしては、とりあえずこれだけは伝えておかなければならない。
「自分達の付き合いは貴族階級の垣根を越えたところにあります。階級など関係なく愛称で呼びますし、呼び捨てで呼ばれたりします。一般的にはおかしいかもしれませんが、そこは了承してください」
「分かりました」
婚約者の説明にクレアが頷くと、優斗は早速切り出した。
「クリス、今日のところ口調はどうしたらいいですか? クレアさんが緊張するなら、このままで通しますけど」
なにぶん優斗は初対面なので、どこまでしていいのかが分からない。
「いえ、まずは普段の口調に戻ってください。ユウトの口調に耐えられなかったら……不味いです」
問題児はもっと他にいるのだから。
「分かったよ」
クリスに言われた通り、パッと口調を変える優斗。
「クレアさん。僕はこれからこういう感じで話すけど大丈夫?」
「は、はい」
いきなり言葉使いが変わったことにクレアも驚きはするものの、嫌悪感は抱いていない様子なのでひとまず安心するクリス。
「ただ、どういうことか、その……」
クレアとしては説明を求めたい。優斗は頷いて理由を教える。
「クリスが仲良くしてる友達には、もっと言葉が乱雑な人達がいるんだよ。しかも誰が相手でも口調を変えないから、汚い言葉使いが駄目な人だと厳しいなって」
クレアが彼らの言葉使いを下賤だと蔑みでもしたら、クリスの嫁となるにしてはかなり致命的になる。
「だ、大丈夫です! 頑張ります!」
ぐっと両の拳を可愛らしく握りしめるクレア。どういう意味で頑張るのかは分からないが、少なくとも付き合っていく気があるのは良いことだ、と優斗は思う。
「クレア、この二人は初級レベルです。今後、今日のようにお茶会が増えてくるとレベルが上がっていきますので、心の準備はしておいてください」
「……ち、ちなみに、上級レベルだと、どういう方が?」
恐る恐るクリスに問い掛けるクレア。
「王族が出てきます」
「………えっ? お、お、王族って……ア、アリシア様でしょうか!? ど、どうしたらいいのでしょう!?」
またまた慌てるクレア。仕方ないことだとは思うが、優斗は苦笑してしまう。
「今日はアリーを連れてこなくてよかったね」
もし連れて来たりでもしたら、彼女は緊張のあまり失神してしまいそうだ。クリスも苦笑いしながら頷く。
「本当です」
当たり触りのない会話はしていくうちに、少しずつクレアの緊張もほぐれてきたようで、こんなことをクリスに訊いてきた。
「クリス様は学院で、どのような生活をされているのですか?」
「自分ですか? 自分は普通に……」
と、言いかけてクリスは気付く。
「普通に……?」
最近の自分の学院生活に、普通なんてところはあっただろうか?
和泉に振り回され、和泉に引っかき回され、和泉のボケに嘆息しツッコミを入れる日々。
「普通?」
思いの外、悩むことになった。
「クリス様? どうされました?」
「いえ、ここ数ヶ月で“普通”という言葉がずいぶん遠のいたと思いまして」
特に和泉のせいで、縁遠い生活をしているように思えた。優斗はクレアにクリスが首を捻った理由を伝える。
「事情があってクリスが和泉って友達の家庭教師をすることになったんだけど、とっても大変だってことだよ」
「そうですね。連れ回され、振り回され、大変な日常です」
毎日が本当に騒がしいとクリスは実感する。
「そ、そんな方とご友人を?」
心配そうな視線を婚約者に送るクレア。けれどクリスは優しい表情で首を横に振った。
「なんだかんだ言っても、楽しいですから」
一緒にバカ騒ぎに巻き込まれるのは楽しい。これに関しては真実だ。時折、後処理が面倒なのも間違いないが。
クレアはクリスの返答にほっと一安心すると、次いで気になっていた優斗達に話し掛ける。
「それで……その、ユウト様とフィオナ様はご夫婦なのだと伺いましたが……」
「何か気になることがあれば、何でも仰ってください」
同じ女性ということもあって、親身になってフィオナが話を聞く。
「えっと、ですね。結婚生活とはどういうものでしょうか?」
クレアはいまいち想像できない結婚生活のことを尋ねる。両親は年齢が離れすぎて参考にならないし、自分達の歳で夫婦生活を送るというのはどのような感じなのだろうか、と。
これから結婚するクレアにとって重要なことだった。
「夫は優しいですし、一緒にいることは本当に幸せです。ただ二学期に入れば学院生活と育児を両立させなければなりませんし、大変さはありますね」
「お、お子様がいらっしゃるのですか!?」
クレアが目を丸くして驚いた。学院に通っているのに、すでに子供がいるとは思ってもいなかった。
「一歳半になる娘がいるよ」
「学院に通っている間は家政婦などにお任せするのですか?」
「家政婦長もしっかりした人だから任せることはあるけど、フィオナの母親もフォローしてくれるからね」
さらに龍神という特殊性も相まっているため、迂闊に他人へ任せられないのが現状だ。家政婦長はエリスと長年の付き合いらしいので、信頼に足る人物であると優斗は聞いている。なので家政婦長が任せられる限界の相手だろう。
「ユウト様が貴族ということは、フィオナ様のご実家も貴族なのですか?」
続くクレアの問い掛けに今度はクリスが答える。
「彼女の実家はトラスティ――公爵ですよ。ユウトは子爵の家系なので、爵位としてはクレアと同じですね」
「フィオナ様のご実家の方が爵位が高いというのに、よく結婚が許されましたね」
女性のほうが公爵なのだから、少なくとも侯爵ぐらいでないと結婚は許されないとクレアとしては思っていた。
「フィオナさんのご両親は寛大な方達なんです。フィオナさんが気に入ったのなら貴族だろうと平民だろうと平然と結婚させますよ」
クリスの説明を聞きながら、クレアはある一つのことを思い出す。
「あっ! それで思い出しました。クリス様、わたくし達の結婚のことなのですが……」
「何かありましたか?」
こうしてお茶会をしていることから、破棄ということはなさそうだが何かしらの問題が起こったのだろうか。
「早まりそうなのです」
「……どういうことですか?」
クリスが学院を卒業するまでは待つ、という話だったはずだが。
「わたくしも詳しくは分かりませんが、遅くとも年末……早ければ一ヶ月後にでも、と」
「早くなりすぎじゃない?」
あまりの早まり具合に優斗も疑問を抱いた。
「わたくしもそう思うのですが……」
「クレアさんは本当に何か聞いてないの?」
「いえ、ただクリス様の周りが……ということは聞きましたが」
今日、家を出る際に両親が話しているところをうっかり聞いただけなので、クレアも詳しい事情までは知らない。
「クリスさんの周囲に何か変化があったのでしょうか?」
フィオナも一緒になって考え出す。クリスとクレアは意図が分からずに混乱していた。
優斗も考えていると、ふと気付く。
「周囲に変化と言ったら……」
一つ、思い付いたことがある。
「クリス。初めてクレアさんと会ったのはいつ?」
「ユウト達と会う、ほんの少し前ですよ」
「なら、そういうことかな」
これなら筋道が通っている気がする。
「優斗さん、何か分かったのですか?」
「分かったというか、勘違いするには十分かなと思う推論はあるよ」
優斗が全員に説明するため見回せば、フィオナだけではなくクリスもクレアも興味津々で彼を見ている。
あくまで予想だと前置きして、話し始めた。
「クリスが誰かに取られることを危惧してるんだよ」
「どういうことでしょうか?」
クリスが疑問を呈する。優斗は指を一本立てると、筋が通るように説明を始める。
「僕達と会うまでクリスに友達はいなかった。ようは一人ぼっちだったんだけど……」
「確認されると胸に刺さるものがありますね」
クリスが乾いた笑いを浮かべる。ただ、事実なのだから仕方がない。
「僕達と出会ってからクリスの周りには人がたくさん増えた。それは僕とか和泉だけじゃなくてアリー達――つまり女の子も一緒にいるようになった」
ここが結婚の話が早まった焦点だと優斗は見る。
「アリー、ココ、フィオナに最近だとレイナさんか。王族に公爵に近衛騎士団長の娘っていうのは、クリスの相手としては上等だと思わない?」
このうちの誰と結婚しても利点は多々あるはずだ。
「あの、私は優斗さんの妻ですけど」
するとフィオナが訂正するように声を発した。
あくまで夫婦という設定なのだけれど、ほとんど反射的に出たフィオナの言葉に優斗は不意を喰らって顔を赤くする。
けれど無理やりに話を進めた。
「あー、フィオナ。ちょっと論点がずれてる。重要なのはクリスの周囲に上等で上級な女の子がいるってこと」
ちゃんと見据えなければいけないのは、今言ったことが事実であるということ。
「クリスが王子系イケメンってことを考えると、この中の誰かと恋仲になってしまう可能性はある」
「そ、そうなのですか!?」
途端にクレアが泣きそうになった。クリスが慌てて彼女を宥める。
「ありません! ありませんから落ち着いてください!」
どうにか婚約者を落ち着けながら、クリスは優斗に続きを促す。
「二人の結婚がどういう利益を生むのか、どういう状況下で行われるかは知らない。けれど、さっき言った四人のうちの誰かと付き合ってしまったら、縁談は無くなってしまうかもしれない。特にアリーだった場合は問答無用で破談という形になるだろうね」
王族なのだから、いくらクレアの実家が頑張ったところで無意味だろう。
「というわけで、誰かと恋仲になってしまう前に結婚させてしまおう、というのが今回の本筋じゃないのかな。僕達を呼んだ理由だって『クリスにはクレアという歴とした婚約者がいるんだから手を出すんじゃないぞ』みたいな意図が見えるし」
「……なんとなく、ユウトが言っていることで合ってそうな気がします」
むしろ、それしかないと思ってくる。クリスとしても相手の両親が不安がる理由に納得できる。
「で、どうするの?」
「どうする、とは?」
優斗が言った意味を把握しきれないクリス。
「僕が言ったのはどうでもいいとして、クリスはどうしたいの?」
話したことはあくまで予想だ。正しいか否かは相手側しか知り得ない事情なので、正直どうでもいい推理でしかない。
「早められるのが嫌なら、今まで通り学院を卒業してから結婚……ってレールに戻ることも出来ると思うけど?」
仲間の力を使えば容易い。特に王女や勇者は発言力も強いので、無理矢理ねじ伏せることも可能だろう。
「ユウトは自分が頷いたら、絶対にやり遂げますよね」
「クリスが本当に嫌ならね」
軽口を叩くような優斗に、クリスは内心で感謝を述べながら婚約者を真っ直ぐに見据えた。
「クレア」
名前を呼ばれてビクリ、とクレアの身体が跳ねる。
「貴女は今回の結婚、どう思っていますか?」
「わ、わたくしは、両親の言うままに……」
「自分は貴女の気持ちを訊いているのです」
テンプレートのような台詞をクリスは叩き切る。自分が求めているのは美辞麗句や決まり切った定型文ではない。
「会って二回目です。そのような男と最短一ヶ月で結婚など嫌ではありませんか?」
「い、嫌ではありません!!」
クレアの突然の大声に、クリスだけでなく優斗とフィオナも驚いた表情を浮かべた。
「こ、これでもわたくしは婚約することになってから、結婚生活を送るとしたらどんなことをすればクリス様が喜ぶだろうか、と。そればかり考えておりました!」
唖然としている三人に対して、クレアは思いの丈をぶつける。
「確かにわたくしとクリス様の婚姻は両家の思惑が重なってのことです。ですがわたくしは……」
この人なら、と思えたからこそ望みたい。
「わたくしはクリス様と愛ある生活を望んでおります」
しっかりと断言した告白に優斗とフィオナから拍手が起こる。
「なんというか……照れくさいですね」
珍しくクリスの顔が赤らんだ。そして一つ頷く。
「ユウト、心は決まりました」
貴族同士の結婚というものは平民と比べておいそれと離婚などできない。
三割以上は仮面夫婦になってしまうのも事実だが、どうしてか彼女とは良い結婚生活を送れると思えてしまった。
何より女性にここまで言われて退くのは男らしくない。
「年内に結婚します」
「そっか」
「けれど学院との兼ね合いや、クレアのことをもっと知りたいと自分は思っています。それにイズミやシュウ、アリーさんと顔合わせをしておかなければ安心できません。なので年末まで結婚は延ばすつもりです」
「分かったよ」
優斗は右手を軽く挙げた。クリスは意図を理解して力強くハイタッチすると、互いに笑った。
「頑張れ」
「ええ」
そしてクリスは吹っ切ったように晴れやかな笑みを浮かべると、婚約者に提案する。
「クレア。五日後、王城の近くにある会場でパーティーがあります。まずはそこに行って挨拶回りをしましょう」
「挨拶、ですか?」
「はい。貴女のご両親を安心させるためにも、自分の婚約者として来ていただけますか?」
まるで王子様が求婚をしているかのような光景。クレアは彼の立ち振る舞いに見惚れながら、一切の迷いなく首肯した。
「よろしくお願いします、クリス様」
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