第22話 パーティーパニック
そして五日後、クリスの言っていたパーティーには優斗達、異世界組も参加する。
トラスティ邸の玄関では、フィオナがちょっとだけ申し訳なさそうな顔をしていた。
「またお母様にまーちゃんを預けることになってしまいましたね」
「いいのよ。二学期も近いんだから、マリカだって貴方達がいないことに慣れないといけないわ」
「あい」
こくこく、とマリカが頷いた。エリスは良い子ね、と言いながら孫の頭を撫でる。
「ユウトも会場で何か困ったことがあったら、フィオナでもマルスでもいいから訊きなさい」
「分かりました」
優斗が頷くと、三人は会場に向かう馬車に乗る。
けれど車内では何かしら問題があるのか、少し難しい表情をさせている優斗がいた。
「緊張することはない。君ならば問題ないはずだよ」
マルスがフォローするように肩を叩くと、優斗は苦笑いを浮かべた。
「そう言っていただけるのはありがたいんですが、心配事は別にありまして」
「シュウさんとイズミさんですね」
フィオナも分かっていたのか、優斗と同じように苦笑する。アリーとココは親も来ていないから、挨拶に大変だろう。
クリスもクレアを連れて挨拶回りをすると言っていた。
ということはつまり、バカ一号と二号の手綱を握る人がいないわけだ。
優斗だって自分のことだけで手一杯になる可能性はあるだろうし、フィオナも優斗の家庭教師なので彼のフォローを優先する。
なので二人の最大の心配事は、修と和泉が何をしでかすか、ということだった。
「どうしよっか」
「どうしましょう?」
そしてやってきたパーティー会場で、優斗とフィオナ、そして二人と合流した卓也は目の前で展開されている光景に少し頭を抱えていた。
「本来なら貴族のパーティーってセレブな感じが溢れてるんだろうけど、結構台無しだね」
場所としては狭い部類に入るパーティー会場。来ている貴族達もクリスやココを除けば大層な人達はほとんどいない。
異世界組を慣れさせるためには、とても都合の良いパーティーだ。
だから優斗達は着慣れない燕尾服などを纏わせて会場にいるのだが、
「アリー達、まさか問題ないと思ってたのかな?」
王女様は先ほどから引っ切りなしにやってくる客人と会話を交わしているし、ココとクリスは挨拶回りに行っている。
フィオナはこの場では優斗の婚約者となっているので、わざわざ名乗ることはしないまでも彼の隣に佇んでいるので、
「いやはや、参ったもんだね」
先ほどから優斗達の視線の先にあるのは、修と和泉が凄い勢いで料理を食べている光景。
「あのバカ二人がパーティーの品位を下げてるんだろ」
卓也は額に手を当てる。自分達の貴族デビューを知っている人などほとんど皆無。注目されることもほとんどない。
なので修と和泉はお目付け役であるアリーとクリスがいなくて、これ幸いとばかりに料理を食べ続けているわけだ。
「止めにいきますか?」
フィオナが優斗に訊くと、彼は仕方なさそうに頷いた。
「そうだね。周りに注目される前に……って、あれ?」
歩きだそうとしたところで、先日一緒に旅行へ行った女性の姿が優斗達の目に映った。
「レイナさんが修達のところに向かってるね」
生徒会長がずかずかと二人の所へと歩いていく。そして勢いよく拳を修と和泉の頭に見舞った。
卓也が「おおっ」と感嘆の声を上げる。
「拳骨を喰らわせて黙らせた。さすがだ」
「彼女がいると僕達の負担が減って助かるね」
優斗がしみじみと感謝し、卓也とフィオナが本当だとばかりに頷いた。
レイナは修と和泉を引きずって歩く。
「何をやっているか、お前達は!」
クレアを連れて挨拶回りをしていたクリスに様子を見てきてくれ、と頼まれたので来てみたら案の定だ。
家庭教師達に説教してもらうためにも、レイナは二人を引きずって歩いていく。
しかし和泉と修は全く応えていないようで、
「腹が減った」
「だからしゃーないだろ、レイナ」
いきなりとんちんかんなことを言い出した。
レイナはバカ二人を大声で黙らせる。
「しょうがないわけがないだろう!」
修と和泉を引きずりながら、彼女は呆れながらも彼らの仲間に尊敬の意を示す。
──ユウト達はこいつらの面倒をいつも見ていたのか。
このマイペースな二人を相手にするのは根気が必要だろう。少し同情しそうになる。
「お前達は今日、パーティーの何たるかを勉強しに来たのだろう?」
「「飽きた」」
「飽きるな!」
再び怒鳴りながらレイナは前にいる男性とすれ違う。次いで引き摺られている修と和泉もすれ違うことになるのだが、
「ん?」
その時、ピクリと修が反応した。
「どうした、修?」
同じように引き摺られている和泉が話し掛けると、修は首を捻って眉を僅かに寄せた。
「なんか……変な感じが……」
ほんの僅か、毛筋ほどの感覚がピリッと来たような気がした。
引き摺られながら周りを見てみるが、特に変わった様子はなく修のアンテナにも再び引っ掛かることはなかった。
「気のせいか?」
違和感とも呼べないほどの僅かな感覚だ。慣れない場所で少し神経質にでもなってしまったのだろうか。
──神経質とか俺のキャラじゃないし。
修は少し考えて、馬鹿らしいと一笑する。レイナもシュウの異変に気付いたようで、
「何かあったのか?」
「いや、気のせいだったわ」
「だったら自分で歩け、馬鹿者」
レイナが両の手で掴んでいた二つの襟首を離す。ベシャ、と修と和泉が地面に落ちた。
「痛いっつーの。暴力反対だぞ」
「そうだ。暴力はツンデレのみ許される行為だと覚えておいたほうがいい」
特に痛そうな表情をさせないまま、二人がレイナをからかい始めた。するとレイナは僅かばかりな笑みを顔に貼り付け、
「……ほう。お前達のためを思って説教はクリス達に任せようと思っていたが、どうやら私の説教を所望のようだな」
怒りの炎が彼女の瞳に灯ると、思わず二人は正座した。
「いえ、俺はアリーの説教がいいです」
「俺もクリスの説教のほうがいい」
「……はぁ。説教されないようにする、と答えないのが本当にバカとしか言いようがない」
レイナは眉間を揉み解す。なんとなく保母さんのような気持ちになってきた。
「とりあえずシュウもイズミも誰にも挨拶をしないのは問題だろう。試しにアリーにでもやってみろ。今なら時間を取られずに出来るだろう」
先ほどまでは挨拶に来ていた貴族と話していたが、少し落ち着いたのだろう。
今現在、アリーの側にはフィオナの父親であるマルスがいて、彼と穏やかに談笑している。
レイナ達が近くまで寄るとアリーが気付いたので、修が軽く手を挙げた。
「よっ、アリーにフィオナのおじさん」
「シュウ様、イズミさん、レイナさん。パーティーは楽しんでいますか?」
にこやかに笑みを携えながらアリーが経過を訊いてきた。けれどレイナが二人がやっていたことを普通に暴露する。
「そのことなのですが、シュウとイズミがパーティーではあるまじき行為をしていました。ですからアリシア様にはパーティーが終わってから説教していただこうかと思っている次第です」
レイナの提言にアリーは少しだけ面白そうに目を細めた。
「まあ、シュウ様とイズミさんはそうだと思いましたわ。別に無礼講とまでは言いませんが、お二人が何をやろうと今日だけは許容範囲とします。あとで説教はしますけど」
アリーにも予想できた答えだった。だから格式張ったパーティーではなく、今回のような小さなパーティーを選んだのだから。
「しかしレイナさん。今はわたくし達に聞き耳を立てている方もいませんし、いつものようにアリーでいいですわ」
呼び名が違うので、アリーには違和感しか生まれない。けれどレイナは姿勢を正し、
「いえ、騎士を目指している者として公私の分別は弁えることが必要です」
「……そうですか。では仕方ありませんわね」
ここ最近になってたくさん呼ばれている愛称のほうがアリーとしては嬉しいのだが、無理に強制するものでもない。
「それはそうと、シュウ様とイズミさんは──」
何をしたのですか? と質問しようとした時だった。
会場中央にあるテーブルのところでガシャン、と皿が割れる音がしたと同時に悲鳴が起こった。
周囲がざわめき、混乱のようなものが起きる。
「あん? 一体、何が起こってんだ?」
修は状況を把握しようとして、会場中央に近付こうとする。
「――ッ!」
けれど背後から膨れあがる気配を察し、咄嗟に振り向いた。真後ろには大柄な男が立っている。
「おいおい、マジかよ」
そして男が振り上げている手には、鉈のようなものが握られていた。
修は舌打ちすると強く鋭い声を放つ。
「和泉、レイナ! アリーを守れッ!!」
その少し前。優斗達は話し掛けてくる貴族達と少々の会話を交わしては、愛想笑いを浮かべる時間を過ごしていた。
「フィオナ、卓也。何か食べる?」
そして一人の貴族と話し終えたあと、少し小腹を満たそうと優斗が提案する。
二人とも同意し、
「そうですね。少しお腹は空きました」
「オレも何か摘むものが欲しい」
「分かった。取ってくるよ」
優斗は壁際から中央のテーブルへと向かう。
「三人分になりますし、私も一緒に行きますね」
フィオナも後を付いて行く。一人、残された卓也が苦笑して二人に軽く手を振った。
テーブルに歩みを進める優斗とフィオナは、引き摺られている修と和泉を見て再び呆れる。
「シュウさんとイズミさんはどこに連れて行かれるんでしょうね?」
「あの様子だとレイナさんが説教するんじゃない?」
「かもしれません」
クスクスと笑いながら、二人は中央のテーブルに到着する。
「とりあえず、いろんな種類を取っていこうか」
「けれどタクヤさんは野菜好きですから、その中でも野菜は多めにしましょう」
周囲を見ても、自分で取り分けて料理を食べる貴族はそこまで多くない。
料理を持ったウェイターが動き回っているし、従士を使って食べ物を取らせる者もいる。
とはいえ決して珍しい光景とも言えないのがこの国の特徴でもあった。
「さて、何を取ろうかな」
優斗はフィオナにお皿を渡し、自分もどの料理を取るか吟味しようとした瞬間だった。
「──ッ!」
ゾクリ、とした。一瞬にして現れた背後からの殺気に、優斗は反射的に隣にいたフィオナを突き飛ばす。
「きゃっ」
可愛らしい悲鳴をあげるフィオナ。彼女が持っていたお皿が空中に投げ出される。
けれどフィオナが声を発した瞬間、
「……っ!」
何かが優斗に刺さった。
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