第18話 初の旅行

そして数日後。優斗の引っ越しも着々と進んでいき、仲間内で唯一の追試を受けることになった和泉もクリスの懸命の指導により、どうにか補習を回避することができた。

 なので今現在、彼らは何一つ憂いがない状態で大きな馬車に乗り、リライト王国沿岸にある海へと向かっていた。

 御者台には優斗とクリスが乗って馬を御している。

 

「大丈夫ですかね?」

 

 クリスが手綱を握りながら車の様子が気にした。車の中にいるのは総勢八人。優斗とクリスが御者台に座っているとすると、連れてきているマリカを数に入れたところで一人多い計算になる。

 

「護衛として来てるみたいだから、気を張るのはしょうがないと思うけど……」

 

 優斗は海に向かっている面々の中で唯一、目一杯に力んでいる人物のことを考えて苦笑いを浮かべる。

 

「もっとリラックスしてほしいんだけどね」

 

「自分も同じ気持ちです」

 

 今日は一泊二日で行くことになった旅行の初日なのだが、優斗とクリスは朝、集合したときのことを思い出していた。

 


 

 

「この度はアリシア様及び公爵様、龍神様の警護担当として参りましたレイナ=ヴァイ=アクライトと申します」

 

 集合場所であるトラスティ邸の門の前に、片膝をつき頭を垂れる生徒会長――レイナがいた。

 彼女が地面に向けている顔を上げると、唖然とした表情の貴族達と変なものを見るような異世界組がいる。

 

「と、とりあえず立っていただけますか?」

 

 さすがに王女のアリーといえど唐突過ぎて声が引き攣る。

 

「はっ!」

 

 きびきびとした動きでレイナが立ち上がった。アリーは彼女の反応を見ると、眉ねを揉みほぐしながら、

 

「あと、その口調と動きをやめていただけると助かりますわ」

 

 いきなりの登場人物に全員が動揺を隠せていない。しかもやってきたのが自分達の通う学院の生徒会長なのだから、尚更だ。

 

「し、しかし私は護衛として来ましたので」

 

 レイナが反論するも、アリー達には何の話なのかさっぱりだ。

 

「まず、わたくし達はなぜ貴女が護衛として来られたか、全く知らされていないのです。それから説明していただけますか?」

 

「か、畏まりました」

 

 ということでレイナから詳しい話を聞いてみると、どうやら貴族の中でも上流が集まっており、さらには龍神の赤子までいる面子が旅行をするにあたって、リライトの勇者である修だけでは護衛の人数が足りていないのでは? とのこと。

 隠れて騎士達にも見張らせるので特に問題はないと王様は思ってはいたのが、すぐ近くにも護衛はいたほうがいい、との助言が近衛騎士団長からあったらしい。

 そして彼の娘であり、同じ学院に通っている生徒会長――レイナに護衛の話が回ってきた、ということが彼女から伝えられたことだ。

 

「皆様にはお伝えされていると思いましたが、驚かせてしまい申し訳ございません」

 

 


 

 そして今へと至る。置いていくのもどうかと思うので、レイナも車の中にいる。

 最初は彼女が御者も自分がやると言い出したのだが、それは優斗とクリスが丁重に断った。

 

「あの、レイナ様」

 

 車内にいるアリーは生徒会長に情報がどこまで伝えられているのか、とりあえず確認してみる。

 

「護衛で来られたということは、やはりある程度の話は聞かれているのですか?」

 

「はい。ミヤガワ様やウチダ様、ササキ様にトヨダ……様の名前は元々、転校生ということで知っていましたが、異世界から来た方々というのは先日に学院長とリライト王より教えていただきました」

 

 すらすらと述べるレイナだが、彼女の口調にアリーが小さく溜め息を吐いた。

 

「先ほども言いましたが、普段のレイナ様はそのような口調ではないでしょう? わたくし達は友達と旅行に来ているのです。レイナ様も一緒にいらっしゃるなら、護衛という形ではなく学院の先輩として居ていただけると、こちらも気が楽になるのですが」

 

「で、ですが──」

 

 レイナとて護衛として来ている以上、公私は別けるべきだと思っている。だから普段通りに口調など出来るはずもない。

 すると頑ななレイナに対して、和泉が馬鹿にするような発言をした。

 

「面倒だな、お前は」

 

「……なんだと?」

 

 初対面から口喧嘩をしたと言っても過言ではない二人は、いきなり睨み合いを始める。

 

「堅苦しい護衛なら別にお前じゃなくていい。お前よりも腕の立つ護衛なんて他にいる……というより、どうせ隠れて来ているだろう。貴族連中をすぐ近くで守る奴だって修や優斗がいる。人数が足りないから不安だと近衛騎士団長は言っていたようだが、修と優斗がいるというのに足りないわけがない。けれど、それを理由としてお前を護衛として寄越した意味を考えろ」

 

 そして予想される理由が、どこにでもあるような政治的な意味合いを持ったものだと和泉は思わない。

 

「さっき優斗が言っていたが、ここにいる面子は将来の国政に関しても重要な役割を果たす可能性が高い。公爵も王族も勇者も異世界人もいる。お前は将来的に近衛騎士を目指してるんだろう?」

 

 和泉の問い掛けにレイナは素直に頷く。

 

「ならば将来的に守る立場の中心になり得るお前に、少しでも俺達の雰囲気に慣れてほしい、というのが今回の件の一端じゃないか、とな」

 

「……そ、そうなのか」

 

 和泉の話に説得力があったのか、レイナは深く深く頷く。ココも憧れの存在であるレイナに懇願するように、

 

「わたし達は公爵だから友達とかいなかったです。でも、だから友達とだけで行ける旅行がとっても楽しみで、レイナ様も──いえ、レイナさんも協力してくれると嬉しいです」

 

 さらには卓也が気軽に自分達が求めているレイナの在り方を告げる。

 

「つまりオレ達が望んでるのは護衛じゃなくて、生徒会長ってことなんだよ」

 

「ついでに守ってくれると助かる、っていう話だわな」

 

 なあ、と修が同意を求めると、護衛される最筆頭のアリーとマリカが返事した。

 

「そうですわね」

 

「あいっ!」

 

 車内に響く二人分の声。優斗とクリスは漏れてくる会話を聞きながら、

 

「まとまりそうですね」

 

「そうだね」

 

「ユウトさんは……いえ、ユウトはいつ護衛が将来的なものに繋がっていると気付いたのですか?」

 

 クリスが優斗を呼び捨てにした。それに少し驚きながらも優斗は答える。

 

「まさか、何も気付いてないよ。だったらいいなって思っただけ。まだ何の情報もないんだから」

 

「では、先ほどイズミが仰っていたのは?」

 

「僕の口からのでまかせ。分かりやすい道筋を立てれば大抵は納得するから」

 

「確かに。中にいる方々は皆、納得されましたね」

 

 レイナが説明した王様達の話も、どこまで本当なのかは分からない。ただ、王様の為人を考えれば悪い方向に想像を働かせる必要はない。

 であれば、気楽な出任せを言ったほうがいい。

 

「僕達の場合はバカが突拍子もない方法で垣根を取っ払ったけど、レイナさんは堅物みたいだから。納得できるような理由を考えないと、さすがに無理だと思ったんだ」

 

「ユウトはよく考えていますね」

 

「頭を使わない人と一緒にいるとね、自然と考えなきゃいけないことが多くなるんだよ。クリスもすでに実感してるでしょ?」

 

 気軽な優斗の口調にクリスは「確かに」と頷いた。二人は苦笑しながら手綱を握り直す。

 

「それにしてもさ。馬車って二種類あるんだね。初めて知ったからビックリしたよ」

 

 優斗達が今乗っている馬車の他に、もっと別系統の馬車があることをクリスから聞いて驚いたものだ。

 

「遊覧型と他国へ移動用の高速型。二種類ありますからね」

 

 現在、自分達が乗っているのは遊覧型であり基本的に皆が乗る馬車。

 

「高速型って魔法具との合わせ技ですごく速いんだよね?」

 

「はい。各国を繋げる高速型専用の大通りを使って移動しますので、大抵の国は半日ほどで着きます」

 

 セリアールの大きさは優斗達のいた地球と同じくらい。三大国と呼ばれる国のうち、一つだけは違う大陸にあるものの、八割以上の国は同じ大陸に存在する。

 だからといって大抵の国が半日で着くというのは、あまりに想像の範疇を超えている。

 

「……どれだけスピード出るの?」

 

「さあ? ただ、馬車の窓から見える風景は遠かろうと霞みますね」

 

「うわ、乗りたくない」

 

 たかだか馬車なのに飛行機以上の速度かもしれない。基本的に恐れることがない優斗でも、恐怖を覚えそうだった。

 だがクリスは小さく笑って、

 

「それは無理な相談です。いずれユウトも乗ることになりますよ」

 

 


 

 今回、泊まることになっているのは、クリスの家が避暑地に使っている別荘の一つだ。

 修が計画立てた最初の計画だと泳ぎ通すことになっていたのだが、二日もあることだから初日は近くの川で釣りにチャレンジする、ということになった。

 

「ほ、本当にこんなものを針に刺さなければならないのですか?」

 

 アリーを始め、クリスとレイナ以外の貴族は餌を付ける時点で四苦八苦している。レイナも子爵の爵位を持つ家柄なのだが、彼女は平然と餌を付けていた。

 なんとか全員が餌を付け終わると、それぞれがバラけて釣り糸を垂らす。

 優斗とフィオナだけはマリカを交代で見ることにしており、今は優斗がマリカの面倒を見ている。

 

「おっ!」

 

 すると釣りを始めて数分で、修の竿が微かに反応を示した。

 

「来たぁ!」

 

 まずは修に当たりが来た。水面で暴れている姿から鑑みるに、体長三○センチほどの鮎みたいな魚が当たっている。

 

「よっしゃ、まずは一匹ゲット!」

 

 手際よく竿を持ち上げて鮎を引き寄せる。そして自らの手に収めると素早く針を外してバケツに放り込んだ。

 

「うしっ! みんな、どんどん釣るぞ!」

 

 修の掛け声で全員がより一層、竿に集中し始めた。この場所は魚の溜まり場だったのか、他のメンバーもすぐに引きが来た。

 

「あわわっ!」

 

 ココなどは、おっかなびっくり竿を引いて魚を手繰り寄せ、

 

「これは大きいですね」

 

 クリスは自分が釣った魚の大きさに満足しながら再び糸を垂らす。中でもとりわけ大きい魚を釣ったのがアリー。

 釣り竿の先に反応があった為、思いっきり引っ張ってみると、考えていた以上に衝撃が手に伝わる。

 

「あの、あの、シュウ様!」

 

 予想外の強い引きで慌てる彼女に、修が素早く駆け寄った。アリーの身体を包み込むように後ろから手を回すると、一緒に竿を握る。

 

「一気に引くぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

 暴れまわる魚を目の前にして、二人して一緒に力を込める。すると水面から出てきたのは八○センチほどの魚。

 二人で同時にキャッチするが、魚が重くて同時に尻餅をついた。

 

「うおっ、スゲー重いじゃねーか」

 

「ビックリですわ」

 

 ビチッ、と魚が腕の中で暴れる。アリーと修が呆けた表情で顔を見合わせた。

 なぜか笑いが込み上げてくる。

 

「ふふっ」

 

「はははっ!」

 

 大笑いしていると周りの友人達が集まって、二人が抱きしめている魚を見るや驚いたり褒め称えたりした。

 

「アリー」

 

「はい?」

 

 修は右手を上げる。アリーは首を傾げながらも、同じように右手を上げる。

 瞬間、修は手を動かして彼女の右手と合わせた。パン、と乾いた音が響く。

 



 

 釣りを楽しんだあとは、バーベキューを始めた……のだが、一人だ可哀想な人物がいた。

 

「やはり外での食事は美味しいですわ」

 

「イズミ、野菜が邪魔だ。早く食べてくれ」

 

「生徒会長が食えばいいだろう」

 

「おい、卓也。肉が足らねーぞ」

 

「お前らも少しは手伝え!」

 

 バーベキューには大抵、焼くばっかりの係が存在する。そして、こういった場合は基本的に卓也が就任される。

 彼の悲痛な叫びに優斗とクリスとレイナ、ココが苦笑しながらも応じて手伝い始めた。アリーも自分の分ぐらいは、と野菜を取って焼いてみる。

 

「まーちゃん、ゆっくりと噛んで食べてくださいね」

 

「あい」

 

 フィオナが小さめの柔らかな食材を選んではマリカの口に運ぶ。

 

「卓也、魚を焼いてくれ」

 

「和泉! 自分で焼けっ!」

 

 慌ただしく動く卓也。彼にとって一番の難敵は修と和泉だろう。

 

「焼き加減、というのは中々に難しいですわ」

 

「ほんとです」

 

 そしてココやアリーは自分の分を楽しそうに焼いては食事を取っていた。

 というよりレイナとクリス、最近料理を始めたフィオナを除く貴族は自分で料理を作ったこともないため、今回のバーベキューは焼いたりひっくり返したりするだけにしても、自分で作る料理として簡単で新鮮だった。

 



 

 そして夜になり、男子組と女子組に別れて別々の広間で寝ることになった。

 となると、だ。始まるのは修学旅行のような夜の会話。男子は卓也が先陣を切って尋ねる。

 

「それで優斗はどうなんだよ?」

 

「何が?」

 

「フィオナとどこまで進んでるのかってことだよ」

 

 おそらく仲間内で一番気になるのが、二人の関係だろう。最初の初々しいやり取りといい、現在の状況といい、気になって当然だ。

 しかし優斗は肩をすくめて愛想笑いを浮かべる。

 

「期待に応えられず残念だけど、まだ何もしてないよ」

 

「キスは?」

 

「してない」

 

 優斗は簡単に否定する。続いてクリスも訊いてきた。

 

「では、手も繋いでいないのですか?」

 

「繋ぐどころか、触れてすらもいないけど」

 

「……優斗。俺が言うのもどうかとは思うが、大丈夫なのか?」

 

 あの和泉が本気で心配してくる。優斗は呆れ顔になって、

 

「というか、僕達ってそんなにカップルに思え……ごめん、今のは無しで」

 

 反論しようと思ったのだが、すぐに自分で気付いて言葉を濁した。あれだけフィオナから心配された上に、龍神であるマリカが娘として登場してきたのだから「何を言っているんだ?」と全員に心の中でツッコミを入れられたことだろう。

 優斗自身も客観的に見たら『付き合ってるだろ』ぐらいは絶対に思っていたはずだ。

 

「まあ、お前達なら時間の問題だろうけど」

 

 卓也がしみじみ言うと他三人が納得した。次いで優斗達の視線が向いたのは、

 

「クリスはどうなの?」

 

 王子様系イケメンの恋愛模様。今度は優斗が聞く係に回る。

 

「自分ですか? 自分は婚約者がいますから、何とも言えませんね」

 

「「「「 婚約者!? 」」」」

 

 面白い爆弾発言がクリスから飛んできた。

 

「はい。一応ではありますが婚約者がいますよ」

 

 四人の唖然とした顔にクリスはしてやったり、の笑みを浮かべる。

 

「自分が学院にいますので結婚はまだですが、卒業したら結婚します」

 

「うわぁ、貴族っぽいじゃんか」

 

「貴族ですから」

 

 修の感想にクリスは是非もなく肯定した。優斗はさらに詳しいことを尋ねていく。

 

「会ったことはあるの?」

 

「一度だけですね。この夏にまた会うことになっているんです」

 

「よくそれで結婚できるな。オレはたぶん、無理だよ」

 

 卓也は考えられない、とばかりに苦笑した。あらためて違う世界の違う常識なのだと認識させられる。向こうでは王族や皇族ですらも一般人と結婚できる時代だというのに。

 

「そこまで割り切った結婚、というわけでもないのですよ。これでも自分は公爵家の長男です。下位の貴族ならば自分の意に沿わない結婚は多々ありますが、自分はある程度自由に選べる立場にいるので、幸せなほうかと」

 

「そうか。まあ、本人が問題ないと思えるならいいだろう」

 

 和泉はクリスが不幸にならないのであれば、それでいいとばかりに納得する様子を見せた。

 

「だったらアリーはどうなんだ?」

 

 ふと気になった修がクリスに問い掛ける。

 

「彼女は王族ですから相手となる人物には、ある程度の地位は必要になります。最低でも公爵の血筋か城内でも権力のある方との結婚になるかと。少なくとも彼女の夫になることは国王になるということなのですから。時に意に沿わない結婚を強いられることもあるかもしれません」

 

 国の利益のため、という言葉で結婚せざるを得ない場合もあるかもしれない。

 

「もしクリスの言うような状況になったら修の出番かな」

 

「俺?」

 

 優斗の振りに修が疑問を浮かべると、和泉が解説した。

 

「貴族以上の立場である異世界出身で勇者の刻印を持っている『リライトの勇者』。アリーがどこかしらの貴族が嫌だと言ったらお前が婚約者にでもなって結婚してやればいい」

 

 特にアリーは修に惚れているのだから、一切問題ないだろう。

 けれど修はいつもと変わらない表情で、

 

「しゃーないな」

 

 とりあえず頷いた。修を除く全員で顔を見合わせる。今のところ、脈はないらしい。

 

「んじゃ、もう一つ気になったんだけどよ。和泉はなんでレイナと相性が悪いんだ?」

 

 好みを考えると本当に意外だと修は思う。

 

「お前、あいつの性格とか直球ド真ん中だろ?」

 

 堅物生真面目の委員長キャラ。ゲームでやっていた時は常々発狂しながらボタン連打してシナリオを進めていたというのに、どうしてレイナとは喧嘩をするのだろうか。

 

「いや、ゲームでは好きだったが、現実にいると……少しうざい。お前達にもあるだろう?」

 

 例えるならゲームキャラだと妹が大好きだが、リアル妹とは相性が悪いとか。そういった類の感情だ。

 

「ゲームだから許せる性格であって、現実では勘弁願いたいものだ」

 


 

 

 そして女子も女子で並べた布団の中央に集まる。

 

「マリちゃんは寝てます?」

 

「ええ。もうぐっすりです」

 

 フィオナはすぐ側で眠っている愛娘の髪の毛をちょいちょい、と触る。マリカは身じろぎもせずにすやすやと夢の中にいた。

 

「フィオナさんも大変です。急にお母さんになるなんて」

 

 僅かな明かりが皆の顔を照らす中、ココの言葉にフィオナは首を横に振った。

 

「でも可愛いですよ。まーちゃんが無邪気に笑っていたりするのを見ていると、疲れが飛んでいきますから。これが母親になる人の気持ちなんだなって、少し分かった気がします」

 

 まだマリカとは少ししか一緒に暮らしていないが、それでも母親というものがどういう存在なのか、僅かにでも理解できたとフィオナは自分で思っている。

 するとアリーがニマニマと笑いながら、

 

「それに何かあってもフォローしてくれる、献身的で優しい旦那様までいますものね」

 

「ア、アリーさん!?」

 

 ビックリして若干顔を赤くするフィオナ。レイナもアリーの発言に多少、驚きの表情を浮かべる。

 

「すでにフィオナには旦那様がいるのか?」

 

「ええ。この間、決め事のうちにあったのですわ。対外的にユウトさんとフィオナさんを婚約者であったり夫婦にする、と」

 

 今回選ばれた二人は今まで龍神の子供を育てた人達に比べると違いがある。

 その違いがどう働くかわからない以上、できるかぎりは今まで育ててきた人物達と対外的だけでも似せていこうとするのは、必然的な流れだろう。

 フィオナは顔を赤らめたまま、必死に反論する。

 

「そ、それはそうですけど、あくまで非常事態になったときですから」

 

「では非常事態が起こったら私達は臨機応変に対応しろ、ということか?」

 

 レイナの質問にアリーが頷く。

 

「そういうことです。時と場合によって夫婦になったり婚約者になったりするそうですわ。マリカちゃんがいる以上、大抵はユウトさんの──ミヤガワ家の奥様というのがフィオナさんの設定になるのではないかと」

 

 しかしながら、あくまで設定とはいっても優斗が婿入りしたときの書類、フィオナが嫁入りした書類、婚約者として認める書類は実際に存在している。

 その全てに王国印が押されており、金庫に保管されていた。

 ココも王城で説明を聞いた時は、マリカが生まれた現場にいた人間だったというのに大層驚いたものだ。

 

「マリちゃんの存在を知っている方でも、ユウトさんとフィオナさんは婚約者同士という設定らしくて。わたし達は状況に合わせる必要性があるって教わりました」

 

 凄い展開になったものだと、ココは聞いた当初に目を丸くしたものだ。

 

「むしろ数々の設定を嬉々として望んでいたのはフィオナさんのご両親でしたわね」

 

 アリーも話し合いの状況を思い返す。マルスもエリスも優斗はお気に入りらしく、娘の婚約者など以ての外──と思うどころか、進んでそうしようとしている節があった。

 無論のこと、フィオナの様子から鑑みた結果でもあるだろうが。

 と、ここでフィオナがこれ以上の弄りが恥ずかしくなったのか、話の矛先を無理矢理に変える。

 

「わ、私はともかくとして、アリーさんやココさんはどうなんですか?」

 

「なに? 二人にもあるのか?」

 

 次々と出てくる乙女話にレイナも内心が躍る。

 いくら生真面目だとはいえ、恋愛トークというものは若い女性で嫌いな人はそうそういない。

 フィオナは間髪入れずにアリーへ質問する。

 

「アリーさんはシュウさんと、どうなんですか?」

 

「シュウ様とは別に……何事もなく過ごしておりますわ」

 

「でも優斗さんが『アリーは修のことが好きなはずだよ』と言ってましたけど」

 

 フィオナは優斗から聞いた話そのままに、アリーへ伝える。すると彼女は『やっぱり』という表情を浮かべた。優斗は無駄に相手の心の機微に聡い。

 おそらくは最初に出会った瞬間からバレていたのではないかと思う。

 

「なんというか、掴み所がないのです」

 

「掴み所がない?」

 

 どういうことだ、とレイナが聞き返す。

 

「例えば恋愛物語があるとして、それに近い状況になるとします。そういった場面になって一押ししたところで、何か反応を期待しても一向に反応がないのですわ」

 

「……ああ、なんとなくわかります」

 

 ココが神妙に頷く。四ヶ月ほど一緒にいると誰もが気付くことではあるが、修は子供っぽい。

 さらに思春期特有の女の子への興味を一切持っていないように思える。

 

「脈がないかと思えば先ほどの釣りの時のように、後ろから包み込むように竿を一緒に握ってくれたりと、ほとほと難しいのですわ」

 

 普通の恋愛として判断ができない。暖簾に腕押し、と言ったところか。

 

「なんかもう、一方的に押したとしても無駄なような気がしますわね」

 

「確かにそうかもしれないな」

 

 レイナを筆頭に、全員で深く頷く。アリーの残念な恋愛話を聞いたあとにターゲットになったのはココ。

 

「ココさんは誰かにありますか? たとえばタクヤさんとかは?」

 

 フィオナに問われてココは頭に卓也を思い浮かべてみる。

 

「ん~、ないです」

 

「ないんですか?」

 

 フィオナが不思議そうに声をあげた。優斗ほどではないにしろ、卓也だって一般的に良い方だとは思っているからだ。

 

「良い人なのは分かってますけどそれだけ、というか。格好良さを見ようと思わないです」

 

 ココにとって卓也は惚れる要素が一つたりとも存在しない。

 

「例えばシュウさんみたいに顔がいい、ユウトさんみたいにフィオナさんには凄く優しい、といった恋愛要素の一面を見つけられない……というか、タクヤさん相手だと見つける気がないです。イメージとしては『お兄ちゃん』が一番しっくりしますし、恋愛対象なんて無理です」

 

 なんとなく可哀想な気もするが、これがココの卓也に対する評価なのだろう。

 

「ココさんも中々に辛辣ですわね」

 

 アリーはざっくりとした感想を言うと、残る一人にも同じ話題を振る。

 

「そういえばレイナさんとイズミさんは出会った頃から仲がよろしかったですわね」

 

 最初の出会いからまともに会話できているのが凄い。優斗達から『バカ一号』と呼ばれ、頭のネジが少々飛んでいると称された彼と真面目に会話することなど、アリー達には無理だった。

 今は慣れているので問題ないけれども。

 

「いや、あれのどこが仲が良いと」

 

「イズミさんを初対面で変人だと思わないのは稀だって優斗さんが仰ってましたよ」

 

「わたくし達のときは……壮絶でしたから」

 

 今でも忘れられない。顔合わせをしたら唐突に頭を叩かれ、起き上がったと思ったらクリスに女装させようと堂々と宣言した。

 しかも、そのふざけた状況から椅子ごと蹴られて壁に飛んでいったのだ。

 変人以外の感想は抱けない。

 

「わたくし達との出会いと比べたら、レイナさんとイズミさんの出会いなんて普通すぎますわ」

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