第17話 指輪と家族

 翌日の朝。

 

「……ん……」

 

 朝日が目に入って、優斗は眠りから覚める。普段とは違う天井が目に映る。

 

「…………」

 

 寝起きは頭の回転もそこそこに悪いが、さすがに自分がどこにいるのかは覚えている。

 

「……フィオナの家か」

 

 のそのそとベッドから這いずり出た。


 ──今日は僕がここに住むのか……相談しなきゃ。


 普段はゆっくりと頭の回転が上がっていくのを待っているが、さすがに今日はそういうわけにもいかない。無理にでも普段の状態に戻ることが必要だ。

 

「…………んー、と……」

 

 優斗はどうしようかと回転不足の頭で考え、

 

「……伸びでもしてみるか」

 

 両手を組み合わせ、伸びをしようとした瞬間だった。左手の指に違和感があった。

 

「……ん……?」

 

 ぽけっ、としながら左手を見てみる。銀色に光る輪っかがあった。

 

「……ゆびわ?」

 

 左手の薬指に見たこともなければ、嵌めた記憶も一切ない指輪が嵌まっている。一歩遅れて事の重大さに気付いた。

 

「いや、なんだこれっ!?」

 

 眠気も消し飛び、頭の回転数も一気に上がった。



 

 

 優斗は慌てて着替えてフィオナ達に会いに行く。幸い、優斗以外はすでに広間にいた……のだが、なぜかフィオナの周りに集合していた。

 

「あっ、優斗さん」

 

 フィオナが朝のあいさつすらも忘れて、困った表情を浮かべている。

 

「もしかして……何かあった?」

 

「まーちゃんと一緒に寝てたんですが、朝起きたら指輪が……」

 

 おそらくまーちゃん、というのはマリカの愛称だろう。そして指輪というのは、

 

「もしかしてこれ?」

 

 優斗は左手をフィオナに見せる。

 

「は、はい! それです!」

 

 フィオナも自身の左手を優斗に差し出す。同じように薬指に指輪が嵌まっていた。

 

「これ、取れないんですよ」

 

 フィオナが指輪を引っ張ってみるが、少し動いたところで止まってしまう。優斗も彼女と同じようにやってみたが、確かに外れなかった。

 

「……いや、まあ……なんとなく理由はわかるんだけど」

 

 二人はエリスに抱かれているマリカを見た。両親の視線が集まって嬉しいのか、はしゃぐマリカ。

 

「どうしましょうか?」

 

「指輪の意味もまだ分からないから、なんとも言えないよね」

 

 優斗はマルスとエリスに視線で問い掛けてみるが、二人も詳しい知識を持ち合わせていないので、何か言うこともできない。

 すると家政婦が客人の存在を知らせた。マルスが確認するとアリーの名前が出てきた。

 何でも王城に来て欲しい、とのことらしい。

 元々、登城するマルスはもちろんのこと、優斗、フィオナ、エリスにマリカもだそうだ。

 優斗がここにいたのは予想の範疇だったらしく、寮まで行く手間が省けたと馬車の中でアリーが話していた。

 

「昨日、龍神の赤子について急いで調べたところ、いくつか分かったことがありましたので父様からお話がありますわ。そこまで堅苦しい話にはならないと思いますので、安心なさってください」

 

 といった感じでアリーが説明するものの、トラスティ家に加えて優斗も登城して王様から話を伺うなんて相当なことだ。

 堅苦しくはないかもしれないが、やはり国には重要なことなのだろう。

 

 


 

 トラスティ家と一緒に謁見の間へ通される。優斗にとっては二回目だ。前回と同じように王様が玉座に座っていて、傍らには王妃。

 違うのはアリーが王様側ではなく自分達を連れてきた、ということだろう。

 

「父様。公爵家トラスティ及び、ミヤガワ・ユウト様をお連れいたしました」

 

 どうやら自分は学生でも子爵家でもなく、異世界の客人としての立場で招かれているらしい。

 王様はアリーに労いの声を掛ける。

 

「アリシア、ご苦労。ただ、お前が呼びに行くと言ってきた時は少し驚いたぞ」

 

「わたくしは現場にいましたし、ユウトさんにフィオナさんはわたくしの大切な友人。彼らを呼ぶのですから、わたくしが行くというのが当然ですわ」

 

 キッパリと友人発言したアリーに王様は目をぱちくりさせたが、「そうかそうか」と朗らかに笑った。だが、すぐに表情を切り替える。

 

「今回呼び立てたのは他でもない、龍神の赤子のことだ」

 

 この場にいる全員の視線がマリカに集まる。抱きかかえているフィオナは緊張し、マリカは不思議そうな表情をしている。

 

「さっそくだが龍神の赤子を見せてもらってもいいか?」

 

 フィオナは王様に失礼のないように頷く。そして、ゆっくりと王様へと近寄っていってマリカを見せる。

 

「もう名前は決まったのか?」

 

「はい。マリカ、と名付けました」

 

「そうか。良い名前だ」

 

 マジマジと王様がマリカを覗き込む。けれどマリカは目の前にある長い髭が気になったのか、

 

「たっ!」

 

 掛け声一つ、右手を伸ばして王様の髭を掴む。後ろではマルスとエリス、優斗の血の気が引いた。

 

「ま、まーちゃん!」

 

 フィオナがやめさせようとするが、王様が制す。

 

「よい。赤子はこうでなくてはな」

 

 しばらく髭で遊ばせる。そしてマリカが満足して髭から手を離すと、王様は笑って話を続けた。

 

「さて、ユウトにフィオナよ。二人とも指輪が左手の薬指に嵌まっているのではないか?」

 

「は、はい。朝起きたら指輪が嵌まっていました」

 

「それは龍神の指輪というもので、人間が龍神を育てることになった際、全員が受け取っているものだ」

 

「外せないのですが」

 

 優斗が指輪を引っ張って外れないところを見せる。けれど王様は理由を知っているらしく、優斗達に教えてくれた。

 

「龍神の母の元へ戻るまでは外せないらしい」

 

 それは下手したら、数年はこれを付けていることになるのではないだろうか、と優斗は龍神の指輪を見詰める。

 

「なに、精霊すらも扱えるというご利益のある聖なる指輪だ。無理に外すこともないだろう」

 

 王様が柔らかい口調で伝えてくれたので、優斗も少しは安心する。

 

「そして、ここからは龍神を育てた何人かの人間が記した本から分かったことなのだが……」

 

 王様は優斗とフィオナを調べたことを伝え始める。

 

「現時点で分かっている限り、お前達が一番若い親ということになる。今までは若くても二○代後半なのだが」

 

 なぜか今回は年若い二人が親になった。優斗は王様に気になった点を質問する。

 

「選ばれるのに何か共通点とかがあるのでしょうか?」

 

「卵が孵化する瞬間にいる必要があるのは分かるのだが、それ以外は把握していない。ただ、なぜか卵を見つける場にいたのが婚約者同士や夫婦だということ。卵のある現場に複数名いたとしても、それは変わらないらしい」

 

「そうですか」

 

 自分達はまだ婚約者どころか恋人ですらない。ということは、今までの婚約者同士や夫婦という条件が崩れる。

 偶然だったのだろうか、と優斗は頭を悩ませようとするが、王様がさらに説明を付け加えた。

 

「あと重要なのは一緒に住まなければならない、という点だ」

 

「どういうことですか?」

 

「どうやら龍神は自分が住んでいる場所に、親も一緒に住んでいないと癇癪を起こすらしい。幸いにも歴代で育てた者達は物分かりがよかったので、別々に住んでいた者達はすぐに同じ家へ住むことにしたらしいが、別々に住んだらどうなってしまうのか分からない」

 

 優斗、フィオナ、マルス、エリスの四人は納得する。確かに昨日は優斗が帰ろうとしたらぐずりだした。もし帰っていたら癇癪を起こしていたかもしれない。

 知らずして回避したことに安堵すると同時に、優斗の心配事も増えた。

 

「……それは毎日帰らないといけないものでしょうか?」

 

「いや、あくまで“最終的に帰る場所”であればいいらしい。だから何日も家を空けたところで心配はないし、そこらへんの物分かりは良いのだろう」

 

 王様の返答に優斗もフィオナもほっ、とする。

 

「もちろん、二人は学生が本分だということは我も分かっている。そしてまだ遊びたい盛りということもな。だからこそマルスとエリスにも来て貰ったのだ」

 

 王様は続いて龍神の祖父と祖母になった二人に視線を向ける。マルスとエリスは黙って臣下の礼を取って傅いた。

 

「マルス。龍神が赤子をこの地に置いたということは、この地が龍神にとっての聖地として認められたということだ。重要性は承知しているだろう?」

 

「はっ!」

 

「そして龍神の赤子、マリカはお前達の孫になる。特にエリスはユウトやフィオナよりもマリカと関わる時間も多くなるだろう」

 

 だからこそ、

 

「しっかりとフォローしてやってくれ。それは祖父と祖母にしかできないことだ」

 

 王様の言葉を受けてマルスとエリスは顔を上げる。

 

「陛下の優しき言葉、しかと承りました」

 

「龍神の赤子、マリカはトラスティ家が責任を持って育て上げます」

 


 

 

 その後、数十点もの確認事項を決めてから、五人は帰途へ向かうことになった。マルスはそのまま仕事をしようと思っていたが、王様の配慮によって帰宅を許される。

 

「というわけで、今日明日中にでもユウトさんを引っ越しさせないといけないわね」

 

 帰り道の馬車でエリスが確認するように言葉にした。マルスもうんうん、と頷く。

 

「本当は今日の朝にでも引越しについてユウト君と相談しようと思っていたのだが、マリカが癇癪を起こしてしまうとなれば話は別になる」

 

 マルスがマリカに視線を向けると、今はフィオナに抱っこされてぐっすりと寝ていた。

 

「まずはユウト君の寮へ行くとしようか。必要な物もあるだろう?」

 

 そして馬車の行き先を学院寮にしようとするが、優斗は手を振って止めさせる。

 

「ちょっと待ってください。僕に関しては引っ越しを急がなくても大丈夫ですよ。もともと荷物は少ないですし、衣類も最低限しか持っていませんので。夏休み中にでもゆっくり持ち運びをしようと思います。一応、八月いっぱいまで部屋は使っていいことになりましたから。これから着替えは取りに戻りますけど、まずは僕のことよりもマリカを育てる道具を揃えるのが先決でしょう」

 

 自分は必要な都度、寮から取ってくればいいがマリカはそうもいかない。

 

「私としては服とかたくさん着飾りたいわね」

 

「ベビーカーとかも必要でしょうか?」

 

「マリカはやんちゃみたいだから、あったほうが便利よ」

 

 エリスとフィオナが、あれこれとマリカを育てるために欲しい物を声に出して並べていく。

 女性主導で話しているうちに、色々な店が並んでいる通りに到着した。優斗だけはエリス達と離れて寮に足を向ける。

 

「じゃあ、僕は寮のほうに一旦戻ります。着替えと引っ越しすることをあいつらに伝えに」

 

「分かったわ。あまり遅くならないようにね」

 

 でなかれば、マリカがどういう反応をするのか分からない。優斗はエリスの心配する内容に気付いて苦笑する。

 

「大丈夫です。すぐに戻りますよ」

 

 

 

 

「──というわけで今日から引っ越すことになったよ」

 

 優斗は寮にいる修、卓也、和泉を自室に呼び出すと、昨日から今日に関しての詳細を話した。

 

「またずいぶんと急ではあるな」

 

 和泉が話を聞いて後悔する。昨日から何か慌ただしいと思ったら、自分が必死に勉強してる最中にこんなにも面白いことがあったとは。

 

「和泉は昨日いなかったから、余計にそう感じるだろうね」

 

 こんなに早い展開で色々なことが決まるとは優斗も驚く一方だった。

 

「つーか和泉は追試、大丈夫なのか?」

 

「そこそこ心配なんだけど」

 

 修と卓也は優斗が寮から出て行く話よりも、彼の勉強の進捗状況のほうが気になる。

 

「今は休憩中だ。クリスが呼び出された。おそらくは優斗達の件だとは思うが」

 

「だろうね」

 

 和泉の話を聞きながら、着替えをバッグに詰め込み始める優斗。修はベッドに寝転びながら、今後の優斗の状況がどうなるのかを確認する。

 

「これからも、こっちに遊びに来たりはできんのか?」

 

「ちょくちょくは大丈夫だと思うよ。けど仮にも赤ん坊を育てるわけだから、頻繁に泊まったりはできないかな」

 

「そりゃそうか」

 

「さすがにね」

 

 優斗は笑いながらバッグをパン、と叩く。これで数日分の準備は完了だ。

 

「というわけで、これからフィオナの家に行ってくるね」

 

「はいよ」

 

 修が気軽に返事をする。最後に優斗は四ヶ月ほど過ごした自室を見回して……三人と目が合った。

 

「落ち着いたら遊びに行ってやんよ」

 

「楽しいことがあったら、いつものように呼び出しするから」

 

「お前らしく頑張ればいい」

 

 修、卓也、和泉と三者三様に送り出してくれる。

 

「行ってくるよ」

 

 優斗は表情を綻ばせながら、今まで住んでいた部屋を後にした。



 

 

 荷物を持ってトラスティ邸の門を通り、優斗はバルトに挨拶をしてから玄関へと辿り着く。

 ノックをしてから玄関を開けた。

 

「失礼します」

 

 家の中に入ると、途端に小さいものがとてとて、と駆け寄ってきたのが見えた。

 

「ぱーぱっ!」

 

 優斗はバッグを置くと、勢いそのままに飛びつくマリカを抱き抱える。後から続いてフィオナとエリスがやってきた。

 

「お帰りなさい、優斗さん」

 

「お帰り。マリカはちゃんとパパにお帰りって言った?」

 

「あいっ!」

 

 お父さんに抱っこされているマリカが大きく返事をした。

 

「…………」

 

 一方で優斗は少し呆ける。


 ──お帰り、か。


 少しこそばゆかった。家に帰ったことで得られる“お帰り”が。いや、正確に自分の感情を表現するのであれば……嬉しかった。

 

「優斗さん?」

 

 返事も何もないことにフィオナが不思議がる。優斗は取り繕いながら、それでも久方ぶりに使う言葉を大切に口にした。

 

「ただいま戻りました」

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