第16話 名付けることの大切さ

森から帰った一行は、とりあえず図書館にある1冊の本を借りてきた。

 アリーを筆頭にカフェテラスで読み進めていく。

 

「龍神は自らを育ててくれるものと同じ種族に生まれるみたいですわ。早ければ数ヶ月、遅ければ数年の後、母親の龍神がやって来て子供を引き取る。それまでは龍神の子供は親となった種族のものが責任を持って育てる」

 

 パタン、とアリーは本を閉じた。

 

「これがおおよその概要というものですわ」

 

「放っておくということは?」

 

 する気もないが、とりあえず優斗は言ってみる。

 

「恐れ多くてできませんわ。龍神を育てるというのは大変名誉なことなのですから。何よりも赤ん坊を捨て置くというのは、さすがに……」

 

「だよね」

 

 政治的にも倫理的にも問題がありすぎる。

 

「とりあえず、埒があかないからエリスさんに相談しに行こうか」

 

 優斗は龍神の赤ちゃんを抱きかかえたフィオナに合図する。

 自分たちはこの子のパパとママらしい。ただ、突然そんなことになってもどう判断していいかが分からない。

 なのでエリスに知恵を貸してもらうことにする。

 

「アリーも王様に話を通しておいてもらっていい? 結構重要そうなことだから」

 

「了解しましたわ」

 

 アリーが頷くと修は立ち上がる。

 

「そんじゃ、一旦解散すっか。これ以降は優斗とフィオナの問題だしな」

 

 気楽に言ってくる修。

 それがどうにも優斗は気に入らない。

 両手に握りこぶしを作ると、修の頭を挟み込む。

 

「いったい誰のせいで大変なことになってると思ってるんだ、おい?」

 

 グリグリと万力のように締め付ける。

 

「い、痛てててて! わ、悪かった俺が悪かったから、ギブギブギブ!!」

 

 修が優斗の腕をタップする。

 少しは気が晴れたので、優斗は拳を収めてフィオナと一緒に歩いていく。

 

「極力、こっちでどうにかするから安心しといてね」

 

 後ろにいる友人達に振り向きながら声をかけ、二人と赤ん坊はトラスティ家へと向かった。

 

 

 

 

     ◇    ◇

 

 

 

 

「貴方達、そこまで進んでたのね」

 

 家に帰ってきたフィオナを見るや、エリスの第一声はとんでもないものだった。

 確かに髪の色は黒髪。

 そして瞳は赤みがかった黒。

 パッと見れば二人の子供だと言われても納得する。

 

「……いろいろと待ってください」

 

 全力でエリスを押し留める。

 からかっているのは分かっているが、言い訳をしなければならない。

 

「誠心誠意、説明をさせていただきますのでちゃんと聞いてください」

 

 そうしてエリスを交えて今日あった経緯を話していく。

 

「女の子の龍神の赤ちゃん?」

 

「はい」

 

 たいして慌てる様子もなくエリスは眼前にいる三人を見比べる。

 

「もしかして選ばれちゃったの?」

 

 過去、龍神の親が存在しているのはエリスも知っている。

 直近ではおよそ30年前ぐらいだったはず。

 

「そのようなんです」

 

 優斗に頷かれてエリスは腕を組んだ。

 フィオナも優斗も嘘を吐くタイプでないのは百も承知だ。

 しかし確認してみないことには始まらない。

 エリスは赤ん坊に近づいていく。

 

「ねぇ、この人は誰?」

 

 ピッとエリスが指差した先には優斗。

 

「ぱーぱ」

 

 赤ん坊が答えた。

 

「じゃあこっちは?」

 

 続いてエリスはフィオナを指差す。

 

「まんま」

 

 紛れもなく赤ん坊は『パパ』と『ママ』だと言った。

 

「あら、すごいわ」

 

「言葉をそこそこ理解してると思ったほうがいいですね」

 

「そうみたいね」

 

 優斗とフィオナが両親だというのは間違いないだろう。

 ならば、とエリスは自分を指差す。

 

「私はママのお母さんだから“ばあば”よ」

 

「ばーば?」

 

 首を傾げながらはっきりと口にする赤ん坊。

 

「そうそう、よく言えたわね」

 

「あいっ!」

 

 エリスに褒められて、赤ん坊がフィオナの腕の中で嬉しそうにはしゃぐ。

 

「良い子じゃないの、この子」

 

「そうですね」

 

 頷くフィオナ。

 と、なぜかエリスは笑みを浮かべて、

 

「この子の名前は何にするか決めたの?」

 

 爆弾を落とす。

 

「えっ!?」

 

「お母様!?」

 

 大慌ての二人を内心で楽しみながらエリスは続ける。

 

「育てないの?」

 

「それを相談しに来たのですが」

 

 優斗が苦言を呈すがエリスは意に介しない。

 

「パパとママになっちゃったんだから育てなさいな。安心しなさい、学生生活をおろそかにしろと言う訳じゃないし、私がしっかりとフォローしてあげるから」

 

「いや、でも……」

 

 なにかしら不安があるのか、優斗が食い下がる。

 

「心配しないの。こういうのって出来ないところには来ないようになってるんだから。貴方たちなら育てられるから、この子も両親に選んだのよ」

 

「そう……なのですか?」

 

 フィオナはまじまじと赤ん坊を見る。

 

「もちろんよ。でなければ龍神の子供を育てた記録がいくつも出てくるわけないでしょう?」

 

 言われてみれば、そうだ。

 ということはつまり、自分と優斗はこの子を育てられるという意味になる。

 

「頑張ってみましょうか……」

 

 呟いたところでフィオナはハッとした。

 

「優斗さんはどう思います?」

 

 今、零れたのはあくまで自分の心境だ。

 けれどこの子を育てるには自分だけでは駄目。

 優斗の了承も得られないと。

 

「フィオナは今、育てたいって思ったんだよね?」

 

「はい」

 

「…………そっか……」

 

 優斗は少しだけ考える。

 自分が味わってきたのは一般的な子育てとは言わない。

 無論、それが理解できているということは、一般的な子育てぐらいは知っているし自分の理想の父親像というものだってある。

 けれど、

 

 ──できるかどうかと問われたら微妙。

 

 なにせ子育てなどやったことがないのだから。

 

 ──でも、ね。

 

 フィオナだって一緒だ。

 そして彼女はやる気になっている。

 

「なら、僕も覚悟を決めるよ。フィオナが頑張るなら僕も頑張る」

 

 優斗はマイナスイメージを振り切って、彼女と共に子育てすることに決めた。

 

「はいっ!」

 

 フィオナが元気よく返事をする。

 

「話はまとまったわね?」

 

 エリスの確認に二人はこくん、と頷く。

 

「だったら親として最初の仕事、この子の名前を決めちゃいなさい。相談も提案もしてあげるけど、決定するのは貴方たちよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「名前……か」

 

「何か良いのはないでしょうか?」

 

「龍神の子供だからリューナとか、そういうのはどう?」

 

 “リュージン”の子供だから“リューナ”。

 

「安易すぎません?」

 

「そうかしら?」

 

「シャルロッテというのは?」

 

「「却下」」

 

 優斗とエリスが同時に駄目出しする。

 

「ん~、リューネは?」

 

「お願いですから“リュー”から離れてください」

 

「フランソワはどうでしょう?」

 

「フィオナはもうちょっと乙女的な名前から離れようか」

 

 西洋っぽくない顔立ちで、その名前は辛過ぎる。

 

 ――何か由来でもある名前を……。

 

 と、優斗は考えて、

 

「……あっ、そういえば気になったんですけど」

 

 今更とは思うが訊いておこう。

 

「龍神というのはこの世界で信仰のある種族なんですよね? ということは本物の神様なんですか?」

 

「そうね。神聖な種族として崇めているもの。最大の宗教でもいくつかの宗教でも神様として扱われているわ」

 

「そうですか」

 

 エリスの説明を聞いて一つ、思い浮かぶ。

 

 ──とりあえず提案するだけしてみるか。

 

 龍神に見合ったと思う名前を。

 

「じゃあ、僕からも名前を一つ」

 

 昔に読んだ小説でこの名前があった。

 説中では意味を説明していて……それがこの子には合っている気がする。

 

 

「マリカ」

 

 

 優斗が名を紡いだ。

 エリスが興味深そうに尋ねてくる。

 

「どういう意味なの?」

 

「茉莉花──マツリカと呼ばれる花の別読みなんです」

 

 名前に意味を込める。

 中でもポピュラーなのが花にまつわる言葉だ。

 

「僕達の世界には花言葉というものがあります」

 

「この世界にもあるわよ」

 

 エリスが付け加える。

 そうなんだ、と優斗は感心しながら言葉を続けた。

 

「じゃあ、細かい説明は飛ばしまして花言葉だけ言いますね」

 

 優斗はエリス、フィオナ、赤ん坊を見回すと名前に込めた意味を告げる。

 

「清浄無垢」

 

 先ほどのエリスの会話を聞いて思い浮かんだ。

 神様ならば、神様に相応しい意味を持つ名前を。

 

「他にも愛らしさ、愛嬌、素直などあるんです。だから僕はこの花が意味する言葉のように育ってほしい」

 

 と、言ったところで急激に恥ずかしくなってきた。

 ものすごく語ってしまったような気がする。

 

「ど、どうでしょうか?」

 

 却下されたところでどうこう、というわけでない。

 ただ、案外真剣に考えた名前を吟味されるというのは緊張する。

 

「私はこの名前が良いと思いました」

 

「こっちの世界でも違和感はないし、私も良い名前だと思うわよ」

 

 そして最終確認。

 

「二人は……この名前がいいのね?」

 

 優斗とフィオナは頷く。

 二人が納得したのを見てエリスは、あらためて赤ん坊の名前を告げる。

 

「じゃあ、この子は今日からマリカ。“マリカ=フィーア=ミヤガワ”ね」

 

「フィーア?」

 

 聞きなれない単語にフィオナが首を捻った。

 

「ユウトさんの爵位名よ。これからはフィオナも名乗る場合があるかもしれないから覚えておきなさい」

 

「えっ!?」

 

 突然のことに驚きを隠せないフィオナ。

 

「ビックリすることないじゃない。この子の両親ってことは夫婦よ、夫婦」

 

 エリスが口にした単語を二人は頭の中で反芻する。

 ポン、と同時に顔が赤くなった。

 

「それともユウトさんが婿養子ということで“マリカ=アイン=トラスティ”にする? どっちでもいいわよ」

 

 こういった類の話には優斗もフィオナも耐性はないが、いち早く立ち直った優斗が訊く。

 

「ど、どっちを名乗ったほうが問題あります?」

 

「どっちもどっちじゃないかしら。一長一短よ」

 

 まだ火照り覚めやらぬ頬を手で扇ぎながら、優斗は判断する。

 

「なら、時と場合で使い分ける方向にしません? 基本的には爵位の低い僕のほうを使う方向でいいので」

 

「そうね。そうしましょう」

 

 優斗ならば臨機応変に対応してくれるだろう。

 

「あとは──」

 

 と、玄関から慌てて家の中に入ってくる音が聞こえた。

 ドタドタと騒がしい音を響かせながらリビングに近づいてくる。

 この家を誰にも咎められず闊歩できる人物など、優斗もエリスもフィオナも知る限り一人しかいない。

 

「りゅ、龍神を育てることになったというのは本当か!?」

 

 マルスが慌てた様子で帰ってきた。

 物音を立てて帰ってきた夫をエリスは嗜める。

 

「騒々しいわよ、あなた」

 

「落ち着いていられるわけがないだろう!」

 

 王城で働いていた時に王様より知らされた瞬間、マルスの口はあんぐりと開いていた。慌てないわけがない。

 

「こ、この子がそうなのか?」

 

 フィオナが抱きかかえている女の子の赤ん坊――マリカは突如乱入してきたマルスに今は首を傾げている。

 

「ええ、名前も決まったのよ。マリカと名付けたわ」

 

 目下一番の問題が片付いたので、優雅に紅茶を飲みながらエリスが答えた。

 

「……エリス。えらく落ち着いているね」

 

「もうフィオナとユウトさんが親に定められちゃったのだからね。だったらしっかりと育てるのが至上の命題でしょう?」

 

「……それもそうか」

 

 マルスは妻に言われて納得した。確かに自分が慌てたところで何かが変わるわけでもない。

 だがエリスはマリカの注意を引くと、自分の夫を指差した。

 

「いい、マリカ。これがママのお父さん、“じいじ”よ」

 

「エリス!?」

 

 マルスの落ち着きかけた気分が台無しになった。しかしマリカはマルスの状況など露知らず、

 

「じーじ?」

 

 無垢に教えられた単語を口にした。

 

「そうよ。よく言えたわね」

 

 エリスが褒め称える。けれどマルスが呆然としたままだったので、

 

「ほら、あなたも初孫なのよ。ちゃんと言えたのだから褒めてあげなさいな」

 

 窘められた。恐る恐るマルスが近づいていくと、なぜかマリカがきゃっきゃっとはしゃぎ始める。

 初孫の可愛い様子に少しだけ警戒心を解くと、

 

「え、えらいぞマリカ」

 

 マルスは優しくマリカの頭を撫でてみた。

 

「あうっ!」

 

 返事なのか叫んだだけなのかマルスには判断できなかったが、喜んでいるマリカの姿に少し顔が綻んだ。

 

「……あの、エリスさん。そろそろ話を戻してもいいでしょうか?」

 

 と、マルスが帰ってきてから傍観していた優斗が切り出した。

 

「あっ、ごめんなさいね。さっきの続きといきましょうか」

 

 エリスがあらためて優斗に向き直る。マルスも妻に倣って優斗に視線を向けた。

 

「それでマリカを育てるにして、どこで育てるかなんですが……」

 

「この家でしょうね」

 

 あっさりとエリスが答える。他の選択肢は誰の頭にも浮かばなかった。

 

「お願いしてもよろしいでしょうか?」

 

 優斗はマルスとエリスに伺いを立てると、二人は間髪入れずに頷く。

 

「迷惑を掛けろと言ったのだから、存分に掛けていいんだよ」

 

「私とマルスだって関係者なんだから、変に遠慮は必要ないわ」

 

「ありがとうございます」

 

 優斗が頭を下げた。その後にも何点か話すことがあり、今後のことについて細かいところを詰める。時間はそろそろ夜の九時を過ぎようとしていた。

 

「ぁぅ……」

 

 フィオナに抱かれているマリカがうつらうつら、と眠りそうになる。

 

「あら、もう眠いのね」

 

 エリスは立ち上がると娘を促す。

 

「フィオナ。今日はあなたが一緒に寝てあげなさい。寝かしつける方法は教えてあげるから」

 

「はい、分かりました」

 

 二人は立ち上がると、フィオナの部屋に向かおうとする。

 

「でしたら僕もそろそろ帰りますね」

 

 優斗も時間が時間なので、これ以上の長居は迷惑だろうとお暇しようとする。

 

「泊まっていってもいいんだよ?」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 マルスの誘いを断って、その場にいる全員に手を振ると優斗は踵を返した。すると、寝そうになっていたマリカが急にぐずりだした。

 

「……あぅぅぅぅ」

 

 泣きそうな様子に優斗も気付き、帰ろうとしていた足を止めてフィオナに近寄る。

 

「どうしたの?」

 

「あの、突然この子が泣き出したんですが」

 

 優斗がマリカの顔を覗き込むと、突然ぐずるのをやめた。

 

「えぅ」

 

「だいじょうぶ……かな?」

 

「おそらくは」

 

 エリスに確認を取ると「たぶんね」と言われる。

 

「それじゃ、今日は帰るから」

 

「はい、それでは」

 

 玄関に向かおうとする優斗。だが彼を急に掴んだ小さな手があった。

 

「ぱーぱっ!」

 

 フィオナから身を乗り出さんばかりにぎゅっと優斗の服を掴む。

 

「あぅぅ」

 

 そして小さく唸った。

 

「ど、どうしたんだろ?」

 

「わ、分かりません」

 

 赤ちゃんのアクションが何を指すかなど一ミリも分からない二人。けれどエリスが何かに気付く。

 

「あっ、もしかして」

 

 今度はエリスがマリカを覗き込んだ。

 

「パパが帰っちゃうのが嫌なの?」

 

 問い掛けるとマリカの瞳から、じわりと涙が余計に滲む。肯定しているようだった。

 エリスはマリカの意思を汲み取ると優斗に提案……というより命令する。

 

「というわけだから泊まっていきなさい」

 

 一瞬だけ戸惑った素振りを見せる優斗だが、すぐに結論を出す。

 

「そうですね」

 

 どうしても泊まりたくない、というわけではないし、マリカが泣きそうなのだから仕方ない。

 素直に頷いた。

 

「ユウト君。だったら少し付き合ってもらえないだろうか?」

 

 すると良い機会だとばかりに、マルスが飲む仕草を見せた。

 

「あなた、またなの?」

 

 少し不満そうにエリスが口を尖らせる。

 

「孫が出来てしまったのだからな。こういう日は祝いたいものだ」

 

 しかしマルスに正論を言われてしまい、エリスは反論できなかった。

 

「秘蔵の一本を持ち出そう」

 

 そう言って笑ったマルスに優斗も笑い返して、

 

「ご相伴、預かります」


 

 

 

 乾杯をすると優斗がマルスに再び頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

「何がだい?」

 

「前に『迷惑を掛けていい』と言ってくれたことです。だからマリカをこの家にお願いしようと思いましたから」

 

 優斗としては幾分、気楽に提案できた。

 

「気にすることはないよ。フィオナも母親なのだからね。それに君の責任でもない」

 

 マルスは正論を述べて余計な責任を負わないように、と伝える。偶然が重なった結果、二人が親になったのだから誰かを責める必要などない。

 

「ならマリカの父親として『ありがとうございます』と伝えておきます」

 

「そうか」

 

 マルスは酒を口にする。滑らかな味わいの葡萄酒が臓腑に染み渡る。

 

「しかし私もついにおじいちゃんか」

 

 しみじみとした感慨がマルスの口から出た。

 

「フィオナが学院に入ってなければ、実際にそうなっていただろうね。だが唐突におじいちゃんになるとは驚くものだ」

 

「貴族というのは結婚も早いのですね」

 

「ああ。幸いと言うべきかどうかは別として、娘は魔法を使う素養があった。才能を伸ばすために学院に入り、婚姻も遅れている。普通の貴族ならばフィオナぐらいの歳ですでに子供がいる者も多いんだよ」

 

 むしろ、この歳で結婚していない貴族の娘は少ないほうかもしれない。

 

「だったら僕はフィオナに感謝しないといけませんね。彼女に魔法の素養があったおかげでフィオナに会えたし、エリスさんに会えたし、マルスさんに会えましたから」

 

「嬉しいことを言ってくれるね」

 

「そうですか?」

 

「ああ、そうだとも」

 

 二人は同時に葡萄酒が入っているグラスを傾けた。あまりお酒を飲んだことのない優斗でも、このあいだ飲んだものより美味しいと思えた。

 

「しかし君はこれから、どうするつもりかな?」

 

「どういうことですか?」

 

「今日のマリカの態度を見ると、あの子は君が一緒に住んでいなければまた泣き出すはずだ」

 

 マルスはなんとなくだが、自分の言ったことは間違いないと感じる。優斗も否定できず、多少困った様相をマルスに見せ、

 

「……どうしましょう?」

 

「簡単な解決はユウト君がここに引っ越して一緒に住むことだが」

 

「大丈夫なのでしょうか?」

 

 自分なんかが公爵家に住むことに対して、やって来る問題は無視できるものではないはずだ。

 しかしマルスは平然と言ってのけた。

 

「なに、問題はない。龍神を育てるというのは国にとっても『龍神の選んだ聖地』としてプラスイメージになる。もちろん今回のことはある程度は流布されるものの、親の秘匿性は保たれるように国がバックアップに回る」

 

「確かに対外的な問題もあるのですが、皆さんは?」

 

「私は息子が欲しかった。エリスも君を気に入っている。フィオナなんて言わずもがな、だ。この家にとっても君が来てくれることは歓迎すべきことだよ」

 

 マルスが笑いながら言ってくれたことに、優斗の胸が“ドクン”と高鳴った。同時に焼き付いた過去の記憶が浮かび上がってくる。

 

 『結果が出なければ、お前はこの家にいる価値が存在しない』

 

 よく言われ続けていた台詞。何度も何度も繰り返され、飽きるほどに突きつけられた悪態。実の親から道具として扱われていることを認識させられる言葉。

 けれど今、マルスは全く違うことを言ってくれた。


 ──嬉しいものだね。


 “結果を出していない自分”でも求めてくれて歓迎してくれる、というのは。ただそれだけのことが、これ以上なく嬉しい。

 

「ありがとうございます」

 

 けれど今、すぐに結論を出して決めてしまうことでもない。

 

「一応、明日の朝にでも皆さんと相談してどうするのか、結論を出そうと思います」

 

「ああ。そうするといい」

 

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